• 長江に詫びるべきは誰か?ー三峡計画の3つの出鱈目のツケ⑴

    by  • April 17, 2014 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣

    2014年4月7日
    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    http://twishort.com/5iffc
    最近、「三峡の双雄」とも言われた三峡集団のボス・曹广晶、陈飞相の2人が相次いで免職となりました。中央紀律委員会の数ヶ月前の今年の反腐敗運動の重点のひとつが「電力の虎(悪ボス)打倒」だということでしたので、人々は一斉にマナコをこすって李鵬の一家に目を向けています。

    中共によって「壮大な偉業」といわれた三峡ダムプロジェクトはそのプロジェクトの調査研究から開始から今までずっと三つの大きな出鱈目が存在しました。順をおってあげると、だれが三峡プロジェクトを本当に決めたのか?三峡ダム地域の気候の変化、地質災害の頻発、生態環境の悪化と三峡ダム計画は関係があるのか?プロジェクトの腐敗の洞穴はどれほどなのか?です。しかし外側からではみなわかっています。3つの出鱈目なツケの間には蔓草のような利害関係が錯綜してびっしりとからまり、どのひとつを取っても真剣に調査すれば巨大な黒幕にいきあたる、ということを。

    《誰が三峡計画を開始した責任があるのか?》

    本来ならこれは問題になるべくもないものです。なぜなら1992年の全国人民代表大会で批准され、1994年に工事が正式に始まり、2003年に供用開始され以来、二十余年、現在までのすべてのデータはしっかり保管され、誰がその責任を負うべきかははっきりわかる筈なのです。でも中国では生憎、そうはならず分けのわからない帳合になっています。

    そのわけは、このプロジェクトは開始直後から調査研究の結果、多くの専門家が指摘する問題点が続々と水面上に浮き上がり、増々多くの証拠が、取り返しのつかない失敗プロジェクトだということを明らかにしてきたからです。

    三峡プロジェクトの開始からの論争の過程で、極力反対を続けた水利専門家の黄万里氏はかつて「将来、必ずや白帝城の上には3男1女の4つの鉄の像が建てられ、長江(揚子江)に向かって跪き、その罪の許しを乞い子孫後代に謝罪することになるだろう」と言いました。この四人とは時の国務院総理・李鵬、水利電力大臣の銭正英、陆佑楣と張光斗です。(*中国には南宋の愛国者・岳飛を裏切った大臣・秦檜夫妻の鉄像を作り岳飛廟に参る人々が唾を吐きかけるとか。)

    この4人の名前が黄氏によってこのように言われたほどですから、その果たした役割の大きさがわかろうというものです。もし三峡計画が成功したプロジェクトならこの4人は歴史に残る偉業をなしとげて名を残したわけですがしかし不幸な事に、三峡プロジェクトは開始以来問題だらけで、この4人はマズイと思っていたらしく、さまざまに発表されたその言論をみても、みな自分は別に三峡計画ではさして重要な役割を演じていないと”論証”しています。

    まず銭正英女史ですが、その官僚生活の大部分を水電部ですごし、そのお手柄はすべて「新中国水力電気事業」にかかわり、特に三峡プロジェクトにつながるものです。1950年の水利部50周年祝賀会では女史は「思想を解放し、正しい事実を求め、21世紀の水利に挑戦しよう」と講話し、また三峡計画についての泥砂堆積、移民、環境問題に対する憂慮を表明し解決法は「濁りを排し、清らかな蓄積」措置だとのべましたがその措置が有効かどうかについては何も述べず、三峡ダムの上流にさらにダムをつくるのが最も有効な方法だとのべました。(原注;この方法は後に専門家から土砂堆積問題を先送りするだけだと指摘されました)。

    また三峡ダムに対する様々な疑問に対しては「果たして良いか悪いかはまだまだ長期的な実践実験を経なければ言えない」といいました。なんだか銭部長は三峡計画をビル群建設のように「やってダメなら壊せば良い」程度に考えている様にも聞こえます。

    2003年6月に三峡ダムの貯水前、三峡開発総公司は三峡プロジェクトは100%の質量合格基準で9割近くの計画の質が優秀だったと発表しました。当時、全国でゾロゾロ、「オカラプロジェクト」と言われる質の悪い工事が問題になっていたのでした。当時としては最高レベルの優秀さでした。しかし2004年1月30日、中国科学院、工程院の院士・張光斗は北京放送局の取材をうけた「世紀の約束」で「三峡の質は悪く施工は悪く、原因は技術水準、管理水準が外国に及ばないが、ダムが崩壊することはない」と述べました。

    しかし張は「何年以内には崩壊しない」とはいいませんでしたが、この質の悪さはただ「壊れなければいい」という基準でしか量れないようです。ですから三峡の質が問題になる度に(例えば大きな罅割れ)しょっちゅう報道されるのをみても、予期した通り、ダムの質の問題はもともと「中国的特色」をもっていたものとわかります。

    陆佑楣は三峡プロジェクトの事実上の主催者で、三峡公司の社長でプロジェクトの方法にもその質にも責任を逃れられる立場ではありません。ですから三峡については摩訶不思議な哲学的問題としてしまい2010年8月、南方周末雑誌の取材に対して「三峡プロジェクトは最終的に治水の問題ではなく、哲学の問題である」と答えましたが、その”深い意味”は本人しかわかりません。

    《三峡問題に対して”謙虚”な李鵬》

    総理だった李鵬は日記を出版するのが大好きで、現在までに「電力は先行すべきだー李鵬電力日記」「スタートから発展へ 李鵬核電日記」、「立法と監督ー李鵬人民大会日記」、「市場と調整ー李鵬経済日記」、「衆の志で広大な計画をー李鵬三峡日記」等を著しています。これは中国の「党と国家指導者」の中では特別目立ちます。一つには何十年も日記を付ける習慣は中国の高官の中では比較的珍しいことですし、ふたつには李が生前にこの種の日記を出版するのは後日の自分のための証拠を残しておく意図があります。李鵬は1983年6月に国務院副総理になり1988年4月から1998年3月まで国務院総理をつとめ、1998年3月まで全人代の委員長をつとめその任期は改革30余年の半分にあたります。

    経済改革は多いに論議を呼びましたし、その中でも三峡プロジェクトはことに論議の的と成り、かつ深刻な後顧の憂いを招くおそれのある問題でした。「三峡日記」は時系列で8章に別れており、プロジェクト建設が中心ですが三峡プロジェクトの論議、工事開始、流れを塞き止め貯水し発電へとそれぞれ重大な歴史の過程がきされています。もっとも重要なのはこの日記が「中央の何代もの指導者の集団が三峡計画を高度に重視し心にかけていた」という点です。

    李鵬は前言の中で、自分の任期内に三峡の夢を実現に移した第一の夢は「偉大な革命家の孫文」でその建国方略の第二部で「ダムを築き、航路を変え、電力を起こす」としているとし、第二は米国のダムの専門家のJohn Lucian Sovageで1944年に中国の三峡地区を調査した後、三峡ダムの方案を「Sovage案」として提出した。その後は当然、毛沢東になる。毛は「三峡は前人の想像を超えた構想」「洪水を防ぎ、南の水を北に運ぶ構想も含まれる」としてそして1958年以後は三峡プロジェクトは周恩来総理に処理を任せ、毎年少なくとも4回報告を求めました。その後は鄧小平が関心を持ち、移民計画や中間ダムなどすべて鄧小平が仕切り、「1989年以後はすべての関連中大決定は江沢民同志によって制定され、彼が重要な指導的役割を果たした」と。

    つまり、李鵬は自分が三峡ダムプロジェクトで果たした役割は三峡の夢の一介の実行者にすぎないのだと言っているのです。三峡が李鵬が作詞作曲したこの「大河の曲」のとおり「手柄は一代、利益は千代」なら思うに、絶対こんなに「謙虚」になりはしなかったでしょうね。李鵬と銭正英等はこうして「謙虚に」1人は自分の役割は先賢の夢を実現するのに手を貸しただけで歴代の党指導者の命令を実行しただけと表明しているのです。

    もう1人は三峡の問題を理解してるといいますが、どちらも今後、自分が鉄像にさせられて白帝城の上に建てられ、三峡や長江、そして子孫に許しを乞うことになるのを避けるためです。三峡周辺の地区の生態悪化と地質災害の頻発、三峡プロジェクトは禍であって、福ではなかったということはますます明らかになっています。

    李鵬の役人生活はいくつも許しがたい大罪を犯しました。1989年に天安門事件で学生を弾圧した中でも重要な役割を演じました。長江三峡プロジェウとでも誤った決定を下しました。でもよく考えて見ると、天安門事件はその世代の人々に対する罪ですが、三峡プロジェクトは末代にいたるまでの罪なのです。(終)

    拙訳御免。
    原文は「向长江谢罪该何人? – 三峡工程的三本糊涂帐 」http://www.voachinese.com/content/he-qinglian-three-gorges/1887657.html
    三峡ダム;日本語wiki;http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%B3%A1%E3%83%80%E3%83%A0 には「中国指導部の胡錦濤元党総書記や李鵬元総理はいずれも発電技師出身であり、三峡プロジェクトを強力に推進している。また中国国務院の温家宝元総理は三峡工程建設委員会主任を兼ねている。しかし、2006年5月20日に行われたダムの完工式には彼等は一人として出席していない」との指摘があり興味深いです。

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