• 何故中共は「小組」大好き?

    by  • March 20, 2014 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣 @HeQinglian 氏 全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi

    2014年03月20日  http://twishort.com/PZXec

    中共総書記の習近平が党、政、軍の3権を一身に集めた後、さらに労苦を辞さず各種の小組のトップの任についています。3月15日の軍委国防・軍改革指導深化小組長までに、すでに中央全面深化改革指導小組、国家安全委員会、ネット安全情報化指導小組の責任者で、その他にもあまり注目されていない釣魚島(尖閣諸島列島)異変対応小組の組長にもなっています。三権を一身に集め、この多忙時にそんなに小組長をしてもただ自分が忙しくなるだけで別に今以上に権勢に栄誉が加わるわけでもないのに、なぜそんなに小組長就任に熱中するのでしょうか?この問題を理解するにはまず、「小組」が中共政治の中でどんな役割を果たしているかをはっきりさせないといけません。

     〈小組;組織内部再編の権力政治手段〉

    小組は中共の内部で長い伝統を持っています。各種の名目の指導小組は中共が仕事を進める重要な方式で、また内部の権限を整理統合する重要手段です。共産党の初期には最も著名な小組は長征時期の3つの「3個団」で「最高3人団」、「中央隊3人団」と遵義会議後の「新3人団」で毛沢東派後の2つの重要なメンバーで、共産党の最高権力を握るための”道路舗装”でした。

    この後、コトを簡単に運ぶ為に毛沢東はしょちゅう各種の政治小組をつくり、内部権力を組み替えました。「延安整風」はこの小組政治のピークで1941年7月からはじまって続々と中共中央調査研究局、過去の歴史生産委員会、幹部審査委員会、中共中央総学習委員会等、異なった目的をもった小組が成立しました。毛の一生で最も有名なのは「中央文革小組」で彼はこの小組に奪権して革命を起こす使命を与えました。当時、毛は天下の覇者でしたから組長にはならなかっただけです。

    〈毛沢東派文革中、中央文革小組で奪権〉

    2013年5月、捜狐から旧文を捜していたら「小組は如何に大国を治めるか?」(*p.tl/baei) というのがあり、内容は「小組」は中共の内部で通常の方式以外の補完的なもので、特定時期に部門を越えて権力と協力するとしています。クラス別に違う小組は権力も違っており、国家指導者が自ら組長になる小組の権力が最大だとありました。この文章は別に小組の神秘性を憚らず、機構の設置は政府の資料には明記されておらず、公開報道は極めて少ないとしています。

    これらの小組は表立って看板を掲げる事なく、党組織機構名簿からは探し出せません。多くの小組は固定した事務所も持たず、きまった人員編成もありません。多くの小組が常設とはいえ、日常の事務は不用で多くは重大問題に対処するときに出現するだけなのです。そうした際には組長が組織合同会議を開き、多くの部門が連動して解決策を練り上げます。この文は「小組は日常には影も形もなく、重大時期に初めて姿を現す」と過去の中共の小組政治を概括していますが、本質を確かに伝えています。

    習近平の小組政治には特徴があり、その小組の密度からみて、延安整風時期よりしっかりしており、自ら組長の任につく事は歴代の最高指導者より遥かに多く、活動方式から見ると過去の隠密主義から公開に方式に変化して来ています。

     〈習近平はなぜ小組政治を偏愛するのか?〉

    習近平が各種の小組の組長になるのはそれが大好きだから熱中しているなどということではなく、いまは周囲の情勢に迫られてこうするしかないのです。鄧小平が確立した集団指導体制は、薄熙来が上の常務委員の支持を借り、下に草の根世論を味方につけ、中共高層部に権力継承者の規則を変える事を迫って以来、深刻な挑戦を受けているわけです。中共の高層の政治的な亀裂を人前に晒すしかありませんでした。

    所謂「集団指導体制」は1人の個人の独裁は防げましたが、しかし「船頭多くして船山に上る」で権力が分散してしまい、胡錦濤の第二期では中共の高層連がそれぞれ適当にラッパを吹き鳴らし自分達の管理する部門で汚職がすすみ巨大な利益の連鎖を作り上げました。そして腐敗が公然と横行する世の中ができあがってしまいました。この種の権力の分散の結果と最高指導者の権威の弱化をみて、習近平は指導者の権威の再建し、中共政治の腐った局面に生気を吹き込もうとしているのです。

    小組の相次ぐ成立と自らが組長になるというのは、危機感と不安心からでただけだともいえます。外界の期待する政治体制改革とは全然関係ありません。かって「毛の30年で鄧の30年を否定してはならず、その逆も然り」という意味の発言をしましたがこれは大変良く習近平が毛式の鉄腕で、鄧小の確立した国家資本主義の利益構造をかためようとしていることを説明しています。

    中共の執政60年はとっくに成熟した多層化した官僚行政体制を形成し 例えば党が政治を管理するというような中国的特色はあるものの、この種の管理組織構造はすでに特定のルールと秩序を形成し、ハッキリと権威を確立し権限と責任は上意下達です。江沢民、胡錦濤派どちらも中共内部の法の定めた所の権威ではありましたが、胡錦濤の権威はその政治実績と能力から挑戦を受け、損害を蒙りました。

    地方政府はそれぞれが勝手な事をし、中央の国務院所属の各部と各委員会も観賞されずに威張ってふんぞり返りました。とくに国家安全部、武警と警察界は周永康の管理下にあり、上部のコントロールが利かない状態でした。習近平が就任以来、各地区に子飼の部下を落下傘降下させ送り込みましたが、しかし全体の構造と官僚の構成はまだ大きな変動調整はされておらず、指揮がうまく行ってないと感じているか、心配なのでしょう。

    ですから習近平は毛がかつて使った小組方式で権力の再調整の目的を果たすとともに、各領域に直接手を下そうとしているのでしょう。習近平は順調に各種の権力を一身にあつめましたがこれにはいくつかの特別の要素があります。ひとつには彼の出身が「革命家庭の二代目」ということです。

    中共はこの法律ではきめられていない”家柄”を実際は資格の”財産”として認めていますし、そのうえ北京では「紅二代目」連の活動は特別活発で、今の赤色中国は自分達の父たちが打ち立てたものだとおもっていて、彼らの家の天下だとおもっており習近平を支持しています。

    第二は習の優位性です。うまく”第一人者”の地位の有利さを生かして、さらに胡錦濤が離任するとき軍事委員会首席の職も習近平に渡しましたから、習は元老達の掣肘を受けません。

    第三に7人の新常務委員は大部分が革命に功績のあった紅色家庭ではなく”平民出”で、習の「革命家庭二代目」の家柄の有利さを持ちません。中央常務委の俞正声は紅二代目ではりますがその家族は早々と権力を失っていますし、王歧山は半分だけ紅二代の家族出身です。この3点があるので今回の常務委員会は「船頭多くして…」という形にならず、「星が月を囲む様に皆が習近平をあおぐ」ようになりました。

    〈習近平個人の専断と中共政治に与える影響〉

    中国(中共)の政治文化の伝統はストロングマン政治の崇拝です。主が弱ければ群臣はこれをあなどります。胡錦濤がそうでした。毎年の両会は一部委員が公然と冨を見せびらかし、会場はファッション、高級腕時計、自動車の見せびらかし展覧会の様相を呈しました。億元級の冨を持つ汚職役人が次々と現れ、「命令は中南海から外にはでない」状態となったのはすべて外からも主が弱く群臣がこれを馬鹿にしている現れとうつりましたし、その上温家宝は改革うんぬんを語りまくり、薄熙来は『革命を唱いギャングをやっつける」と言い出し、多くの党内人士と動乱を怖れる知的エリート層は中共の前途を心配しビクビクしていました。

    そこで習近平は強硬な姿勢でのぞみ、かつ腐敗に打撃を加え幹部の考課基準を、たとえばGDPではなく環境保全を体系に将来入れるとか、そいうことで体制内人士に政権の安定の希望を見せようとしました。ただこの種の専断の弱点は「指導者個人の能力と見識がその政策の出来映えを決定してしまう」ことです。

    習近平の政策の選択は中共統治集団の時勢に対する判断からきまります。王歧山は数年前、党内の官僚と知識分子にアレクシス・トックヴィルの『旧体制と大革命』を推奨しまたのには二つの意味があります。ひとつは統治集団への警告でトックビルの法則の真の意味は「改革がそれほどすばらしいなどとおもうな。一つの政権にとって最も危険なのはその政権の最も邪悪な時ではなくて、それに対して改革が始まった時なのだ」です。所謂、改革は自ら死を求めることになるのだというものです。

    つまり民主化を要求する知識人士に対し、「歴史はキミらの願い通りにはならない。中共が崩壊したら民主と秩序がくるとは限らず、もっとあり得るのは仏大革命の様に、ポピュリズムの泥沼におちこんで金持ちを殺し、エリートの首をちょんぎることが常態となり、大衆が万歳を叫ぶ民主化とはただ断頭台政治が復活するだけなのだ」とおもいおこさせる意味がこめられています。

    政権がぐらつくのを抑える必要から、習近平は護権活動家やチベット、新疆、香港の政治反対者に全方位的に強硬姿勢で打撃を加え、反対者をひんぱんに逮捕し、ネットの監視を強化し、言論空間を弾圧し縮小させる等等しています。これらの措置は短期間には中共の統治を強化するかのようにみえます。しかし長い目でみれば、かえって一つの社会の政治的進歩の要素を扼殺し、中国を長期にわたって暗黒先生の中にさまよわせ、改善せざるを得ないようにさせてしまう道なのです。(終)

    拙訳御免。
    何清漣氏の原文「“小组”为何是中共政治的常青树?」は www.voachinese.com/content/he-qing-lian-china-political-20140319/1875065.html にあります。

    About

    Leave a Reply

    Your email address will not be published. Required fields are marked *