• 中国のジャスミンは何時咲く?

    by  • February 14, 2011 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣

    2016年1月23日

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    https://twishort.com/lgAkc

    北アフリカと中東の第4波民主化の大きな潮流はまだ続いています。世界の人々と中国人の胸の内には「この革命は何時、中国にまで波及してくるのだろう?」という気持があります。そしてこの疑問は中国の民衆だけではなく中国政府も当然抱いていました。
 そこに匿名で投じられた「2.20ジャスミン革命を」というツィットは、中国政府が巨費をつぎ込んで作り上げた超強力治安能力とともに「草木が皆、敵兵に映る」心理状態を世界にさらけ出してしまいました。(*訳注;2011年2月17日、秘密樹洞(@mimitree0)名でインターネットに「2月20日に中国各地の大都市で同時にデモしようぜ」という書き込みがあり、中共は厳重な全国警戒体制を敷き笑い者になった。)

    《中国と中東・北アの相違点》

    チュニジアとエジプト人民がそれぞれの統治者に退陣を求めた理由は中国人にはおなじみのものです。2010年の中国人の平均GDPは3400米ドルで。今回、人々が立ち上がった中東・北アの国々で中国より低いのはエジプトとイエメンだけでした。チュニジア、ヨルダン、アルジェリアなどの国々の一人当たりGDPははるかに中国より高かったのです。
    貧富の差、政府の腐敗度合い、失業、インフレ、人民の政治的権利などを比べてみるならばチュニジアは相対的にはるかに中国より良く、エジプトは失業、インフレ、政府の腐敗の程度ではチュニジアよりは酷いものの、それでも中国よりは相対的にマシでした。

    民衆の政治的活動の余地という観点からみればこの二国はどちらも「開明的専制国家」であり、何年も前から多党制や報道管制の緩和が行われ、民間組織や外国NGO活動が許されていました。こうした国家と個人の関係や社会に比較的自由な余地が残されていたからこそ民衆の権利意識の覚醒がうまれ、民衆自らの組織能力が育っていたのです。
    政治権力の掌握形式上でチュニジア、エジプトと中国は比較的大きな違いがあります。チュニジア、エジプトはひとつの強大な政党があり、在野小政党の活動は限られたもので、選挙制度は形式上はあったものの最高統治者によって操られ、ベン・アリ・第2代チュニジア大統領の統治は23年の長きに及び、ムバラク・エジプト第4代大統領にいたっては30年もの間、大統領の地位にあったうえさらに息子を後継させようとしたのです。

    中国は一党専制ですが、最高統治者は交代し統治集団内部の集団指導(すなわち権力の分散享受)の独裁体制です。中国のこの権力享受方式は一人が権力を独占するチュニジアやエジプトより政治エリートグループ内部の矛盾を少なくしているとは言えます。

    中国は目下のところ全体的な社会的反抗の大爆発はありませんが、それは社会的矛盾がこれらの国々より少ないからではありません。中国政府が近年、莫大な費用を治安維持につぎ込んでおり、「維穏」(*治安保持)という言葉はいまや中国政治のキーワードとなって、上は中央政府から各級の地方政府にいたるまでGDPに次ぐ成績評価での「孫悟空の頭の輪の呪文」になっているからです。

    《中国のジャスミン革命には何が欠けているか?》

    現在の中東・北アフリカの情勢からみるに、これらの国家の将来像はまだ不明で、ジャスミン革命が一体本当に民主と自由の道へと向かわせるか、それともイランのようなイスラム原理勢力を利するだけなのかは判断する術がありません。しかしこれらの革命は中国には二重の影響をもたらしました。政府には山ほどの危機感、民衆には戦いを通じて社会制度を変えていくことへの自信です。

    中国で未だに革命が勃発しない理由は国内社会矛盾がチュニジアやエジプト、リビアなどの国々ほど悪化していないからではありません。エジプトやチュニジアのような大規模な抗議活動や民衆の焼身自殺、自殺は中国ではとっくに数十件も発生しており、すっかり耳慣れた悲劇です。ただ中国政府の防衛体制が極めて厳しいために一切の不穏な要素は萌芽状態で消滅させられてしまうのです。

    この点に関しては中国政府は惜しみなく費用をつぎ込んでいます。2010年の関係データはまだ発表されませんが、2009年の治安維持費用が中国財政に占める比率をみるとその莫大さがわかります。2009年の中国財政収入は68477億人民元で、治安維持費用は5140億元、全財政収入の7.5%でした。世界のどの国がこんなに膨大な治安維持費用をかけているでしょうか?

    この度の北ア・中東のジャスミン革命では、軍隊の中立が独裁者と民衆の力のバランスを変えさせましたが中国の民衆はそんな幸運は決して望めません。1989年(天安門事件)以後、中国当局は「各種のこれまでになかった分野における突発事件」に対して「内部の 安定能力を増強すべし」として年を追うごとに「対内部防衛力」を強化拡大してきました。現在中国の警察・武装警察組織の暴動防止部隊の装備は世界トップ級で数万人規模の暴動に対しても軍隊の出動を必要としないほど強力なのです。

    また軍隊の思想教育とその腐敗のひどさからみると政府の治安維持能力を信じている限りは軍人たちが重大な危機的時期にあっても、かつて天安門事件で発砲を拒否した徐勤先将軍のような選択をするとは思えません。ただ、本当にリビアのように去就が問われる時が来たならば、利に聡い軍人たちは現政権に殉じたりしないで風向きをみて舵を切るでしょう。

    中国民衆の反抗の意志と能力はこの5年来、毎年10万件以上の反抗があることからも伺えますし全ての民衆が反抗の意志をまったく失っでデクのようになったわけではありません。ただ反抗する「力」が欠けているのです。

    というのは第一に民衆と政府側の武力の差があまりに大きいのです。十年前湖南省の農民リーダー倪明が「時勢論」で語ったとおり、農民が暴力的反抗に走らないのは思想や気持ちの問題ではなく、第一には昔のような刀や矛などの武器で反抗できる時代はもう過ぎ去ったということです。そして第二には中国政府が完全に農民の自治組織能力を奪ってしまったからです。それでも中国の農村では反抗者はまだ主に血縁や地縁、共同の利益、土地、環境汚染、幹部腐敗などに頼れますが、都市部での政府による強制自宅取り壊しの被害者は大半は自分たちだけで政府と不動産業者の強大な”連合軍”と戦わねばなりません。

    今回の「2.20ジャスミン革命」はネット上だけの呼びかけだったのですが、北京や上海でみられた少なからぬ野次馬連にはいつでも参加者に早変わりするつもりの人々もいたでしょう。これまで中共は30年もの地下工作生活と60年もの政権での経験を凝縮して、かつて自分たちが使ったあらゆる反抗の方法を逆に絶滅させてきまたのです。
    ただ今回の2.20ジャスミンにはネット時代の「声はすれども姿は見えず、組織実態がなくても行動能力はあり」「誰も指導者がいないのに広汎な呼びかけがなされ、呼応する」というあらたな特徴を中共の「経験豊かな革命家」連にも問題を初めてつきつけました。

    2.20ジャスミンの情報が17日ツィッターで流れた後、北京政府はこれを放置すると、無形無影の”権力への挑戦気分”が高まって集まって大集会に拡大しかねず、そうなるとドミノ現象がおきるかもしれないという事態に直面しました。だから巨大な敵にも対応できる体制で20日には警察を大量動員して、私服の群れが誰も集まらない集会で滑稽な場面を演じてしまい、却って自分たちのビクビクぶりを暴露してしまったのでした。

    今日の中国の政治と社会の緊張ぶりに中国政府の暴力大好きの”安定”政策を加えれば、なんだっておこりうる、とはいえるでしょう。(終わり)

    (原文はBBC,2011年2月24日,bbc.co.uk/zhong..r_jasmine.shtml

     

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