• 失業青年と社会の動揺

    by  • June 21, 2013 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣氏 @HeQinglian ブログ

    2013.6.20

    日本語全文概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    http://twishort.com/pg0dc

    2013.6.21
    《中国の若者はなぜネットで鬱憤晴らし?》

    以下の記事は党最大の雑誌『求是』の記事だ;曰く「現実が不遇なネット民は道理をわきまえよ。罵ったって党や政府は倒れないし、自分の幸福な生活や輝く前途はない。知識は運命を変え、労働は幸せを作る。ネット世界で憂さ晴らしし、社会に文句をいうより、ネットから離れて、現実に立脚し、一生懸命勉強し、勤勉に働き、自分の頑張りで生活を改善して運命を変えて行くべし」と。この話は中国の現状、特に就職口が無いことを考えなければ確かに役に立つ金言であるし、どの時代のどんな国でも”タダシイ宇宙の真理”ではある。ただ悲しいかな、私は1986年に「中国ー人口のダモクレスの剣」を書いた時から三十年近く心配してきた中国の現状を知り過ぎている。

    現在、就職先がない精力にあふれる大学卒、院卒の大量の無職青年たちは、仕事が見つけられず、「労働を通じて幸福を創造」するべくもなく、「知識で運命を変える」などさらにない。だから「ただネットに溺れ社会に不満をぶつける」しかないのだ。その鬱屈した発言をみると、もしネット論壇とか微簿マイクロブログがなければ彼らの不満は心にたまり、きっと更に多くの”陈水总”(爺注;2013年6月8日、福建省アモイバス爆破事件で爆死した男。真犯人かどうかは疑問もある。)を生み出したとおもう。

    中国の就業問題は解決可能なのか?近未来の数十年以内の解決は不可能だし、この先10年は更に厳しい。20世紀末の90年代後期、中国は世界経済史上かってない奇跡的な現象が出現した。経済成長率が毎年8〜10%以上に達した。しかし、就業率の増加は1~3%の間に落ちた典型的な「無就業経済成長」だった。1999年教育産業がスタートしたとき、私は中国産業の構造と教育構造の重大な欠陥から中国には必ず知識型労働過剰現象が起きると指摘した。

    2003年以後、大学卒業生の就職率の真偽に注目し続けて来た。各高校の上級からの評価圧力のもとでやむを得ず卒業率の偽造がおこなわれ、多くの大学が父母の属する企業単位から偽の雇用証明書をとりよせさせてから卒業証書と交換するようになった。このため、さんざん苦労してデータを分析しても実際には中国の失業現象の真相は知る術もなかったのだった。2005年には北京大学の教師・文東茅が「過程背景が我が国の高等教育の奇怪と卒業生の就職にあたえる影響」をレポートした。全国の 高校生卒業調査をベースに父親の職業的地位と教育程度を過程背景の指標にして、そのなかの一説に「家庭背景が卒業生の就職に与える影響」として親の地位と子供の就職機会、サラリー、出世の速度に相関関係が有るとした。その後、私は毎年高校卒業生が仕事についたとしても「月光族」(爺注;月末にスッカラカンになる)、蟻族(穴蔵暮らし)、仕事が無ければ都市流民となって「臑齧り族」や政府用語でいう「後から豊かになる待機族」になるのをみてきた。

    《中国の世紀の難題;就業》

    政府が青年の就業にまったく無策であったか、といえばそれは事実ではない。2005年から高校卒業生を軍隊や、西部開発の仕事や、地域委員会の基層幹部に最小したり、できる就業機会は全て掘り起こしてきた。大卒や院卒も何もしなかったわけではない。葬儀屋の仕事、環境衛生(*爺注;大学院生が市のゴミ収集作業員になるため学歴を隠して応募した事がネットの話題になった)にいたるまで全部さがした。多くの女子大学生はきっぱり誰かの愛人になることだって”就職”と考えている。こんな状況下でも「役人の子供」には良い就職機会が約束されている。しかし平民の子はメシさえ食えればよしとせよ、なのだ。

    大量の都市の国有企業リストラ労働者と失業大学生をおとなしくさせておき、異議分子になったりして社会の平穏を乱させないために治安維持費の大盤振る舞いからちょっぴり分け前をだして、”情報提供者”(爺注;タレコミ屋)やネット評議員(爺注;所謂”五毛”、政府贔屓のツィットや意見を述べるネット上のサクラ。)にしている。上海や北京のような異議分子の多いところでは、国営リストラ労働者をこれらの人々の見張り役に雇っている。月給はせいぜい六百元から八百元(*爺注;1元=16円で1万円ちょいか)だがリストラ労働者には有難い就職機会だ。私の友人がこの監視対象となる光栄を得て、この連中を撒こうとしたら「頼むからつけさせて。一家はこの六百元ちょいをあてにして暮らしてる。あんたにおいて行かれたら生きて行けない」と言われた。

    黒龍江や湖南では異議人士が多く無いので、教育のある国営リストラ労働者を”ネット評議員”にしている。この種の人がどれだけいるかは知る術が無い。ただ広西の貴港県郷クラスでは六百人以上を雇っており、村級の”情報提供者”は3500人以上だとか。内モンゴルの開魯県は人口40万人の僻地だが、成年人口中、12000人の”情報提供者”が治安維持に参加している。これは人を相互に密告する制度を産業として奨励、膨大な精神的汚染を広め、実際には何の価値も産まないで低報酬で社会底辺を吸収し中共の思想的盲従者を構成している。

    《失業青年と社会の動揺関係》

    ただ問題は、政府が如何に気前よくてももうこの先、失業人口のすべてをこの精神汚染産業で雇うことはできず、社会には巨大な数の失業青年がうまれてしまうということだ。この無職の若者達が溢れることは必然的に社会の不安定要素になる。

    1968年パリの五月革命は日本赤軍等の社会運動と青年が熱烈に参加した原因と失業の関係ははっきりしない。しかしイタリアの赤い旅団の結成と青年.大学生の失業現象は深刻な直接関係があった。60年代末期、イタリアの失業率は上昇を初め、同時に学校は生徒募集数を拡大した。学生は卒業後、職が見つからなかった。マルクス主義暴力革命の理論的影響をうけたトレント大学のレナト・クルチョとその友人らが結成した赤い旅団を結成。最初の構成員は大学生と、労働条件改善を願った工場労働者だった。秘密組織の形をとり、会員は層にわかれ互い同じ層では連絡をとらなかった。最初の有名な講堂は1978年のアルド・モーロ元首相誘拐暗殺事件で、テロ組織と認定された。

    最初に失業青年と社会革命の関連に気がついたのはサミュエル・ハンティントンだ。かれは「文明の衝突と世界秩序の再建」(1998年)で、こう述べた。『石油価格の上昇による原動力は80年代に失われたが、人口増加は持続的原動力だと。 東アジアの勃興は驚異的な経済成長率によって突き動かされ、イスラム教の復興も同様に驚異的な人口増によって推進されている。イスラム国家人口の膨張、とくにバルカン、北アフリカ、中央アフリカのそれが近隣や世界の標準を遥かに越えている。主なアラブ諸国では20歳がめだち、失業青年の数は2010年ごろまで続き、1990年と較べるとチュニジアでは就業市場への就業者は30%増加、エジプトでは50%増加する。アラブ社会の識字人口の急速な増加は教育のある若い世代とない上の世代に大きなギャップを生む。これにより「知識と力の分離」が「政治システムを緊張状態に置く」』と。ハンティントンはさらに「青年は反抗的で不安定で改革と革命の主役と成るとし、1988年、サウジ王は「国家構造の最大の脅威はイスラム原理教が青年の中に広まってる事」と。

    ハンティントンは90年代のイスラム教失業青年と原理主義の発動する聖戦(つまりテロ活動)の関係をイスラムの青年は自然に教えを奉じ、そこへイスラム教独特の政教一致制度と聖戦制度の影響が青年を殉教に向かわせる事が聖戦の原因と指摘した。この予測は事実によって検証され、911以後、米国の反テロ戦争は聖戦規模を縮小させたが、失業人口は依然として大量に存在する。2011年中東北アフリカに出現したジャスミン革命の参加主体も失業青年だったしこれら国家の失業率は30~45%で、発火点は街頭で物売りをしていた失業青年の焼身自殺だった。

    私は中国政府がどんな人口、資源の間の緊張関係を緩和する方策をもっているか知らない。中国の民主化が早期実現されたとしても、人口と資源環境間の緊張は即座には解消されない。それはチュニジア等の現状をみてもあきらかだ。(終)

    拙訳御免。原文は; www.voachinese.com/content/youth-unemployment-and-social-unrest-20130619/1685450.html

    何清漣氏のブログの日本語訳はこちらでよめます。;heqinglian.net/japanese/

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