• 習近平の思想統制は無知化によるコモンセンスの喪失へと向かう 

    by  • December 1, 2014 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣

    2014年11月25日

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    http://twishort.com/85Zgc

    11月14日の遼寧日報が掲載した「先生、中国をそんな風に言わないでー大学の哲学社会科教師への公開書簡」は中国のメディアの底なしの権力に媚びる姿勢を示す見本でした。

    《遼寧日報は自らを歴史の恥にした》

    遼寧日報は10月21日、マイクロブログで「大学の教室で教えられてる中国ってどうよ?」と題したテーマでいろいろなお話を集めており、300以上のコメントが掲載されています。その多くは大学の授業で中国の悪口を言っていた、として授業で「外国の状況や人々をみてみろ」と言われるのが普遍的現象だ、として”社会のこのような流行”に罵声を浴びせています。

    遼寧日報はさらに「このような状況に不安を感じて」、記者を北京、上海、広州、武漢、瀋陽の20校以上の大学に派遣して、半月授業を聞いた結果、100以上の授業で「中国の欠点をあげつらう」現象が一定程度存在して、時にはやりすぎなので、教育界は警戒してこの問題を重視すべきだ、としています。

    この「公開状」は極めて大きな反響を呼び、反対も賛成もありましたが、言論の自由のない中国では支持者側は好き放題言えますから「烏有之郷」(*ネトウヨ的な”ネトサヨ”。中国では中共・国家万歳みたいな連中が『左派』)のような左派はなんと「遼寧日報を応援すべし」という記事をネットに載せました。が、一方、これはおかしい、とおもう反対派は直接批判はできないので婉曲に、例えば「遼寧省委員会の機関紙が全国の大学の教育に口出しする資格はない」とか「大学に記者をスパイとして送り込むのは汚い」といった発言がある程度です。これは批判者が馬鹿なのではなくもっとちゃんと批判したくても、周囲の情勢がそれを許さないからです。

    まともな国なら大学でこうした現象があるなら、全社会は考え、反省するのが当たり前のことで、そうした批判を圧殺したり、権力を借りて脅しをかけるなどということはしますまい。まだ今は、この問題で中国の指導者連は態度を表明していませんがこの遼寧日報の公開手紙は明らかにネットの有名人になった周小平(*http://heqinglian.net/2014/10/20/internet-commentators-japanese/ 参照)や花千芳をお手本にしています。周小平というネット有名人は事実を逆さまにして嘘っぱちを書き連ねて世界の普遍的な価値観や米国の現状をけなし(*習近平に謁見を許されお誉めにあずかった)ましたがいまや遼寧日報は国家の人材養成の場という根本的な問題の上で、周よりさらに”大きな功績”をあげたいとおもっているようです。

    《中共はずっと大学の教壇を飼いならすべく努力を傾けてきた》

    遼寧のこの企画を立てた人間はどうしたら当局の意に沿うことができるかを、かなり考えたのでしょう。痒いところを掻いてご機嫌をとるにはまずどこが痒いのかしらねばなりませんからね。大学は確かに西側の懐疑精神・批判精神を養うところとして、19世紀末に中国にできてから大学生は社会変革の主力として力を発揮してきました。おそらくこれを一番巧みに利用したのは共産党だったからでしょうね、毛沢東はその潜在的な危険性を見てとり政権掌握後は、毛は大学が大嫌いで、自ら「二つの想定」を批准し、それは「文革前の17年間の科学技術教育戦線は『修正主義路線』だった」と「知識人階級は世界観が基本的にブルジョアであり、ブルジョア知識分子である」というものでした。文革と称するなかで行われた教育改革というのはつまり教育破壊でありました。

    改革解放後、中共のイデオロギー監視警察の眼中には、中国の一流人文社会科学の教壇は基本的には「資本主義自由化思想」の伝道の地と映っており、精神汚染清掃、ブルジョア的自由化思想反対運動の他にも、この「教壇」奪回のために当局はあの手この手で、例えば大学教師の思想監視や、その任期中にどれだけ「共産党の重要雑誌」に論文を載せたかといった類のことをチェックし、その中には学生が教師の授業でその質を評定することも含まれました。

    こうした「飼いならし政策」の下で実際に大学の教師の大部分は教師というのは”外聞の悪くない飯の種”にすぎない、とみなすようになり、「政治的野望」を抱く一部の教師は積極的に中共に迎合するために、普段に各種の「国家級課題」を引き受け昇進を狙うようになりました。ただごく少数の良知と道徳を持つものだけが辛くも教壇から教科書以外の知識を教えてきたのです。こうした教師たちは学生の中にいるスパイによって通報され、いまでは遼寧日報によって「三大問題」とまで誇張されるようになりました。

    《”三大問題”とは中国人の政治的覚醒を反映している》

    遼寧日報の「三大問題」と称するうち、「第一に理論的な認知を欠き、ある教師は嗜虐的に思想理論の科目を講義し、マルクス・エンゲルスの”プライバシー”を暴き毛沢東を古代の皇帝と不都合にも比較して歴史を解釈し評価して党の理論を一顧だにせず、往々にして実践中の具体的問題を理論的失敗のせいにする」といいます。

    これは中共が嘘八百を並べあげてつくった輝かしい歴史が、無数の学者の研究と当事者の回顧によって、事実がインターネットで広範に伝わってしまい、もう支離滅裂でバレバレになってしまって マルクス・エンゲルスの神話がその”プライバシー”暴露によって色あせたのと同様に、毛沢東の神話でさえかなり徹底的にバレてしまっており
    毛が手段を選ばずに政敵の張聞天や劉少奇らを消滅させた話とか、妻の楊開慧とその子を長沙で捨て去り、またその次の妻、賀子珍とも不倫相手の江青と結婚するために離婚した、など、どの話もみな国中の茶飲話、酒席で格好の話題にならなかったものはありません。中共が権力掌握後の毛の私生活の乱れは侍医の李志綏の「毛沢東の私生活」(*文春文庫)で暴露されすでに「歴史記録」となっています。

    党の「新理論」については、私は主にこの数年、相次いでだされた各種の『理論』と称する、たとえば「三つの自信」(胡锦涛)、「宇宙の真理」(習近平)などは江沢民の「三つの代表」論よりさらに現実から離れ、胡錦濤の「科学的発展観」にくらべてもさらにめちゃくちゃで、笑いをこらえることがむずかしいしろものです。

    「第二の問題」と遼寧日報が言うのは「政治への賛同の欠如」です。「ある教授は浅薄な自分の留学経験をもって、西側の三権分立を賛美し、中国は西側の道を進むべきだなどといいおおっぴらに党中央が出した重要な政策に疑問を語り、ひどいのになると反対を唱える。その半面で汚職腐敗や社会の不公平、社会管理の問題を誇張し、発展途上の問題にすぎないものを政治的な遺伝子レベルの欠陥だといいつのる」と。
    中国の腐敗は別に誇張する必要なんかありません。暴露されただけの分をみただけで仰天しますもの。最近、徐才厚(*党中央軍事委員会副主席、国家中央軍事委員会副主席歴任、つまり軍の最高トップ。最近、反腐敗運動で失脚)の自宅からは隠してあった16億元の現金やあまたの宝物が見つかり、国際記者団が今年1月に発表した「中国オフショア金融の秘密」NYタイムズとブルムバーグ社の一連の報道を見れば十分証明されています。

    社会の公平さについては、中国民生発展報告2014に公開されているジニ係数が証拠です。いま世界中のどの国家がジニ係数0.73(*1〜0で表し、0に近い方が格差が少ない。社会騒乱多発の警戒ラインは、0.4といわれる)でトップ1%の家族が全国の三分の一の富を占有し、底辺の25%の家庭の擁する全財産はわずか1%などという国がありましょうか?

    政府が新政策を出したらそれを質疑するのはどこの国でもやっていることです。なぜならばそれは市民の権利ですから。政府の政策に疑問を持ったからといって大逆非道とされたりしません。中国政府の管理については環境汚染の一項目だけでも結論を出せましょう。以上述べたことに、さらに市民が政府を批判し責任を問う権利を奪われていることで中共政治の遺伝子レベルから重大な欠陥があるということの証明は十分です。これらの欠陥をみるに、一部の人々が政治的に覚醒し、もはや阿呆状態のままではないということが証明されています。

    遼寧のいう第三番目の問題とは「シンパシーの欠如」だといいます。ある教師は自分の暮らしの中の思うようにならない憤懣を授業でぶちまけ、学生につまらぬ「世の中との折り合い」を教え「だから自分は共産党には入らない」ということを誇って自分が骨のある個性的人物だとみせて、社会のでたらめな噂やネット上のいいかげんなことを根拠に社会がよくないから、うまく自分の真の思いを隠しておくように勧めたりしている」というのです。

    民主国家における愛国とは、政権にある政党を熱愛することではありません。愛国と愛党を一緒くたにして語るひとは「政権」と「国家」を混同しているのです。英語ではこの問題は比較的はっきりしています。英語で国家を意味することばはふたつあって、「state」と「country」で、前者は国家機構、後者は国(中国人のいう「わしらを産み育てた母なる土地」に近い)ですから英語では「 I love my country」とはいっても,絶対に「 I love my state」(私は国家機構を愛する)とは言いません。これが今年のスコットランド独立投票の際にキャメロン英国首相が「もし君達が私を嫌いでも、私はいつまでもこの地位にいるわけではない。もし君達が今の政府が気に入らなくても、いつまでも政権を握っているわけではない。しかし、もし君達が英国から離れてしまうなら、その場合はもう永遠に戻ってこないということなんだ」と述べたゆえんです。

    ましてや、中国という上から下まで腐りきっている、暴力と嘘で統治を行う政党にはいささかも道理はなく、そのような党に入らないというのはまさにその人が良識ある人だということです。社会に流れているさまざまな話や噂について言えば、大学生は成人であって、教師が教壇で伝えたりしなくても微簿やネットで見ることができるわけです。学生を愚民にしたてたくなければ、学生に自らそういう風刺や小話を通じて現実社会を認識させるということは、まさに教え育てる、という意味での教育が果たすべきことでしょうが。

    インターネット時代は人類を情報爆発の時代に向かわせていますが、「インターネット時代をリードする」と称する中国は逆に毛沢東時代の洗脳方式にカムバックさせたいようです。その愚かさは毛沢東時代とあまり変わりませんが、しかし民衆の知識や知恵がすでに開けてきている今日、そのバカバカしさは却ってはっきりさせてしまいます。

    そのバカバカしさというのはひとつには当局の洗脳方式が完全に時代にあってないということで、民衆を毛時代の無知蒙昧な状態だと認識したままで、外部の世界のことは何もしらない、と容易に指導者を神様だと今でも思わせられると思っていることです。

    ふたつ目は洗脳に使う道具としての人間たちが深刻に教育程度の不足した「文字が書ける人たち」(*「知識人」のもじりで「識字人」、と原文ではいってますw)に頼っていることです。 例えば周小平や花千芳のような人たちです。この二人は「中国ネット4大書き手」だそうですが、常識に欠けているばかりでなく、(周小平のアメリカにかんするでたらめ)さらに基本的な文章の常識(例えば花の成語の意味に対する間違った理解)にも欠けています。このような人たちが国内のインターネットを主導しているということは、「太陽が西から出る」を常識にしようというようなもので、そのうち海外の中共がコントロールしているサイト、中国国外最大の「文学城」や、「四月網」の類も多元的な五毛たちの活躍するゴミ箱のようなものになっていくでしょう。(終わり)

    拙訳御免。
    原文は;习氏思想控制:去知识化与反常识 ——从《辽宁日报》公开信谈起 http://biweekly.hrichina.org/article/23284
    何清漣氏の他の論考の日本語拙訳は;http://heqinglian.net/japanese/

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