• 中国商業界の”生死の書”ー劉漢、袁宝環にみる「3つの掟」

    by  • May 27, 2014 • 日文文章 • 6 Comments

    何清漣

    2014年05月25日

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    http://twishort.com/o3yfc

    周永康事件がまだ決着がついてないとはいえ、周濱(*周永康の息子)と密接な関係になった四川の豪商・劉漢の事件はこのほど第一審の判決がでました。劉氏兄弟はともに死刑です。これは劉漢が2006年遼寧省の富商・袁宝環との関係を思い起こした私はこの2人が一時は輝かしいくえても結局、失敗の人生を送った事は、どちらもこの30年の「中国商業界の生死の書」が定める三つの掟、すなわちどのひとつの成功の道も、すべて成功者にいつなんどき死ぬことになるか分からないという暗黒の道が残されているということについて考えました。(爺注;生死の書;「死にゆく近親者を助けるために、自身の死の恐怖から逃れるために、人はどうすればよいか。その方法を、実践可能な形で提案し、死に対するネガティブなイメージを変えていく。死に怯える現代人の魂を救済し、死に新たな意味を見出す書」http://amzn.to/1nOSlij ←多分これをふまえての比喩ではないかしら(・・?))

    《掟の1;権力者と、巷の暴力組織と交わるのは諸刃の剣》

    中国の金持ちは貧乏人を馬鹿にすると同時に、自分自身も「弱者グループ」と言い張ります。これはむろん「老百姓(*一般庶民)」という意味ではなく、政府権力者と比べて、です。政府という一切を凌駕する政治権力の前では「冨がもたらす権力」など言うに足りないちっぽけなもので、企業家達は自然、「弱者グループ」になるということです。

    2006年3月中旬、東北の大富豪だった袁宝環ら三兄弟が死刑になりました。この事件の内情は複雑で判決は珍しいもので、ネットではいつもは金持ちが死刑に成るといつものように快哉がさけばれるのと違って、この事件は「現代中国の大冤罪事件」といわれました。

    事件には多くの疑問があり、たとえば袁がかって命を助けてもらうために払った500億元はあるのか、ないのか?あるならどこにいったのか?袁の死を望んだのは誰か?とか、こうしたことは袁が死んだ跡も実業界の噂と成って広がりました。2014の劉漢の「黒金帝国」の崩壊では兄弟の数々の故事が中国メディアのホッとな話題になりました。

    そしてやっと袁兄弟の死を望んだのが実は、今回の死刑判決を受けた劉漢で、劉漢が」商売友達の周濱の父」(*周永康のこと)の力で袁氏3兄弟の命を奪うという念願を果たしたとわかったのでした。今に至るまで政府側は周永康が袁事件に関わっていたとは一言もいいません。メディアの報道がはっきり言い切って、巷の人々がどう騒ごうと、劉漢の裁判ではそのカケラもでませんでした。

    「中国的特色」のもとではメディアが”なんだかよくわからないとりとめのない大雑把な報道”をしたとしても、それは”根も葉もない”ことではありません。ただ全貌があきらかにならないのは関係する人物の地位が高く、権力が強く、完全に暴露されてはその人物が困るだけでなく、朝廷の面子にもかかわるということです。当局だって自分の体制が人命軽視の悪制だ、などと知られたくはないからです。

    《掟の2;ライバルの背後には誰がついているかをしっかり探れ》

    中国の商業界の競争は多くのマーケット外での競争を必要としています。資源や経営特権を得るには、背後のコネ、支えてくれる人脈の強さ競争なのです。マーケットの競争では経営の才能の外に、「とことん阿漕に」やらねばなりません。それは、腹黒さや悪巧みの競争であり、どちらが悪辣かを競うもので、なかには殺人の腕前くらべすら含まれるのです。

    袁宝環は一介の平民の子から徒手空拳で億万長者になりました。(2006年に中国一、と言われました)、ですから当然中国で「中国的特色」の生きる道を知らなかったはずがありません。すなわち、権力者やヤクザとの交わりこそが冨を得る道であり、一家の命と財産を守る道で有る、ということです。しかし明らかに彼の運はよくありませんでした。

    袁は表も裏世界にもつうじたダチのような部下がいました。それが遼寧省遼陽市の元刑事警察隊長の汪興です。この汪は袁の会社の大部分の”機密活動”に従事していました。そしてそれを理由に袁をゆすりました。そしてゆすりが不調におわると当局関連部門に袁の悪事を訴えるので例えば、公金16億元を流用し投資して鄭百文事件(中国十大株事件のひとつ)投機事件を起こしたとか、劉漢に刺客をむけたとか、国債券を偽造した、殺しにかかわったなどと。

    袁はこのわずらわしさに、兄に殺し屋を雇って汪を消させたのでした。しかし、袁宝環の腹黒さは劉漢とくらべると所詮は小物です。劉漢もかって1000万元で邪魔者を殺し、劉兄弟のおこした事件は数多いのですが、その犠牲者はみな庶民の命です。その最大のものは友人の周濱の親父(周永康)の手を借りて、袁宝環3兄弟を法律によって死刑にしたことです。当時、すでに中国でもインターネット時代でしたが、袁宝環は情報こそが勝利の鍵だという認識がなく、「競争相手の背景調査」という基本をなおざりにしたのでした。ですから中国のビジネス界での生死の書には「相手のバックを知れ」が決定的に重要です。

    《掟の3;同族会社は常に全滅の危険性》

    中国の民間会社の多くは家族経営です。理屈の上ではみんなこれがボトルネックとなって企業の大きな発展の妨げとなる、としってはいますが、周囲の情勢、環境からこの種の企業形態は将来も長期にわたって存在するでしょう。前にもいいましたが、中国の改革開放以来、最も深刻な問題は信用の喪失です。人類社会の信用システムは4つのレベル、国家(国家と国民)、政府の信用、商業の信用、個人の信用が支えています。

    この4層の信用はすべて現代の中国では深刻な危機にあり、全社会の信用システムが崩壊し、人と人の間の信頼はもう最も原始的な血縁の紐帯に依拠するしかなくなっています。ですから民営企業の大多数は一族経営会社で、父子、夫婦、兄弟、姉妹の共同経営です。大部分の会社は家族のだれかがうまくやったあと、血縁のネットをたどってやってきて発展してきました。それは一族がみな金持ちになりたいという願いをもち、血縁関係が相互信頼の基盤だからです。

    この種の、農業社会からうけつがれた「虎をやっつけるなら兄弟に頼り、出陣するなら父子で」という伝統で、基本的な信頼関係の問題は解決されますが、「いいことはいつまでも続かない」で、中国の商業界のゲームでは盤ごとひっくりかえるようなことが多々みられます。企業内部の兄弟の反目や親戚同士が仇敵になるなどというのはよくある話ですし、企業が外部要因による災難にみまわれても、同族企業は丸ごと全滅をまぬがれません。

    例えば袁宝環一家の三兄弟は汪興の事件で全員があの世に逝き、もう1人の従兄弟も執行猶予とされともに”一族滅亡”でした。そして8年後、自分が被告席にたたされた劉漢も「劉龍帝国」のトップの血縁関係で面倒なことになっています。彼の企業が会社なのかギャングなのかを法廷で審理するのですが、その内容のひとつが劉漢と劉維の長期にわたる共同行動は”兄弟の情”なのか、それとも犯罪組織の仲間なのかという関係なのか、ということです。

    もし法廷で周濱と劉漢が尋問されたら、その関係は権力と銭の交換からなる友人関係だと言われるでしょうし、2人はそれをおそらく否定できないでしょう。しかし、劉漢と劉維の2人の犯行が一体兄弟の関係でかギャング仲間かというとこれは難しい話です。彼らは兄弟として漢龍集団を共同でつくり、「血は水よりも濃い」をその基盤としていますし、これは中国の民営企業にはどこにでもあることです。ですからこの法廷審理は中国人の道徳がどうあるべきこうあるべきかなどというより、「罪を着せようとすればその口実は幾らでもある」といった印象をあたえかねません。

    《中国人はなんでまた「袁・劉の忠臣蔵」シナリオが好きなのか?》

    八年の年月をへて、今度は袁宝環と劉漢というビジネス界の両ライバルは前後して政府によって死刑にされます。国内ビジネス界の劉漢兄弟の運命に対する感想は「うまくやってきたが、結局ツケを払わされたな」です。この感想には「悪事をした奴は因果応報」という意味がありますが、わざと彼らが寄りかかっていた後ろ盾が倒れたことこそが本当の原因だということを見て見ぬ振りをしていますね。さらにおもしろいのは現代社会ではまれな「袁・劉の忠臣蔵」の色彩を帯びた結末でしょう。

    以下は”宋翔V監督”によるネットの原文です。

    『中国一の富豪、袁宝環は劉漢の悪計で3兄弟が死刑となり一族全滅。袁夫人の央金はこれに納得せず三人の私立探偵を雇い、何年も成都の暗黒で劉に対する調査を依頼し、数百万元を費やしてその悪行の証拠の数々を握った。央金は文芸界の友人を通じてひそかにその資料を第一夫人に渡し、それは劉漢兄弟をとらえる重要な資料となって、いま、劉兄弟が死刑を宣告されて、央金はモンテ・クリスト伯爵のように復讐をとげたのである』。

    この「袁・劉の忠臣蔵」シナリオは中国人の道徳的好みや倫理のイメージにピッタリで、これが美女によって夫の敵を討つお話になれば、何千万人もの中国人の男の寂しい琴線にふれ、小説や映画になったら大ヒットして、一大伝奇物語になるでしょう。私にいわせればそれは、暗に中国人が「中国ビジネス界の生死の書」を肯定しているということ、すなわち3つの戒律を守れば、半分成功した様なもので、のこりの半分の暗い死に通じる道は「うまく誤摩化し」、うまく誤摩化す事に失敗したときは、代価を支払わねばならないということを認めているのです。

    私は劉漢がいかしてあの世に旅立つ羽目になったか、はもうさして重要なことではないとおもいます。重要なことは劉と袁の物語は「中国ビジネス界の生死の書」の見逃す事のできない一章となり、そうした事実が、いまだに中国ビジネス界の群雄中の不運な者の身の上にしっかり存在することを、自分達の命を以て証明したということでしょう。(終)

    拙訳御免。
    原文は;《中国商界生死书》 – 刘汉、袁宝璟共证“三诫律”http://www.voachinese.com/content/heqinglian-blog-liuhan-20140525/1922124.html

    Share Button

    About

    6 Responses to 中国商業界の”生死の書”ー劉漢、袁宝環にみる「3つの掟」

    1. Pingback: index

    2. December 16, 2014 at 18:00

      Greetings! Very useful advice within this post! It is the little changes that will make the most significant changes. Thanks for sharing!

    3. Pingback: Sean Darcy

    4. Pingback: google sniper review

    5. Pingback: RR

    6. Pingback: Denver Personal Trainer

    Leave a Reply

    Your email address will not be published. Required fields are marked *