• 習近平ー毛沢東に次ぐ独裁者

    by  • November 14, 2013 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣氏@HeQinglian

    2013年11月14日
    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun
    http://twishort.com/eToec
    中共によれば第18期中央委員会第3回総会の最大の「政治改革の成果」は「国家安全委員会」の設立でした。これによって国家安全体制と安全戦略が完璧なものになり国家の安全を確保、つまり中共の論理でいえば党は国家ですから、所謂「国家の安全」というのは中共赤色政権の安全ということです。所謂「改革小組」が今後如何なる改革を計画しようと、それは中共政権の安全、という点を出発点にするわけです。

    《習近平はアンドロポフの真似をした》

    「国家安全委員会」の設立の政治的計画に関しては、実は香港の中共党メディアの「大公報」が今年5月22日に「習近平は国家安全委員会を設立予定」というニュースを流していました。内部消息筋の話として習の政治改革の核心内容はこれだ、とつたえました。即ち国家安全委員会を成立させ対外的な国家安全と対内的な国家安全を結合するというもので、公安、武装警察、司法、国家安全部、解放軍総合参謀2、3部、中国解放軍政治本部、外交部、外国宣伝部門を全部統一して国家安全委員会にするというものです。

    この「政治改革」とはつまり「中国をソ連と同じにするー内部には秘密警察機構で(文官や軍隊を含む)社会を制御し、「治安維持(維穏)の名目で赤色テロル(*古い言葉だなあ…。ロシア内戦からレーニン時代ぐらいで、共産党の敵を血の粛正すること、だったかと。今の「テロ」とは違う。)で一切の社会領域を押さえ込む。対外的には中国の特務機構の積極的に国際社会へ進出です。その目標は米国のCIAやロシアのFSB(元のGPU)、英国のMI6のような情報機関だ。この機関が成立すれば中共党内の習近平の地位は多いに強化され、今後、党(総書記)、軍(中央軍事委員会首席)警察(国家安全委員会)の大権を一身に集めます。

    毛沢東以外には中共の歴代党主席と総書記ではだれも習近平のようにこのような種類の大権を一身に集めた例はありません。江沢民は1977年に訪米して国家安全委員会に大いに興味を示し、帰国後、同様の機構を計画しました。しかし当時は党内にも「もし総書記が中央軍事委首席を兼ね、更に国家安全委員会を掌握したら個人の権力が大きくなり過ぎて集団指導体制に不利だとして心配する声があり、この案は最終的にうやむやにされてしまいました。

    いま、習近平がついに江沢民がかってやりたくてもできなかったことをやりとげたのは、私が今年二月に書いた「アンドロポフ時代の中国への啓示」biweekly.hrichina.org/article/4804 の分析が正しかったことを証明しています。あの文章で私はアンドロポフが1967年5月にGPUの首席に任じて以来、15年間の任期中にGBUは大いに成長を遂げ元の懲罰機関から世界最大の巨大な情報機関になり、ソ連のイメージの代表的なものになりました。

    さらに私は習とアンドロポフでは政権の掌握の局面は違っていても、習の新政なるものはアンドロポフの”改革”と同工異曲のものだと、特に習はアンドロポフから警察国家のモデルを見習うだろうと書きました。興味のある方は旧文をお読み下さい。

    私が習はアンドロポフを見習うだろうと思ったのは、習がまだ”皇太子”だったときやった北京五輪の安全業務のやり方が彼の政治的な偏愛をしめすやり方だったからです。つまりあの時期に五輪の安全を確保するために中国公安部は”6つの網”を貼りました。それは「全方位、全天候、隙間の無い、立体的な覆い」の網で、街路、居住区、職場、街頭観師テレビ、区域警察の協力でネットを張り巡らし、それにインターネット監視網を敷くというものでした。習が周永康、孟建柱と共同でこの網を張り巡らした経歴は独裁者の養成にとって大変重要なことです。ある面で習は五輪準備作業を通じてはっきりと中共の”素晴らしい世界”は各方面からのチャレンジを受けていることを認識し、同時に、一方で中国のスパイ監視制度の奥義を知っただけではなく、その特務スパイ政治への信頼をよせるようになったのでした。

    《秘密警察は国家を無形大監獄にする》

    習近平が国政を預かって一年余、アンドロポフに倣った改革は大きな成果をあげたといえるでしょう。内部の異議人士を鎮圧する方面ではア氏と同様、鉄拳を以て”異なる意見を持つ者”をやっつけ、「賊退治はまず大物から」の原則で胡錦濤時代には生き残って来た大物を逮捕し牢屋にほうりこみました。政治関連性のさほど強く無いネットの有名人も恥ずかしめをうけ打撃をうけました。この目的は他の有名人が自己規制するようにという意味です。

    アンドロポフ時代の買収、追放、意義人士を精神病院に入れるなどのことで中共が利用しない手段はひとつもありません。この文章をかいている現在でも、新浪ネットは10万の「7条(*中共のネット取締原則)に触れる」ブログを潰しました。

    しかし、中共の行政系統の官僚諸氏はこのKGB制度を大喜びするのは早計かも、です。なぜならこの制度は文官の安全に対しても大変な脅威となるからです。ア氏の”警察革命”は腐敗官僚の手中から権力を奪って陰謀謀略を専門とする秘密警察の手に渡したのです。以前は政治犯と「階級敵」で一杯だった監獄は大小さまざまな役人たちで溢れかえりました。ア氏の反腐敗の戦績は、1982年から1983年約一年間で、ソ連共産党の中央だけでも政府部長級(大臣級)から州の第一書記以上の高級幹部で汚職でクビになったのが90余人います。

    中には強大な権力を振るっていた内務部部長のロコフ?、内務部第一副部長でブレジネフの女婿チェルバノフ?もいます。150州の指導者クラスでは47人がクビになりました。前任書記長のブレジネフの密かな盟友の工業技術輸出局のミリヤノフ、ブレジネフ一家ら支配層の特別食料供給を担当していたソカロフは銃殺されました。

    ソ連共産党の政治系統はすみやかにKGB系統のメンバーが居座り、アンドロポフ時代にはソ共の13人の政治委員のうち3人がKBGの将軍で、その比率はスターリンの重用したベリアの恐怖政治の時期をも上回ったのです。アンドロポフの反腐敗を「英明な明君」だとみなした底辺庶民は歓呼の拍手をおくったものですが、でも彼ら自身のブレジネフ時代の良かった日々も終わりました。ソ連の労働者の紀律は緩み、勤務中もウォッカを飲みふけり、アンドロポフはついに「ウォッカは社会の生産力を脅かす」として労働規律を改めました。

    そのやり方は当然KGB流で、民警のパトロール隊や、民間糾察隊の規模を増やし、一網打尽の検査運動をくりひろげ、モスクワの街のすみみずみから公園、公衆浴場、美容院、商品購買の行列、郊外通勤列車から映画館まで広汎に検査と逮捕をおこないました。身分証をもたなければ交番にひっぱられましたし、職場をはなれて遊んでいたりした職員は処分されまいした。私は「アンドロポフ時代の中国への啓示」でまたアの秘密警察統治は無形の壁を人民の心の中に築いたようなもので、それは鉄条網より

    ベルリンの壁の監視所よりもさらに重苦しいものだった、と書きました。レーニンは「ロシア帝国は各国民族の大監獄」といいましたがア時代はまさにソ連こそが監獄だったのです。人々の自由への希望は消滅させられ、人間の尊厳や生きる権利はすべてこの壁の影に覆われ生き残る事だけが人生の欲望になりました。比較的幸運だったことにはアンドロポフの統治は2年足らずでした。彼の病気がこの恐ろしい政治情況をなんとか終わらせたのでした。80年代後期になってゴルバチョフが公開性を特徴とする改革を行いようやくこの壁に突破口が開いたのです。ゴルバチョフはア氏の改革の限界と警察統治の深刻な結果を見て、やっと比較的徹底した政治改革を行い、そしてソ連の新生のきっかけとなったのでした。

    一年ちょっとの間に様々なことを行い、習近平はたしかに中共党内での地位を固めました。第18期中央委員会第3回総会は周の地位と権勢がこれまでの中共の歴代総書記を越え、毛沢東に次ぐ独裁者になったことを証明しています。

    しかしそれは彼がこの国家を光明の前途に導く能力を持っている事を証明する者でも何でもありません。国内情況からみて彼の運は前任の江・胡より劣ります。受け取った政権の腐敗は深刻で、役人達は利ばかり追っており、一切の政治原則を投げてしまっています。国家の資源は消耗し尽くし、汚染は深刻で貧富の差は大きく、社会には恨みつらみが蔓延しています。

    国外情況では習近平は比較的幸運です。世界各国は中国が暴政国家だとわかっていても、利益の関係から、これをなんとかなだめる事に重きを置いてあるいは怖れて何も言わないからです。こうして国連人権理事会は中国、ロシア、キューバ、ベトナム、サウジ、アルジェリア等人権の劣悪な国家が支配する局面となっています。

    しかしこの種の外部圧力がないという情況は、習近平にあらに危機感を薄れさせ、専制の道をますます遠くまで行かせる事でしょう。それは中国内部の緊張をさらに高め、いたるところを危機の発火点だらけにしてしまうことでしょう。(終)

    (《中国人权双周刊》第117期 2013年11月1日—11月14日)

    拙訳御免。
    原文は「习近平:权位之重仅次于毛泽东的独裁者」biweekly.hrichina.org/article/12347
    何清漣さんのこれまでの文章の日本語訳はこちらに。heqinglian.net/japanese/

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