• 鄧家”孫婿様”が「元の木阿弥」に 

    by  • February 8, 2015 • 日文文章 • 3 Comments

    何清漣

    2015年2月2日

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    http://twishort.com/AS5hc

    この数日、安邦保険グループ(日本語サイト;http://urx2.nu/gTiP)のCEO・呉小暉は嵐のようなメディア報道の洗礼を受けました。「南方周末」1月29日の一連の報道が大反響を呼んだ後、北京の財経、財新、北青周末も次々と報道に加わり、呉小暉と毛暁峰(*民生銀行頭取、拘束されたと言われる)という一対の財界の奇才についての多くの記事が登場しました。中でも財新ネットの「安邦の大冒険」は一番読み応えがあります。

    《安邦の危機;「お婿様」は過去の事に》

    「南方週末」2月1日に「1月29日の安邦保険に関する報道の一部に間違いがあり、安邦グループと主要責任者にお詫びします」と「お詫び」が掲載されました。1月29日の報道は4版にわたっており情報は極めて豊富で、この「おわび」は具体的にどの箇所かを指していませんので(*これでは「おわび」になってない。原文http://www.voachinese.com/content/wuxiaohui-20150201/2624217.html に写真あり)。南方は極めて大きな圧力で無理やりこう言わされたのだろうと外部からは推測できるだけです。

    財新の特集記事「安邦大冒険」と照らし合わせると、やっと「南方」の「おわび」はどうやら呉小暉と鄧小平の外孫の鄧卓苒(*鄧小平の娘の子)の結婚状態のことらしいとわかります。財経の記事には「呉小暉は三度結婚暦があり、二度目は浙江省の廬姓の副省長の娘で、第三の妻子は陳小魯(開國元帥・陳毅の子、呉小暉の”盟友”と言われた)の会社の基投グループとの仕事で出会った鄧卓苒だがすでにこの婚姻関係は終了している。2014年、海外メディアが安邦と鄧一家の関係を書きたてたので、鄧一家は内輪の家族会議を開きこの件を話しあって鄧一家とはもう関係のないことを確認した」という記事を書いています。その証拠としてこの記事は「安邦グループの31社の株主の中で鄧卓苒は2社の株を持っていたが2014年12月の段階で株主名簿から鄧卓苒の名前は消えている」と報じています。おそらく鄧卓苒が株主をやめた日付が呉との婚姻関係を解消した日付でしょう。

    全文をよむと、呉小暉のビジネスの不正直とデタラメやり放題のことや呉が閨閥を利用してのしあがったことがえがかれています。しかし実はこの記事がいいたいのは以下の二点なのです。

    ひとつは;呉小暉はすでに鄧一族の「婿殿」ではない。だから呉のビジネス企業は鄧家とは無関係である。
    二つ目は;習近平の”朝廷”が呉をどう裁こうと鄧家とは無関係である、ということです。

    つまり、全世界があれやこれやと呉と鄧家の「婿どの」の地位を何年もさわいでいるけれども、ことがここに至って鄧一家は財新の記事を借りて「疑いを晴らした」、つまり実際は「失敗を認めた」ということなのです。十数日前まではまだまだ意気軒昂としていた呉小暉ですが、この財新の記事によって「鉄帽子王の孫婿殿」の立場から転がり落ちて「元の木阿弥」の”ただの一温州商人”に戻りました。この金看板が剥がれ落ちたのは呉にとっては、陳小魯が微簿上で呉れとの絶縁を声明したことよりさらに大きな痛手でしょう。かつて頼昌星事件(*遠華会社の元会長、遠華密輸事件を起こす)のとき賈慶林(*第7代全国政治協商会議主席)の妻・林幼芳の関係が取りざたされ、江沢民が賈に妻を離縁するように指示したといわれましたが、今回の婚姻関係中止もこの例にならったのかもしれません。

    というのは鄧卓苒の結婚関係がいつ終了したのかは記事では触れていません(*これも異例、記事ならゼヒモノのデータ)。この結婚について極めて詳しいはずの陳小魯は1月29日の南方周報の記事が爆発的な影響を与えた直後に香港でまだ呉が鄧公の外孫の夫だと証言しています。親友であっても”侯门深似海”(*貴族の門内のことは深海のようにうかがい知れない)です。

    《呉小暉が証明した「運がよけりゃ♫鳳にのって天まで登れる」》

    呉小暉は大変有能で、婚姻の選択を除いても独自の選択眼があり、自分の願いを叶えたばかりか、さらにこの婚姻という資本を立派に運用してみせました。呉小暉の二番目の結婚は彼が蛹から羽化して蝶になる最初の鍵でした。なぜなら浙江省の盧姓の副省長の娘を娶って、はじめて自動車販売で頭角を現せたし、それを通じて紅色貴族の御曹司たる陳小魯と知り合い、それからさらに元老の子ら一族とお近づきになって「鄧小平の孫お姫様」と知り合ってめでたくゴールインしたのです。そして、その閨閥関係がいまや企業の生死にかかわるというわけです。

    ここ数年、資本の「世代移転」というのが経済学研究のあらたな一分野になってきました。この世代間移転はおもに両親と子供間のことなのですが、すくなからぬケースに義父と娘婿というケースもみられます。この研究は家族の関係と個人の成功への影響をテーマにするもので、とりわけ「人治」の色合いが濃いアジアでは閨閥関係は大変重要な社会資本です。呉小暉に関する報道を通してみますと、呉の超タカビーな姿勢というのはその閨閥関係からきています。彼と「安邦保険」の成長の見事な壮大さは中国というこの身分型社会において、「一家が父親だより」というほかに大きく羽ばたけるのはほかに「鳳凰の尻尾につかまり、龍の背中にくっつく」という「義父の威を借りる」方法があることが十二分にわかります。

    中国、台湾、香港、日本も含めてみんな「逆玉」に乗れば2、30年の苦労をすっとばせる、という事実を知っています。呉の世渡りはその資本を実にうまく利用したことです。「安邦の大冒険」はもっぱらその「バック」をテコにしてのしあがることを描いていますがそのうちいくつかは特筆に値するものです。まず呉の建設会社の評判は浙江では極めて悪名高く、作った道路はろくなもんではなかった。お金だけ儲かれば質はどうでもいいという代物でしたが、「バック」がついているために浙江ではどうしようもなかった。これでも呉の傲慢さがわかりますが、ナンバーワン鉄帽子王の身内として、地方政府など眼中になかったわけです。

    つぎに「安邦の特殊能力」(*★紅色貴族のビジネスにも「反腐敗」のメス?「安邦保険集団」は試金石か?http://twishort.com/Te5hc参照)★ですが、監督局でさえ自分の思う通りにさせてそれには法律を修正させることまでありました。この点は私が以前から言っている「利益集団が国家を虜にする現象」です。金融業界の食物連鎖を例にとると、ある金融機関がその利益の一部を上納金として上の位置にいる人間に渡し、金融監督機構や政府部門から利益を得る商売のチャンスを獲得したり、違法行為に目をつぶってもらったり、見逃してもらったりして、最後には監視機構側と監視される側が癒着してともに腐敗していくのです。呉がこれに用いた「元手」は利益以外に、さらにものをいったのが彼の「鄧小平の一家の孫婿殿」という身分でした。中国の金融業界はいまだに半分市場主義で半分は行政が口出し手出しする特徴がありますので、この身分は極めて強力な儲けのタネでした。

    《紅色ビジネス圏はこれからどうなる?》

    「鄧家の孫婿様」は「元の木阿弥」になってみれば貪婪極まる温州商人でした。「安邦保険」の命運は「運次第」です。この「運」は「朝廷」のことです。安邦の件は大きくいえば「安邦がおこなった利益集団は国家を虜にして、最近の民生銀行の買い占め事件もすべて『国家金融秩序を乱した』ともいえますし、小さくいえば中共18回大会以前にやったことだし、最近王岐山が再度、警鐘をならして「18回大会以後もこれまでのやり方を改めなかったので、中央紀律委のVIPになったのだ」とも言えます。

    しかし中共の紅色家族のビジネスがもたらす危険というのはじつはとっくに庶民が嫉妬するとかしないとかいう問題ではありません。それは国家の本質を揺るがす問題なのです。でなければ習近平とて、姉二人のビジネスをやめさせてまで率先垂範するなどということまでやらなかったでしょう。「財新ネット」の「陳小魯独占インタビュー;「私は安邦の黒幕支配者ではない」の最後のところに、「陳小魯は微信ネットで自分は安邦の株をもっていない、という。しかし上海標準投資集団有限会社は依然として安邦グループの株主で22.68億株、3.664%を所有し工商資料によると陳小魯はこの標準投資集団の株主の一人である。これに対して陳は曖昧に回答を濁し「標準投資集団の一部の人は年もとっており、だいたいみなもうやめようとおもってるだろう」と答えた、とあります。

    陳の回答では、陳らが株を処分しようと思っているかどうか、あるいはもう処分したか、呉に代わりにもたせていたのかどうかはわかりません。「やめようと思っている」というのは陳小魯たち紅貴族二代目が危険なニオイを嗅ぎつけ、中央紀律委の”VIP”になどなりたくないのでさっさと手を洗いビジネス界から退出の準備をしているのかもしれません。ただいかにして平安無事に退場できるか、というのは朝廷の考え次第です。

    呉小暉というこの平民出身の「孫婿殿」の商業的大成功は苦労してむすんだ閨閥関係によってでした。そしてその冒険の旅は今「閨閥の絆」を断ち切られたことによって終わろうとしています。「雁は声を残し、人は名を残す」といいますが呉小暉の権力と金の渦巻く中を「かっこ良く駆け抜けた」という物語は、世界に「中国の閨閥経済学」の古典的見本として残ることでしょう。(終わり)

    何清漣氏@HeQinglian: ★鄧一家の婿、閨閥出世始末★
    拙訳御免。
    何清漣氏の原文は;邓府驸马吴小晖演绎的“裙带经济学” http://www.voachinese.com/content/wuxiaohui-20150201/2624217.html
    何清漣氏のこれまでの論考日本語訳は;http://heqinglian.net/japanese/

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    3 Responses to 鄧家”孫婿様”が「元の木阿弥」に 

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