• 国連人権理事会の中国の影

    by  • November 23, 2013 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣氏@HeQinglian

    2013年11月15日

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun
    http://twishort.com/hSpec

    11月12日、国連が人権理事会のメンバーを改選し、中国、ロシア、キューバ、サウジアラビア、アルジェリア等、人権の劣悪な国家が新メンバーになりました。新華社は特に中国が176票(得票の91%)をもって当選したこの業績を強調しこのニュースを伝えました。中国のネット友が唯一、自由に意見を発表出来るツィッター上ではおおいに沸き返りました。少なからぬ人達が「蛮族が国連人権委に侵入した!」と。漫画家@badiucaoは「パンダが戻って来た」と題してパンダが鉄条網を国連のマークの上に被せる絵を描きました。

    《国連人権理事会はとっくに中国の紐細工品に》

    中国のネット友が知らないのは、20世紀の90年代から国連の人権委員会ー人権理事会はずっと中国の操り人形だったということです。これは国連人権理事会の前身である国連人権委員会がなぜ2006年に改組されて以後、保留となった元のシステムをみればなぜ、『パンダ戻る』になったかがわかるでしょう。

    国連人権委員会は1946年にできて、そのシゴトは世界の人権情況の監督でした。1992年の第48回会議から、メンバーは増えて53か国になり、実行委員会は輪番制になりました。この制度は人権制度の劣悪な国に制度上の付け入る隙をあたえました。一部の人権の記録が劣悪な国家、例えばキューバ、パキスタン、サウジアラビア、スーダン、ジンバブエ等の国が人権委員会の席を得たのです。中国はこれらの国家と反人権批判の不正義の同盟を結んだばかりか、経済援助を通じてアフリカやラテンアメリカなどの国と利益の同盟を結んで、何回も中国等の人権に対する批判を阻止したのでした。中国の操作で何度も米国が提案した中国の人権状態への譴責議案は通過を阻止されました。

    スーダンやジンバブエではそうとう深刻な人権蹂躙問題がおきましたがこの委員会はこれらの国に対する批判を阻止するのに成功したのでした。ほんとうに人権を重んじようとする国家はこの中では孤立した少数派なのです。これらの暴政国家が人権委員会でおさめた重大な勝利は、中国が多くの人権記録の劣悪な国家を糾合してフランスがこれを支持して2001年5月3日に委員会改選時に、米国を追い出しに成功した事でした。

    新華社は歓呼の声をあげ「この間の世論がみとめることは米国の落選は多くの人権委員会理事国が米国が国際社会で自己の人権基準を押し付けるやり方に不満を持っていたことだ」といいました。2003年12月10日、この委員会はその年の人権賞を「天安門虐殺事件」の鄧小平の息子の鄧朴方に与えたのです。

    これらの暴政国家が獲得した勝利はそれこそ「人権」の2文字が泣く様なもので、同委員会は麻痺したも同然となり世界の人権組織からの強烈は批判をあびたため、国連はやむをえず2006年3月人権委員会を人権理事会に改組し本部をジュネーブに置いて理事会を47議席にし、そのうちアジアとアフリカを13、ラテンアメリカを8、東欧を6、西欧その他を7としました。国連総会は毎年約3分の1の理事会メンバーを入れ替えます。理事会メンバーの任期は3年で最高一度の連任が認められ、また連任2期のあと1年間を置いて新任期につけます。中国は2006年から2012年、人権理事会のメンバーでした。

    この理事会は人権委員会より6メンバー少ないだけで、メンバー国を選ぶ方法や人権違反に対する譴責やシステムなどでは何の変化もありませんでした。世界各国は中国の人権委員会に対する働きかけを心中明らかに知っていたのですが中国と世界の主要国家の利益の関係にかんがみて、中国をこの新理事会から排斥することは不可能でした。ですから、一部の専門家達は人権理事会がかっての人権委員会の轍を踏む事を懸念していました。

    《国連での中国の合従連衡》

    中国諸子百家は誇大性時軍事の智慧の集大成です。外国人は孫氏の兵法を知っているだけで、戦国試合の「利をもって相交わる」を核心とする合従連衡の術を知っている人はあまりいません。しかし中国の歴代政治家はこれを錬成し磨き上げ、代々伝えてきました。中国が国連でこの術を使い、各国外交官に使用した結果、もうすでにその桎梏から逃れる事はできません。『中国人権論壇”20103期にかって国連に詳しい活動家のFelice Gaer のインタビューによると「人権問題での中国の戦いぶりは”国連の迷宮”で、中国政府がいかに国際社会で縦横無尽に暗躍して第三世界の小国家群に如何なる原則も無く利益を与えているかがわかります。

    それによると、人権委に参加した第三世界の国家は利益を考え、中国の道路や公共設備の建設などと引き換えにできます。ですから1989年以後一連の中国の人権侵犯決議は通った事がありません。毎回、何処かの国が不採択か採択延期道義を出すのです。風刺的な意味で国連人権委は『弱きをくじき強きを助ける」で、中国以外の国への譴責決議はみな素晴らしい早さで採択通過してしまいます。

    中国は安保理常任理事国の優位さを十分に生かし、また各種の国際規則を自分のために利用します。安保理国連では強力な影響力を持ちますが中国もそれには優秀な人員でしっかりとやることが必要だと十分理解しています。国連人権委は買って文革時代に広汎にあった人権侵害を非難したことがなく声誉を失いました。しかし新機構の人権理事会ができたとき中国は小国を利用してはっきりとした声をあげました。その目標はこの機構の審査機能を制限して”合議制”にすることでした。

    中国はNGOや小国政府を恫喝しその口を封じる事に長けています。例えばある代表が中国を批判したら中国は通常、脅迫的な報復手段で応えますし、時には外交官が関係している事業を潰してしまいます。デンマークがかって1990年代に人権委員会に中国批判の決議を提出しました。これ以後、中国はデンマークを孤立させ、貿易制裁などその他の威嚇手段を使い、デンマークは2年後、譲歩せざるを得ませんでした。

    NGOの代表も往々にして中国の警告に遭遇し敵意のある写真や公開の非難等の手段で威嚇されます。中国政府はこの種の方法でほとんど全ての関係者を疲労困憊させ、大多数の国家や組織はこの中国の剣幕に妥協や譲歩を強いられるのです。ただ米国だけが依然として率直にいくつかのたとえば人権理事会の定期審査過程で具体的な名前と人権事件の例をだす、とかの問題を提出する姿勢を堅持してきました。

    Felice Gaer のような体験を持つ専門家は沢山いますが、誰もその話をしたがりません。このインタビューは中国語、英語があいりますので大変貴重な資料です。

    というわけで、今年の国連の人権理事会の改選で多くの暴政国家が再結集した現象は中国が人権理事会の感激を利用して、かつその合従連衡術が成功した結果なのです。

    「パンダが戻って来た」は人権理事会のメンバーが3年で改選されることを利用し、また最高2期連続やれ、一年間をあければまた新任期をやれる規定を利用したのです。またいかに176国家の支持を得たかはまさに「利をもって釣る外交」の成果なのです。

    こうした結果で今後3年はおかしな光景がみられるでしょう。これらの暴政国家は基本的に、人権を深刻に侵害している張本人なのですが、国際組織や関連機構が国連人権理事会に譴責動議を出した時、これらの国家が国連の名に於いてそれを否決するのです。あたかも狼の群れに羊が「仲間が狼に喰われた」と訴えるようなもので、中国の上訴難民が大変な苦労をして北京にたどりついて酷い目にあうのと同じ光景が国連で再現されるわけです。(終)

    拙訳御免
    原文は「联合国人权理事会上的中国阴影」p.tl/mxpt

     

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