• 中国語版「査察官」ー習近平タクシーに乗るー

    by  • April 22, 2013 • 日文文章 • 1 Comment

    何清漣 @HeQinglia 氏ブログ

    2013/419

    日本語全概訳/@Minya_J Takeuchi Jun    http://twishort.com/Gvkdc

    香港の「大公報」細心にでっち上げた「習近平タクシーに乗る」は一日しかもたなかったが、まさに一幕の素晴らしい喜劇だった。いわばロシアの文豪ゴーリキーの「査察官」(*爺注;日本では「検察官」の訳名でしられるが、「地域の政治・経済状態」を把握するための官吏。原文では「钦差大臣」)が19世紀のロシア官界と官僚の縮図なら、「大公報」のこのニュースはその後継たる現代中国の政治世相の縮図だと言えよう.

    《役所側製作世論の”名君願望”ムード》

    4月17日の「大公報」が伝えた「習近平北京でタクシーに乗る」のニュースは、新華社が確認したことによって、「お忍び視察」と名付けられて中国の微簿上で膨大なリツィートが行われた。書いた記者の筆致、数多くのRTした人々の崇拝熱に私は現代の中国が”天朝”(皇帝の御世)と言われるのはまさに「名には実が伴う」ものだ、と実感してこうツィットした。

    「習大人は南方巡行後に帝王がお忍び服でお歩きになった風情ね。騰讯微博の閲覧は469万回、RTは11500以上、みんな大感激ーどうやら自分で作った世論で習大人は沢山エネルギーを取り込んだわね。 一部の中国人が皇帝が必要なんだ。いつも中国の微簿にそれほどどうしようもないアホが多いとは思わなんだけど、今度はわかったわ」と。

    中国人の「名君登場願望」はながーい歴史がある。文革で毛沢東崇拝は減ったけど、すぐみんな”名君願望”を”賢臣願望”に切り替えて”周恩来LOVE”になったし。中国の未来は”明君”か、でなきゃ”賢相”のどっちかにかかっているというわけ。 江沢民時代”名君”はあらわれなかった。李鵬は才徳方面では全然ダメだったし、朱鎔基はうまくやって「日照り続きに待ち望まれた雨雲や虹」になった。 胡温時代には温家宝は朱鎔基よりうまく「民に愛される」イメージを上手に演出した。もしNYタイムズが極悪非道にも中国人の賢大臣のイメージをぶちこわさなければ(*蓄財報道で)、いまごろ大勢が目に涙をためて温家宝を懐かしんでいる筈。

    この「名君願望』は強過ぎて、20世紀の90年代以後の中国研究にひとつの新テーマを与えた程。それは「中央は良くて、地方官料が腐敗。中央の良いことがみな地方政府にねじ曲げられる、と中国農民はおもっている、と学者はいうの。でもへんだよね。中国はいわば汚染大地の大木。人民、地方政府、中央政府みな木の枝葉や幹。土地が汚染されてれば幹だって枝葉だって汚れるのに、なんで葉っぱ(人民)は資質が低過ぎて民主には無理で、枝葉(地方役人)はダメで、ひとり中央指導者だけ「清廉潔白な玉の如し」、なのか?かって何度も「中央は良いが地方が悪い」論を高々と唱えている学者さん達に聞いたけど、質問をきいてはもらえなかったわ。

    《なんで”タクシーの記”が噓ニュースになったのか?》

    驚いたことに雲行きは突然変わって4月18日になると新華社の公式日簿で「香港の大公報が掲載した『北京の運ちゃん、奇遇。習総書記がお客になった』は虚報とされた。で、万を越すRTから我慢して何百も読んだら、ふたつの流れがこれに対してあることがわかった。一つは惜しむ声。もう一つは「大公報ともあるものが噓を書くのか」ってまるで『大公報」がはじめから信用できる新聞だ、みたいな感想。 惜しむ人達は”名君”が民草に親しむニュースがなんと誤報になった、とおもったみたい。大公報の信用問題だ、なんて、

    そりゃ違うって。大公報は香港の文汇报同様、香港での中共の広報紙ですよ。光栄にも「党の手先」になったんだから当然、そのお仕事は噛み付くこと。「私は党の犬ですから党の門の前で党が噛めといえば噛むし、何回噛めといわれれば何回噛む」ということ。もう一つのお仕事は「明君様を誉め称える」、つまり党の指導者をいつも褒めるのね。これにも規則があって、「ゼッタイそのとおりにやる」「余計なことは一歩もしない」なの。

    すぐ本当のことを言いたくなる悪い癖で、私はその「大公報」が党のワンコだと知らない人達にツィッターと微簿でこう書いて冷や水を浴びせてしまったわ。大公報は文汇报と一緒の党の代弁機関で香港の”有名な4人の妾”なのよん。党のボスに仕えるのがお仕事。問題はこれ書いた人は下っ端じゃないってこと。

    だから大変信用の置けるルートで提供された情報。なぜ?そして内外に流れた後なぜ取り消して、噓だ、と?なんで大公報ははっきりモトを言って責任を逃れないのか?報道内容からすると「3月1日の夜8.2km、26分間客をのせて感動した運ちゃんの郭立新が嘘をついたとは思いにくいのよね。「聖上の御墨跡」を額に入れて飾ってるなんて作家の二月河の小説の中の農夫みたいで一生に一度の奇跡みたいにおもってるもの。

    大公報がこのニュースを無から捏造したってのは不可能。記者の王文韬は大公報の北京支社長で元新華社北京ニュースセンターの副主任です。こんな情報官僚が党の規則を知らないはずはない。彼のニュース源は信頼できるソース(つまり上の命令)以外あり得ない。

    この任務を言いつかって王文はきっと大変感激したに違いなく、気合いを入れまくってあの写真付きの記事、「習書記、タクシーに乗る」で、大ボスが民情を汲もうとしていることと、庶民的な人柄であることに焦点をあてた記事を書いた。

    そして、これまた命を受けて待ち構えていた新華社がニュース発表されるやいなや、ただちに微簿を通じて、この主席のタクシー乗車の話を「正しいエネルギーで」持ち上げた。一体問題はどこにあったのだろう? 陕西の省宣伝部常務副部長・仁賢良的に言えば「インターネットを基礎にした新メディア世論の場に、だろう。この「世論の場」というのは実のところ共産党メディアのことだが、国内に微簿、国外にツィッターがあるため、党と対立した意見の場も存在している。

    だから仁賢良のいう”党の新聞党の刊行物党の土台で通信社を主体としたメディア世論の場”で、制御可能な微簿に五毛を投入して、数時間以内に微簿上で誉め称えるRTが数万にもなったのだが、褒め方が余りにも陳腐なのでネット上では嘲笑の的になった。

    《聖上はなぜこの記事を喜ばなかったのか?》

    以下述べることは全く私の想像です。ネットの風刺がこの『お忍び行』の2大弱点をさらけだしたからじゃないかしら。

    1、総書記は自分が統治しているこの国、中国がわかっていない。

    北京の”毒の霧”のことは世界が知っていて、”北京咳”まで出現しており北京人の恨みは怒髪天、とまではいわなくても中南海の奥深く聞こえる程度にはなっている。この下情を知るのにタクシーの運ちゃんに総主席が聞かないとわからない、というのは中国の世論の糞詰まりが深刻で、下層庶民から中南海まで這い上がって来た常任委員は’乳母日傘”育ちで古代の馬鹿殿並み、ってこと。まさかネット遮断の”万里の長城”が中南海まで隔離したわけでもあるまいし微簿をみれば必要な情報はわかるのに、こんな水戸黄門みたいなことをしないとわからないのか?それじゃこの習近平指導部連は一体どんな情報によって国策を決定しているのだ、ってことにならない?

    2。この種の水戸黄門方式では温家宝のほうが上手

    中国の第三、第四代リーダーの中で、この庶民イメージ演出で一番達者だったのは温家宝。任期十年、毎年正月には孤独な老人を見舞い、貧乏人を尋ね、災害現場では「遅れて済まぬ」と涙流して謝ったもんだ。これはもうお手本通りの映像。2012年旧暦の晦日には温家宝は3年前の約束を果たす為に、甘粛省のど田舎に現れたほどで、この方面では習総書記がタクシーに乗った位ではとても敵わないってこと。

    主席の座についてから、習総書記はずっと世界に向けて、胸中に遠くをおもんぱかる能力を持ち万民を思いやる現代的リーダーのイメージを演出して、イサマしい言葉は涌く様に流れ出し)18大会から「邪道は歩かない」、ロシアでは「自分に合う靴論」を言い放ったが、しかし党中央の言うことをきかない”民間世論”においては日に日に拍手は減少し、ブーイングが増えて来た。

    これは彼の演説が下手だとかいうことではなく、前任者がすっかり民衆の信頼という資源を使い果して、代わりに山の様な社会矛盾を置き土産にしたから。

    「天の雷も雨露も、すべて君主の恩である」という大広報にとってみれば、この記事を書いたのは君主のお気に召すためだった。それが今、「誤報」にされたのはお気の毒としかいいようがないが、しかし別にそれで名誉が傷ついたわけじゃない。そんなものは始めからないんだもの。(終)

    拙訳御免。原文は voachineseblog.com/heqinglian/2013/04/dakong-false-news/

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