• 社会の共通認識の基盤崩壊ー柴静女史製作のドキュメンタリーの諸反応から

    by  • March 2, 2015 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣

    2015年3月2日

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    http://twishort.com/jdJhc

    柴静(*元国営中央テレビのスターキャスターで独立、いわば中国の国谷裕子?(^^;))が撮った中国の毒スモッグのドキュメンタリー映画「ドームの下で」(穹顶之下)は素晴らしい啓蒙科学映画です。データだけでは観衆に強い直感的なアピールができないというので、彼女は北京大学の実験室で自らを実験台にしてくれ、と申し出ますが大学側は「実験には倫理的安全措置として実験室の空気をセットしなければならないが、それだと外より清潔な空気になってしまうので実験しようがない」と断られます。このエピソードは中国人がはっきりと自分の生きている環境がいかに危険か、ということを知るに足るものです。

    国民がみんな吸っている空気は誰もが逃れられないものです。社会における共通の認識が深刻に分裂した現在の中国でも、この問題は本来なら最も容易に社会の共通認識が得られるべきものです。ところが、そうはならずに起きた論議はまさに中国社会がすでに完全にどのような社会共通認識も得られないのだということを示しました。

    《陰謀論と治安論》

    批判非難の種類はいろいろですが、広く言われたのが陰謀論の代表的なもので;

    「柴静の記録映画は政府側はインターネットを使って世論をうまく官民相互連動させるのがグッドで伝えている価値観もグッド、映画もグッド。柴静の将来を心配するやつもいるがわかってないなあ。まず1;新しい環境保全大臣が就任したばかり。2;人民日報が力をいれて推薦。3;多くの現役官僚が映画の中で取材に応じている。4;反腐敗の矛先はすでに中石化、中石油に向けられている。5;この前に中石化、中石油が合併が伝えられた。6;もうすぐ人民代表大会じゃん」…というものです。

    こうしたうがった見方の陰謀論説は大人気で、最も強い意見は柴静の背後に政府が支持しており、彼女は当局に利用されて周永康(*石油業界の大ボスだったので)を習近平がやっつけるための手駒にされた、というものです。

    中石油、中石化の生産物は汚染を引き起こしているというのは昔から言われてきたことです。長年来、各地で民衆がPXプロジェクト(*石油化学コンビナート建設)に反対してきましたが基本的にはみな、この二社の参加したプロジェクトでした。

    元環境副大臣だった潘岳はかつて大型国営企業の石化のプロジェクトが多くの汚染を引き起こし、しかも河川のそばに建設され水汚染の元凶になっていると批判しました。しかし毒スモッグが登場すると車の排ガス、工場のばい煙汚染、冬の暖房による汚染、農村の燃料による汚染など各種の原因が取りざたされるようになりました。ですからこの映画が「中石油と中石化を狙い撃ちにしたもの」というのはいささか飛躍しすぎた論議です。

    さらに普段、汚染事件を報道しない大メディアが今回は大々的に加わっているのは、それこそこれが陰謀である証拠だ、という説までありますが、これはもっと間違っています。この30年間、中国の政府系、民間系メディアは、そのランクによって受ける制限はちがうものの、政治社会問題では選ぶ対象の偏りはありましたが、環境保護問題ではある程度の報道は許されていたので、比較的努力をみせていました。中央クラスのメディア(*中央テレビや人民日報クラス)は地方政府の管轄下にないので、相対的に有利な立場で、地方の環境保護の失敗を暴露する報道はさらに多かったのです。昔、「太湖の守り手」といわれた呉立紅がある時期、頑張れたのも全国のメディアが支持したからでした。

    また、ある人は柴静がなんで空気ばかり問題にして、土地汚染や水汚染を報道しないのかと責めたりしていますが、土地汚染についての報道は多いのです。一例を挙げると2006年に中国政府は十数億元を投入して土地調査を行い、ずっと国家秘密としてこうひょうしなかったのですが、メディアの圧力の下に2014年4月にデータを発表しました。すなわち中国全土の5分の1の耕地が深刻に汚染されていたのです。財新ネットは一連の報道を行い「大国の土地が傷ついている」(上;遅かった報告、下;深刻なカドミ汚染)があります。

    《柴静のケースはこの社会に共通認識が失われたことを物語る》

    「知る権利」というのは民衆の基本的な権利のひとつです。数年前、潘石屹が米国駐北京大使館の空気汚染データを微簿ネット上に公表した時人々は自分たちが騙されていたと知って大変怒り、環境保護局に空気のデータの真相を話すように要求しまし、このため中国外務省はアメリカが発表すべきでないデータを公表し中国の内政に干渉したと非難しました。

    当時、人々は土地汚染、水汚染は地域性があって民衆の関心の程度にも差があるが、空気だけはみんなが呼吸するものであり、だから最も容易に集団行動をとれると思っていました。

    そして数年後毒スモッグの映画を撮った柴静がであった「政府の手先となった治安維持活動の一環だろう」といった評価は社会学的な角度から解読すると、中国社会の利益分化が極端に深刻化しており、すでにいかなる社会の共通認識も形成することができないほどになっている、ということです。

    特に深刻に疎外化され周辺化された底辺の社会グループにとってはすでに意識は「張献忠」(明末の農民反乱軍の指導者)化しており、つまり、自分はこんな国家に属していない、早く腐って倒れれば早いほど良い、ということです。統治集団とこの人々の間には「お前のチャンスは俺たちの不幸、俺たちの不幸はお前の歓喜」という極端な対立の局面にまでなっているのです。

    ですから、柴静の毒スモッグに関するドキュメンタリーはもう一番大事な事ではなくなってしまったのです。汚染をなくすには大変長い時間とプロセスが必要です。中国の現代化の列車から振り落とされたグループはもはや政府を信じてはおらず、また我慢して待っていることもできません。夏王朝の末期に自らを太陽に例えた桀王の残虐に対し、恨み骨髄となった庶民は太陽を指差して「てめえがくたばりゃ、俺も王様もみな死んじまって幸いなんだ!」と罵りました。しかし、これは鬱憤を晴らす言葉であって、実際には王朝は滅びても人々は生きていなかければならないのです。

    現代の紅色共産王朝の特殊な問題というのは、もし王制が変わっても、中国にはすでに社会を再建する資本も、生存基盤ーすなわち生態環境も巨大な破壊を受けてしまって大変深刻な状態にある、ということなのです。

    以下述べる前に、まず中国の汚染の政治的責任問題については毎回国土生態に関わる文章では述べていますが、最近のは「中国環境汚染の共犯構造ー中国2013”経済改革”の焦点(2)http://urx.nu/hZNh。です。

    《民主化しても環境問題は自然に解決などしない》

    柴静のドキュメンタリーが政府の陰謀論、社会平穏安定化工作に利用されているといった背後には;現在中国政府が環境政策のやり方はただただ中共の統治延命だということです。環境が引き続きこのまま悪化すれば、中共の滅亡は加速されて、民主化されてから、再度取り組むということにもなりえます。

    いささかの疑いなく、中共とていつかは歴史の舞台から退場することでしょう。(その日は10年先か、20年先か、あるいはもうちょっと先か、には)で、そのあとに民主政府ができたと仮定しましょう。それがいかにこの中共が残す巨大なマイナスの遺産にとりくむか、ということこそ最大の問題なのです。

    権力に対応するものは責任です。この遺産はこの土地を統治する権力のほかに、水陸空の立体的環境汚染問題と汚染の引き起こす健康問題が(毎日8550人の癌患者が発生していることや各種の汚染原因による病気)、膨大な失業人口問題。こうした問題は民主化すれば自動的に解決出来るわけではないのです。そして解決できるか否かは直接、人々の民主政治に対する信用にかかわってきます。

    中国の汚染の制度的原因は“公地的悲剧”(一):中国人饮水早已不再安全  http://urx.nu/hZPT(*未訳でした。すんません。) に書きました。 ひとつの資源にたくさんの所持者がいれば、誰もが使用権を持ちますが、他人の使用を禁止する権利はありませんし、過度に資源を使えば次第に枯れてしまいます。森林を過度に伐採し、魚を過度に獲り、河川や空気が深刻に汚染されるのはすべて「公有地の悲劇」の典型的な例です。これを悲劇というのはすべての人が資源の過度利用で枯渇するのを知りながら、しかし誰もが事態が悪化し続けるのに自分にはどうしようもないと思ってそして「自分が取れるうちにとってしまえ」という気持ちで事態の悪化をさらに加速させるからです。

    仮に将来中国が民主化された(土地私有化も含めて)としても、汚染は自然に消え失せたりしません。ひとつには汚染をこれ以上増やさないためには、居住区の自治、大衆の参加、法治、自由なメディアと政府の監視・管理などが解決のために必要です。二つ目は残された汚染をきれいにするには、たとえ人口規模の増加を抑え、政治が安定し、経済が正常に発展しても、それでも100年におよぶ持続的投入のプロセスが必要になります。

    中国の現状では、空気が最もなんとかできそうな部分で、APECやオリンピック期間中には青空が出現したということは制御の仕方とと中国人の生産方式、生活方式を変えて、例えば工場を止め、自動車の市内侵入を制限するなどによってやれることだという証明です。よいほうに考えて言えば、中国が変えうること、悪いほうに考えて言えば、中国は一度経済の大不況を経験したのち、中国人の生産モデルと生活方式を否応無しにあらためれば、です。

    厄介なのは土地汚染と水質汚染です。両者は地下水であり、地面に降った雨水が水になるということで、密接に関連しています。ですから水を治めるにはまず土地を治療しなければなりません。この方面では私は日本の経験を書きました。アメリカの経験を書かなかったのは米国は化学と自然浄化による方法で30年から50年かかるやりあkただったのです。中国にはそんなに長い事ほっておける土地はありませんし、そんなお金もありません。

    ですから日本の土を取り替える方法を学ぶしかないのです。それでも汚染された土地が日本の何倍にも昇るので中国が学ぼうとしても難しいのです。これは「土地汚染回復ー中国が日本に学ぶのは困難」( http://heqinglian.net/2014/01/06/land-pollution-japanese/ )に書きました。

    民主制は民衆が選挙権と人権を享受することを保証するだけです。しかし人権のひとつである環境権は中国の生態環境下では自動的に実現するのは不可能です。いわゆる「公有地の悲劇」のうち、最も重要なものは公の土地を消費した人は環境汚染に対して責任がある、ということです。区別はただ主か従か、責任の大小でしかありません。

    最近読んだある文章「水は我々の罪悪を知っている」を結びとしましょう。

    「何年も前に汪丁丁が書いた『水は我々の罪悪を知っている』という文章をよんだが、柴静と同様の話だった。柴静に提案したいんだが、『水は我々の罪悪を知っている』という映画を撮ったらどうだろう?一切の制度がねじまがり、一切の価値観、一切の信仰が誤った方向に導かれ、最後には我らは自分たちの毎日呼吸する空気、飲む水、足元の土、毎日必要な食べ物を通じて集団としての罪悪を測り知ることができるのだ」(刘业进)と。(終わり)

    拙訳御免。
    何清漣氏の原文は;社会共识完全破裂:从柴静纪录片的遭遇说起  http://www.voachinese.com/content/he-qing-lian-20150302/2664163.html
    何清漣氏のこれまでの論考日本語訳は;http://heqinglian.net/japanese/

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