• コンピュター・クラッカー威嚇は核威嚇に替わるか?ー61398部隊物語⑶

    by  • March 27, 2013 • 日文文章 • 0 Comments

    程暁農@chengXiaonong氏

    2013/3/27

    全文日本語概訳/@Minya_J Takeuchi Jun

    2013/3/29 http://twishort.com/X9edc

     
    解放軍総参三部のネット戦部隊61398部隊の話が世界各国メディア上で暴露されていらい、筆者は、【硝煙無き戦いー61398部隊物語⑴】でその特殊な能力を分析し、 【21世紀ネット戦争ー61398部隊物語⑵】 で中米両国間のネット戦争をお話した。

    62398部隊の話は深い分析に値する。なぜならこれは大国間の情報戦争のお飾りのようなニュースではなく全地球規模の冷戦構造と世界平和に関わるからだ。

    《21世紀の全地球規模冷戦の新役者ー中国》

    第二次大戦の終結後、世界では地域的な短期間の武力衝突があっただけで、世界規模の大戦争は起きていない。 そのひとつの大きな理由は20世紀中頃から核兵器とミサイルが完成し米国とソ連の両超大国がともに十分有効な核威嚇能力を持ったため、冷戦を熱い戦争にするのは人類の破滅をもたらすだけで、世界大戦で勝利を得る国などあり得なかったからだ。米国はイランや北朝鮮が核兵器をテストするのを制止しようとしたのは、どこかのならず者国家が核戦争を挑発することのないように、という願いからだった。

    前世紀は核大国同士の戦争さえ回避できれば、世界中、まあだいたいは平和でいられたのだった。だが、インターネットの出現ですでに世界の冷戦構造は変化してしまっているのかもしれない。だが人々はまだそれを十分に認識できていない。21世紀の冷戦が前世紀のそれとおおいに違うのはネット戦争が冷戦の重要な手段となり、その故に新しい冷戦はまったく新たな特徴を持つのだ。

    核兵器を擁する大国の軍事情報部門が連続して、別の核兵器を擁する大国に不断にネット戦争を仕掛け、被害国は”持続的な脅威”を感じたなら、両大国間の武力衝突を引き起こすだろうか? 21世紀には世界の安全に対する最大の脅威は情報部門のクラッカーになったのか?もし軍事情報部門のクラッカーがキーボードを叩いて、マウスを動かせば好きな時に世界大戦を引き起こすなら、核の脅威より恐るべき存在にならないか?これが、仮定の問題ではなく、たしかに今日の世界平和に対するひとつの現実的脅威なのである。

    2010年英国のエコノミスト誌は「マウスとキーボードは新兵器?」の表題で記事を掲載して一年半後、世界各国のメディアが中国人民解放軍61398部隊を報道し同誌の先見の明を証明した。 如何に政府や軍事情報部門がネット戦争に対応するかは21世紀の人類が直面する新しい脅威なのである。二十世紀後半、中国は核兵器こそもっていたが、世界の冷戦は米ソ間であり、中国は傍観者であり受益者だった。だが21世紀のネット戦争は中国も加わり、新たな役者になった。

    では中国というこの新冷戦のプレーヤーは冷戦の境界とホットな戦争をどう理解しているだろうか?これを理解するには米ソ冷戦中の毛沢東の瀬戸際政策を振り返ってみる必要が有る。

    《米ソと毛沢東の冷戦に対する異なる態度》

    20世紀の冷戦は米ソ両超大国が互いに相手の胸に武器を突きつけ合い、どちらが初めても両方がお仕舞だった。極めてヤバい核恫喝に両国は冷戦が熱戦ー一大核戦争ーにならぬよう全力でこれを回避してきたた。 米ソは長期の冷戦の中でいかに熱い戦争を防止するかについての豊富な経験を積み重ねて来たのだ。当時、双方が対峙するなかで常に核査察していたのは、『キミの最近のこの活動はまさか核戦争の準備じゃないな」と。双方が災難を乗り切るためのプロセス、パイプで、つまりは双方とも相手を消滅させようとは考えておらず、自分を守ろうとするものであった。

    情報工作の領域では双方の情報部門の中心任務のひとつは、いかに互いに相手の情報活動や地域紛争が全面対決なるのを防止し、核発射ボタンを押すのを回避するか、ということだった。外交領域では50年代中期からフルシチョフが米ソ間の平和共存路線と平和の競争を唱え始めた。この政策は明らかにソ連と欧州の利益に合致し、また文明国家の普遍的な価値観ー人命の尊重と保護ーにもあうものだった。たしかに第二次大戦で千万人もの命が失われたソ連の一般市民はいかなる世界大戦も御免だとおもっていたのだった。しかしソ連のこの平和外交方針は毛沢東が欲しているものではなかった。

    毛沢東は”年功序列”的にいって自分がスターリンの後継者として世界の半分を占める共産党国家の統領になるべきだとおもっていた。しかしソ連の国際共産運動の中での指導的地位はひさしく、毛沢東が如何に望んでもそれは無理なことだった。また、ソ連はすでに工業化していたが、中国の経済力ははるかに及ばず、やっと飯が喰えている小農社会にすぎなかった。かくて毛沢東は「乱戦に持ち込み」国際共産党陣営で「造反派」の役割を演じてフルシチョフの外交政策に挑戦しはじめた。フルシチョフが西側との平和共存を主張したのに対し、毛沢東は1957年のモスクワ国際共産党労働党会議の宣言で「米帝国主義に反対する」を入れるべきだと主張しポーランドなどの共産党の激しい抵抗にあった。

    そこで自分の「何ものも畏れぬ精神」を誇示せんと、毛沢東派この会議で”勇壮”に世界中の共産党のリーダーがギョっとする言葉を吐いた。それは「武力で帝国主義を打破するのに核戦争など大した事ではない。全世界の半分が死んでも半分は残る。死んでもまだ3億人。なにがこわいもんか」と。この戦争狂の一言に、全会場はシーンと静まり返った。

    これ以来、多くの東欧や西欧の共産党・労働党は毛沢東の本当の顔を知り、地位争奪のためには世界核戦争の危険を冒そうというこの男を再び尊重することなく、人民を砲火の犠牲にする危険分子とみなすようになった。かくて毛沢東の言いなりの中共は国際共産党陣営で孤立し、毛沢東の国際共産党運動のボスになる夢は潰え、ヤケクソになってとことん「国際造反派」となり国際共産運動陣営に異を唱え、ソ連共産主義を”修正主義集団”と批判する。

    ついでに言うと、数年後毛沢東は孤立から脱するために、ニクソンの訪中を迎えた。外国人からは、毛はかくて自らフルシチョフの修正主義路線を歩みはじめたことになる。毛沢東は国際的に「反修正主義」を立ち上げながら、1人ぽっちに成ると米帝国主義と仲良しになって修正主義路線を自ら歩き出したわけで、これで世界各国に残っていた毛ファンの心もくだけ散ってしまった。唯一の莫逆の友だったアルバニアとの仲もこれでお仕舞になった。

    《毛沢東の瀬戸際政策の後継者は居るのか?》

    中国の軍隊にはすくなからぬ身分の高いみな60年代の毛沢東崇拝の中で育って来た「紅二代目」の将軍達がいる。彼らは青少年の価値感を形成する時期に毛沢東思想をしっかり詰め込まれている。鄧小平の登場で経済領域では毛タクトの影響は一掃されたが、国際関係と軍事領域では鄧小平はさしたる見方を示さなかった。そのため毛主義は依然として優勢で疑問をもったりされることもなく、これに疑問をさしはさむようなことは許されない。

    数年前に解放軍の朱成虎少将が「西安以東の都市が灰燼に帰そうとも、米国と核戦争を辞さない」という言葉は、かっての毛沢東の言葉と同類である。戦略思想上で少なからぬ将軍達がかってのソ連が持っていたような核戦争を畏れ、人民の命の尊重の気持ちに欠け、国際ルールを蔑視し挑戦するのを喜び自慢できると感じているのだ。

    鄧小平の「韜晦戦術」のころは、解放軍は基本的に米国との衝突は避けていた。が、この十年来、ソ連に取って代わって勃興する中国という自己認識のもとで再び毛沢東の瀬戸際政策に”ふるいつきたい”魅力を感じている。同時に世界普遍の価値感、に挑戦されていると感じているので中国の米国に対する敵意はますます深まっている。米国はこれまで中国を攻撃したり占領する意図をしめしたことはない。しかし、中共の宣伝、教育部門と軍はひっきりなしに「米帝国主義が滅びない限り我等は諦めない」と飽く事無く米国に敵をうつイデオロギー気分を注ぎ込んできた。解放軍総参三部のネット戦でのエスカレーションは一種の戦術性の”瀬踏み”であり、かつ毛沢東方の「武力衝突歓迎論」の戦略的思想の体現ともみなせるのである。

    江沢民と胡錦濤の時代は文官の指導者が軍隊の戦略思想の形成と戦略プランのコンセプトに影響力は無かった。軍は大きな行動の自由を持っていた。しかし将軍達がどの程度中国の眼前の国際環境がどうであるかも十分理解していたかは未知数である。 中米両国の現在の関係はかっての米ソ関係より相当複雑である。かっての米ソ関係は軍事・政治的対立を主としており、経済上は協力もなければ共同の利益もなかった。 が、中米間には潜在的な軍事・政治対立が存在しつつ、また密接な経済関係の利益による紐帯が発達しているのだ。まさにこの経済関係があるから、米国の中国への防備はかってのソ連に対するそれに遥かに及ばないのだ。しかし、一方で中国は米国に対し消費材市場と食料輸入では高度に依存性をもち、対米衝突への扉を軽率に開けることは必然的に中国に深刻な経済困難を引き起こす。

    古き冷戦はもう「歴史」となった。中国は果たして新たなネット戦争を主要な手段とする冷戦を発動し、それが次第にエスカレートして熱核戦争に至るのだろうか?このような重大な国家問題が軍部の動きにまかされるべきではあるまい。

    今言える事は、民主国家は通常、出方を見てから相手を制するやり方だ。しかし、一旦中米双方が本当に協力のレベルを超えて対立する事態になったならば、中国は如何にあるべきかという点で中国の文官と武官には実はそれに対応する思想的用意は無いので有る。

    61398部隊の報道に端を発し、米国はすでに中国のネット戦の意図に防衛・警戒の色を強めている。それなら、中国はかってのソ連の冷戦の経験に学び、米国と協力してネット戦争のこれ以上のエスカレートを禁止する国際規則を制定し、「銃をおもちゃにしていて、実弾が発射されてしまう」事故となって大戦を引き起こす危険を回避しようとするのか、それとも軍部に毛沢東式の瀬戸際政策を続ける事を許し独断専行させるのか?

    中国の言う所の「韜晦戦術」は外交上のヴェールにすぎない。外交上の丁寧な用語をぬきにしたら、ネット戦争は一種の「疑う余地のない犯罪の証拠」(a smoking gun)なのである。中国が引き続き平和的発展をもとめるか、それとも今から毛沢東流のやり方に走るか、いずれにせよ新たな冷戦戦略を選ばなければならず、それは回避することも誤摩化すこともできない。 62398部隊の話の真の意義はそこにある。いままでテーブルクロスの下にかくされていた「煙りを吐く銃」(a smoking gun)は、いまやテーブルの上におかれているのだ。(終)

    拙訳御免。

    原文はwww.chinainperspective.com/ArtShow.aspx?AID=20438

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