• 新疆問題;中国マルサスの陥穽効果

    by  • March 10, 2014 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣 @HeQinglian 氏,全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi

    http://twishort.com/5HUec

    今回の昆明の3.1事件発生後、世論の分化は深刻です。中国大陸の言論はほとんど新疆のテロを痛罵排斥一辺倒ですがそれでも多くの漢人はこれは中共当局の長期高圧的治安維持の必然的結果だと意識するにいたりました。

    《新疆問題の源は「辺境入植政策」》

    新疆ウィグル族は市場で売っている網の上の焼餅の如き立場に置かれています。この民族矛盾の源は長年づづけられた漢族の大規模移民です。これによる人口急増が新疆の資源と人口のバランスを深刻に狂わせました。ウィグル族の伝統の暮らしと生産方式は崩壊しました。ある人はこれはウイグル族の伝統的手工業社会が商工業社会に転換する際の危機だといいましたが、この説はウイグル族の生存地域の特性をよく考慮していません。つまりオアシス文明が居住の分散化を決定したということです。この種の社会のはどうしたってまるごと現代工業・商業社会になるなどということは最初から無理な相談なのです。

    新疆に移民させる考えは2つの起源があります。一つは中共党史上に言及されているスターリンの提案です。劉少奇が1949年6~8月に訪ソした時、スターリンが中国は新疆に移民し漢族の比率を3割にすべきだと提案しました。その後中国政府は新疆に建設兵団の軍人を配備し、内地の多くの若者を「社会主義建設支援」に動員しました。もう一つの起源は中共は言いたがらないのですが、実際は漢や唐の時代から行われて来た辺境移民政策です。漢唐時代の盛んな頃、都護府と軍事駐屯地以外に、内地の移民を西域に送り、辺境を防衛強化し辺境の中央政府への求心力を強化しました。中共政府がこれを認めたがらないのはおそらく、外国に中共が封建時代の統治技術を今も使ってると思われたくないのでしょう。

    《マルサスの陥穽、新疆に及ぶ》

    漢族の人口増加に伴い新疆地区の人口と資源のバランスは徹底的に崩れました。中国政府の発表では1949年新疆の人口433万でウイグル族329万、総人口中76%、漢族29万、5%。1964年総人口727万、ウ族400万55%、漢族232万,32%。1982年総人口1308万、ウ族596万、45.8%、漢族528万、40%。2010年、2181万中、ウ族1007万、46,2%、漢族875万40.5%。新疆の農業と生活揚水は主に雪山の融水に頼っています。雨は望めません。ですから居住地域は川沿いの線状のオアシスに限られます。

    その環境生態は弱く、新疆地区の人口の急速な増加によって必然的に現地の開発に依る資源利用の行き過ぎと大規模な砂漠化を招きました。タリム河流域の生態悪化は新疆砂漠化の縮図です。政府資料でも20世紀50年代新疆には5平方キロ以上の湖は52あり、湖面積は9700平方キロだったのが70年代になって4000平方キロに減少しました。玛那斯湖は砂漠に代わりつつあり、博斯腾湖は塩水湖に、乌伦古湖周辺の樹々は大量に枯死、艾比湖も第二のロブノールになりました。 湖の枯渇はオアシス文明の萎縮で新疆の砂漠化面積は80万平方㌔となり全国の砂漠の6割に達しました。

    《新疆ウィグルの老人とその孫》

    漢族の大量進入は新疆を一種の悪性の循環に陥れました。漢族が増えれば増える程現地の人口と資源の矛盾は激烈になり、ウイグル人の生存空間はますます縮小して、両民族の矛盾は増々激化します。北京はかって民族を超越した政府を自任して、両民族の間にたつ三角関係をとり、自らはそのトップの仲裁的な位置づけとしました。しかしこの種の関係は次第にバランスを失い7.5事件は中国政府(漢族)とウィグル人民の長期矛盾の累積の一大爆発でしかありませんでした。漢族地区がとっくに「マルサスの陥穽」に陥っていたともいえます。新疆は1949年以後、中国内部の「マルサスの陥穽」の効果による連鎖効果の末端で、それがオアシス文明を衰退に向かわせたということです。

    《解決は可能か?》

    新疆ウィグル人に同情的なネット上の人々はみな知っている事ですが、高圧的な治安維持は新疆の民族矛盾を増々激化させるだけで、どう解決すべきかが論議されています。一つの見方は漢族は内地に戻れば摩擦や矛盾を減らせるというものです。もしそれが可能だとしたらこれは当然、抜本的な対策になります。しかしこれは紙上の空論なのです。北京政府だろうが新疆在住の漢族だろうがとうてい受け入れられる策ではあり得ません。政府が受け入れない理由は二つで、政府からみて新疆の漢族は現実には治安維持の道具ですしもしちょっとでも退こうものなら現地の漢族の信頼を失い、収拾がつかなくなるおそれがあります。さらに重要なのは北京政府にはこの新疆の800万人の漢族を収容する場所が無いということなのです。

    中共政府は国民政府から奪権したとき、同時に大量の遊民を受け継ぎました。中共の軍隊の来源は主に遊民です。内戦終了後、中共の100万大軍のうち残された一部の戦力以外は一部は朝鮮へ、一部は王震によって新疆へ屯田兵になりました。中国中の大小の街にあふれる失業人口に対して中国政府は「安い給料、多くの就職先」「1人の飯を2、3人で食う」の計画的配置方式を採用し、暫時、中国の過剰人口を消化しました。しかし人口増加があまりに急速で、都市経済の就職機会は少なく

    20世紀の50年代末、仕方なく上山下郷政策をとって無理矢理、出身家庭の(*共産党にとって)良く無いとみられる青年達を辺境の地へいかせ、文革時期には大多数の年青年をすべて田舎においやり、都市の知識青年3000万人余を都市から追い出しました。新疆や内モンゴルの荒れ地は50年代から70年代中期までずっと中国政府が内部の過剰人口を消化する場所だったのです。改革30年、中国は深刻な環境破壊という代価をはらって高速経済発展をとげました。その深刻な環境情況は多くの地域で人間が住めないほどとなり厖大な自然生態破壊難民を生み出しました。

    潘岳(政府環境保護部副部長)は2005年にインタビューで全国22都市で1.87億人の環境難民がいるとし、人口を吸収できるのは広東、北京、天津、上海、遼寧、浙江、福建、黒龍江、海南省などで、それも最大にみても3000万人だとのべています。その時点で全国には1.5億任の環境難民は行く場所がないのでした。事実上、中国政府は新疆の人口を移すどころか、反対に甘粛や青海等を環境難民居住地としなければならないありさまなのです。新疆の漢族は実は中国の内地に行き場などないのです。90年代、新疆の第一世代が続々と退職の年齢になり多くの子弟が内地の大学に入学しそのままとどまって就職を希望しました。

    しかし政府の規定は出身地に戻すというもので、新疆、内モンゴルの幾つかの少数民族地区の漢族は戻されました。別の地区ではこれらの地区の大学卒業生を受け入れなかったのです。その後漢族の幹部の力で一時緩みましたが、またすぐ引き締められごく少数の「漢族二代目」が内地に留まれるだけでした。多くの新疆屯田兵の子弟にしてみれば新疆で生まれ育ち、父母の出身地は夢の中にしかなく、そこにはもう土地もなければ行きて行く術もない土地です。政府が安心して住めるチャンスを与えない限り新疆を離れて行く所はありません。

    もう一つの見方は新疆人民に”民族自決”で投票で独立を選ぶかどうか決めるというものです。しかしこれは漢族を除外するべきだというものです。その根拠は国連の「植民地国家と民族独立の宣言」(1960年12月14日国連通過決議)です。この方法は実行するには障害が多過ぎます。まず投票し各社の問題。漢族を除外するのは受け入れ不可能です。次に全ての民族が参加するとなればウィグル族の勝算もありません。現在、新疆のウィグル族は1007万人、漢族875万人、その他の少数民族が300万未満です。もしウィグル族がすべて独立を希望しても中国政府が他の少数民族を利益誘導したならば漢族側が多数派となって勝利します。中国当局がこの”民族自決”方式をとらないのは香港、チベット、内モンゴルなどがあり、先例とすることができないからです。

    上述のとおり、結論は;漢族主体の中国人が今有る資源の開発方式は地球が耐えることができない災難であり、中国30年の経済改革が中国内地の山を禿げ山にして空気を汚染したことがその明白な証拠であり、このような開発方式はどこだってすべてマルサスの罠に陥ります。

    仮に中国がいつの日か民主化を始めたとしても、現在山積みになっている諸問題のうち、解決できるのは政治的権利ー選挙権や言論の自由、引っ越しの自由等です。就職、人口、資源、少数民族地区の原住民と漢族の矛盾などは、決して民主化したからといってそれで解決するというものではありません。中国人が現在の資源消費方式と出産方式(農村では後半に2人の子供ではなく多くの子供を産んでいる)等を変えない限り、この問題は中国だけの悪夢ではなく、世界に影響をあたえることでしょう。(終)

    拙訳御免。
    原文;新疆问题:中国马尔萨斯陷阱的发散效应 p.tl/VLp1

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