• 『中国型ツィッター革命』バブルの衰亡 

    by  • November 18, 2014 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣

    2014年11月14日

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    http://twishort.com/2jUgc

    中国国内の4大”ツィッター”(タイプのつぶやき型ブログ)のうち「網易」と「騰訊」は運営を終了する予定で、「捜狐」はもともと経営困難ですから残るは「新浪」だけということになります。中国メディアのいくつかはこうした現象を商業的原因のためだと強調していますが、誰もが知っているように中国ではこうしたツィッター型ミニブログが政治の『鉄壁』を突き動かしていました。いま、こうした時代は終わろうとしています。しかし中国ではそれはいまだに「ネット革命」を生みませんでした。今そのバーチャルな幻想を検討してみる時でしょう。

    《”ツィッター革命”で始まった社会変革モデルの幻想》

    中国国内のネットファンのこうした”中国ツィッター”の衰亡への反応は醒めたもので、その理由は今年7月にもうすでに騰訊と微博の閉鎖の話は出てましたし、つぎに中共当局はずっと「ネットの大物」を弾圧していたことも影響し、気骨のある微簿はとっくに閉鎖させられていました。そして三番目には国内のネットファンの興味はすでにスマホのLINE型のWeChatへ向かっていました。5年にわたる微簿やツィッター、FBの憤懣を書くことと、世の中の現実の社会的な変革(やモデルチェンジ)とは所詮は違うことだと知るに至ったのです。いまLINE型アプリが発展していますが、しかし皆、それが「革命」などを期待することはありません。

    2009年からFBやツィッターなどSNNが一部の非民主国家で草の根民主運動のメディアになりました。例えばイランの2009年の総選挙でツィッターやFB、Youtubeがデモ側の不満を表明し相互に連絡しあい外国に情報を伝える重要なパイプとなりました。ですからイランの占拠事件は国際社会で「ツィッター革命」といわれました。インドネシアではFBが同国の反腐敗運動が警察の罠に対抗するのに成功し『FB革命』と言われました。

    こうしたたまたま起きた事件を一部の外国の楽観的なウォッチャーたちが「専制国家においてはツィッターやフェイスブックが抗議、動員の原動力になりうる。そして社会の秩序を再構成するプラットフォームを創りだせる」と予言したのでした。

    2011年の「アラブの春」でもSNNはチュニジアやエジプトの青年が抗議するのに役立ちました。そして中国では「ジャスミン革命」というバーチャルな、つまり現場は当事者と警察や私服、少数の人しか知らないことでもネット空間で抗議する活動がおきました。2010年1月の香港でおきた立法議会包囲と反新幹線事件、5区総辞職運動(*普選要求の一種の抗議運動)で多くの団体の組織者たちはみなFBをつかって民衆参加を呼びかけました。上述の事件で人々はネット時代の革命の特徴として、

    ⑴中心のないネット社会市民(隠れた市民社会)がうまれ、
    ⑵組織されない階級にわかれない、平等な関係で、
    ⑶地域差もなくなり
    ⑷無形から有形へ非常に早く集まれる、

    といった特徴があり、少なからぬ人々が世界革命はあらたな時代に入ったのだ、と考えたのです。

    《ツィッターはかつては北京も恐れた》

    中国当局は”ツィッター革命”も「カラー革命」の類と考え厳重に警戒し、多くのメディア(*政府の)が懸念を表明しました。例えば環球時報(2009−6−24)「ホワイトハウスの奇怪な指令;SNNでイランの反対派の連合を助けよ」や21世紀経済報道(2011−6−24)の「北アの亡霊、ツィッター革命、エジプトへ流入す」とかです。

    中国の知識界のツィッターへの期待は興味深いものでした。「ネットの民主、メディア政治と中国民主の発展」という討論会ではある人はその独自技術と国内の人々の希望が封鎖を突破することに期待し、ツィッター中国の検閲制度に干渉されない言論の自由の土台として、十余年にわたる自由主義的ネット空間と抵抗運動の特徴を継承してさらに日常の反権威的特質を持つ討論の道具になることを期待したのです。

    この討論では特に、ツィッターのオピニオンリーダーが各界からあつまり、「ほとんど大部分の中国の各種の社会運動の活動家、知識人、メディア従業者と相当に広範な社会各層のシンパと参加者がツィッター上で現状を論議する」という点を特に指摘し、「ツィッターはすでに国内の他の論壇や、ペーパメディアに対して指導的地位にすらなった」、としました。また2009年11月の広州番禺のゴミ処理場建設抗議運動や2009〜2010”年の馮正虎の成田空港籠城92日間事件を例にツィッターはいまや多くの抗議運動の震源地になり、協調と伝搬へのプラットフォームになった」「ツィッター政治とはツィッタを土台とする電子民主主義または参加民主主義で現在中国の権威主義構造の下で興味深い発展を遂げている」というような意見がみられました。

    こうした変わったで華やかな意見や評価が、私も2010年3月からツィッターを始めた理由でした。でも2か月後、私はツィッターの政治的凝集能力というのは過大に言われすぎでいると感じて「ツィッターに求めるのは一種の精神的脱出である」という文章を書きました。《寻找Twitter只是一种精神出走》(BBC,2010年5月31日)「ツィッターに求めるのは一種の精神的脱出である」原文は;http://www.bbc.co.uk/zhongwen/simp/china/2010/05/100531_cr_twitter_by_heqinglian.shtml 拙訳「 ★ツィッターに精神的脱出求めて★」)

    私はツィッターを4年間以上やってきましたが、この間最大の事件は2010年10月の劉曉波のノーベル平和賞受賞、2011年アラブの春の影響下におきた中国のバーチャルジャスミン革命、です。前者から私は護権側陣営内の深刻な分裂と相互に排斥しあう現実を知り、後者からはツィッターと中共の関係というのは一種の透明なガラスの金魚鉢のようなものだ、と感じました。思想の交流のプラットフォーム、という意味では微簿やツィッター上には横暴で残虐で恨みがましい偏った暴力的な言葉によって、多くのまともな意見を持つ知識人たちは嫌気がさしてやめてしまいましたし、ツィッター上の意見はどんどん同質化して、護権派と他のグループでは互いに悪口雑言をなげあって排斥し、むしろ社会的なグループの交流をあるていど阻害するものとなりました。

    反対者が集まって行動する舞台としてはツィッターの透明性が反抗者の仲間が知ると同時に中共の国家安全機構も同時にそれを知ってしまいます。いまから見ればツィッターのもっとも価値のある機能はおもに情報伝達で、中共が懸命に行った海外ネット遮断とマイクロブログのコントロールの下で、ツィッターは唯一の自由な情報と言説の伝達の地となったのでした。

    《ネット世界は依然として現実の世界とは別のもの》

    2011年の中国のいわゆる「ジャスミン革命」が現実に抗議する人は現場にさっぱりあらわれず、警察と見物人しか実際には登場しなかったバーチャル街頭劇だったとするなら香港のこの度のオキュパイセントラル運動は組織から実践行動までFACEBOOK革命にそっくりだといえます。これは中国にネット革命がおきるかどうかに対しての格好の分析の標本となります。

    2014年のオキュパイセントラル行動は基本的にネット時代の革命の特徴に合致します。中心がなく、組織化せず、地域化せず、素早く、です。香港の社会条件(市民社会、経済発展、行政能率、法治化の進展度)の下でおきたこの普通選挙獲得の民主運動は大陸では現在不可能なレベルに達しています。大陸ができることは香港はみなできますし、大陸では不可能なことですら香港ならやれます。しかし最終的に普通選挙を勝ち取るという目標は未だに達成できていません。

    これでわかるとおり私が2010年に書いた「ツィッターに求めるのは一種の精神的脱出である」の結論は今でも有効なのです。つまり「現段階で、中国のネット民はバーチャル世界でのある種の圧力集団ではありえるし、若干の具体的な利益に関することで温和に不満や不服従を表明することも可能だが、しかし政治組織ではないので、中共のいわゆる核心的利益、すなわち、中共の執政の地位をどうこうする力はない」ということです。

    ツィッターや微簿の盛況はただ極めて少数の部分が「グレートファイアーウォール」の監視から逃げ出し思ったことを自由に言いたいという中国人が求めているだけなのです。

    以前にツィッター上で誰かが中国はこの悪魔の呪いからどうしたら逃れられるのか、と質問してきたことがありましたが私の答えは「ツィッター上で集まってる中国人は少数だがもっとも活発に変化を求めている人々で(その方法と目標は互いに違うけれども)、そこに中国の現状が描かれており中国の未来も示されている。そこに流れる明るい流れ、暗い流れと人々の集まり方、組み合わせをみれば中国のこの14年の民衆運動の主な流れが向かう先がみえてくるでしょう、と答えました。

    一世紀半の間、中国は4度、世界的なチャンスを逸しました。最初は19世紀半ばの西側列強が侵入してきたとき。日本は明治維新を通じて違う道を歩み今に至るまで日本歴史上最も輝かしい時期でした。 日本のテレビ劇「坂の上の雲」はその輝かしい時代の日本人の活力を描いています。第二次大戦後多くの国々は民主化の道を歩みましたが、中国は中共が銃剣による共産党独裁となりました。いまやかつてのソ連が中共に共産主義崩壊の教訓を残し、今日のロシアは専制の伝統の強かった国がどうして独裁後にいかに道を帰るか、という重い課題を自由主義知識人につきつけています。第四は2011年のアラブの春です。この一連の動きはチュニジア以外、旧権力に最も近かった勢力が民主主義の形で権力を掌握しました。エジプトのムスリム同胞団と軍部です。

    いま、FacdBookはすでに中国市場に参入を図り、ツィッターも来年、香港に事務所を開き、中国という市場にサービスを提供しようとしています。予想できることは彼らはかならずや、中共当局の干渉を受けることでしょう。そのとき彼らがいまの自由という宗旨を買えないかどうかは楽観できません。

    ネット革命のバブルが衰微するときに中国人は依然として一世紀半、解決できなかった問題に直面します。中国社会の未来が変遷する方向と道筋、です。そして「蒼茫たる大地に 問ふ,誰か 沈浮を 主(つかさど)る?」(毛沢東の詞)かがこの二つを決めることでしょう。(終)

    拙訳御免。
    原文は;「微博式微, 网络革命泡沫消退 」biweekly.hrichina.org/article/22917 ;
    何清漣氏の他の論考の日本語訳は;http://heqinglian.net/japanese/

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