• 温家宝は何故「善き晩節を語る」一手を打ったのか?⑴&⑵

    by  • January 28, 2014 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    http://twishort.com/WUDec
    「善き晩節を全うする」は「書経」(「尚書」)に「人に五福有り。一日の寿、二日の冨、三日の健康安心、四日の積徳、五日の晩節を全うする」で「善き命 の終を考える」が「晩節考」です。温家宝が「晩節考」というこのワザをみせたのは呉康民への私信で1月18日、香港の「明報」に発表され、その中で「私は 私的な事情で一度たりとも私利を謀ったことはなく、人生の最後にあたって裸で産まれた時同様、裸でこの世を去りたい」とあります。

    本文では簡単に背景を述べ、これらの資料の主なものが信用できる強力な中国外国向けメディアであり、その考証を行い第三の問題を絵解きしてみようとおもいます。

    それは、

    ⑴;温家宝への圧力は何時頃から始まったのか。読者の為に温一家の財産の話が明るみにでたチャートを示し、
    ⑵;温の政治改革への発言のタイムテーブルを詳細にチェックして、温家宝の妻の財産の暴露した時間と照らし合わせ「温一家の財産暴露事件は左派の報復だ」、という説が成り立つか否かを検証し、
    ⑶;温家宝と薄熙来の互いの怨みは何処にあったのか。薄熙来以外に誰が温家宝に打撃を与えたかったのか?を明らかにしたいとおもいます。

    《温首相のこの発言は再び様々な反響を産んだ》

    当然の理ですが、呉康民にあてた温家宝の「私信」が発表されたということは当然、温家宝本人もそれを了承しているということになります。ですからこれが 一度ネット上で公表されるや海外、国内のネット上では様々な声が高まり、みな、穏やかに結構な退職した温家宝がなぜ今頃になってこのような自らの志をあき らかにする手紙を発表したのか、それはどうしてなのかということについての推測に集まりました。私の見方は、温がいま、あからさまにこのような手紙を公開 したのは、ただただ「事は急を要する」からでしょう。長年、官界で浮き沈みを体験して来た人間として時勢の動きに判断し情勢を正しく推量できないはずがな いのです。

    ⑴ 今このとき、前中共政治局常委で、政法委書記の周永康という大物の虎が檻に入れられて、そのツメは次々に抜かれ、見せしめの為にひっぱり出されるのは時間の問題といわれます。

    ⑵ 習近平は1月14日、十八説中央紀律委員会の第三次全体会議の席上、再び「反腐敗は劇薬で治療すべきで厳しい刑罰を用いる、骨を削って毒をだし、自ら の腕を断つ勇気で反腐敗を徹底させなければならない」、と語り「蠅も虎もやっつける」腐敗分子への強い態度で臨む姿勢を堅持しました。海外ではその「やっ つけられる虎」は誰かが話題になりましたが、1月18日に温家宝の私信が発表される前はまさか誰も温を思い浮かべる人はいなかったのでした。

    ⑶ 2012年12月の18大会での権力委譲が終わったあとまもなく、中央政治局は規定を公開公布し、中央政治国委員全体が一致した場合をのぞき、個人が 公開出版著作や、談話集、お祝いの手紙、題字揮毫などをしないことを発表しました。退職者にもこの規定は自ずから適用されますから、この温家宝の「私信」 はスレスレの一球なのです。政治経験豊富な温家宝は明らかに上記の「三大不許可」は承知であるにもかかわらずこの時期に私信を発表せざるを得ないことはは 当然、様々な疑いを呼びました。

    最も色々な噂が流れて、いろいろ腹をさぐるようなことをあれこれと言われるのを好まない温の思惑とは違って、この私信が発表されてから却って「反腐敗の圧 力に直面したから仕方が無かったのだろう」とかさらに多くの色々な説が流れました。更にある人々は「ドイツの声」の2013年9月2日の高瑜女士の文章 に、北京は習近平が4つの大処分をやろうとしていて、「それには十七大会の常委1人と、2人の政治局員、それに前書記も1人いる」と書かれていたのを熱心 に読み返しました。人々は当然、NYタイムズが去年報道した温家宝の家人の莫大な財産のことを思い浮かべたでしょうし、あのときも温家宝は100頁近い 「身の潔白」をあらわす材料を、彼に変わって自分の「信念」を呉康民に托したのでした。

    《温家宝の家族の蓄財が明らかになった経路図》

    温家宝は1983年に地質鉱産副大臣になっていら、順調なコースを歩み、その夫人の张培莉は地質博物館を最初に宝石売買に手を染めました。しかしそれが 不利な噂になったわけではありませんでした。2003年3月に温が国務院総理に成って翌年から家族の莫大な財産の話が伝わり始めました。奇妙なのは最初に 国内で出たのは「21世紀経済報道」の2004年6月30日号で、「平安保険が間接的に”傀儡富豪”鄭建源の大株主になっているレポート」でした。記者は 平安保険の大株主の鄭建源は実際の支配者ではなく、後に迫られて自分は実際の支配者だと言った鄭裕彤も”神輿をかついでいるだけ”である、と述べていま す。記者はさらに「これに首をつっこむな。”敏感”すぎる」といわれたといいます。

    記事では実際の支配者は「30歳代で北京に住み米国から帰国して北京に会社を作りIT関係の仕事をしながら、平安保険と全国的な商業銀行、証券会社のIT プロジェクトの立ち上げとコンサルタントをしていた”としています。この記事が読者に与えた印象は;「記者の邱偉は以下のべるニュースソースに好奇心を感 じたと。「「新財富」雑誌の2003年中国富豪番付で、鄭建源は源信行投資幽玄会社と宝華集団(平安保険の第五、と第7の大株主)その財産は33億人民元 で番付第三位だった。しかしこの鄭建源はまったく顔をみせたことがなく住所も、個人背景も全く曖昧でメディアにも顔を見た人はいなかったし、写真もなかっ た」でした。実業界では彼はただの持ち株の代理人だという噂があり、これが記者の興味を引いて、この記事になったのでした。

    記事を発表したあと、海外の中国語ネットでは首相の息子の温雲松との関係を指摘したものもありましたが記者も逮捕されておらず李鹏の家族が華能国際を牛 耳ってると明らかにした軍隊作家の馬海林同様の運命になりたくなかったので、この語だれもこれを深く追求した人はいませんでした。

    このあと数年は、ただ台湾の「中国時報」(2007年11月2日)が「温夫人は宝石が一千万を越える」として温夫人の豪勢ぶりに言及し、購入したのは 1500万元の翡翠で、夫の「平民宰相」のイメージとそぐわないことを諷刺しました。このニュースは香港の雑誌がかいた温夫人が宝石業界にかかわり巨富を 得たという報道を裏付けています。「投資と合作」の2007年12月のトップ記事の「新天の域」では投資業界で勃興してきた新天域会社のことを報道史まし たが、この企業の持ち主が誰かは書いてなかったので中国ではさして興味をもたれませんでした。さらに当時「五目八方飯」と呼ばれた胡錦濤温家宝のファンが 健在で、このニュースは噓だとおもあれ、あるいは温夫人は夫をだましているのだ、とか、さらには温家宝夫人は専門知識のある宝石鑑定家なのでその冨は正当 なものだとか、言う人もいて、さほどの悪評にはならず”殺傷力”はおおきくありませんでした。

    しかしその後、ロイターやファイナンシャルタイムズが相次いで2010年の1−3月になるまで温雲松はプライベートファンドの会社にかかわっていたことを3度にわたり明らかにしたのです。その3月29日の「カネに生きる中国太子党達」(China: to the money born)が発表され、新天域会社は否応無しに外国メディアの注目となり、新天域はデマだと打ち消しましたが、温一家の財産の話はこのあともメディアのホットな注目となり、温の言葉で言えば「デマが絶えぬ」状態でした。

    そして、2012年10月26日、NYタイムズのかの「総理の家族の秘匿財産」の記事が巨大な破壊力を発揮しました。温一家は弁護士を通じて香港メディア に声明を発表し、NYタイムズの噓報道の法的責任を追及すると発表しましたが、11月27日の追い打ち記事の「温一家と平安の興隆」で再び、十分詳細な資 料で総理の家族の財産の来源、及びその層価値が27億米ドルにのぼることが述べられました。さらに前中央銀行長の戴相龙の家族の巨額財産の報道もされて、 世界が仰天したのでした。

    (2)

    ⑴中国のトップ層の家族が巨富の持ち主であるというには広く知られている事ですが、「大きな虎」は何も温家宝だけではありません。それなのになぜ彼の一家の内情だけが相当に完全な資料とともに外部にバレたのでしょうか?

    ⑵ NYタイムズの報道内容は丁度2004年6月30日の「二十一世紀経済報道」の記事が時期は離れていますが呼応するものです。温の一家の系列の報道で専門的な資料と解説です。

    ⑶誰がこんなに早くから温夫人と若様に目を付けていたのでしょう?これには二つの解釈があります。ひとつは温首相のよく口にした「改革」が”左派”の怨みを買っていたのでイヤがらせの報復をされたというものです。

    ⑷ 温首相と交際のある呉健民や、ネットに流れている「温家宝家族のどん欲と腐敗の噂の来歴」はどちらもこの見方をしています。もう一つの説は薄熙来の「銭袋役」の徐明が平安保険に手をだしたいとおもって薄熙来と温が険悪な仲になった、というものです。

    どちらも共通しているのは薄熙来を指していることで、証拠は温家宝が薄熙来打倒に最も強硬で、その争いを”路線闘争”のレベルまでにひきあげたから、とい うものです。しかし、私は第一の見方はいささか牽強付会の気味が有るとおもいます。以下、公開資料を整理してみましょう。薄熙来が「革命歌を歌う」を始め たのは2008年5月です。

    これ以前は薄熙来は毛左派路線に興味を示していません。ですから2004年に政治的主張の違いから「二十一世紀経済報道」記者の邱伟にあの文章を発表する ように指示して温に将来の禍根を残そうとする、というのは無理です。事実は2010年より前に温が歩んでいたのは「民と親しむ」路線で、例えば2005年 に農業税を廃止して徳政を推進するとか、何度かの災害で第一線に赴き救済の指揮を撮るとか、被災者を慰問するとか、毒ミルク事件をしっかりやれ、と発言す るとか等等この間の温家宝の政治関連の談話は2007年2月27日に発表された「社会主義の初級段階の歴史的任務と我が国の対外政策のいくつかの問題につ いて」だけです。その中には中共中央政治路線から逸脱したという形跡はありません。

    2010年は温家宝の政治姿勢に明らかに変化がおきたポイントです。2010年1−3月、温雲松が私設ファンド業界に関係していることがロイター、ファイ ナンシャルタイムズによって前後して暴露されました。2010年4月18日、人民ネットは「温家宝が胡耀邦を追憶する文;「身を以て懈怠する莫れと私に教 えてくれた」」を発表し、海外に大きな波紋をおこしました。ある人は、温と胡耀邦一家の実際の交情の数々を上げ、以前に趙紫陽を見捨てたことは大転向であ り、その理由が分からないとしました。しかし、この文章が政治的に表面には現れない深い意味を持つ事は多くの人々が認識しており、この後、温家宝は相次い で「講話」を発表します。

    2010年8月22日、温は深圳で政治改革を提案し、「政治体制の改革の保障が無ければ、経済改革の成果も得られない」という台詞で温家宝ファンを欣喜雀 躍させたものでした。9月30日は国慶節のパーティでの講話で、「経済改革を全面深化させ、撤去区的に穏当に政治体制の改革を」とやり 国内のメディアも 黙っておらず、広東省委員会の機関誌「南方日報」は「温家宝40日に6つの改革を提案」というニュースをのせました。そのとき温の「政治改革」は国際社会 にも大きな騒ぎに成った事は言うまでもありませんが、本文では考証の重点ではないので省きます。

    毛左派を不快がらせたのは「世界の共通の普遍的価値」に関する談話で、出てきた時間は更に遅く、2011年6月27日、温家宝が英国王族協会で発表した 「中国の未来の方向」という演説で、「本当の民主は自由と不可分で、真正の自由派経済権利と政治権利の保障かと不可分である」というものでした。2011 年9月14日に発表した「党が代表して政治を行うことを改め、権力が過度に集中する現象は特に緊迫している」はどうも温家宝がのべた政治改革についての最 後の内容のある談話だったようです。温家宝の家族の蓄財と、温家宝の政治改革の発言のタイムテーブルを比較すればかくて一目瞭然です。ですから所謂、温家 宝一家の財産暴露は、毛沢東の長年の温家宝の改革逓減への怨み、という説は、実際にはこじつけのようなものなのです。

    《”徐明”ー2主につかえるー複雑な役割》

    富商の徐明に関する伝説は多く、一番のトバシ記事は温の娘婿だという説です。「遠東経済評論」雑誌はかって「徐明は温家宝の娘婿」という記事を載せ、徐 明が手紙で否定したにもかかわらずその噂はずっとくすぶっていましたが、最後に香港の中国メディアに登場し否定しました。ラジオフランスは2010年7月 18日、香港情報として「温家宝の娘婿の身分が初めて暴露された」として、中国銀行監査会統計部主任県研究局責任者の劉春航こそ娘婿だと報じました。

    劉は1990年代にハーバードビジネススクールに留学中、娘の温如春と知り合い結婚した、と。2013年8月、薄熙来裁判の期間、NYタイムズは8月22 日に「商人徐明の没落が示す中国政商の関係」と題する記事を掲載しました。記事は徐明と温一家の複雑な関係について記しており例えば20世紀の90年代か ら徐明は温家宝の親族(子供)と合作して私営企業系列に投資。20世紀の90年代後半から徐明はと温夫人の張蓓莉と大変良い関係にあった、と。

    記事に依るとその企業の記録と徐明の以前の商売の共同経営者の取材で、徐と張は北京平安保険ビルの同一階で仕事をしていた。2000年に徐明は徐明は一部 の企業が保険会社「生命人寿」を設立するのを手伝いそれらの企業の一部は温首相の姉の夫と母親が所有した。後に生命人寿は温雲松の会社をその情報技術の提 供元として招聘した。この記事ははっきりと、ある一定期間、徐明は温家宝の娘の温如春とデートしていたこともあった、と書いています。

    今ある資料によれば徐明と薄熙来家の関係の主な点は薄熙来のプロジェクトや薄熙来の妻の金銭や各種サービスへの利益還元だった。温家との関係も複雑さをました。

    こうした「1人の家来が2人の主人に仕える」状態は本人にとっていい事はありません。でもさらにその主人にとってはとんでもない事です。なぜなら雇い人 が主人と専属の関係でもないのに内情を多く知ってしまえば何が漏れるかわからないからです。「温家宝、薄熙来恩怨の内幕ー体験者の回顧」はこんな事情をあ きらかにしています。

    「21世紀経済報道」の2004年6月の報道では情報提供社は徐明の複雑な人脈ネットワークの一環で、徐明が株主として参加した上海生命人寿で、元平安保 険の社長をやっていた人物だった、とのことです。この人物は馬明哲と一緒に平安保険を創設した元老のひとりで、馬と別れてから平安の内幕を「21世紀経済 報道」に暴露しました。これが温家宝一家の「平安株」が「不安株」に変わるにいたったドミノ式崩壊の最初の一枚になったのでした。

    《温家の運命はどの集団の民意が決定するか?》

    第一のドミノカードが崩れたもとは見つけ出せました。しかし2010年1〜3月のロイターとファイナンシャルタイムズの温雲松の私設ファンドの情報源は ずっと分かりませんでした。2012年中国の権力闘争たけなわの時期に外国メディアは中国高官の一家が蓄財に狂奔している姿を報道しました。ブルムバーグ は習王族一家の姉が大儲けしている情報源はすでに公安部副部長の李東升と判明しています。

    しかしNYタイムズの温一家のニュースの来源は未だに秘されております。2012年10月26日の「総理の家族の秘密の財産」が発表されたあとも書いた記 者はそのあとも取材を続けられたのです。そして11月27日の「温一家と平安の勃興」という記事は実に常識を越えています。私の経験や他のジャーナリスト の経験からしてもこの種の外国人にかかわる取材は必ず尾行がついており、この訪問を阻止しようとするなら中国の保安担当にとってはお手の物なのです。記者 が順調に取材できたということは、つまり中国当局が温家宝に政治的な保護措置をしていなかったとしかいいようがありません。徐明はいまとらわれており、罪 名は今に至るまで明らかではありません。しかしもう吐くべきことはみな喋っているとおもわれます。

    今後、温家宝一家の命運は実は習近平の考え一つです。しかし、この「考え」には、まだひとつの特殊な北京の政治圏の”民意”がかかわってきます。2010 年4月15日のファイナンシャルタイムズの「新世代太子党」という記事の中にはっきりと新旧の二つの太子党の矛盾が指摘されています。「太子党」はもとも と中共の革命の高級幹部の子弟を指す言葉で、彼らの父等は毛沢東と一緒に伝説の長征に参加したか、1949年革命勝利時の革新的指導グループの構成員だっ たわけです。

    この数代の「テクノクラート」の指導者(江沢民、胡錦濤時代)の子弟は「新太子党」で、彼らは中国の民間株式会社の業界で「石ころを金に変え、自分のフト コロを満杯にすることだけに熱心でそれが党や指導層へどんな印象を与えるかは気にしない」「革命をやった古い方の太子党の面々は十分に、この国家は自分達 のものだ、と自覚している」「一旦、宦官共が勢いを得たら、政権の滅亡は近い」。記者ははっきりとこの情報は北京の指導者層圏内の情報源からだ、としてい ます。

    2013年、習近平の父親の生誕100年記念活動では多くの革命一家の二代目は招待され出席しましたし、そのなかんいは毛沢東にパージされた高岗の未亡人 親子もいて、すべて”自分達の仲間”扱いでしたが、新太子党はだれも招待されませんでした。これはすなわち、新太子党と老太子党は”同じ仲間”ではないと いうことです。

    南方人物週刊の11月6日号の「陳小魯の革命二代の輝く家系”で陳毅元帥の子の陳小魯、馬文瑞の娘が取材され、馬の口からは「新太子党」ではなく「官二 代」という言葉がでました。「私達は官二代とはちがうのよ。ちゃんときっちり線をひかなければ!」「私達は腐敗を憎む。あのいい気になっている官二代を憎 んでいる。あの連中に党をめちゃめちゃにさせてはならない」と言っています。

    温家宝や李(克强)は前現の総理の身分ですが、この2人ともこの北京の特殊なサークルとは無縁です。苦境に直面して温は陳情しようにもするすべがないの で、このような「自分の気持ち」を公開する方法をとったのでしょう。その結果がどうなるか、それは天のみぞ知ることです。(終)

    拙訳御免。
    原文は「温家宝为何要做“善终考”功夫?」www.voachinese.com/content/heqinglian-20140121/1834904.html

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