• 策に窮してついに匕首登場 「一国二制度」は終焉間近

    by  • October 6, 2014 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣

    2014年10月5日

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    http://twishort.com/cK8gc

    十月三日以後、北京はずっとオキュパイ・セントラルを解決する”出口の階段”構築しようとしてきましたが、その方法は外の世界へ中共は一切の代価をおしまず専政制度の維持を続ける決意のほどを示しまた、香港政府が占拠問題を解決するのを助けようとしたのでしたが、結果として香港の民心を失い、中国政府のギャング社会化した正体を暴露しました。

    《北京のつくる「退路」の構造は?》

    北京のとった処置と官製メディアの”殺気”あふれる宣伝は、少なからぬ外国メディアに「25年前の天安門事件をおもいださせる」ものでした。25年前に軍隊を投入して一掃したのと違って、今回の中共のやり方は北京が「詐術」の方面で進歩を遂げた事を十分に見せつけました。

    お金をばらまいて「民意」を製造することや、黒白といいくるめる宣伝攻勢がそれです。香港警察はオキュパイ・セントラル反対派の暴力を見逃すやりかた(セクハラもふくめて)や故意に参加者の士気を瓦解させるデマ(学生になりすました男が警官と握手して撤退に協力する)等です。つまるところ、暴力で殺傷する事以外は占拠運動参加者を傷つけられることなら考えられる方法はすべて動員したのでした。

    香港「明報」は「旺角(地名・繁華街)包囲」という写真を掲載しましたが、写真から見ると占拠に反対する側が、占拠者を包囲しているかのようにみえるものでした。色々な現場報道やニュースをみると、十月三日から参加者の中に香港住民のほかに、反対派を装った私服警察やギャングたち、大陸で臨時に組織された連中が出現しはじめたようです。占拠が商売の邪魔になると考えて反対した人々の中には、香港の北京派民建聯議員の鐘敏花がお金をだして反対させたことはすでに暴露されています。ブルーリボン(占拠反対派のシンボル)運動がお金をだして参加者を募集する公告はネット上に公開されました。

    香港警察は両派を分けようとしていますが、そのやりかたは偏っており暴力を振るう者は見て見ぬ振りをするほか、占拠参加者から捕まえる様に言われて捕まえても現場からはなれるとすぐ釈放してまた舞い戻ってこさせたのでした。香港の独立メディアサイトは「警察のこうした片手落ちの法執行は誰かの命令なのか?」とし、CNNやウォール街ジャーナル等、西側メディアは香港警察が明らかに反占拠者たちの肩をもっていた、と報道しています。

    これら反占拠参加者達の目的は一石二鳥狙いで、ひとつには現場に混乱を持ち込み香港政府にオキュパイ・セントラル参加者を一掃する口実を与える事。もうひとつは参加者に撤退を強いることです。25年前の天安門虐殺に比べて、この種の陰湿なやりかたは確かに軍隊を出動させて鎮圧するのにくらべると跡を残さないうまいやり方で、例えば香港警察は自分達がそれに荷担しているとは認めませんし、偽学生が逮捕されても自分は警察に協力しているしただけだ、と言えます。

    二つ目は全世界の中国語メディアがオキュパイ・セントラル反対の論陣をはっています。9月28日から10月3日まで、北京は国内で全てのこれに関するニュースを封鎖しました。

    十月三日になって、当局のひそかな指導画策によって反オキュパイ・セントラル運動の準備ができてから、北京は一部に真実を織り交ぜたデマ宣伝戦を開始しました。中国メディアは”ニュース解禁”で、騰讯ケータイ版は人民日報の当日発行された「香港政府の護法法治を讃える」と新華社の「梁振英、市民に暴力不使用を呼びかけ」をトップ記事にしました。どちらも反対派が当局によって指導されたという真相は隠蔽し、暴力行為は占拠学生らによって引き起こされたとするものです。この種の宣伝手法はまさに、「サギをカラスと言いくるめる」黒白あべこべの手法です。

    また、長年来、中共が巨額の資金を欠けて来たのがついに役立つときがきました。中国の政府メディアは「十月三日午前、『海外中国語メディア100社が香港防衛宣言』という文章が多くの海外中国語メディアネットの目立つ場所に掲げられ、すぐ各国の大ネットに転載された」と報道しました。調べて見ると、その多くが北京政府が行っている「世界中国語メディアフォーラム」や「海外中国語高級研修班」に何度も来賓として招かれた新聞社などのメディアでした。これぞ「兵を養うは千日、用いるは一日」で国際メディアとして北京の後押しをしたのです。

    25年前の天安門事件に比べて中共のこの度の香港に対する対策の手段は大変豊かなものになっています。1989年に北京がコントロール出来たメディアはせいぜい国内に限られ、人民日報やCCTVでさえ数日間”反乱”がありました。香港の中共の「喉舌」のはずの「文匯報」でも虐殺の翌日は哀悼と抗議を示し、海外の中国語メディアもすべて外国メディア同様北京の虐殺を批判しました。これが多くの苦心の結果、うまく外国の中文メディアをつかって、今回の「正しい道を行けば多くのたすけが得られ」たかのようなインチキ現象として実ったのです。

    《”一国二制度”の看板は遂に倒れた》

    香港の運動参加者はいまこの瞬間にも苦労して頑張っているのですが、今後数日内に撤退を余儀なくされたり、あるいは武力で蹴散らされたとしても、人道上からみれば、北京の敗北決定なのです。

    第一に、中共政府の信用がガタガタになりました。中国国内の民衆の政府への信用はとっくに下がっていました。人民論壇がこの9月中旬に公開した「当代社会病態調査」が其の点を明らかにしています。「習慣性懐疑」という表現で「政府が何を言っても信じない」と答えたひとが41.2%に達していました。

    香港人民が今回立ち上がったのは北京がかつて約束した「一国両制度」と「五十年間変わらない」に最後のわずかな信用だったのですが今回の北京と香港政府の事件処理の過程で、香港特別行政区基本法(以下「基本法」)への態度から香港政府が占拠に対してとったフラフラした姿勢と「反占拠派」を捏造して陰湿なやり方でつぶそうとしたことは中共の所謂「約束」なるものが(基本法を含めて)、いささかも遵守する気持ちのない、完全に自らの理恵木に依ってしか決定しないということを世界がはっきりと見届けたのであり第二には、北京の対香港・台湾制作の徹底的な失敗です。

    香港が97年返還して以来、北京は様々なあの手この手で”浸透”をはかり、香港人はずっと「一国両制度」が名ばかりのものになることを心配してきました。今回の香港政府のオキュパイ・セントラルへの対応は事実上「基本法」の香港人への権利付与を否定しました。かつて中国政府は基本法にある「公民の権利と政治権利の国際公約」の香港への適用を約束していたのに、です。中国の憲法精神にもとずいて制定された「基本法」が権力の意思のもとでかくも脆いものであり、香港人は英国統治期に既に持っていた集会の自由がもうもてなくなっている、ということです。

    人民代表大会を経た普通選挙方案は事実上北京が選んだ候補しか立候補できず、それを香港人が挙手して賛成するだけのペテン芝居にしてしまい、これも事実上「基本法」の中の普通選挙の約束に反するものです。

    ネット上で話題の張徳江(*中共の現ナンバー3)が言ったという「一国両制度」を取り消す、という威嚇が噓であれ本当であれ、この一国両制度という香港人を手名付け台湾人をとりこむ金看板はすでに倒壊してしまったのです。台湾は香港の玄奘を戒めとして「一国両制度」を拒絶するでしょう。統一に熱心な国民党の馬英九でも票の流失を考慮して暫くは統一推進の歩調を緩めるでしょう。しかし中共が台湾で直面するのは香港同様で、80年代後半から90年代後半に生まれた台湾青年は北京に対してしっかり用心するでしょうし、彼らはやがて社会の主流となっていくでしょう。

    第三には、習近平に政治改革を期待するのは一場の夢のごときものだということが証明されました。少なからぬ人々が習近平に十分な時間があれば、条件さえ成熟したら習は政治体制改革を推進すると思っていました。この度の香港に対する態度と行動は十分にそうした期待が五色の泡のごときものだと証明しました。

    香港の民主化はすべての条件がととのい、あと一押しさえすればできました。社会も十分に発展し、諸経済も法治も完備し言論の自由、効率の良い行政などあらゆる民主制度の基礎的条件がそろっていました。ただ足りないものは香港人の政治的自決権、即ち普通選挙権でした。成熟した地区が無理矢理中共の暴力によって民主化の門をとざされたことはすでに民主化された台湾、北京がいつも「一国二制度」に引っ張り込みたいと願っていきました。このような状況下で習近平が民主化を目的と下政治体制改革を行うだろうなどということはただただ自分を欺くとしかいえません。

    香港で十月三日以来発生したことは、私自身にはただ2003年に分析したことがまた実証されたというだけのことです。

    其の年「威权统治下的中国现状及前景」(中国の闇―マフィア化する政治 )で予測したことですが、中国には既に失敗国家の3大症状があらわれており、それは❶ 公権力の私人化、❷政府行為の黒社会化、❸政治暴力の合法化です。

    このような政権がやることは最低限度の線というものすらなく、その約束は信用できず、ただ「強権こそが真理だ」というジャングルの掟を信じているのです。ひとつの国家がこのような政権によって統治され、「潰れそうでしかし崩れない」という状況にゆっくり陥って行く時、この長い長い過程の中で絶対多数の社会メンバーはとてもひとく痛めつけられるでしょう。(終)

    拙訳御免。
    原文は;http://www.voachinese.com/content/he-qinglian-china-hong-kong-end-of-one-country-two-systems/2473418.html
    何清漣氏のこれまでの論考の日本語訳はこちら;http://heqinglian.net/japanese/

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