• 政治罰を刑事罰にすり替える妙術

    by  • September 6, 2013 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣氏 @HeQinglian

    2013/09/05

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    http://twishort.com/0iOdc

    2013/09/06

    政治犯は一国の政治体制の遅れている状態を示すわかりやすい指標ですが、中国政府はずっと表面的にこの「政治犯」という痕跡を取り除く上手い方法は無いかと考えていました。で、この2年来、以前はよく政府に異議を称える人々に対して使われていた3大罪名の「国家安全危害罪」「国家機密漏洩罪」「政府転覆陰謀罪」が段々使われなくなって、今年になって相次いで牢屋に入れられた異議申し立てする人士には1人も政治的罪名がつけられていません。

    人権団体のHuman Rights Watchによると今年の2月から中国では55人の護権人士が勾留されて、多くのネット有名人が監禁されているというのですが、しかし私がみる限り、この人達のうち1人も政治罪で入獄した人はおらず、すべての比較的穏やかな政治活動をしてきた人達はみな当局によって刑事犯罪の罪名をつけられているのです。

    政治と無関係の3.31事件を例にとると今年3月31日午後、北京の袁冬、张宝成、马新立、侯欣の4人が西单文化広場で役人の財産を公開せよと書いた横断幕を開いてかかげました。本来、公務員の財産を公表するのは多くの民主国家ではふつうのことです。(爺注;ただし、中国には「巨額財産来源不明罪」というのがあるそうです。kinbricksnow.com/archives/51870755.html )これらの人々も中国が民主国家の例に倣うように希望したというだけにほかなりません。その中の最も”過激”な標語も中共中央政治局常委の最高トップ7人は率先して財産と国籍を公表せよ」というものでした。が、この4人は警察に「違法集会」の罪で捕まったてしまいました。

    すぐつづいてフォトグラファーの杜斌が捕まったが、その罪名は何度も変わりました。呼び出されたときは「公共場所秩序騒乱容疑」だったのが、刑事勾留時には「騒動挑発罪」に変わり、被告尋問では香港での出版書物の話になっていました。杜斌が出版した本は大変多く、今年の新作は遼寧省の馬三家女子労働教育所を暴露したドキュメンタリーの「小鬼頭上の女」と香港で出版した「天安門虐殺」になっていました。

    7月16日、新市民運動の発起人の許志永は北京市警察に「公共秩序擾乱罪」の罪名で正式に刑事勾留されましたが、この時すでに15人の「新市民運動」参加者が勾留・逮捕されていたといいます。8月8日にはかって濡れ衣をきせられて入獄したことのある郭飛雄がまたしても「公共場所秩序騒乱罪」で刑事勾留されました。上述の人士の”罪”は政治に原因がるという事実は誰でも分かるし、当人に汚名を着せる事はできないのですが、しかしあるマイクロブログの大物は勾留されたときに怪しげな風俗の場所にいたため弁護の余地があまりなく、国際組織も支援をやめざるをえなかったケースもあります。

    説明しておかなければならないのは「政治問題の非政治的処理」は江沢民時代に政治犯と良心犯をやっつけるために発明された方式で、私は『江沢民の遺産−政治問題の非政治化処理』(heqinglian.net/2013/09/04/jiangzemin-politics/)でなぜこのやり方がうまれたかの政治背景を詳しく説明しました。ただこのやり方はあまりにも陰険なので官僚たちはこれまで認めもしなければ公開もしてきませんでした。しかし今やこの”政治遺産”が堂々と登場したということは大っぴらに恥知らずになってきた、ということです。

    《北京はどうして政治的な罪名を避けたがるのか》

    政府にとってみれば、政治的罪を刑事罪に変えるとこうした点で都合がよいのです。まず政治犯を弾圧するのに思い通りやりやすくなります。20世紀の90年代から中国政府は「国家機密漏洩罪」「国家安全危険罪」「政府転覆陰謀罪」で政治的反対者を葬るやり方を採用してきました。最初のうちは国際社会も真面目にどの資料が国家機密なのか、どうすれば法に抵触しないのかとか調べていたのですが長い時間かけてわかったことはこれらの罪名はただ悪評サクサクたる「反革命罪」の政治罪の変わりで、なにが国家機密かということなどはどうでもいいということでした。

    なぜなら当局は必要ならいつでも勝手にどんな文件でも「機密」にして無実の被告の弁護を封じられるからです。国際社会がこの3大罪名を政治罪として批判するようになり、それに国内経済の変化で社会底辺層の護憲人士が増えて来るとそうした人々が所謂「国家機密」などに触れられる筈も無く、ましてや「国家の安全に危害を加える」などは話にならないようになって、中国当局はもっと使いやすい機動的なやり方を考えだしたわけですね。それはなんかの弱みの隙をつくやりかたで、新しく企業や各種の組織をつくった人間にはよく「脱税」とか「税金支払い漏れ」とか、風俗が好きなら罠を張って待つ、そのどれもがだめなら「公共秩序擾乱」とかの各種の罪名を被せてしまう方法です。

    私は自分でこの「公共秩序擾乱罪」を調べてみましたが、この適用範囲というのは極端に広く政治的反対者や人権擁護活動家に罪をかぶせるには少なくとも10数項目もの罪名が用意されていて「土地取り上げ、民家取り壊し、環境保護運動」などには「国家法律・行政法規の執行に暴力で反対し群衆を煽動した罪」、政治の口コミを話すと「国家機密違法伝播」になるし、何か大事件が起きたときちょっと仲間に政治的感想を漏らしたら「衆を集め、駅、港、飛行場、商業地域、公園、映画館、展覧会、運動場その他の公共の秩序を乱し、交通秩序を破壊、邪魔した」とか、また「法律規定による申請をしていない、もしくは申請してても許可をもってないで、解散命令に不服従で重大な社会秩序を破壊した」とかになるのです。もし「法律執行」に来た警察に抗議しようものならたちまちそのうえに「国家治安管理工作職員の法に則った職務執行を妨害し、公共の場所で騒動をおこし公共秩序に重大な混乱をまねいた」が追加されてしまいます。

    つまり、現在の中国では民衆が何をしようがどのみち罪を被せられ、民衆にはいたるところでびっしりと法の網が待ち構えており、解釈でどのようにもできるから、逃れる事はできないようになっているということです。次に、刑事罰なら政治的反対者のイメージを矮小化させ、ときには汚名を着せる事もできます。政治的反対者が戦いを続けて行ける勇気は自分達の人格への誇りがあるからで、非政治的刑事罰を使えば大多数の中国人の気持ちの中で反対者の社会的な高い名声を引き摺り下ろす事ができるわけです。

    第三に中国政府は国際社会に対して恥じる事無く「中国に政治犯はいない」と胸を張って主張できるようになります。これは中国の国際的イメージにとってどうでもいい小事ではないのです。国際社会では政治犯の有無は一国の政治体制の最良の注釈であり現段階で政治犯、良心の囚人はただ専制独裁国家にしか存在しないから、中国政府が世界の指導者になろうとおもえば、出来るだけ独裁専制国家であるということは隠しておかなければならないからです。

    《中国政府の人権理念の顛倒した錯乱》

    世界が今日まで発展して、人権理念はすでに第三代にはいっている。第一代は市民の政治権利、第二代は経済、社会、文化の権利。第三代人権の内容はいまや拡大の途上にあって、それは社会保障権、食物、健康、最低生活保障、生存、住居、水と衛生設備、教育を受ける権利と不断にその範囲は広がって来ています。どのような形の国家であっても、公けの場では一応、経済発展と同時に人権の発展進歩の追求をすべきだと認めているのです。ある国家に政治犯と良心の囚人が存在するということはすなわちその国が政治上で高度の不自由な国だということです。この国家の国民はまだ最も基本的な人権、即ち市民の政治権利が得られていないということになります。

    言論、出版、集会、結社、選挙の自由を中心とする市民の政治権利はまさに第二代、第三代人権の出発点です。中国政府は中共の執権政権がずっと続いて行く事を保証するため第一代の人権を承認するのを拒んでいるのですが、第二代人権のなかの一部と第三代人権は自らの政治的合法性を保つという装いのために認めたい、とおもっています。このようなやり方の結果は権力と資源を独占した政府が遥か雲の上から民に恩恵を施してやるというような存在になってしまいます。

    これは完全に人権の理念をあべこべにひっくりかえした錯乱状態といえます。ですから私達は中国政府が政治犯を刑事犯罪にするやり方には固い決意で反対していかねばならないのです。これは中国政府が権利を民に返還させる一つの重要な内容なのです。(終)

    拙訳御免。
    原文は;「刑事罪取代政治罪的玄机」 biweekly.hrichina.org/article/10439
    何清漣氏のこれまでの論評の拙訳は;Webサイト 清漣居・日文文章 heqinglian.net/japanese/ に収録されています。

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