• ”ネット浄化”で社会の怨念は融けない

    by  • September 4, 2013 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣氏 @HeQinglian

    2013/09/03

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    http://twishort.com/9CNdc

    2013/09/05
    最近、中国政府は全力を集中して”ネット言論浄化”して、各種の社会の恨みの声を含む政府批判の声をネット上から抹消しようとしています。ネット上の実名の大物を逮捕してみせしめにして”ネット言論浄化”の決意を示す以外に各地方政府も様々な行動をとっており、そのなかで浙江省の”戦果”がもっとも”輝かしい”ようです。同省公安庁は十大ネットデマ事例とデマ退治、デマ流しに罰則など具体的な戦果を発表し、デマをスマートフォンで転送しても法的責任を問いケータイ実名性を即時、強制実行する、といっています。

    《”不屈の勇気の剣”はイデオロギー領域では役に立たない》

    中国国内のメディアの一部はこの情況に不満を表明し、「民間のデマを警戒せよというがもっと警戒すべきは政府側のデマである」と地方政府のデマに批判の矛先をむけました。しかしどうも情勢をみているとこの”ネット言論浄化”は中央政府が上から現場指揮をとっている中共の全国統一行動らしいのです。北京のハイレベルでイデオロギー領域で「不屈の勇気の剣」を以て策を弄しているようにおもえます。

    8月下旬の中共全国宣伝工作会議で新華社報道によれば習近平は講話の中で、「経済建設は党の中心工作であり、イデオロギー工作は党の極めて重要な工作である」と述べました。この意味は習近平が鄧小平時代の「イデオロギーを争わない」路線を放棄し毛沢東流のイデオロギー理論で国を治めるやり方に戻ろうと試みているということです。人民日報の論説委員もこれについて数編の論評を出し、9月2日には「イデオロギー分野で幹部は不退転の決意で」と題し「中国のインターネット上では偏った過激な攻撃的言論ほど喜ばれ、理性的で前向きな意見は皆に笑われ集中攻撃さえ受ける。社会は曖昧な態度で極端な言論を甘やかしているのに一部の指導者幹部は、肝心な時にあえて『剣をひらめかせて不退転の決意で』という姿勢をとらず、さらには一定程度、こうした過激な偏った思想を放置したままにしている」と言っているのです。

    問題は、北京が”鋭い不屈の勇気の剣”でもって”ネット言論浄化”に乗り出しても表面上をなんとか糊塗できるだけで、よってきたる元の原因をたださないのであれば、各種の社会の怨恨の言葉はネットから消えても、却って中国人の心中に融けて瀰漫していくだろうということです。

    《中国社会の怨恨の類型は?》

    まず第一の類型は政治の圧迫によって引き起こされた社会の恨みです。それは特定の階層に限らず、各層の政府に対する共通の恨みとなるのです。この恨みのよってきたる原因は政府による収奪、官僚の大々的な腐敗、政府がなすべきをなさぬ怠慢、公務員の福利が他の階層より遥かに恵まれている事、そして、「役人の二代目がヌクヌク」している現象等各種の原因からうまれたものです。政府の腐敗・無能と政治的高圧によって政府の倫理も中国人の家庭倫理も、中国の人文環境も生態環境もすでに深く傷ついています。それも特定の階層だけではなく、社会全体がです。国民はこのため強烈な無力感にとらわれていますが、かといってこの堕落した状態に甘んじるわけにもいかないので、それが政府に対する「恨みのこもった批判」にとなります。この批判は社会階層の衝突が尖鋭になり、人々の政府への不満が極端になってうまれるものです。政府側が「自分達に都合のいいメロディー」だけを高らかに奏で、人々の現体制への批判を許さなければ許さない程、恨みつらみ型の批判はますます強烈になっていくでしょう。

    第二の類型は弱い立場の階層集団が政治的な上層や中産階級に対して持っている怨恨です。中有極は機会が深刻なまでに不平等な社会であり、さらに大学卒業は即、失業を意味する今、中国の大学が「中産階級育成の揺りかご」だった機能は深刻に失われてしまいました。底辺層の青年にとっての唯一の上昇への希望の道が断たれてしまったのですから、社会的恨みが生じるのは避け難いことです。この種の社会的怨恨は強い底辺への同情意識を産み、社会心理状態や行為に強烈な影響を与え、それが底辺の人々が行動するときの依拠するところともなるのです。中産階級は社会階層のこうしたある部分の人々から見ると、政治上層部に盲従し利益を享受している存在として映るわけです。

    第三に民族の衝突と宗教を支配しようとすることによってうまれる社会的怨恨があります。現段階ではチベットと新疆の少数民族の現政府への怨恨がすでにチベット族と漢族の矛盾、漢族とウィグル族の矛盾という形で表れています。この他にも法輪功と北京当局の、基督教の家庭協会への厳しい弾圧は社会の怨恨をひろげました。この社会的恨み、怨みは国内のネットや微簿では監視されて見えにくいのですが、ツィッター上でははっきりみられるようになっています。

    第四には西側文明諸国への怨恨があります。これは近代の歴史で中国が諸外国に侮られ軽んじられた歴史に源があり、政府の教科書教育の努力の成果がさらに民族の記憶を深刻なものにした。現実の生活でも中共は専制政治維持擁護のため不断にこの種の恨みを強化させてきました。そしてその恨みを西側の社会性時制度に向けさせるのです。最後には両極端になります。ひとつは西側は中国が強大になるのを望んでおらず、いつも中国をやっつけようとしている、という考え。もうひとつの極端な見方は中国の民主化を援助するのは西側が止める事ができないのであり、なぜならそれは西側の利益だだからで、各種の協力、会議するのもそのためだと。これらの人々は西側国家は虚偽にみちた存在だと信じています。この二つの感情はどちらも西側国家への怨恨となります。

    ある人が「中国人の各自の中国ドリームは、上層はこのまま国民を奴隷のようにこき使っていきたい。左派は文革時のように異論と自分よりカネ持ち達を大量虐殺したい。中産階級はどうせなら自分は犠牲の羊の最後の一匹になりたいと願っている」総括しました。暮らしのなかに社会への恨みが瀰漫した国では誰もが逃れることができず深い絶望を抱いているのです。

    《社会の怨嗟を溶くのは根本改革しか無い》

    上述の各類型の怨恨はすべて政治の構造が原因です。いろいろ様々な形の「仇官」(官僚を憎む)、「仇富」(金持ちを憎む)、成功した人達がひどい目にあうのを喜ぶ嫉妬心といった現象はすべて社会の怨恨のあらわれです。だから政治の構造が変わらず旧態依然なら社会の怨嗟を解消する術はありません。この種の社会的な感情はすでに一種の社会共通の感情となっており、常態化した社会心理となって社会の緊張を一層高めています。このような社会の雰囲気にある中国人は、事にあたってまず自分の道徳基準だけで即断し、コミュニケーションをもとめるより集団で徒党を為します。冷静や、中立、客観といった見方は一部の過激な人々につねに嘲笑の対象となってしまいました。中国の経済社会問題を分析していてときどき感じますが、たとえば幼女をどう保護するかとかで、一部の人達はそんなことは中共を延命させるだけだ、などというのですね。また本来理性的な自由で柔軟な考えを持つ知識人もネットで悪口雑言を浴びせられ、ツバを吐きかけられて、書斎にもどってしまったり、ひどいのは少数ながら却ってそれに迎合的な態度をとったりするケースもあります。一旦、突発事件があったときこの種の社会の恨みは破壊的な社会的な力となって爆発しかねないものです。

    北京当局も明らかにこの点を重視して「ネット浄化」に乗り出したのだろうとおもいます。当局だってこの種のことではせいぜい社会の怨念をネット上から消す事しか出来ないし、社会構成員の心の中の恨みを解消するなどできっこないことは承知しているでしょう。だからイデオロギーを”再建”しようと思いついたでしょう。しかし、この種の構造的な社会にある恨みつらみは利益の深刻な分裂からうまれているもので、中共のイデオロギーはとっくに社会の整合性を保つ能力等失っているわけです。利益の対立がもたらした精神分裂状態を覆い隠し誤摩化せるものではありません。ましてやマルクス主義や毛沢東・鄧小平・江沢民の思想を主要な内容とするイデオロギーなどもともと矛盾だらけで、マルクス主義はとっくに世界中で放棄されたシロモノです。鄧小平理論は毛沢東思想の否定の基礎の上にできたものですし、「3つの代表」(*爺注;江沢民・中国共産党総書記が2000年2月に発表した思想)論は中共の新しい社会構造の基礎にしたかったのですが、いまや共産党自身はもとより「先進生産力」の代表とされた経済エリート(*爺注;金持ち企業家も共産党入党を許された)もすべて社会の恨みの主要な対象になっている始末です。

    古今東西、政治の暴力で国民の言論の自由や思想を奪おうとした独裁者や専制政権はべつに今日の中国政府だけではありません。古代中国の厲王が諌言の士を追放して亡びました。今日の国際社会はサダムフセインやカダフィを過去の歴史にしたばかりです。

    中国政府の「ネット浄化」は根本的な解決をしたくないからサボろうという考えで、短期的には効果があってもこの種の政治暴力によって達成した「一致した世論」などは、社会の抑圧をより深めて、その結果、反発を更に強めるだけでしょう。(終)

    拙訳御免
    原文は;「“净网”不能化解社会怨恨」www.voachinese.com/content/heqinlian-20130903/1742701.html
    何清漣氏のこれまでの論評の拙訳は;Webサイト 清漣居・日文文章 heqinglian.net/japanese/ に収録されています。

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