• 両会ウォッチ(1)/未来への怖れと待望

    by  • March 8, 2013 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣 @HeQinglian 氏ブログ

    全文日文概訳:@Minya_J Takeuchi Jun

    2013/3/8 http://twishort.com/4Mbdc

    毎年北京の「両会」は当局による立法機関と統一戦線の陣容を展示する”エリートのお祭り”に過ぎないとはいえ、やはり大いに世界のメディアの注目を集め る。代表の着ている服から挙止、提案、会見での言葉は世論によるテストとも言える。さらに微簿上にみられる連中への批評・評判こそは民意の真の発露だとい えよう。今年の両会代表達の表明した焦慮と期待の中で、鐘南山(*呼吸系疾患の大家)、呉敬琏(経済学者)与冯小刚(映画監督)の発言、それに民間の”国 5条”(*不動産規制措置)による税収への焦慮には、中国の前途への人々の幾重もの憂慮、即ち今後の十年への怖れと期待が感じられる。

    《体制内人間が革命を怖れる》

    呉敬琏は長いキャリアを持つ党内でも尊重されている経済学者で、これが取材に対して「市場化の経済改革、法治化、政治改革の民主化」という話題にあえて触れる底力があった由縁だ。
    このインタビューはタイトルは「我々は体制内の人間で、革命は望まない」というあたりさわりのないものだったが、内容は急所を突いたものだった。長い記事だが要点は2つだ。

    一つには、経済成長モデル転換と起こりうる危機だ。その談話は総括ともいうべきもので、「現在の2つの問題は相互に切り離せない深い関係があり、一つには 旧成長モデルー経済成長方式を変えるべき要求は十数年、二十年以上にもなるのに、問題は増々激化している。分かり易い面では資源の枯渇、環境破壊、さらに 深い位相では労働者の収入がなかなか増加しないことだ。通貨増発にばかり頼って成長を支えたため、不動産バブルを産んでしまった。通貨膨張への圧力は依然 として高く、我々は現在、貨幣流通量がGDPの200%になろうとしている。世界で100%を越える国はほとんどない。二つには権力が経済領域に介入して 腐敗がますます激化し、すでに骨髄まで達している」と述べた。

    このインタビューの新しい点は呉が最近1年ぐらいで形成された”改革への共通認識”に言及した事だ。「この共通認識というのは『社会の矛盾が臨界点に達 し、改革を再起動させなければならない』ということだ」。「かって私の主張にネット上で反対する人は多かったが、今回は9割が賛成。これが私の言う”共通 認識”」。「我等は体制内の人間で革命は望まない、安定を望む…しかし1人の研究者として…少しでもやれる事はやる」。「成功できるかどうかを先に問わず に…はっきりしているのは、改革をしなければ、先行きは袋小路、ということだ」と。

    この呉氏の「二つの問題」というのはなんら新しいテーマではない。筆者も長年ずっとこれらの問題を研究して来たし、その答えも持っている。中国政府にしたところで腐敗というもう手の施しようも無い政治的な癌の話はさておいても、経済成長の問題だけでも改善したかったのだ。

    広東省では07年に「籠の中の鳥を取り替え」(*産業構造改善)しようとしたが、結果は「元の鳥達が新巣へ行ってしまい、新しい鳥は来なかった」になって しまった。原因は色々多方面にわたるが中国の制度環境が管理コストを押上げ(その中には政府とうまくよしみを通じる費用がかかり過ぎ、もある)、税の体 系、土地価格、労働コストなどがますます投資家にとって不利になったことがあげられる。

    更に深い原因としては、中国が世界的に有名な「知的財産権侵害国家」で30年の経済発展が自己の技術力を育成することより、もっぱら短期で大儲けを狙う投 機的な連中ばかり育てた、という事だ。だから環境の損耗は企業のコスト計算に入れずに済む点と、安価な労働力という「2つの大きな有利さ」を失ってからの 08年からは、経済を牽引した”3頭だての馬車(投资、消费、外需)”は前後して絶えた。

    そして残ったのは不動産だけに頼る中国経済で、この数年、北京が”渇きを癒す為に”その副作用を承知で取り続けた貨幣の超大量発行による経済刺激策をとる内在原因となったのだ。

    私が思うに、中国指導層内部で”改革への共通認識”ができたとしても、しかし、その改革の方向と突破点については意見がまとまることはないだろう。当面、習近平の重要任務は権力の委譲で、内部の利益紛争をゆっくり収めることだ。

    改革というテーマが習近平の議事日程に入ってくるには、李克强の”新市街化計画”が今後、やはりうまくいかないとわかって後だろう。底辺の”暴力革命”(*の怖れ)は現実化しなければ連中にとっては所詮、潜在的脅威にしか過ぎない。

    《環境恐慌;階級を越えた社会全体の恐慌である》

    環境恐慌は今回、すくなからぬ代表達の共通した憂慮のタネであった。鐘南山が一番徹底していた。中国の生態環境がまさに崩壊することを憂いて鐘氏は人民代 表大会の分科会で「GDPが第一か、それとも健康が第一か?」と発言。「以前は環境問題は比較的遠い問題だとおもわれており、ちょっとついでに気をつけて ればいいぐらいに思われていたが、いまやそれどころではない。自分の生活の基本要素が脅威に晒されている時、環境問題はすでに危機なのだ」、と。微簿上で はさらに「どんな調和社会だろうが、綱領だろうが人間の最重要なのは呼吸する空気、食物、水。それが安全でないなら如何なる幸福も無い」と発言したとも伝 えられた。

    環境汚染が健康に被害を与えるのはたしかに緩慢な時間のかかる過程である。現在の中国人の”豊かな時代”は、5000年来なかったわけだが、それは深刻極 まる中国の生態破壊の赤字と引き換えに得たものだ。この種の赤字は今後の中国が5000年来直面したことのない困難に直面させるだろう。国破れて山河有 り。自国の資源は国民の生活を支えられず、中国は世界の輸入大国となり、国民の水、空気、食物の安全問題に直面する。

    前に制度上から、中国の環境汚染は”公有地の悲劇”だと分析した。主要な原因は腐敗政府と不良企業が共謀して利益を貪るためだ、と。また大衆の生活のゴミ 処理のいい加減なことも確かに部分的原因ではある。しかし、中国の生態環境破壊はすでに欲張り役人や不良企業経営者を罰したら元に戻るなどというレベルで はない。任を下りた張力軍・環境部副部長は最後に「淮河を元の姿にする費用は製紙工場の生み出すGDPの数万倍もかかる」と認めた。

    今回の両会で多くの代表が「GDPの弊害」について述べたが、現状から言えばこの呼びかけはもう遅きに失した。生態環境は一つの社会の存在基盤であり、環境への憂慮は超階級超政治的なものだ。だが、大多数の中国人はまだわかってない。

    今、起きている事は自ら「国破れて山河有り」状態を作っていることを。処理の困難な重金属・化学汚染はかっての戦果による「国破れて山河有り」状態より何万倍も対応が難しいのだ、と。(*爺感想;築地市場移転問題みてもわかるですのう…)

    後代の中国人がこの時代を振り返り総括するなら「この時代の中国人は金儲けのために、心を失い狂った様に中国人の生存の根底を破壊した」といわれるだろう。

    中国の指導層も危機感が無い訳では無い。私個人としては2013年の両会の”質素にやろう:は彼らが民衆の怒りを招きたくないからだとおもう。(*役人 の)会食の費用の標準を240元から150元に減らす、などで、「今後、会議主催者はこれを周知徹底されたい」、などというのは公然と中国の貧富の差をみ せたくないからだ。

    この数年、人民代表はブランド服やエルメスのベルト、ディオールの眼鏡など見せびらかしていた。祖国の資源を空っぽにしてエリート達が豪邸を建て、高級服 を着て高級車に乗り、海外に億単位の巨額資産を持つ事態を連想させない庶民はいなかったろう。当局者はようやく、反腐敗がかけ声倒れのみせかけの”持久 戦”だとしても、少なくともこれ以上底辺の民衆の恨みに油を注ぐのはやめておいたほうがいい、と気がついたわけだ。これが習近平・李克强の両会が胡温の第 二期の両会より、カシコクなったところだ。私もなんで、中国の”精鋭”達は一番自分の豪奢さをひけらかしてはいけない筈のこの舞台であんなアホなことをし てるのか、胡温両氏はこの種のシゲキの結果がどうなるか、全然わかってないのはなぜか、とずっとおもっていた。というのも、一応、人民代表大会の代表は” 民意を代表する人々”ということにタテマエではなっている事すらどうも、彼らは全然自覚していないようにみえたものだから。(終)

    拙訳御免 /原文は heqinglian.net/2013/03/11/worry-about-future/

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