• 戦争は政治の継続ー日清戦争120周年にー

    by  • January 17, 2014 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣

    2014/1/15

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun
    http://twishort.com/BbBec

    2014年は丁度1894年の日清戦争(甲午戦争)の海戦から120周年です。東海防空識別区と南中国海(*南シナ海)漁業の新ルール発表で中国と周辺 隣国の元々穏やかでない関係は更に緊張を増し、日清戦争の年である「甲午」の年には中日間で戦争が起きる、という説が唱えられ流行し始めました。中国では 各種の日清戦争の総括はとっくに歴史の教訓という域を通り過ぎて、すでに「中日もし戦わば」、という実力評価や戦術、戦略論が「世論戦」の重要な部分に なっています。

    中日両国の運命はあの戦争で変わりました。日本は勝利し軍国主義の道への歩みを加速し世界の列強の地位に上り、一方、清朝朝廷の失敗は洋務運動の上に悪 名を着せ破産させ、革命的な気分が広がり、中国近現代化の道は更に困難に満ちたものになりました。1980年代以前まで、何冊かの有名な中国近代史はすべ て日清戦争の敗戦の結論をこう総括しています。;

    北洋水師(*海軍)軍艦の装備、軍隊の訓練が日本より遅れ、戦力に大差があった。
    「清朝朝廷は遅れて腐敗し、財政も弱っており、洋務派は腐敗の極みで汚職がはびこっていた」
    「西太后は海軍軍事費を頤和園の修理費に使った」
    「これらの原因が軍備の弱体化を招き戦争時に砲弾に砂が入っていた」
    「英米ロシア等の帝国主義は傍観を決め込み、調停にたとうとせず、戦争の勃発を座視した」、等等です。

    が、90年代後半からこの戦争の新しい解釈がネットを通じて日々広がりました。ある人は当時の北洋水師の規模は世界第8位であり、アジアのナンバーワン だった。日清戦争時の中国海軍は完全に徹底的に日本の海軍をやっつけられた力があった。また、海軍は朝鮮で日本軍を殲滅できたチャンスがあったのに安易に 放棄した。さらに、清朝は世界のGDP総額の3分の1を占めていたのに遥かに遅れた日本に敗れたーーこうした考え方は当然、ここ数年のGDPが総合国力を 代表すると言うデタラメな見方がひろがったことによるものです。

    中日関係の緊張が高まるにつれて2013年には中国の日清戦争についての論議はさらに豊富な現実的色彩を帯びてきました。戦術方面からの総括では、威海 軍分区指令が数日前にこういいました。「日清戦争の北洋艦隊の陣形は間違っていた。丁汝昌(*北洋海軍指揮官、自殺)は横陣形で迎撃し、艦隊の動きと火力 運用の連結を深刻に阻害し、艦船は混乱し、指揮を誤った」とか、中新ネットには「米国雑誌が中国海軍の実力は既に世界第二位」と、環球ネットは「日清戦争 は中国海軍への、積極進攻意識が必要との啓示」として転載した記事の大意は「尖鋭な国際関係、科学技術水準の遅れ、作戦思想の深刻な遅れなど多くの要素の 総合的結果で、海洋認識も混乱し海洋の観念も曖昧で弱かった。日清戦争惨敗の重要な原因だ。だから中国が日本とぶつかるときは必ず進攻意識を樹立しなけれ ばならない」でした。

    《120年後、中日両国の形勢大逆転》

    120年の時を隔てた甲子の年、中日両国が直面する形勢は大逆転しています。

    1;中国は海外の資源を求める圧力が高まる;120年前、中国は国土広大で「一人当たり」という概念はありませんでした。 資源は豊富だったと思われてい ました。一方日本は国土が狭く、資源が乏しく、外部に資源を求める必要がありました。これが日本軍国主義の勃興した主要な原因です。しかし、現段階では中 国はすでに資源を外国に高度に頼る国になっており、アフリカ等の資源投資は”新植民地主義”の非難を浴びています。内部人口の郭大と資源の国外依存の二重 の圧力で中国は周辺の隣国と争いのある島々に向けるのは必然なのです。南シナ海の漁業で新たに宣言した「支配下にある面積」にはベトナムやフィリピンなど の国家が主権を主張し、なかには軍隊が駐在している島(尖閣諸島を含む)まであります。これらの島の側の海域は近隣の国際的な交通も盛んな航路で漁業資源 や石油、天然ガスも豊富な地域です。

    2;《日本という歴史的宿敵と開戦すれば容易に国内動員が完成》

    専制政治の成立つ上での基本は常に敵を作り出すことです。情況によって「敵」は内部だったり外敵だったりします。毛時代には国際社会から孤立し、資本主 義とソ連修正主義が敵でした。しかし中国は開戦する力がなかったので、重点を国内の”階級敵”と党内の”反党集団”におきました。現段階で中共は大規模な 「内側の敵」を作り出せませんから、日本を疑似戦争の相手と見なします。両国の歴史的な怨讐が重宝で、容易に国内を動員することができますし、国内人民の 視線をそちらに向けて政治的なプレッシャーを躱すのに有効です。

    しかし日本は第二次世界大戦後に壊滅状態になった痛みから日本の民間世論は極端に厭戦的で、現在の情況下では日本政府が「平和憲法」を破棄する可能性は ほとんどありません。軍事力増強の税金を投入しようとすれば強烈な反対にであいます。中日両国の戦争動員上の差では、世論動員戦からみると中国があきらか に有利な立場にあります。

    3;120年前の日清戦争と完全に違うのは、現在中国は完全に主導権を握っており、日本は受け身の立場だということです。第二次世界大戦のあと、平和主義 による「日本国憲法」の第二章の主要な内容は戦争の放棄、武力の不所持、宣戦布告の権利を持たない。ですからこの憲法は「平和憲法」と呼ばれているので す。これに対して、中国は軍隊の建設、軍事費の投入、宣戦布告もふくめすべて完全な主導権をもっています。中国の軍隊の戦力がどうかは実際に戦争になって みないとわかりませんが、しかし長年の軍事費増強は相当なものですし、装備の現代化は既に完成しています。日本は国民の自衛隊を有するだけで、その戦力が どの程度かは米国と日本だけがわかっているでしょう。

    中国がもし日本に開戦するなら、アジアでは日本は応援をえられません。東南アジア国家は中国の関係ではやはり受動的な立場にあります。河川生態問題、中 国移民の大量入国問題で中国とは大きな矛盾をもっていますが、しかし、諸国が対中国連合を結成して対抗するのは不可能です。これらの国々の間には相互の不 信感があるからです。ですから対中国では、ただ一点共通するのは米国に自分達を助けて欲しい、ということです。中国が中日戦争の戦争シミュレーションで唯 一不確定なのは米国の態度です。

    もし尖閣諸島列島奪回が最終目的の戦争なら、米国は参戦しないでしょう。一つの島のために米国の青年達を戦場におくるのには米国人は反対するでしょうし既 に山の様な財政赤字の上に更に重い軍事費支出にも。問題は誰も尖閣諸島列島が中国に帰属するようになった後、中日間で平和が維持出来るかということです。 もし戦争がエスカレートするなら米国も部外者でいられるかどうか予測は難しいものがあります。

    《戦争の規模と枠組みを誰がコントロールできる?》

    現段階の中日衝突で中国が優位だとしても、しかし始終「銃を磨く」過程で北京はもう一度、有名なクラウゼビッツの名言である「 戦争は政治の延長である」(「戦争は政治のもう一つの手段の継続である」も)思い出した方がいいでしょう。これは西側の戦争芸術の古典で有る「戦争論」の 言葉です。

    過去の軍学家と異なるのはクラウゼビッツは戦争の複雑な本性の中に社会政治と社会動向と国家政策の重要な要素として含まれることに気がつき、所謂「戦争 は政治の延長」というのは交戦国の一方が国内政治がどうにも解決出来ない壁にあたったとき、対外的な軍事行動を自国政治問題の解決道具とすることを指しま す。北京が「日本の侵略の恥をそそぐ」として開戦におよんだとき、北京は国内問題解決の有効な道具にできるでしょうか?

    対外戦争は強国が外に向かって国力を示威する過程であるとともに、一国の病根がいかに深いかという弱点を暴露する過程であることをみなければなりませ ん。もし戦争をしなければツァーリのロシア帝国は滅亡しなかったでしょう。中国政治の腐敗は重篤です。官民の矛盾は先鋭化し、社会分配は深刻な不公平で、 失業人口は厖大で、深刻な環境汚染など複雑な問題をかかえています。一度の小規模な戦争ならあるいは大変なことにはならないかもしれませんが、しかし戦争 がエスカレートしたらなんともいえません。ましてや何十年前の敵討ちを現在の戦争の理由にするには正義の戦争として意気上がるとはいささか言いがたいもの があります。「歴史的な怨みを晴らす」といってみたところで中国が資源への権利を拡張したいという口実だというのは誰の目にも明らかです。

    アジアの人口は42億を越え、世界人口の6割がこの土地の上にひしめきあっています。アジアの国家はどの国もみな人口と資源の緊張関係の圧力下にありま す。一国が余分に資源を得るならその分別の国は失うわけです。この種の資源戦争がいったん始まればアジアの平和の枠組みは維持できません。古い枠組みを壊 すのは簡単ですが新しい枠を作るのは難しいことです。中国は欧州が衰え、米国の国力が疲弊した隙に、これまで米国が努力して維持して来た世界の構造を書き 改める事はあるいは不可能ではないでしょう。しかしそのあとにやってくる新たな枠組みはおそらく現在のものより相当ひどいものになることでしょう。(終)

    拙訳御免。
    原文は:“战争是政治的继续”——写于中日甲午海战120周年;p.tl/yRg5

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