• 中国政局分析(三)権力交代における胡温の最大の懸念

    by  • February 15, 2012 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣氏 @HeQinglian 氏ブログより。

    日譯@Minya_J @minya_j

    http://www.twitlonger.com/show/fvfi3b

    原文はこちらhttp://voachineseblog.com/heqinglian/2012/02/china-politics-iii/ 2012/2/15発表。

    薄熙来の重慶に於ける「政治的バンジージャンプ」後、間もなく’紅2代”の政治参加もようやく中国の大きな政治の景色となってきた。この層の父世代は恩恨が複雑に絡まり合い、中国の政治的未来への道の見方も違う。

    それが一致した原因は身分への共感以外に以下の2点。?現段階では彼らの利益はおこぼれ程度?眼下の腐敗に高度の不満。中共統治への深刻な危機感。

    中国当局の厳重な言論?集会統制下において、彼ら”紅2代”はしょっちゅう集まって、時の政治を批判できる。そして、”政府転覆陰謀罪”などと言われない。これが所謂”本当の事を言える特権”である。

    これらすべてが、現政治局常任委員会という最高権力を持つグループに極めて大きなプレッシャーを与えている。第4、第5世代の権力委譲がせまっているが、専制政治では、前代支配者の最大の希望は「無事に舞台を下りること」だ。

    これはただ委譲が平和的なだけではない。さらに2つの意味がある。次世代が自分たちの実績を否定しない事と自分の子らの蓄財を奪われない事である。

    古来、中国の政治哲学は「国と自分の安泰を謀る」説は、完全なひとつの”理論体系”をなしている。もっとも共感?賛同されているのは”国の為に謀るにしても我が身も大事に”である。

    明の万歴朝の名宰相?张居正は国の為に頑張ったが、死後、その家財を奪われ墓を暴かれ、家族の末路は悲惨であった。これは「国を安泰にしたが、自分の身をそうしなかった」典型とされ後代の官僚の戒めとされている。

    中共の政治の異常な険悪さにおいて、役人は、下っ端であろうと権力交代の後釜には自分の子分を据えて、自分に不利にならないようにこのことを考慮している。

    改革開放以来、中共のトップ層が暗黙のうちに皆が承知している”隠れ規則”がある。即ち腐敗撲滅の名に於いてライバルの羽根をもぎ取るが、その禍は通常、その子供には及ばさない、ということだ。

    この20年で、2人の政治局委員であった陳稀同と陳良宇が相次いで入獄したが、億万長者の太子党の面々は経済犯罪で追求されなかった。腐敗汚職で失職した役人は大体平民出身だし、また少数は貧農から身を起こした”苦労人”だった。

    だが、こんなことが長期に維持できるかどうかはわからないから、第四代トップ層はまったく油断していないようなのである。

    新旧の太子党の間でも矛盾がある。英国のファイナンシャルタイムズ2010年3月29日によると『金の為に生きる中国太子党』記事は、第三、第四の党?国家指導者の子弟を主とする新太子党は金融業で経済利益を上げており、

    犠牲者は外国投資家のみならず、中国革命で活躍した老太子党の関係者も含まれている、と。

    第四世代指導層はこの不満を見て取ったがゆえに、任清華同方威視グループ理事長の職に有った胡錦濤の息子、胡海峰が、飛行場?港湾設備の調印で、ナミ ビアから賄賂をもらった疑いが生じたら、ビジネスから引退し現在、精華大学の副秘書長兼浙江精華長三角研究院院長である。

    温家宝の子、温雲松も2010年自分の創設した新天域KK(プライベートファンド)を辞し、中国航空科技集団関連の子会社にいる。第三代の江?朱引退以後、彼らが子女に対するこの種の措置しなかったのは胡?温の性格を彼らが熟知しており、安心できたからである。

    第四代のこの種の「国と自分の安泰を謀る」が成功するかどうかは第五代の政治局常委が誰がやるかにかかる。薄熙来は重慶で”打黒”で名をあげた。若い頃に文革では親に逆らったうわさもある。これはオソロシイことだ。

    ましてや2011年から、老太子党グループ周辺ではしきりに、おおっぴらに第四世代の指導者達の無策無能を「国家を謝った方向に向けた」と批判する声が上がっている。

    第五代が権力を握った後、エエカッコして腐敗分子を殺すのではないか、というのがこれらの連中の怖れなのだ。すべてのこういった直接間接の要素が、今の指導者達が薄熙来では安心出来ないと決めることになったのだ。

    双方の持ち札をもう一度みてみよう。制度化されたリソースの優位性と非制度下の隠れたリソースの優位性は中共の権力闘争で一種の微妙な共生状態を続けて来た。

    今は*かっての毛沢東林彪のいた常任委員会ではない。その権力は十分正当な制度的な存在である。(原文は*现任中共政治局九常委再不济=これでいいかな?自信なし(^^;))

    ”太子党”といった非制度的存在は、江沢民時代にはまだ元老がいたから実質的な影響力もあったが、彼らが世を去って今、影響力は無い。

    クーデターはともかく、政変などの常ならぬ権力闘争の起きた時、制度的存在は非制度的な存在を正当性の名で圧倒する。これが即ち孔子の言う「大義名分がなにより大切」ということである。

    薄熙来は地方諸候の身分でありながら、新イデオロギーをもてあそび、”新モデル”を作り、さらに一連の行動を実行した。これは中共史上前代未聞の”破局的”な出来事であり、大ばくちであった。

    王立軍事件以来、薄は受け身に立たされている。その結果如何は胡錦濤ら指導部の目的が何かによるし、また薄熙来の今後の対応をみなければならない。

    もし薄熙来に一発逆転できるような切り札がなければ(彼の擁護者は全員が、切り札を何枚も持っている筈だ、といっているが)それは大体、次の3つのどれかだろう。

    張百発方式;自分で第二線に退き、少しばかり銭をかせぎ権力を手放すー中央は安心。程維方式;規律違反で引退。陳希同方式;まず北京の高級監獄で何年か過ごし”病気”で仮釈放。

    ネット上で言われている「市場で晒しクビ」といった命に関わることにはならない。数代昔に比べると今はそんな無茶はしない。今の帝王は事があってもギリギリ追いつめず余地を残すの。政権委譲の直前、国事は多難、道は険しい。平安第一、なのだ。

    ましてや薄熙来だって「王室の一員」だし、所詮は「党内のコップの中の嵐」、天変地異の騒ぎは不要だし、なにより、国内外にこれほどにわけのわからない”反中華反中共勢力”が党を笑い者にしようと待ち構えているのだから。

    以前の鉄のカーテン時代なら、毛沢東が林彪をモンゴルの砂漠に墜死させても、林彪を悪者にして自分は正義とか言えたが、今はインターネット時代。半分透けてみえるから、最後迄喧嘩してもどうせ犬の喧嘩といわれて採算が合わないのだ。

    というわけで、中共の明示規則と暗黙規則が複雑に交錯し、互いに影響を与え合う権力交代方式のなかで、せいぜい失敗者は唐丸籠におしこめられるぐらいで、あとはときどき双方の心身が消耗する程度にすぎない。(終)

    原文はこちらhttp://voachineseblog.com/heqinglian/2012/02/china-politics-iii/ 2012/2/15発表。

    Share Button

    About

    Leave a Reply

    Your email address will not be published. Required fields are marked *