• 民意反映の映画「大明滅亡」

    by  • December 16, 2013 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣氏

    2013年12月15日

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    http://twishort.com/gZyec

    今、中国で上映されている映画「大明滅亡」(「大明劫」)は明の滅びる直前の、崇禎16年の歴史、李自成が開封を攻撃してから北京陥落までの1年間がテーマです。その2年前の崇禎14年に李自成が洛陽を陥落させ、(*万暦帝の第3子の)福王を殺害し朝野を震駭させました、数年間牢に幽閉されていた名臣の孫伝庭が命を受け、明の最後の精鋭軍団を率いて李自成と決戦となり孫が戦死して後、明史に「伝庭死して、明亡ぶ」と書かれたのでした。

    《「大明滅亡」は如何に作られたか?》

    明のこの頃の歴史には私は結構詳しいです。中国のこのときの時勢は「劫」の一文字で、興味があったのです。 でこの映画が如何に明の滅亡を描いたかをみたいとおもってネットで観てみました。映画全篇に明朝末期の絶望が満ち満ちています。明の中期以後の歴史と今日の中国に詳しく無い観客は監督が何を表現したかったかわからないでしょう。

    明末の滅亡の原因は大変複雑な背景があります。;廠衛(秘密宮廷監視機構)の残酷、宦官の跳梁、万歴帝天啓2皇帝の堕落政治と激烈な朝廷内部の権力争い、救い様の無い腐敗です。崇禎が権力を受け継いだときは屋台骨はボロボロでした。全国各地に乱民、そして外患(金、後の清の勃興)、イナゴ災、干ばつ、悪疫、軍費の増大、財政の枯渇。遼餉、剿餉、練餉という3種の重税で民衆は息も絶え絶えで、最後に大明王朝の終結を迎えました。

    いかに天才監督でも僅か90分の映画でこれらすべての絶望を描き切るのは無理です。ですから映画では二つに絞って描かれています。一つは疫病によって王朝がギリギリのところにあること、もうひとつは孫伝庭に代表される「不可能に敢えて挑む」士太夫達の精神です。で、私は「四五天安門事件」(*爺注;1976年4月5日の第一次天安門事件、周恩来の死を悼む民衆と4人組の抗争)の監督・謝暁東は確かに『言いたい事』があったのがわかります。それは「明は清に滅ぼされたのではなく、自ら滅亡した」ということです。

    また映画の中で展開される絶望は今日のそれと似ており、この映画は中国の観衆に複雑な気持ちと熱い論議で迎えられました。この映画をみたというより、自分達が映画をみることによって、胸中にうっ積している怒りや悩みを洗われたとでもいうべきでしょう。

    《すべての真実の歴史は現代史である》

    映画は観衆に何を見せたのでしょう?孫伝庭は崇禎初年、命を受け秦軍を錬成し、明軍の第二精鋭師団として知られていました。出獄後の孫伝庭は兵部右待郎(陕西総督後任)で、その兵が以前に組織した「秦軍」かどうか映画は語りません。しかし史書には「兵部待郎の張鳳翔の進言で孫伝庭の持っているのは皆、最優秀の将と兵であり、皇帝は唯一無二の虎の子軍で軽々しく動かすべきではない」と言ったと伝えられます。

    この1年前の1642年、洪承畴が松山戦役で破れ、精兵は尽きてしまい張鳳翔はこういったのです。しかし、孫伝庭が受け取った最後の「精兵」の現実はどうだったでしょうか?映画の中では、孫伝庭が閲兵して、弾薬が無く、お飾りになっていました。また食料も表向きはある様にみえても、倉庫の中の糧食は砂や雑草でした。これは朱鎔基がかって食料庫に食料が全く無いことを発見したのとおなじです。このような軍隊がどうして戦えるでしょうか?

    これは財政の歴史的な故事来歴があります。明の時代は刀剣や槍から鉄砲や大砲に武器が変化する転換点でした。火器は大量の資金を必要としますが、万歴朝の首席補佐官張居正は稀に見る財政手腕家で、その最大の功績は明財政を軍備転換を支える財政に変えました。張の死後、宰相に彼の様な財政名手は出現せず、元手を食いつぶして、軍備も弛緩しました。そして災難続きの崇祯十六年には、軍備はもうひどいことになっていました。ある研究者は軍事技術の転換より財政の転換が劣っていたとし、明滅亡の一員としています。

    映画では疫病による末期的恐慌も沢山描かれています。歴史書では崇祯年間は確かに何度も疫病が流行し崇祯十三年河北の北京天津地区では一つの疫病が終わらないうちに次の疫病が流行ったとあります。『明史』によると崇祯十六年(1643年)、「京師大疫病、二月から九月に」と。呉震方の「花村談往」には8月から10月まで、京師内外の疫病が最高潮で、「一家が全滅してもその後片付けをする人も居ない」「人々はおそれ葬儀にも出かけなくなった」とあります。

    この疫病は20数万人が死亡し、北京は「屍が枕をならべ10戸に9戸は空家。成年男子が絶え、誰も死者を弔わない」とも。1644年李自成が北京に迫っても、疫病で城を守る兵隊も飢えてやせ衰え、数合わせにいるだけだった、と。この疫病は「明朝の鳥インフルエンザ」といわれ、映画の中では医者の呉又可が「この病気は絶対傷寒(*チフス類)ではなく、呼吸でなにか邪気を吸った様な」と空気感染を言ってます。この「空気に毒が有る」は中国人観客には2003年のSARSを想起させ、そして今年の二度にわたる悪性スモッグを連想しましょう。

    今年初めて発表された「2012年中国腫瘍登記年報」によると全国で6分毎に1人が癌と診断され、毎日8550人が癌患者になります。今後10年、中国の癌発病率と死亡率は上昇を続けるでしょう。12月初めの悪性スモッグだけでも中国ではネッットを通じて、防毒マスクなどを買う人が8.7億元も使ったといいます。映画では何度も、「この疫病の流行は、明の存亡に関わる」と何度も言及されました。

    悪性スモッグと環境汚染問題をなんとかすることは、同様に中国人の健康と民族の前途、すなわち中華民族の存亡にかかわります。劇中、孫伝庭が現地の屯田を強奪し、流民させた富豪に義援金を求めますが、国家転覆の時でもこれらの富豪は全く朝廷のことなどおかまいなしに義援金を出そうとはしません。孫伝庭は怒って「もし潼関が破れたら財産も家族も失うのに、そんなに流賊にもっていってもらいたいのか?」「明朝が滅びたら、君等はどうなる?」といいます。これは崇祯十四年に李自成が福王を殺したことを想起させます。

    「明史」によれば、当時、「河南は連年の日照りとイナゴの害で人が人を食べた」と、この万歴皇帝はかって「天下の財を消耗し太った」と評した福王が自分の享楽しか顧みず、民を救おうとせず飢えた彼らを一揆軍に抵抗させたのでした。その巨額の財産のある城を破られた途端に彼らは皆農民軍に参加しました。福王本人の最後は悲惨で、もっとも聞くに耐えない伝説では李自成の一揆軍は彼をスープにして「福禄スープ」と称したといわれます。

    これは人々に中国の現在の汚職役人を想起させます。福王がただ吝嗇なだけでしたが、中国の汚職官吏はもっと悪劣で、職務を利用して蓄財をしたどころか、被災者救済さえ自分の金儲けのチャンスとかんがえたのですから。また福王が逃げ場がどこにも無かったのとちがって、現在の汚職官吏は移民を通じてかっさらった財産をもって逐電できるのです。

    孫伝庭と医者の呉又可の「医勢でなく時勢を嘆ずる」場面はこの映画の白眉でしょう。孫が呉にこう問います。「大明朝廷の命数は尽きたとおもうか?」と。呉は答えて「『黄帝内経』に曰く。病をなおすにあらず未だ病まざるを治す、乱をおさめるにあらずして未だ乱にいらざるを治める。歴代王朝はみな勃興して終衰する。その道理は経世の道を軽んじ馭世の術を重んじ、わが王朝は積年の弊既に久しく、一服の良薬で治せるようなものではない」「乱をおさめるにあらずして未だ乱にいらざるを治む」は問題が大きくなる前に防止する、の意味です。弊害が積み重なっては治療は間に合わない、のです。「経世の道を軽んじ馭世の術を重んじ」は、今に直せば官僚が俗事にかまけ、目先の利益にくらみ、投機や美味く立ち回る事だけを考え権勢富貴に取り入り、当局者も長期的な経世の策を持たないということです。

    歴史学者のベネデット・クローチェの名言に「すべての歴史は現代史である」とあります。この歴史に対し、中共はかって自らを李自成にたとえ、郭沫若の「甲申三百年祭」自分を鼓舞しました。中共が政権樹立する前後ならこれはいささかの道理はありましたが、しかし、現在、執政60余年になり一切の社会の悪弊は明末にそっくりです。このような明王朝転覆前夜の歴史的背景を持つ映画がいま中国で上映されているというのは豊富な連想を産みます。

    映画のかくれた意味を解読するのを好まぬ監督も、インタビューで「この映画は明朝の映画にとどまらず、人々は自分達の時代をそこら中にみるだろう」とは認めています。ネット上で論評はさらに多彩豊富で、明朝の積弊と腐敗の台詞をあつめ、憂さ晴らしをしています。またはっきり習近平ら政治局員がみなこの映画を見る様に逓減している人もいました。そこから「自分達だけで永遠に統治の美味い汁を永遠に吸えるなどとおもわないように」教訓をえるようにと。「大明滅亡」はまさに、万民の意をうけた映画だといえましょう。(終)

    拙訳御免。
    何清漣氏の原文;一部《大明劫》,承托万民意; www.voachinese.com/content/heqinglian-ming-dynasty-movie-20131214/1810394.html
    何清漣さんの日訳はこちらに;heqinglian.net/japanese/

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