• 中国各地の危機の起源;経済編

    by  • October 15, 2014 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣

    2014年10月11日

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    http://twishort.com/ldCgc

    チベット、新疆、香港の3地区の政治と文化の違いは北京の眼中には重要だとはみなされていません。唯物論を信奉する中共は経済上、一体化に向かえばそうした違いは遅かれ早かれ改造できると見ています。それぞれ事情の異なったこの3地区に対する北京の一体化政策にも違いがあります。

    《香港の「4頭の竜」の地位は皆、大陸によって失わされた》

    香港の地理的位置による有利さの主たるものは大陸に対する国際ブローカーとしての役割でした。毛沢東が中共政治をはじめるにあたり「暫く香港はほっておこう」と決定したのはこの点をみていたからです。当時、中共は西側に全面封鎖されていました。「長期的計算」と「十分に利用」という考慮から香港を中国の対外的パイプとしたのでした。五十年代後半から六十年代末、香港はほとんど中国唯一の国外の資金・技術を導入するパイプでした。そしてそれにもまして輸出の窓口でした。

    1979年以後、中国の対外改革開放によって、香港商人は中国大陸投資の主体となり、また中国の対外開放の道案内とも橋渡し役にもなりました。香港の凋落は90年代中後期から始まります。七十年代後期に香港の経済を支えていた衣服製造、玩具製造等の産業はすべて中国の珠光デルタ地帯に移転し、香港の産業は空洞化しました。2001年中国がWTOに加盟して後は香港は中国の中継貿易の地位も次第に失い、オフショア業務も次第に中国の紅色貴族・官僚の資本逃避の際の中継点に落ちぶれ「大陸の裏庭」になるなど凋落していったのです。

    ここ数年、中国のマネーロンダリングは毎年1兆元を超え、そのうち相当な部分が香港経由か香港へ向かいました。大陸人は香港で各種のマネーロンダリングの手法を磨き上げ、投資移民や株売買、不動産投資、芸術品、骨董購入などやれることはみなやりました。(人民日報の「10大外資来源地」の秘密参照;http://urx.nu/cSy3

    いまよく大陸人が中国経済はもう香港に頼らなくてもいい、というのを聞きます。この話は一部分しか正しくありません。正解は;中国政治経済のエリートは絶対に香港が必要、です。❶にはマネーロンダリングの地として。❷には香港の商人は彼らが一番簡単に投資者の外見を装えるから。マネロン以外に自分が外資のふりをして中国投資を行うほか、米国のウォール街で金集めをするにも香港商人の身分は中国大陸人よりはるかに都合良く、とりわけ「中国概念株」(*中国国内に収入源があるが、中国国外で上場している中国企業の株)が米国株市場で「財務詐欺」の悪名が広がってからは香港資本の看板は米国証券監査委の審査を通りやすいのです。

    当然、こうした様々な「便利さ」は香港特区の政府が北京の高度なコントロール下にあってこそやすやすと得られるものです。ですから北京は公私共々香港特区政府を本当の民選政府にするわけにはいかないのです。

    香港の昔日の繁栄、今日の凋落はどちらも大陸といつも関連しています。香港財政は独立しており中央に納税する必要はありません。また北京も今の香港の経済困難に同情の念を持っていたとしても、できることといえば大陸から旅行客が行くのを奨励するぐらいしかありません。で、その結果、大陸人が香港で出産し、粉ミルクを買い占めたり、その他あまり芳しからざる行為のために香港人からは資源を奪い、面倒ばかりもちこむということで「イナゴの群れがやってくる災難の歌」の合唱になります。こうしたすべての日々の累積が香港が北京離れする気持ちを生み出すに至っています。

    《チベット・新疆;お金で安定を買うやり方では経済構造を改善できない》

    チベット、新疆の両地は「遅れた貧しい辺境」地区です。今世紀のはじめのころ、北京はこの地方の矛盾はさしたることはなかろうと思っていました。地方格差が縮小されれば安定するだろうとおもっていたのでした。ですから不断に中央財政からの補助を増やしました。しかし両地方と中央の矛盾が日々明らかになるにつれて「お金で安定を買う」ことになりました。

    今日発表した別稿の「スコットランド住民投票の中国への啓示」でも書きましたが、2008年から今まで中央からチベットへの財政支出は9割以上になります。青海省は7割から8割です。新疆は比較的に豊かなので中央の財政比率は多くても6割位です。しかし所謂中央の財政給付は辺境の貧困省地域に輸血する体制をつくっただけで、造血する構造を作ったのではありません。

    いくら中国政府からの財政給付を増やしても増やせば増やすほど、地域格差は広がる一方でした。各地区の不変価格計算で平均GDPの偏差係数を比較すると1990年は55.4%でその後ゆっくりと上昇し、2003年には最高の75.1%に達しました。その後財政投入の度合いが強められるに従ってこの係数は下がりだし、2012年には46.0%になりました。この外に中央政府は内地からこの二つの地域に旅行に行く事を奨励し、旅行業を発展させようとしました。問題は旅行産業では経済の支柱にはならず、地元人の就職はずっと問題のままだったことです。

    《3地域の就職難。相違中の類似点》

    この3つの地区にはみな大型国営企業が進出し、中央企業はほとんどすべて香港に支社をもっていますが、人員は基本的に内地から連れてきます。マネーロンダリングの類いの操作も大方は香港の中国資本企業が(大陸から連れて来た社員に)やらせます。香港経済の高度の投機という才能以外、香港人にとっては良い所はほとんどなく、若い世代の就職や生活は日増しに困難になっています。チベット・新疆の中央企業は四大国有商業銀行以外は主に資源産業で数も多くありません。政府の規定通りに地元の少数民族労働者を雇ったとしても吸収できる人数には限りがあります。

    2012年12月、人民ネットは「チベット籍大学生”全就職”の透視図ー公務員が8割」という記事で現地大学生の就職傾向を伝え、チベット地区では党の政治関係の機関での仕事以外は提供出来る就職の機会はきわめて限られたものであることがわかります。「チベットの就職は一体どうなのか?チベット的特徴の就職問題を論じる」(見人人ネット/鐘扎西日記)では作者はチベットの高校卒が公務員志望が圧倒的なのは産業構造が「実業が少なく、虚業が多く、規模が小さく、揺れが大きい」から
    旅行業は柱と成る産業としては滞在する人々も多く無く、著名な商品の「冬草夏虫」(*漢方薬の材料)もしばらくは牧畜民に公主入を齎してもずっとそれが続くわけでもないし、生態環境を極端に破壊します。

    新疆の少数民族就職は早くから難問でした。イリハム氏(*中央民族大学教授。先頃、国家分裂罪で無期懲役、財産没収 http://urx.nu/cUHh参照)はかつて「当面の新疆民族問題の現状と建議」で重点を要約しており、チベットよりさらに深刻で、なぜなら新疆は50年代はじめから内地移民が始まり、チベットは地理的機構的条件の制限で最近になってようやく大量の漢民族が入って来て商売しているがチベット人の就職には影響を与えていない、と指摘しています。

    《真の難題;『鈴を結びつけた人』が鈴を解く術を持たないこと》

    政治編と経済編を通じて、三つの地域の状況が違う事がおわかりいただけたとおもいますが、しかし、北京の支配方法のカナメは同じです。つまり各種の違った、圧力もふくめこの3地域を中共と一緒に、政治上、経済上の全国統一化をめざすものです。

    香港は経済でも政治の発展度でも人口構成でも内地とはちがいますから中共はゆっくり締め上げるやり方で内地と同じ方向に向く様にしむけました。たとえば北京はかつて香港で積極的に洗脳教育をおこなおうと香港政府に「徳育・国民教育科」を設けさせ、2012年に「中国モデルー国情特別問題教学ノート」をつくり、中国を誉め称えさせ西側の民主制度を批判させましたが、香港人達の「洗脳反対」の怒りの声が大きな行動となって中止に追い込まれました。チベット新疆では地元民の民族言語教育科目を取り消し、「文化絶滅政策」と地元民に受け取られています。

    これについてはウィグル族の知識人で有るイリハムの「当面の新疆民族問題の現状と建議」、チベット族の女性作家・唯色の「治安維持によるチベット語教科の取り消し」に論述があります。全国経済の統一化、というのは全体主義政治の本性から生まれて来るものです。党正平時代に市場経済改革が始まりましたがその目的は経済の調整権を市場に渡すものではなく、自分達の権力が更に有効にリソースを支配しそれによって中共の政治上の苦境を脱出しようと言う目的でした。現実が表明していますが、改革以来権力の経済のキーになるリンクへの干渉は計画経済時代と比べてもなんら遜色のないものです。

    計画経済時代の経済に対する指令に比べて、この隠れた市場干渉は経済秩序にとっての破壊と商業倫理のマイナスの影響はむしり更に大きいのです。例えばチベット、ウィグルという大民族は文明も成熟しており、人口と資源の制御バランスも昔から自分達のやり方を持っていました。中共の強力な干渉のもとでこそ今日の状態になってしまったのです。地元の生産力では地元の人口を支える事はできません。とりわけチベットは中央の財政支出がなければ地方政府の日常業務も維持できず公務員は当然やしないきれません。

    昔話に「鈴を解くには鈴を結んだ人を呼べ」(*禅寺で「誰が絵の中の牛のクビの鈴を解けるか?」と聞かれある法師が「結んだ人を呼べばよい」と答えた、というお話)というのがありますが三つの地域の情勢をみると、今、香港にはまだ鈴を解く余地が少し残っていますが、新疆はすでにその方法はありません。いまウィグル人1007万人、漢人875万人、ウィグル・漢人共治は現在一部ウィグル人の反対されていますしウィグル人の求める「高度な自治」は疑いなく漢人の強烈な反対を招くでしょう。しかし800余万の移民とその後裔というこの「鈴」は中共が無理矢理やったものですが、いまや誰も漢人を資源が枯渇し、人口がはちきれそうな緊張状態にある中国の内地に戻すすべはないのです。(終)

    拙訳御免。
    原文は「中国地区治理危机的起源•经济篇」http://www.voachinese.com/content/heqinglian-20141011/2480877.html

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