• 『集団指導モデルの欠陥、権威不足と内部分裂」

    by  • May 7, 2012 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣 @HeQinglian氏ブログより20120507

    http://twishort.com/afnbk

    Translated by  @Minya_J

    2012年5月7日

    中共はトップ権威の分散による集団指導モデルで目下重大な危機に。

    ずっと「全ての党員は△△同志を中心とする党中央の周囲にしっかりと団結し」と強調してきた中共が、今年、薄熙来打倒と陳光誠事件で世界に自己の内部の深刻な分裂を暴露した。(続)

    以下、”中央A”を人びとが中共中央を見ることのできる”公開型A”とし”中央B”を指令は発するが誰が出しているかわからないから推測するしかない”密室型B”としてシミュレーション。

    中米両国は陳光誠の意向に基づいて協議同意し、Aは陳の自由と安全を保障し、臨浙(山東省)を一家で離れ国内のどこかで安全に暮らし、学者生活をおくることを保証した。

    しかし中央Bは逆に家族の安全を保障しないと脅迫し、領事館から離れさせ、その考えを変えさせ、米国国務省スポークスマンに短時間だが危機的な状況に直面させた。

    米中両国政府は再び陳光誠について新たな協議をし、中共Aは陳一家が米国でニューヨーク大で招待教授となることを認め、米国はそのための準備をし、陳の足の傷が癒え次第訪米することを決めた。

    中共Aはその上、花を持たせた役人を派遣し陳を病院に見舞い、臨浙で陳光誠を脅した黒幕の調査を約束し、早急に陳のパスポート等の手続きを行うことを承知した。

    しかし、5月4日、《北京日報》《京華時報》《新京報》《北京青年報》の4大北京メディアは陳光誠が米国領事館に行った事について4つの論評を発表し、声を一にして『反米?陳批判』の大合唱。

    これら4紙はすべて北京市当局の管轄下にある。だから外から見ると、北京市が中央Bの重要拠点だ、と想像されることになった。

    他の細かいことも触れざるを得ない。陳が監視を逃れ米領事館にいった全過程で、現在のところ北京に行った後のことだけがはっきりして信用できる。ニューヨークタイムス5月3日の記事では、陳の協力支援者と米国領事館員が陳を迎えたとき、国家安全部の車2台が尾行。

    米国側は陳光誠が海軍陸戦隊宿舎に落ち着いた後に中国外務省に通知した。ということは陳は国家安全部の監視下に米領事館に入り、同部はそれを事前には外務省に通知しなかった、ということである。

    これはつまり、中央Bは陳光誠が”非正常なやり方で”米国領事館に行く事件を起こす事を希望していた、と言えるわけで、これを利用して中共Aに面倒を与えたい、と願っていたのではないかと想像できるわけだ。

    北京の4新聞が一斉に批判の声をあげたのもどうやらこれに符合する動きである。興味深いのは中央Aが最近様々なルートで薄熙来夫婦が「悪辣の限りを尽くしたスゴイ悪者」のイメージを広めていたのが、陳事件以来停まったことである。

    外国メディアの目は自然に陳光誠事件に引き寄せられた。この両者(薄熙来と陳光誠事件)は同時に”あちらが目立てばこちらが目立たず”的過程を経ていることはアホでもわかるが、誰がなんのためにそうしているかはそう簡単にはわからない。

    中共の集団指導体制は当初、個人の独裁専制を防止するためにスターリン後のソ連をモデルにつくられた。これにより毛沢東などのああいう専制は防止できたが、トップの権威の分散化も招くことになった。

    で、9回常任委員は江沢民時期の7人より2人増員した。このような勢力構造は良く言えば最高権威による独裁的統一意見を産みにくくするが、悪く言えば重大な政治問題(後継者、次期政治局員選考)で暗闘や互いの掣肘を産みやすい。

    経済状況がまだなんとかなっているうちはこの種の党内闘争はとトップ層の現状維持指向のもとで、おおっぴらに互いに生死を賭けた闘争の爆発迄には至らず、江沢民?胡錦濤の3、4代権力委譲のように平穏な可能性が高い。

    だが、経済状況がキビシイ局面だと、トップ層が分裂しかねず、必ずしも最高指導者の意向どおり平穏に後継者が権力継承できるたり、党の大物が局面をコントロールしきれるとは必ずしも言えない状態がうまれる。これはソ連共産党史上発生した。

    フルシチョフの任期中、経済が悪化したときソ共リーダーは離反し総書記交代を集団決定した。中共は?小平の後、基本はソ連の集団指導制にそって、更に一歩すすめ年齢を理由に5年に一度、トップ層成員を入れ替えている。

    これは一種のトップ層の平和的交代法を見つけたようにみえるが、しかしこの方法はやはり経済状態が良い局面で使用できるのであって、一旦経済?社会局面が悪化すると、”明闘””暗闘”がおきてくる。中央Aと中央Bの非難合戦がその証拠。

    だが、中央Bも制度の枠内ではまだ優勢というわけではない。現在の胡温体制は、例えば党政治や軍の最高権力を握る等体制内リソースを持っている。が、弱点は官吏の腐敗がその極に達し、実績が乏しく、朝野の恨みが燃え上がっていることだ。

    口のうまさで民意をなだめるのが得意の温家宝を除いて、ほとんど民意を失っている。江沢民?朱鎔基から交代の時は、内部矛盾は既に高まっていたが(拙著;「現代化の陥穽」で指摘)、初期症状で表面上は絶好チョー、でその腐乱の兆候は外からはみえなかった。

    今の中国の状況は其の頃の比ではない。朱?基は重要国有企業を選別し、改革を進める一方で、それ以外の国有企業の統合再編などは市場競争に任せ、寡占化で中央財政に財源を確保でき、環境問題もさほど深刻でなかった。

    しかし今や、胡温は穴だらけの環境生態と赤字の中央財政、借金漬けの地方財政、そして唯一の権力構造と膨大な鎮圧暴力装置を残したのだ。

    薄熙来を代表とする政治勢力はまさにこの点で胡温に挑戦したのである。即ち「お前等、先輩が命がけで血を流して築いた国家をこんなテイタラクにしやがって、我らは党を救わなければ」と。

    薄熙来達の思想的武器は即ち共産党国家を築いた毛沢東とその思想だった。この政治勢力は薄熙来以外、表面上では目立った人物はいないが、しかし北京には至る所に居るのだ。

    今回の北京の4メディアが体現したのはまさにこの勢力であった。(メディア人が希望したのではなく、メディアを規制している勢力の願望である)。

    中央Aは温家宝の口頭宣言どおり人類共同の価値観や民主、人権などの尊重をうたい、一定程度のインテリ層の支持もある。中共Bは毛沢東崇拝に名を借りた毛時代の労働者?農民が国家の主人で有るといった虚構の平等で政治的なセイギを主張。

    これは一部の革命二代目世代と底辺民衆の中に支持を得ていた。西側は当然、薄熙来の文革を讃える傾向をキライ、一部の買収された外人を除けば国外メディアから正面切って評価されることはなかった。

    外国メディアがわかってないのは、「誰が舞台に上がったとしても、中国の社会経済社会生態環境面の難題を解決することはできないし、現在の利益配分構造を変える事は更に不可能だ」ということである。

    温家宝が中国を民主国家にすることができないのと同様、薄熙来とその仲間も権力をとったとしても毛沢東時代の鎖国政策のようなことができるとは限らない。中共Bはその実、党を救う良策など無く、ただイデオロギーにしがみつくだけなのだ。

    共産党の歴史上、初めて党内の両方のイデオロギーが権力闘争をして、どちらも相手に「反党分子」のレッテルを貼れなかった。たとえ今回の闘争で中央Aが一時的に勝利を得て一段落したとしても、党内の分裂は依然としてある。

    今後の共産党の選択は2種類だ。ひとつは一党専政を堅持して、目下のトップレベルの権威が分散して相互に牽制し合う局面を打開し、党首の地位を強化する。しかし、こうしてもムバラクやカダフィの運命は免れまい。

    もうひとつの道は政治改革だが、問題は中国にすでに政治改革をサポートできるリソースがいくばくも残されていない、ということである。(終)

    (原文はこちら→http://voachineseblog.com/heqinglian/2012/05/china-politic-flights/)拙訳御免。誤字あるかも。

    10:12 AM May 8th via web

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