• 「『剛柔兼備』の習近平

    by  • May 15, 2013 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣氏 @HeQinglian ブログ」

    2013/5/16

    日本語全文概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    http://twishort.com/bkrdc

    2013/5/18

    習近平のタカ派ぶりは2009年のメキシコでの談話が世界に知られている。(*爺注;習は副主席時代、メキシコで,”中国は13億人のメシ問題を解決した。外国人がくらだんことをいって中国に干渉するが余計なお世話だ。中国は革命を輸出しないし、飢餓も貧困も輸出しないし迷惑もかけない。その上何を言うのだ」と発言した。)この「性格の強さ」でもって、色々な人がてんでに「対外的に強く出て、中国の国威を発揚してくれるだろう」「強い拳で腐敗を撃ち、官僚腐敗をやめさせるだろう」などと言い出し、さらに、習とプーチンを較べて「習近平の鉄腕とプーチンの強さはどうが違うか」だの「反腐敗に鉄拳を下し節約を励行し、広東を南巡し何度も苦労している貧民を訪問して改革開放をすすめ、軍を抑え平和外交を行い、法治によって質の高い経済を発展させるだろう」「度量のある厳しさと寛容さで国を治め、剛柔併せ持つ治国の模範となるだろう」だとか勝手に褒めちぎって空想の翼を広げた。

    《「メリハリがきいて、剛柔兼備」というこの評価は正しいか?それは評者の立場次第だ 》

    反腐敗では「やったり、やらなかったり」であった。

    まず「反腐敗」では習近平の有名な言葉は「虎も蠅も全部やっつける」だった。「虎」と「蠅」は別に中共中央の文献で規定があるわけではないが、一般のメディアでは省級以上が「虎」だ。最近「習近平がこっぴどく省級の”虎”をやっつけた」なる一文があり、四川省委の副書記・李春城、湖北省人民代表大会副主任・呉永文、国家発改委副主任兼国家エネルギー局長・劉鉄男を”虎”とした。

    実はこのクラスの”虎”なら中共はずっと以前から”やっつけ”ている。2012年5月11日、国家腐敗予防局副局長の崔海容が香港での清潔政治公署第五回国際会議上で明らかにしたのは「過去30年、中国は420万余人の党政治メンバーを処分し、うち90余人は省部級(*部は本省級の意味)の官僚で法的責任を追求された、と。まして、劉鉄男らこの3人はみな平民出身だ。紅色貴族政権の主人たち、つまり各紅色家族メンバーの眼中には由緒正しい八旗(清時代の貴族家族)に属さぬ「家付きの奴隷」のようなもので、奴隷の分際で職権を利用して汚職をするなど我等が御先祖を辱めるもので、捕まえて刑に処すべき…というのが習近平の「やった事」なのである。

    「八旗」だの「奴隷」などという言葉をここで使ったのは、専制政治の等級制度上の用語だから。現在の中国は清の時代と本質は不変なのだ。中共紅色政権の根本はやはり特定の一家の天下であり、ただ皇帝一家だけが天下を所有するのではなく、多くの紅色家族の共同所有制で、権力の受け渡しは血縁を大変重視している。歴史上、社会主義を標榜した国家群の”ファミリー”といえども、こうした政権はたった二個半しか無い。一つは父から子への政権委譲の北朝鮮、もうひとつは兄弟の政権委譲のキューバ。残る半個が中国で代々、紅色家族が伝承していくのだ。

    中国が北朝鮮・キューバ式にならなかったのは毛沢東に適当な男の後継者がいなかったからである。30年すったもんだして、遠回りして二代の「家宰」(爺注;江沢民、胡錦濤は紅色貴族二代目ではないから)を経て権力の杖は今、再び紅色家族の手に戻った。で、もう”家宰の摂政”などに任せないで済む様に、現在、紅色家族三代、四代を育成を開始しているのだ。「紅色共産政権の守護者」という役割は、まずこれら紅色貴族家族への責任を果たすことだということは習近平は当然はっきり自分の任務として知っている。だから去年の権力闘争は激しかったが、八旗貴族圏内の人物(薄熙来)には支配者家族としての待遇を与えた。薄熙来失脚後もこの”城壁内”は無事で、関係のあった太子党の陳元は薄熙来の天下に賭けて、国家開発銀行から数百億元も薄に貢いでいたが、罰といえばせいぜい銀行頭取を免職になった程度で、そのうえ「全国政治協商会議副主席」の地位を与えてもらったほどだ。

    このトップ間の権力闘争で多くの紅色家族メンバーが蓄財ぶりを運悪く暴露されたが、習近平は「見ざる聞かざるふりができなければ、一家の主は勤まらない」ことをよく知っており、全く追求しようとはしなかった。なぜならこの国家はもともと共産党の紅色家族によって産まれたものだからだ。最初に「革命」の旗印を掲げた家なら、「爵位を与えて功臣に報いる」までもなく、現在の様に、勝手に財富を取って行けばいいわけで、これは当たり前のことなのだ。この程度のことは権力を握る者にとっては百も承知…これが習の「やらなかったり」の方である。

    《社会の管理と支配ー緩急自在のさじ加減ー》

    厳格に処さねばならぬ相手は誰か?

    読者の参考に例を挙げる。

    2010年から今まで報道に依ると、計7件の土地収用に際し、工事用車両によって村人がひき殺された事件がおき、そのうち3件は今年3、4月に(爺注;*つまり習近平時代になってから)起きている。3月27日;河南省中牟県の農民・宋義和は自分の請負耕作地で、侵入して来たフォークリフトにひき殺された。3月30日、湖北省巴東の農婦・張如琼は高速道路工事で交渉中、コンクリートミキサー車に衝突され死亡。四川省西昌市の農民・宋武華は重鋼西昌会社のブルドーザーで轢殺された。これらの事件は権力と資本が農民全体の利益との衝突でおきたもので、事件のその後の主導権も権力当局が持ち、これらの驚くべき事件は全て示談に。権力の眼中には人民元で解決できぬ問題などないのだ。

    農民は死をもって抵抗しているが、しかし権力との力較べではいつも敗北する。国内メディアはこれらは地方役人の点数稼ぎで行ったことといつも報道するが、これが中共政府が自分の政治集団の利益を謀る存在と化したがゆえの必然の結果だ、とは認めない。中国の自然資源が所謂経済発展の為に消耗し尽くしたあと、残った土地だけが実体のある財産で、地方政府の財源になっている時、庶民と地方政府のどちらを活かすという事が今や、最後の選択になっているのだ。

    農民は権力の前に無力で選択の余地はない。胡星斗(経済学者・t.163.com/huxingdou)は最近、委託を受けた江蘇省連雲港市の灌雲県陸庄村の土地強制収容取り壊し検討会で、護権専門家の周鸿陵提供の資料に基づいてこう語った。陸庄村の人口は6000余人で、土地強制収容で100回以上の集団騒擾事件が起きており、延べ千人以上が有罪判決を受けて、刑務所や労働教育書、勾留、学習班に入れられた。暮らしの為の土地を守ろうとして、村の6分の1が「国家の敵」になった、と。

    英明なる党中央はこうした実状を知らないのだろうか?そうは思えない。紅色政権を維持する為に執政者は中国の資源を金属、木材、水、土地をすべて略奪し、いまや「新市街化計画」だけが経済発展の策だから、土地を強制収容しなければ地方政権を維持出来ないのだ。 地方政権の「奴隷」(*下級共産党員の官僚)に忠誠を尽くしてもらえなければ、紅色貴族政権は”裸の王様”政権になってしまう。何人かひき殺されたって、経済発展の大計の前には大したことではない。このような強制土地収用はまだまだ続くだろう。

    《治国の難しさは、民を治めることではなく、官僚を治めることに》

    紅色政権の政権の主人にとっては国を治める難しさは民衆ではなく官僚である。中国政府は民衆に対しては武力鎮圧という手段がまずある。中国政府が出した『中国武装力の多様的運用』白書によれば武装警察部隊は国家が公開突発事件への処置をするもので、社会秩序維持の背骨であり突撃力をもち2011年から12年にかけて出動した回数は延べ160万人。これは一度の大規模戦争に匹敵する。さらに二つ目には「銭の力」がある。例えば最近北京で安徽省の若い女性・袁莉亜の”飛び降り死亡”事件で、最後に袁一家に40万元を支払って終わった。(*爺注;輪姦されてビルから投げ落とされたとみられるが、警察発表は自殺。安徽省出身者による大抗議デモが行われた弾圧された)。

    しかし政権が長期にわたって継続しようとするならやはり官僚達に頼るしか無い。官僚が清潔なら政権は安定するが、それが腐敗したら民生は困苦、政権も揺らぐ。紅色政権の親玉の習近平にとって、困ったことには自分では腐敗の根源を止められない。だから習はプーチンのやり方や統治方式を褒め上げてが、プーチンのやり方を真似するわけにはいかない。例えばプーチンは役人に今年4月1日までに財産を申告し、6月1日までに自分の海外資産をキレイにするように求めた。またすでに国家の役職になくても、正式に職を離れて3年以内なら海外に資産を持つことを禁じ、違反車には500万ルーブルから1000万ルーブルの罰金か5年以下の懲役、3年以内の公職就任禁止となった。

    習近平は巨額の財産を擁する紅色家族たちを懲罰する方法もないのでプーチンの真似をしたくてもできない。紅色貴族達に手が出せない以上、下っ端の役人を拘束したところで意味は無い。腐敗の方面では”模範”の力は無尽蔵だ。中国国家資源は「全人民のもの」として、「国有」とされるが、どうして紅色貴族階級だけがそれを独占し謳歌できるのか?紅色貴族がやっていいなら、その下の役人はどうしていけないというのか?かくて、中国では上から下まで皆で貪り、底辺の役人層でさえちょっとした権力があれば、上にならって何億も稼げる。たとえば広東の腐敗した小さな村の役人達のように。

    習近平総書記の「度量のある厳しさと寛容さ」なる気持ちがもし有るなら、役人に財産を公開させたり海外資産を整理したりするように言えなくても、役人の財産を公開せよと要求して逮捕された人達の釈放位はしたらどうだ?(*爺注;北京の十君子事件)。

    紅色貴族のしたい放題を阻止できないばかりか、国民にそれを論じることすら禁止する。紅色貴族や役人の貪婪な行為を監督せず、一般庶民の思想を管理し、庶民に世界の普遍的価値をしらしめず、市民意識と報道の自由を管理しようとしている。中国人は一寸前まで、文革で下放させられた経験があり、その痛みを知っているはずの習近平なら民を思いやり、不正役人の政治を刷新し、国を整えることを心から待ち望んでいたが、でてきたのは「強圧の9号文献」だった。

    9号文件の精神は「7つの禁止」で世界共通の価値、報道の自由、市民社会、共産党の間違い、紅色家族、司法の独立等々を論じることを禁止し、すべて庶民が目覚める権利を押さえつける内容だ。つまり、習総書記の眼には官僚の腐敗はかならずしも紅色政権の崩壊を意味しないが、国民の権利意識の覚醒こそは紅色政権の命取りに成る、と映ったのだ。

    かくのごときやり方で「剛柔相備え、度量のある厳しさと心の広さで国を治める」のなら、紅色貴族国家のご主人達の眼に映る習近平はたしかに、権力を預けるにあたって合格点がつけられる人物ではある。(終)

    (《中国人权双周刊》第104期 2013年5月3日—5月16日)

    拙訳御免。原文は biweekly.hrichina.org/article/7272

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