• 唐慧事件と中国の最下層政治文化

    by  • August 9, 2013 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣氏 @HeQinglian
    2013.8.6

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    http://twishort.com/PZDdc

    2013.8.8

    「南方週末」が8月1日にだした「永州幼女が売春婦にされた事件の再調査」と「何が唐慧を作ったか」の記事は確かに、転覆的効果があった。しかしそれは唐慧のイメージを転覆したというより、むしろ、近年、日に日にあきらかになる「最下層社会への賛美」を覆した、といえるのではないか。だから、痛い思いをして以後の教訓とする者も、唐慧を罵る者も、「南周」(*爺注;かっては人権報道で名を馳せた)誌を痛罵する人もいる。その実、この元の事件の一切は、唐慧女史の「本当の姿」も含めいわれてきたことが事実なら、中国人が自分達の生存する環境をはっきりと認識し、道徳的な地に着かない思弁に耽ることをなくす一助になるであろう。

    (爺注;唐慧事件;2006年に娘が不良に騙されて売春宿へ娼婦にされた母親が何ヶ月もかけて娘を取り戻し、売春宿や客を訴えようとしたが警察は動こうとせず、上訴。逆に労働教育1年半の処分を受けたが屈せず、有罪判決を勝ち取り英雄に。南周はそのやり口を批判した記事掲載か。爺は未読で悪しからず。)

    《唐慧事件を論じるにはまず”外部の教唆”の化け物をアタマから払う事》

    私は事件の鍵になる文書を詳しく読んだが、これを論じるにはまず唐慧の娘が「自発的に売淫したかどうか」と「背後に操る人間がいたかどうか」という考え方を頭のなかからおいださなければならない。そうしてこそはじめて唐慧事件の産まれた社会的背景となぜ唐慧がこの種のやり方で戦わざるを得なかったかをよく理解でき、唐慧事件と中国の政治文化の関係を理解してはじめて、未来の中国の社会と政治が向かう方向がみえてくるのだ。

    唐慧の娘の楽楽(*事件当時小学5年生、11歳)が自分の意思で売淫したかどうかについてゴチャゴチャ言う必要は全くない。米国の法律では15歳以下の性行為は当人がどう思うと関係なくすべて強姦とみなされる。行為の責任能力が無いからだ。中国にも実は同様の規定がある。ただほかに馬鹿げた事この上ない「*嫖宿幼女罪」というのがあって青少年保護の法規を骨抜きにしてしまっているのだ。(*爺注;十四歳以下の女子との性交の罰則だが認識の有無とかで実際は罪が軽くなるようだ)

    もうひとつ「脳味噌のお祓い」しておかないといけない考え方は、唐慧の背後に”訴訟支持団体”や”組織的支援工作”があったかということ。この観点は「民主と法制」雑誌の記者・廖隆章が「唐慧の背後には訴訟団体と世論団体がサポートしていた」と書いている。原文では「唐慧本人はウソを言い続けたり、悲劇を強調したりしたいとは思っていなかったのではないか。あるいは他の力の黙許と支持を受けていたのでは」と言っている。「訴訟支持団体」は弁護士やメディア報道は公開されているからまだしも中国語のもとでは唐慧が10万㌦の援助をうけて米国に治療に行ったことは中共政治の”文化的脈絡”においては「支持団体」というのは「国外の反動勢力」といいう意味を自然に思い起こさせるものなのである。

    私は中国の”唐慧達”は堂々とこの種の人道援助を受け入れたらいいとおもう。中国の民衆は無権利状態であり、組織も無い無力な状態におかれている。言うまでもなくすべての力をもっている政府という組織と戦う以上、田舎の小ボスどもにだって敵いはしないのだ。だからいかにして民衆を自分で組織化していくか、というのは利益を守る為の道としてずっと中国民主化の最初の難関だったのだ。

    中共側の強力な防衛陣もまさにjここにかかっている。江沢民時代にはじまった「一切の反対勢力を萌芽状態で殲滅する」防衛政策はいかなる組織化の芽も、集団行為も、大学生の読書会にいたるまで徹底的に打撃をあたえ取り締まった。

    唐慧は普通の百姓女である。しつこく食い下がれる性格ではあるが、もし団体の援助がなければどうして7年間も頑張れたろうか?この種の団体の存在は、もし当局側の立場にたつのでなければ支持すべきである。第三の波の民主化がもし米国を代表とする「西側勢力」の大幅な介入がなければ完成は難しい。アラブの春のエジプトもリビアも最後は西側の支持を勝ち取らねばならなかったのだ。

    《何が唐慧事件を造ったか》

    この事件の産まれた大きな背景をみてみよう。7年前といえばまさに中国政府が狂った様に民衆の生存資源を「取り壊し、追っ払い」で経済発展を図っていたときで、集団性事件は毎年5万から20万件に跳ね上がった。 私は2005年頃、中国社会の政治は、政府の行為がギャング化し、上層エリートがヤクザ化し、最低辺社会がゴロツキ化すると述べた。治安維持機構はこのときには中国の各級政府の常設機構となった。

    地方の役人の出世は、各地の人民が北京へ上訴するかどうかにもかかっていたから、各地の政府は上訴阻止に動いた。唐慧事件は土地取り上げ取り壊しのようなよく見かける事例ではなかったが、中国人の心をひきつける要素があった。それは、幼女が役人や商人、教師、ときには同じ弱者グループの男によって踏みにじられる対象となり、“嫖宿幼女罪”(幼女売春罪)なる普通では考えられない罪名が刑法に登場し、多くの役人が幼女強姦罪の懲罰から逃れた。

    唐慧事件はまさにこの点で、当然のように自然に訴訟団体や世論団体の援助の対象となった。2003年以来、中国の護憲護権活動は高揚期に入り、護憲弁護士団体もあらわれ、自分達の援助に相応しい事件を求めていた。唐慧の娘が遭遇したような事件は数多いが、おおくは現実的考慮から示談で解決してしまう。唐慧が頑張れたのは彼女が普通の百姓女がもっていない才能ー肝っ玉、怖れ知らず、機をとらえ自分のために利用する力(原注;貶意で”農民の狡さ、といわれる才能)を持っていたからだ。

    実際、唐慧のような最低辺の生活で生き抜く智慧を持っている女性はどんな田舎の村でも必ず居る。2010年の永州・朱軍事件(離婚訴訟で恨んだ朱が3裁判官を射殺)事件を自分の事件に関係あるかの様に吹聴した”独創”以外唐慧がやったことはほとんどすべて中国社会の最底辺層が「世間を騒がせる」にあたってやるモデルケースのようなものだ。たとえば「何十人で派出所、留置所、警察をかこんで警官の服を脱がせる」とか法廷でさわぐとか相手側弁護士を殴るとか。どれひとつとっても農村で暮らしたことのある人や、小さな村の出身者で最低辺社会と接触のある人なら、おなじみでないものはない。

    中国農民は力を崇拝しており(権力、暴力も含めて)、人ともめ事が発生するたびに、大家族や強い一族は家族全員をあつめて数の多さによって相手に屈服を迫る。これは中国の土着文化の特徴であり、これが一旦、政治的な力に利用されれば毛沢東が「湖南省農民視察報告」で大いに礼賛した「ならず者運動」を形成し、作家・周立波が美化した「暴風驟雨」(*爺注;1948作革命文学経典作品)になる。

    二つの”団体”と唐の協力は成功したというべきだろう。メディア報道によると、唐は地方当局のもちかけた10万元で示談の話を断った。その理由は「闇の中で取引はできない」と。これは彼女がはっきり原則をもっていることを示し、他の無数の受難者とのきわだった違いだ。彼女が「娘に外の世界は汚く、危険だらけだ」とよく教えておかなかったのを後悔している、というのは彼女が一切の罪悪や醜悪なものを自分の家から閉め出しておこうとする母親だったことを示している。

    訴訟支援団体と世論支援団体は唐慧を権力と勇敢に戦う痛ましい母親というふうに描き出したのは、大衆の好みにあうことを考慮したからである。中国社会は増々、官民の衝突が激烈になって社会の最下層の生きる道はどんどん狭められてきた。底辺層の青年が社会的に上昇する道も既にほとんどない。官民対立が日々尖鋭化する背景の下で、底辺社会への同情は社会心理と鍵になっており、社会の安全、正義等の方面でも関心事だし、メディアが事件報道で介入する由縁でもある。

    このような社会背景でメディアが唐慧事件にかかわるにあたって、大部分の報道が屈辱に耐え、不屈の闘争をつづける痛ましい母親、といった切り口で描き出したのが彼女の「光り輝くイメージ」をつくりだしたわけだろう。唐慧の実際の等身大の姿が報道された後、一部のメディア人は悲憤慷慨し、この経験を教訓として二度と利用されないようにしたいといった。しかし私は自信をもって預言するが、利用されるのは中国メディアの宿命なのだ。

    中国当局は情報に対して厳重な統制を行い、メディアは如何なるニュースのネタにも自分でフィルターをかける週間がすでについている。薄熙来や劉志軍も位にあるときは「人民が誉め称える全身全霊で人民のために働く人物」だったがしかし、いったん転げ落ちるとたちまち「諸悪の根源の悪人」になってしまう。政治のトップレベルがこうした「神と悪魔」の両面性をもつ以上、唐慧だって痛ましい母親から本来の姿まであって当然、正常なことだ。ましてや事件の中心人物の道徳化と神格化は人類政治文化の普遍的現象だもの。

    唐慧事件の訴訟支援団体も世論支援団体もただ唐慧を支援しただけではなく、彼女の上訴運動をふくめて、治安維持と正義の不在の体制そのものに反対したのだから、唐慧のイメージをお化粧するのは当然、必要なことだったのだ。

    私は唐慧を責めるより、この事件を通じて中国の政治文化の特徴を理解したほうがいいとおもう。清朝末期以来、中国の郷土文化は無頼化を開始し、中共統治期間の無数の「運動」の後、郷村文化はさらに「無頼精神」を養う結構な土壌になった。この数十年来で上流のエリート達がヤクザ化したと同時に、基層文化も無頼化した。この両方の過程は同時に発生し、共通の特徴は原則にかまわず、権力と暴力を信じ、

    所謂、善は悪を怖れ、悪はさらに悪をおそれ、更なる悪は命知らずを怖れ、手段を選ばない、というのが中国の郷土生活実践の中からうまれた抽象的な信条だ。暴政と”無頼の民”はお互いに補い合って、互いに原因となりあう。唐慧事件は中国の底辺政治文化の特徴を濃縮しているわけで、この事件を通じて中国の国情の豊富極まる現実を知る事ができる意義があるのだ。(終)

    拙訳御免
    《中国人权双周刊》第110期 2013年7月26日—8月8日)
    原文は; ow.ly/nHcHS /唐慧事件は ow.ly/nHcK7 (中文)
    何清漣氏のこれまでの論評は;Webサイト 清漣居・日文文章 heqinglian.net/japanese/ に収録されています。

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