• チュニジア憲政の“*パスディペンデンス”ーアラブの春3年目回顧⑴

    by  • February 5, 2014 • 日文文章 • 1 Comment

    何清漣

    2014年02月02日

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    http://twishort.com/WeHec

    今年一月は”アラブの春”の三周年です。あの革命を経た国々はそれぞれ異なった運命をたどりました。チュニジアは1月に憲法を制定し混乱を収拾し憲政の 春を迎えました。エジプトとリビアはそれほど幸運ではなく、現在まだ様々な革命後遺症の苦難のさなかです。とりわけエジプトの革命者たちは自分たちの「不 断の革命」が軍人政権復活を迎えこれからの道が何処へ向かうのかわかりず複雑な思いです。

    《「パスディペンデンス」が社会の変遷の方向を決定する》;

    これらの国家の経験は民主主義を守るのは民主主義を建設するのに劣らず難しいということを証明しています。

    如何なる国家も現代化に向かう過程はその制度の方向はすべてパスディペンデンス(path dependence *経路依存性=過去の合理的選択が現状を生んだと推測されるケースの多くが,一時の歴史的偶然と政策的介入によって決定されている という考え方)がある、ということです。経済学者のダグラス・ノースのこの理論は制度の変遷の”轍”という概念を生み出し、如何なる国家もなぜ異なった発 展の道を辿るか、ある国家は発達の道をたどるのに、別の国家は長期にわたって発達出来ないのか、つまり、経済の遅れた状態から抜け出せない原因は「既に出 来ている制度が制度の改変を阻害する」ということ、簡単に言えば革命前の社会の政治発展の程度が社会再建中の政治選択を規定する、ということです。

    これら3国の革命米の情況は政治的に違いがあります。チュニジアは開明的専政。エジプトは軍人政治の半開明専制、リビアのカダフィ政権は正真正銘の独裁主義・福祉主義で、三国の共通の特徴は青年の失業率が高かったことでした。

    《チュニジアの憲政ー民衆と政治家の理性が相互に働いた》

    上述の国々のアラブの春の期間中、いずれも革命広場的な熱狂があり、それぞれ自国の専制政治を終焉させました。しかし社会の再建過程では革命前の政治的 発育による違いが三国の人民が革命後の混乱に対して違う方法を採用しました。例えばエジプトの青年達は革命がすべての様々な困難を一度に解決することを希 望しました。例えば政権交替方式、民衆の権利、宗教信仰と世俗化の衝突、失業、経済困難です。

    チュニジアの人々の期待はもっと現実的でした。おもに政権交替方式と民衆の権利に集中したのです。”ジャスミン革命”後、チュニジアの直面した経済問題 は革命前より更に多く、失業問題は更に深刻でした。それに伴って家庭のプレッシャーも増加し、離婚率は一時、4割近く、青年は結婚出来ず、治安情勢も悪化 しました。

    一時、チュニジアの危機はエジプトに大変似ていました。例えば2013年2月と7月に発生した反対党リーダーの刺殺事件は全国に大規模デモを引き起こ し、一部では激しい抗議者が「政権打倒」を叫び政府解散、テクノクラート官僚と独立人士による監視政府による再選挙を要求しました。中にはこれをイスラム と世俗派の政治闘争にエスカレートする動きもありました。これに対抗して政府は政権支持のデモを組織し国家は一時深刻な政治危機に陥りました。

    しかし、チュニジア人の政治的な我慢強さはエジプトと同じ道を辿る事にはさせませんでした。チュニジアは人口の大多数が都市住民です。彼らは革命方式で 不満を表明することではなく、色々なレベルの組合などのチャンネルを通したデモで自分達の不満を表明し、マイナス面の気持ちの鬱積が暴力事件を発生させる といった危険を回避し、同時に関係部門に民衆の不満を伝え、政策に修正を加える様にさせ、平和的なやりかたでより良い暮らしと国家の平和な発展を促進させ たのでした。

    彼らの組織であるチュニジア労働連合会は国家の政治に大変大きな参加権を持ち、この組織の牽引下にチュニジア政権連合諸政党と反対派陣営は11月5日に 全国対話大会を開催し、政権党のイスラム復興運動を含む20党派に政治和解を求め、危機解決のチャート図へ署名させ、最後に臨時の無党派による過渡的政府 樹立を同意させたのでした。「街頭で投石していた人々」、即ち革命の初期組織者も政府に入りました。チュニジアの新憲法はこうして各党派が譲り合った成果 です。

    その中でも一番重要なものは;イスラム経は公共生活の中でどのような役割を果たすかという問題についての和解で、「イスラム教はチュニジアの宗教であ る」として、イスラム復興党の「国教」という表現から一歩退いたものになり、別の条項には「チュニジアは文官制度国家である」と「それは公民権と人民の願 いを最高の法律的基礎と成す」とあります。チュニジアは分権制の文官と内国家で、自由と権利に補償を提供する事を承諾したわけです。この二項目は今後いか なる政府でも修正できません。

    新憲法が発布されると、チュニジアの各政党はそれぞれ国家全体の利益の維持の為にあらたに一致させ、チュニジア国民があらためて政治に信頼を寄せることができるようにしたのでした。

    《革命前の民衆の権利意識の育成と中産階級社会の形成》

    今日のチュニジアに対して人々は大変、勇気づけられましたが、しかしチュニジアがベンアリの開明的専制体制の時期にその基礎が築かれていた事を指摘する 人はあまりいません。つまり民衆の権利意識の覚醒に大きな働きをもっていたということです。わたしは外部からのウォッチャーとしてここに大変はっきりと “パスディペンデンス”をみるのです。

    チュニジアの経済発展は「奇跡」とよばれました。2009〜10年に世界経済競争力論壇年報によると、経済競争力、金融危機耐性、通信情報技術促進と生 活の質の向上などの改善で、133カ国中アフリカ第一位、世界40位でした。ジャスミン革命以前、政府の清潔度(2010年で59位)や民生情況からみて も、チュニジアは発展途上国の模範でした。革命の導火線に点火したのは失業大学生の街頭行商人の焼身自殺でしたが、内在的な原因はベンアリが権力に未練を 持ちすぎたからです。

    ベンアリは政治的失敗者に数えられていますが、しかしその統治期間に行った政治措置は今日の中国に比べて遥かに開明的でした。1987年にチェンジをス ローガンに政権を握ってから、経済発展追求以外にも、人権擁護、民主拡大を政治の目標に掲げ1993年に「大統領人権賞」を設立し人権事業を激励しまし た。ベンアリは憲法委員会の権限を大統領と立法機構の監視に拡大し、さらに立法機構の一院制を二院制にあらためました。

    さらに重要なことは、ベンアリはイデオロギー教育をせず、メディアの自由を制限する愚民か政策をとらなかったことです。彼は多くの新聞出版に関する制限 を廃止する法令を発布し、特に個人経営の新聞と放送局を許可しました。チュニジアの国民はインターネットや衛星テレビで外国の報道や外国情報に触れる事が できました。また「公共の権威を誹謗した罪」を廃止し、多党制を許し、野党が政治討論、政治競争に参加することを歓迎しました。反対党に正常な活動ができ るよう資金援助までしたのでした。

    2009年の政権党の民主天命は衆議院で161議席、野党7党合計が53議席でした。彼は労働者が自由に組合を組織する権利を支持し、ストライキも許し ました。エジプトとの最大の違いはチュニジア社会の構造が革命前にすでに中産階級化していたことです。4分の3のチュニジア人は自分が中東階級に属してい るとみなしていましたし(中国では各階層がみな自分は社会的弱者で有るとみているのと好対照です)、約8割が自宅を購入し、貧困率は4%にさがり、農業人 口は4分の1でした。ベンアリなこれらの措置を通じて疑いなくチュニジア人の権利意識を高めるのを助けました。

    そして、チュニジア人はベンアリの開明専制制度のよくない一面を認識するに至ったのです。長期執政による特権がその家族に社会の公共資源を独占させ国家 経済を握っていました。国内メディアは常に第一夫人の贅沢ぶりと強欲を批判しました。荷にジアの民衆はみな社会公共資源が調整されることを望み、ベンアリ の独断と長期政権に日々不満をつのらせ、競争型の民主政治形態への傾向を深めたのです。

    つまりチュニジアのジャスミン革命の原因をみると、経済危機や発展の難題というよりチュニジア人の権利意識の覚醒とその政治改革の要求だったのです。 チュニジアが革命後の危機を乗り切ったことからみればチュニジア人民の絶え間ない革命推進というより、中産階級を主体としたチュニジア人民が革命の目標と その限界をはっきり理解して、原則のある和解をうまくやれた、というべきでありましょう。(⑵に続く)
    拙訳御免。
    原文は「突尼斯宪政的“路径依赖”——阿拉伯之春三周年回顾(1)www.voachinese.com/content/he-qing-lian-20140131/1842250.html

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