• 中国トップと底辺の奇妙な”意気投合”

    by  • January 10, 2015 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣

    2015年1月6日

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    http://twishort.com/h3thc

    2014年は中国の政治が左に急旋回した年でした。「憲政」という言葉まで「敵対勢力が中国的価値観を平和的に破壊するための浸透を図っているのだ」とされました。中共イデオロギーの専門家の邢贲思(*人大法律委委员)は「求是」(*中共中央理論機関誌)に「10年を経て、巨額の資金とマンパワーを投入した『イデオロギーの三峡ダム計画』(理論と建設の工程=*つまり、洗脳教育ですな)はすでに完成した」と宣言しました。

    党メディアの用語と左派、五毛(*政府側有給ネット工作バイト要員)の使う言葉はすべてサヨク的な用語で一致しており、これは中国の50年代後に生まれた現在のトップ指導者たちと80年代後に生まれた下層底辺層の青年が「左」という一点の上で奇妙な”意気投合”していることを表しています。前者はこの国の舵を握る支配者でたかだかと社会主義の旗を掲げ、後者はその人数が大変多いのですが、ともに声をあわせて「社会主義へ向かおう」いいます。このようなリーダーたちと群衆が意気投合しあって相結んだ中国は一体どこへ行くと言うのでしょうか?

    《圧迫者と被圧迫者が同じイデオロギーを信奉する無茶苦茶な世界》

    「人人ネット」は中国の大学本科・専科間のサイトで「人人ネット左派青年の共通認識」は在校大学生・大学院生のうちの左派青年が自分たちの政治的立場を表明する場です。

    彼らは国内の矛盾に対して;「現在の中国社会の主要な矛盾は上下の矛盾であり、内外の矛盾ではない」。これらの矛盾は改革初期とはすでに異なり「それは社会の性質が根本的に変革されて、権利と利益を得た階級と普通の無権利人民の根本対立であり、政治経済の徹底した対立だ」とします。

    国際関係への認識では彼らは「中国はすでに二流の帝国主義国家になっており、いわゆる内外の矛盾の実質というのは遅れてきた帝国主義国と既成の世界構造との矛盾である」といいます。

    こうした一連の用語系統を使って政治的主張をのべるというのは中国の青年が受けてきた教育によるものです。なぜなら中国の大学では彼らはこうした考え方と言語しか学ぶことができないからです。公平に言えば、上述の「共通認識」は「中間左派」によるもので毛派(*極左)よりずっと理性的で、また「新左翼」のような権力に媚びるといった色彩はありません。

    中共中央宣伝部と左派青年はともにマルクス主義のイデオロギーを奉じてはいますが、その言葉の使い方は完全に違っています。国内矛盾については中共の宣伝部門は「社会の分配の不公平が引き起こした矛盾に対し政府はいま懸命に取り組んでいる」といい、国際関係には「米国を首領とする西側が中国を圧殺しようとする”平和的陰謀”に警戒心を」とかの類しかいいません。

    また中共の宣伝部門は根本的に中国になにか「上下の矛盾」(つまり政府と人民の間の矛盾)があるなどということは認めませんし、毎日、人民政府は人民のために心を砕き、一切のことは人民のためだと宣伝しています。

    いわゆる社会主義制度の問題では中共中央青年部はこうした青年たちよりさらに明晰です。つまりマルクス主義工程(*マルクス主義ドグマ教育の強化、中共の教育方針)の類は洗脳教育にほかならないと。教育を通じて中共政治に合法性をあたえることだと知っています。いわゆる社会主義の中国における実践というのは一連の人々が魂消るような出来事の連続でした。

    「土地改革」、「反右派闘争」、「大躍進」、「3年連続大飢饉」、「文化大革命」、「天安門虐殺」などその真相はどれもこれもいまにいたるまで触れることはタブーとなっています。ですから社会主義宣伝というのは中共とっていえば嘘っぱちで人をだます看板です。

    この種の圧迫者も日圧迫者も同じイデオロギーを信奉している場合に厄介なことは、被圧迫者がそれを認めようと、批判しようととにかく真相が暴露されることが一番困るのです。しかし、中国の左派青年というのは自国の社会主義運動の専門家ではありませんし、その大部分は自国の社会主義がもたらした中国人民の苦難もしらず、その大災難についてはましてや知らないのです。ですから、真相を暴く能力などまったくありません。一部の毛左派にいたっては極力歴史を改ざんして、真相から目をそらしてデタラメを並べます。ですから現在、出現している無茶苦茶な状態というのは圧迫者も被圧迫者もそれぞれに社会主義の大旗をかかげて、好き勝手なことを各自が言ってるという状態なのです。

    この点は人人ネットの左翼青年たちもわかってはいるようで、こういいます。「我々は真のマルクス主義者は真剣に人民の声に耳を傾けるべきであり、人民日愛して想像的な理論でその心遣いに答えるべきであり、人民に対して自らの要求に合わせろとか、自分の指揮の通りにおとなしく従えなどというべきではない」といっています。

    《左派の盲点;政府と社会の関係》

    しかしこの種の同一イデオロギーを圧迫者も被圧迫者も奉じているというのは別の混乱をもたらしています。「破土工作室」が発表した「APEC期間中に建築労働者がやったこと」という文で「汪晖先生、権利をまもる農民労働者に出会う」というタイトルで新左翼の有名な代表的人物の汪晖が北京の建築出稼ぎ労働者との座談会を紹介しており、参加者は四川、山西、山東、河南の十数名の建築労働者、労働法の弁護士、労働組合幹部、労働運動家です。かなり左がかった傾向がはっきりしているのですが 内容をみるとこの座談会は大変よく出席者も自覚していない混乱がみてとれます。例えば北京・豊台区の裁判所で重大な労災事故の審理で、労働者の言い分によるとこれは政府が職責を果たしていません。

    なぜなら審理も賠償執行も国家(司法)が介入してやるべきことなのですが、その労働者は「単位」(*まあ、企業とか団体に近い)が支払いを拒絶したことのせいにして、「行政と司法が我々の問題を解決できないのですから、我々は自分たち建築業労働者農民工が自分たちの組織をつくって我々の利益を守るようにしなければならない」と言っています。

    つまり土地をめぐるギャングの問題や企業が約束通りの給料を支払わない、あるいはギャングをつかって労働者を追い払う、などのことは、彼らはこれが政府がやるべきことをやっていないというふうにはおもわず「政府もメディアもおそらく希望はもてないから、我々労働者が自分たちでお互いに助け合えて、労働者の正義を果たせる組織をつくらねばならない」というのです。まるで自分たちの労働組合ができさえすれば、こうした国家の力で解決しなければならない問題が自然に解決する、とおもっているようです。

    また、話の中には市場というものの概念がとてもへんな理解のされ方をしていました。 「もし全社会がマーケットを基礎に資源を配備するというのなら、おのずとその関係職場部門と労組組織だってマーケットの配置するリソースの一つだろう」とか。「関連職能部門」はあきらかに市場の「資源」ではありません。政治学がいうところの政府の起源は、人々は安全の必要から自分の権利の一部を政府に譲渡して、たとえば納税とかの方法で政府を養うかわりに、交換として政府の保護を受けることができる、です。労働組合の発生も同様ですが、マーケットが配置したリソースから誕生したわけではありません。

    労働者の政治的権利の保障として獲得されたものです。それに対応する組織というのは企業です。ここに国家ー組織ー個人という三重の関係があります。もし政府がサボっていたり、悪意を持っていれば人々は政府を問責し選挙活動を通じて政府を定期的に取り替えることができなければ いかなるグループの政治的な権利もすべて保証されないことになってしまいます。しかし「三権分立を排斥する中国的特色のある社会主義制度」はいかなる個人の権利の制度的基盤も保証しませんしいかなる独立した社会組織に対する活動の基盤も提供しはしないのです。

    マルクス主義理論の特徴はその有り余るほどの批判性と全くダメダメの建設性です。マルクス主義は資本主義の批判者として鏡のように資本主義自身の醜悪さを見せつけ、資本主義側に不断に改善することを続けさせました。各種の権利を獲得する運動、労働運動や婦人運動も起させました。資本主義側は948年以後には人権の理念を取り入れるなど「点滴岩をも穿つ」ような不断の進歩をとげ、ついに現代の民主政府と市民社会を形成したのです。

    その最大の特徴は政府は公共サービスをその仕事の中心とし、市民は政府とその公共サービスを批判する権利を持ち、その利益を訴え、表明する各種の手段を持っていますし、定期的に選挙を通じて政府を取り替えることができます。しかしマルクス主義理論によって作られた前のソ連政府と中国の社会主義政治制度では、市民の政治的権利はちょうど反対にその制度の基礎から奪われています。

    このような社会主義制度のもとで、もし労働者が自分たちの組合ができたら一切を解決できるだろうと思っているならまったく自らを欺くものであります。この種の組合は中国政府から見ると政府転覆を図るものとみられるだろう、ということはさておいて、もし本当にできたとしても公平公正な仕事をする政府サービス機能がない政府の下では組合はどんな問題でも解決するのは難しいでしょう。

    《マルクス主義洗脳教育が生んだ青年たちが中国の未来を決定する》

    中国の左派には極左(毛左)、中左、新左の別があり、それぞれその傾向に集まっています。「烏有之郷」、「工人論壇」などが彼らの言論の陣地です。「烏有之郷」は極左の代表でしょう。中国の現在の社会矛盾はたしかに紅色貴族と資本が結合して生まれた諸悪です。しかし根源は中国の社会制度にあります。なぜならこの制度が権力と銭に結合するための肥沃な土壌を与えているからです。

    しかし、「烏有之郷」を代表とする中国左派は故意に精度の悪に目をつぶり、一切の悪の原因を資本のせいにして、特に西側資本と民営資本のせいにして、国営独占企業に加担して、これが社会主義の根本基盤だとします。

    よく言えばこれは中国左派も、昔ながらの「貪る役人には反発しても皇帝にはそむかない」という中国的伝統思想の影響を受けているといえますが、悪く言えば、毛左派は強権に対しては計算づくの弱虫、といえるでしょう。「烏有之郷」の黎陽の文章「上海外灘将棋倒し事故と進歩的文化人の”自由”」などというのは毛左派お得意の白黒善悪をあべこべにして論じるものです。

    中共は「思想的三峡ダム」の洗脳教育によって一世代の左翼青年たちを作り出しました。この青年たちが未来の中国を作ることになります。19世紀と20世紀の境に、ドイツ社会が激烈に伝統的な社会が破壊され、価値観に急激な変化が起き都会には解放された、孤独な、根無し草の青年たちが溢れました。この青年たちが左翼運動の中心となり、またヒトラーの政権の社会的基盤となったのでした。中国の今の状況は当時のドイツに似ています。

    社会の上層部に登っていく社会のパイプは深刻に詰まっており、少なからぬ教育をうけた青年は失業に直面して困惑して、突破口を探しています。習近平は世論をコントロールするためにそうした青年たちに政府から金をもらって政府指示を国内でツィートする「五毛」という道を膨大な就職の機会として与えました。そして周小平、花千芳といったいかがわしい政府に媚を売るのが唯一の商売、といった輩を社会のモデルとしました。五毛という職業はすでに底辺層の知識青年のにとっては慈雨の如しです。

    最底辺層の五毛と政治権力を握るトップという利益の対立する二つが、却って圧迫する支配者側の思想をもって、本当に人民の利益を保証する西側の制度をまるで仇敵のように憎むようになっています。

    中国の政治トップ層の「急激な左展開」と底辺層青年の長い間の洗脳教育によってうまれた左翼傾向が、いま最も覚めた目で現実をみなければならないこのときに、面妖な意気投合したというのは中国にとっての不幸です。なぜならばこのふたつの力があいまって、権力と数の力によって、中国にはあらたなる独裁専制政治の時代がもたらされるでしょうから。(終)

    拙訳御免。
    何清漣氏の原文は;向左转:中国高层与底层的奇特契合 http://biweekly.hrichina.org/article/24236
    何清漣氏のこれまでの論考日本語訳は;http://heqinglian.net/japanese/

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