• 習近平主席の鳥籠にはオウムしかいない

    by  • September 22, 2013 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣氏 @HeQinglian

    2013.09.19

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    http://twishort.com/PsTdc

    最近、中国の政治生活には重要テーマがたった一つ残されただけですね。即ち言論統制です。当局は「噂」を調べ、ネットの大物を逮捕し、ネットの「デマ」には”両高”(注;この「両高」は「ネットのデマが5000人以上に読まれ、リツィートが500回以上されたら「誹謗罪」で厳罰、ということらしい)で挑むに至りました。「求是」雑誌(*共産党中央委員会理論機関誌)では「ネット空間を晴れ上がらせる」ことを誓っています(9月16日)。目的はただひとつ、「国民を黙らせ」中共政府(官僚も含む)批判者たちを震え上がらせる事にあります。この大いなる活動は2008年の習近平の批判的言論に対する「鳥籠論」を思い起こさせます。当時、習近平が「鳥籠論」を発表したときは批判言論には自信満々だったようにみえましたが、いまやその自信は何処へ消えてしまったのでしょうか?

    《習近平の鳥籠論》

    2008年6月25日、カタール訪問した習近平国家副主席は随行の香港の記者とお茶の席で、北京五輪に対する国際的”妨害”にどう対処するかを聞かれ、「世界は大きい。いろんな人がいる。本来この世界は賑やかで…鳥かごのなかに色々な鳥がいるようなもの。もし煩い鳥がいるからといってその鳥をつまみ出したら賑やかでなくなる。我々は賑やかなのに慣れているし、当たり前の事だ。大事なことは我々自信がうまく対処することだ」と述べたものです。

    中共は宣伝担当の高官・趙啓正が「習近平は”鳥籠理論”で五輪の雑音を諭し大国の風格をみせた」と盛んにその中国政府の太っ腹ぶりを持ち上げ「開かれた心は人々の耳目を一新した」と褒めちぎり、五輪という背景を飛び越えて、これぞ習の「違った意見」への「寛容」だと述べたてました。

    実は習のこの談話は「寛容」とは全く無関係でした。習の当時のこの話は、その地位と立場の制約もあったなかで、中国のただの兄ぃではなく、皇太子の身分で、五輪前でもありますしいろいろなことを配慮していわねばならなかったわけです。更に肝心なことは、どのみち世界という「大鳥籠」に対しては「うるさい鳥ども」をつまみ出すことなどできるはずもなかったし、自分もまた「中国の最高権威者」でもまだなかったから、こんなたとえ話でもいうしかなかっただけの話でした。

    しかし、今や彼は中国というこの「鳥籠」の主人になったわけです。籠の中の鳥共がギャアギャアとやれ憲政だの、ネットで腐敗分子をやっつけろだの、中共中央の指導に従っておどるどころか、各種ピーチクパーチク、中央宣伝部の統制に従わず、そのテーマソングと違ったことをわめくから、習大親分としては不愉快であり、こうしたいうことをきかない鳥共はみなつまみだして、ちゃんとテーマソングを歌える鳥だけに斉唱させようということです。

    《良く啼く鳥は諂わず》

    毎度、言論統制が教化されるとき、中国人はいつも頭の中で「こんどやっつけられるのはどんな言論だろう」と考えます。どの話題が、どの人が権力の”敏感逆鱗”に触るだろう、とか。自分の発言権と活動権を確保しておくために頭をしぼるわけです。今後の言論と活動をなるべくギリギリのラインに触れない様に「脱逆鱗操作」をおこなう。こうしたやりかただとどうしてもシニカルな調子になるきらいがありますが、強権の重圧下にあるわけで、これは一種のサバイバル技術だと普通に思われているわけです。その結果として当然(*批判も婉曲な漠然とした当てこすりめいたものになるので)、当局のコントロールの対象もますます範囲が曖昧模糊となって、「禁止区域」もふえるばかりとなり、活動範囲はますます小さくなっていきます。

    今回当局に捕まった「ギャアギャアうるさい鳥」たちは実は一種類ではありません。公民社会を主張する許志永と王功権は一環して穏健改良路線の主張者であり、その穏健さに至っては改良路線の設計図もタイムスケジュールも出して来ない程度のものだったのですが、それでも当局から「えらく煩い奴らだ」とにらまれてしまいました。なぜなら憲政と公民社会の主張はいくら穏健な主張でも「公権」を制限し、市民の権利を守るということになり、中共政府はまさに逆に民権を制限して「公権」を拡張しようとしている時だから嫌われるわけです。これは「ニラの刈り取りの原理」にぴったりでニラを株ごとに刈って行くようにあまり穏健でない反対派をやっつけたあとには、最後に温和な改良派がいちばんやかましい籠のなかの鳥になってしまって、捕まってほっぽり出されてしまったのです。

    王巧権が捕まったことにはもうひとつ考える必要があります。政治、経済、知識のエリートの中ですべての政治リソースを独占している中共利益集団は利益誘導の様々な方法で、後者を必然的に自分達に依存させるのですが、彼らが一番嫌うのはこの両者のメンバーが直接結びつく事なのです。とくに「反骨」のメンバーたちが「交誼を結ぶ」のはタブーです。王巧権は最近数年、政治的な異論ばかりか、行動にもでていたといわれます。反政府派たちが現在一番欠けているのは経済の力で、いろんなパイプを通じて資金を集め様にも大変難しい、というのが当局の見方。

    鄧小平は80年代には政治的反対派にはおおに政治的懲罰をあたえたましたが、公職をクビにはしませんでした。これは多くの反対者たちを反対すればする程有名になれて美味しい思いをさせてしまいました。で当局は1989年以後やり方を変えて兵糧攻めに方針転換しました。何かというとすぐに所属単位(*企業や団体)に回顧させた契約を解除させたのです。多くの人々が巨大な生活の圧力のもとで心ならずも口を閉ざすようになりました。もしお金のある企業家が政治的反対陣営に投じたなら、この情況は好転したかもしれません。現在、当局に不満を持つ企業家はますます増えているのですから。だからまずこの反骨精神のある実業家の王巧権をやっつけて、他の人たちへの見せしめにしたのでしょう。

    《当局はなぜ薛蛮子がキライ?》

    私は不勉強にも薛蛮子が一体何者かしらなかったのですが、この度中国の政府側や以前のネットの情報を読んでやっと彼がなぜ中国当局に睨まれ見せしめにされたかがわかったようなきがします。薛蛮子の政治言論は度を過ぎたものではなく、せいぜい吹く風にのって大声でわめいている程度のものです。彼の特徴はネット上のバーチャルの地位が現実の地位に転化し「ネットのバーチャル権力が現実の権力になる」とおもいこむところがありました。本人も牢の中で認めているようですが微簿ブログに転載するとき、皇帝が上奏書を選ぶような快感を感じるといってます。

    このような「権力の転化」などまあ現実には当分おこりっこないとはいえ、どんな権力(バーチャルでも)自分達の独占的財産だとおもってる中共からみれば、このような希望はケシカランことになります。だから薛蛮子は大好きなフーゾクで当局にあげられて面子をなくしました。全国にどのぐらい薛蛮子のようなフーゾク好きがいるかしりませんが、しかし当局がこの癖を利用するのも当然でしょう。

    当局は買春罪で捕まえることを別にタブーだとはおもってないしそれは口実で、これとそのあとの批判的文章や中央TVに出演して喋る内容はべつに買春とは無関係で、ただ微簿の有名人という身分と関係することはあきらかです。それに薛蛮子はある種の条件を備えていましたから中共の微簿を掃除するのにもっとも良い目標だったのです。そのへんの適当な人物ではつかまえても「みせしめ」にはなりません。

    が、薛蛮子は特殊で「革命家族の二代目」の資格をもってました。ただ、別にその親しいサークル内の仲間、というわけではありませんでした。また企業家ではありましたが、ビジネスで手にした初めてのまとまった金や得意とする経営方式は他の企業家から見ればあまりまともなやり方ではなかったですし、他の実業家たちとの関係も疎遠でした。米国のパスポートも持っていましたが、本人も家族も長年北京で暮らしており、北京の水の中の”魚”で、本人も米国政府も彼の”米国市民”としての身分などあまり本気にとっていません。
    こうした身分のレッテルにしていたものがどれもちょっとだけそうだ、という半端なものでした。ですから一旦事件が起きるとどれも役にたちません。だからこそ当局は買春罪で捕まえて、十分な威嚇作用を周辺に発揮できたわけです。普通のネット民達は「薛蛮子みたいにコネも力もカネもあるやつがつかまっちまうんだから、俺たちもおとなしくしようぜ」という錯覚に陥るでしょう。

    秦火火は底辺から這い上がって来た教育も十分受けた事の無い人ですが、ネットの力でネットの知名人になりました。当局の目からすればこんな人物が成功したのはまさに現在の中国の制度が良いからで、それはつまりは党の恩恵の賜物なのに、その恩を感じないばかりか党の顔に泥を塗るような行為をおこないました。党にとってみればこれを容認したら何でもアリになっちまうじゃねえか、ということになります。とりわけ秦火火のやったといわれる「出鱈目なうわさ」ーこれは”証明された”とされるのが十いくつもあるが、私がみるかぎり、例えば雷锋の真相とか、その他ネットで長年ながれている話は別に秦火火が最初にいいだしたわけではないとおもわれます。

    中共はこれまでみせしめに「典型的人物」をやっつけるのが上手です。こうして慎重に選び抜いた一連のモデルをやっつけたあと、こんどは「両高」ー真の悪役の登場ーでネット上で誹謗情報を流し、五千回以上クリックされるか、五百回以上RTされたら「誹謗罪」で入獄ということにしました。この弾圧政策のもとでネット界の大物で企業家 の潘石屹が中央テレビで「大物発言は”紀律正しく”」といいましたーこの潘石屹はかってネットの上で米国大使館の大気汚染の空気データについて果敢に発言したー今、その彼がそういうなら誰が異論をとなえられようか、ということになります。

    畢竟、「俺は黙っているよりは発言して殺されたほうがいい」などという”鳥”は極めて稀な品種で、滅多にいるものではありません。かくて大規模な「ネット大掃除」がおこなわれて、中国の鳥籠にはオウムと九官鳥のような主人のテーマソングを繰り返し「ニイハオ、歓迎歓迎」と主人の手からエサをねだり、主人の気に入らない相手には「出ていけ、このクソ野郎」としかいわないか、あるいは貴州の副省長の陈鸣明のようにちょっと台詞を付け加えて「アメリカの主人のところに行け!」とかそんな鳥しかいなくなったわけです。こういう鳥籠になって、習近平総書記は満足かどうか、は私はしりません。(終)

    拙訳ご勘弁。
    (《中国人权双周刊》第113期 2013年9月6日—9月19日)
    原文は;习总的“鸟笼”只养鹦鹉 biweekly.hrichina.org/article/10791
    何清漣氏のこれまでの論評の拙訳は;Webサイト 清漣居・日文文章 heqinglian.net/japanese/ に収録されています。

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