• なぜ市場経済を罵倒するのか

    by  • July 15, 2013 • 日文文章 • 1 Comment

    何清漣氏 @HeQinglian

    2013/07/13

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    http://twishort.com/TI6dc

    2013.7.15

    「今になってやっとわかった。俺たちは半分生き埋めにされた!」なる文がネット上で広がっている。6つの「三十年前…は」という書き出しで、かっての「計画経済」(*爺注;社会主義時代の)の長所を並べ、「もしおまえらが金持ちなら」と”市場経済”を痛罵している。こうした言い方は少なからぬ国営企業をリストラされた工場労働者や毛沢東左派にえらくウケがいいのである。

    《計画経済が”天国に至る道”になった》

    この文章はこうだ。

    「計画経済時代は住居も待たされたが、ちゃんとあった。市場経済では待たなくても良いが、買えやしない」

    「計画経済では医療費は無料。質は良く無かったがお金もいらなかった。市場経済で質は上がったが、病院にいけなくなった」

    「計画経済下では学費は無料だった。市場経済では学校にカネがなくていけなくなった」

    「計画経済下では職業選択の自由はなかった。しかしシゴトはあった。今、選択の自由はあってもシゴトはみつからない」

    「計画経済の下では仕事は安定していた。市場経済の下では不安定ですぐ失業」

    「計画経済の下では皆貧しかったが、貧富の差はちいさかった。市場経済は貧富の差を広げた」

    この文章はかっての計画経済を「天国への道」のように描き出すが、二つの大きな常識で間違っている。ひとつは計画経済下の中国の実状。もうひとつは市場経済の影響は政治制度の善し悪しによる、ということを見落としている。

    政治制度が悪ければ、経済の市場化の結果は必然的に権力の強い干渉のもとに中途半端な”市場経済”しか産まれない。この文章が列挙した多くの問題は、失業を除いて、民主国家市場経済ではあまり出現してない。多くの発展途上国だって、こうした問題は中国程深刻ではないのだ。

    《だれが計画経済の”優越性”を享受?》

    この一文が讃えている計画経済の長所、例えば、医療費免除や住宅分配などは当時、共産党の政務や事務機関、国営企業の人びとだけが得られた。集団企業(爺注;私企業がないので国営以外の町や村の集体所有制企業の略称。まあ”民間零細企業”だとおもえば。)は職住一体で、医療費も全免除ではなかった。当時、公費医療を受けられない都市住民には軽い病気なら国営企業に働く家族の保険帳簿を使ってごまかし、重い病気なら諦めるしかなかった。

    人口の8割を占める農村にいたっては、そもそも無料医療など存在すらせず、それぞれの人民公社に簡単粗末な衛生所があっただけ。農民は費用は安かったとはいえやはりみてもらうにはカネがかかったのだ。

    計画経済時代に政府が全ての人々に仕事を与えた、というのは真っ赤な噓で固めた神話である。清代の中期以来、中国の失業減少は大変深刻で、中共政権初期は「2人のメシを3人で喰う」(*2人でできる仕事でももっと多人数でやる)という効率を犠牲にしたやりかたにたよった。

    さらにかっての「富農、右派分子出身は仕事に就かせず、職を与えない」という方法でも失業者を”消滅”させた。本当に国家の仕事の配分に預かったのはおもに大学卒か中等専門学校卒生であって、このような分配制度は80年代中後期まで続いた。

    もし健忘症でもなければ、まだ五十年代末から1974年にかけての学生や幹部などが農山村に長期間定住して農山村の社会主義建設に協力した農村知識青年下放運動を覚えているだろう。
    この運動は「知識青年を広大な天地で下層貧農中農の再教育を受けさせる」などというたっていたが、実際は毛沢東の独創的な「都市住民の失業解消」の方法だったのである。

    何千万のこうした青年達は文革がおわってやっと都市に戻ることはできたが、勉強や商売ができたり、国営企業で父母の職を継いだりできた極少数部分を除いて、大部分は中小企業の小工場で働くしかなく、多くの人が困窮の一生を送ったのだ。

    計画経済の「結果の平等」の追求は、必然的に人々の創造性や積極性を扼殺してしまう。その結果、生産効率は下がり、物資は欠乏する。当時、都市住民の衣食は基本的な生活を維持するのがやっとの低水準だった。毎月、1人づつ証明書をもって23~25斤(1斤=500グラム)に満たない量を買えるだけ、時にはトウモロコシや芋の雑穀でなんとかして、肉や魚は一家が一月1kg以下。布や綿、砂糖は配給切符制だった。

    農民にいたってはこうした都市住民が手にするわずかな証明書や配給すら、与かれなかったのだ。人民公社時代、各生産隊は全ての農産物をまず先に国家に納めなければ成らなかった。これによって都市住民の分を確保して残りがやっと農民にわけあたえられたのだ。大多数の農民は一年中、半分餓えた状態におかれた。だから農民は都市住民のわずかな配給票にもおおいにあこがれ、都市住民になって配給食料を食べられることが一生の夢だったのだ。

    計画経済下では人々が皆、進学できた等という話に至ってはまったくのデタラメ。私の故郷は教育水準は全国の都市で真ん中位だったが、自分の「出身」が「良く無い」部類だったから、中学にいく機会も奪われ、「大学入学者選抜大学入試センター試験」が復活してから「同等の学力」があるという申請をしてやっとセンター試験に応募して、大学にいくチャンスをつかんだ。広大な農村地区の多くでは何十㌔四方に学校らしきものが全くなかったのだ。

    一部の国営企業労働者だったOB連が計画経済時代を懐かしむのは、当時が自分等の黄金時代だったからだ。労働者階級は毛時代には「指導階級」といわれ、政治的地位は知識分子より上で、かれらを指導したものだったし、経済的地位は農民より遥かに良かった。当時の労働者階級の経済的地位は現在の都市中産階級ぐらいのものだった。改革は彼らのこの階級にとってはたしかに「楽園追放」であり、「金の時代」「銀の時代」から「鉄の時代」への転落だった。

    これらの点を除けば、この文章は「毛左派」が「毛沢東時代の麗しき政治」を賛美するのと同じで完全に虚構に想像を付け加えた妄想の産物で歴史的真実とはほど遠いものである。

    《市場経済の作用は政治体制に規定される》

    もし「今日やっとわかった」なる一文が計画経済の虚構による美化なら、一方、西側にはこれはこれで「市場経済万能論」という間違った考え方が有る。即ち、市場経済の発展が中国を民主化に向かわせるだろうと、いう説だ。2000年にカリフォルニアの大学で誰かがスライドでこうした意見を紹介していたし、プリンストンの公開講座でも同様の質問を受けたことがある。

    二回とも私はこう述べた。

    「如何なる理論仮説も経験的事実を根拠にもたねばならない。市場経済の要は資源等生産に必要な要素が市場によって配置され企業が自由に競争することであり、人々が自由に動き、選択することだ。この基準をもってすれば、世界の絶対多数の国家はすべて市場経済であり、そうでないのはかってのソ連陣営と中国、ベトナム、朝鮮、キューバだけが計画経済を実践していた。この三十年、これらの国々も次々に計画経済を放棄して市場経済に変えた。

    が、だからといってこれらの国家が市場経済を通じて自然に民主化されていった、などということを意味しはしない。なぜなら市場経済はほとんどどんな政治体制とでもくっ付くのだ。世界を見渡して、EUの高い福祉の社会民主主義政治、エジプトやラテンアメリカの独裁政治、米国型の民主政治、日本や台湾のアジア型民主制…どれも経済上では市場経済と私有制でただ政府が経済に関与する度合いの深浅はそれぞれ違うだけである。これら国家の政治状況は天地の違いがある。比較的成熟した民主政体から、腐敗と独裁に満ち満ちた専政社会まであるのをみて、市場経済が自然に民主主義を促すなどということは無いことがわかるだろう。

    事実上、計画経済からモデルチェンジした前社会主義国家はその政治制度が市場経済の形成に決定的な作用を持っている。中国で言えば資源は政府によって独占されており、所謂市場経済は実際は権力の関与による半分行政支配による半市場経済で、ホンモノのそれとはほど遠い。このような”市場経済”が中国の民主化を促進したり、エジプトやブラジルの完全な計画経済をやったことのない国々でも、長期にわたる市場経済の下で軍人独裁政権が産まれたのか?よってわかるとおり、一国の市場経済がどんな作用を及ぼすかは政治体制によって決まって来るのだ」と。

    私がこう話したら会場の人々はみんな「それはそうだ」ということになり、誰かは「聞いてみればカンタンな話じゃないか。自分たちはなんでわからなかったんだろう」といった。

    「今やっとわかった」なる一文は計画経済下の人民がみんな貧しかったといい、「市場経済は一部の権力のある有利な人間たちを先に金持ちにする」というが、完全に一方的な曲解である。例えば中国の紅色貴族家族が富をなしたのは市場経済下の公開公平な自由競争の結果などではなく、中国政府が長期にわたり権力を維持して資源を支配してきた結果なのである。

    もし中国式の富の分配構造のよってきたる由縁が市場経済にあるというのなら、その診断は間違い。それはもう以前に拙著「『中国現代化の落とし穴』(p.tl/5z90)」でとっくにはっきり分析して書いておいた。

    もし中国が民主化の門を閉鎖しなければ中国の未来の発展は様々な可能性があった。しかし、中国はいまその門を閉ざした。だから中国人はただ毛沢東時代と鄧小平時代の間を行ったり来たりしている。毛時代は30年以上も前に終わったが、中共は自らの政治的合法性のために、毛時代の多くの国家の罪をハッキリさせないばかりか、研究すら禁じている。

    当局が言論を厳しく制限し、敵視の選択性に壁をつくり、多くの青年に毛沢東時代に対して美しい幻想を与えた。多くの中国人は現状に深刻な不満をもち、未来はさっぱりわからないという状態にある。一部の政治的な臆病者か無知な者たちは、かくして実際の歴史から完全に遊離した毛を讃える文章を書くことによって鬱憤ばらしをしているのである。(終)

    拙訳御免。

    原文の「诅咒市场经济错在哪里?」は voachineseblog.com/heqinglian/2013/07/why-cursing-market-economy/

    何清漣氏のこれまでの論評は;heqinglian.net/japanese/

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    One Response to なぜ市場経済を罵倒するのか

    1. December 22, 2013 at 22:34

      Really appreciate you sharing this article post.Really looking forward to read more. Keep writing.

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