• 習近平の「圧力鍋式弾圧」

    by  • May 1, 2015 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣

    2015年4月16日

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    http://twishort.com/pbdic
    最近、中国でセクハラ反対を唱えた5人の女性が逮捕されたニュース(*例えば朝日新聞;「中国、女性活動家5人全員を釈放 国内外での反発影響か」htn.to/ngufq6)は国際社会に大きな反響を呼びました。この5人は政治とは完全に無関係だったからです。実は当局がこの5女性を弾圧した目的は彼女らの主張がどうこうということにはありませんで、要するに「山を叩いてトラを怯えさせる」ため、つまり外国のNGO(5人のうち2人が同様の組織に属していた)を震え上がらせることで当局の真の狙いは「外国勢力」なのです。

    《この弾圧の真の意図》

    今年の3月19日、「鳳凰週刊」は「海外背景が洗われ、国外NGOは厳しい管理を受ける冬の時代」という記事を掲載しました。それによると中国政府は「国外非政府組織管理法」を制定して、公安部門の登録に加えて、国外NGOの資金の来源と使用管理を強化しました。この法律は中国がまずもって国外NGOに対しての専門の法律でその草案は2014年12月に全国人民代表大会の審議に提案されたものです。この記事によると現在、中国で長期に活動している国外NGOの総数は6000を超え、毎年それらを通じて中国大陸に流れ込む資金は数億ドルに登り、その6000のNGOの大半は環境保護、健康衛生、婦人児童の権利などに関する慈善基金です。その多くは中国政府と合作方式でおこなわれ、中国民政部が主管する中民慈善義援情報センターが2012年3月に発表した「米国NGO在中国慈善活動分析報告」によれば、この報告をまとめた劉佑平が鳳凰週刊に語ったのは、この30年来、米国のNGOが中国につぎ込んだ資金は200億元で、主に中国の高校や科学研究機構と政府に向けられている。「この200億元は中国の法律の制定にどれほどか、中国の人材育成にどれほどか、中国に対する影響という点では米国企業2万社より影響はおおきい」と。

    劉の見方は役所の基本的な態度を代表しています。中国政府はずっと外国のNGOというのは外国が中国を転覆させようとする手段だと認識してきました。この見方の源流は大変昔からあったもので、20年前にすでに政府はそうみており、1996年、中共中央事務庁、国務院事務庁は「社会団体と民間非企業団体への管理工作強化に関する通知」というのをだして、「一部の西側敵対勢力は社会団体、民間非企業団体を利用し隙に乗じようとしており、彼らは西側、香港、台湾の反中国反共産党勢力と密接に関係し、政治を目的として学術の皮を被って国外勢力の資金援助や委託を受け、社会調査、情報提供、さらには西側勢力の我が方への浸透、転覆、スパイの手先であり、我が国政治、社会安定を損なう重大な病根である」と述べています。

    鳳凰ネットの3月報道は政府側の見解を引用して「近年、一部のメディアが暴露した治安問題について政府お多かれ少なかれ国外のNGO団体が関与していたためとみている。政府筋では現在活動中の数千にのぼる国外NGOのうち、すくなくとも数百団体は背後に特殊な政治的背景を持ちまたは政治的浸透を目的とし、さらには少数は中国において違法活動を行っている」と話している、とかいています。

    《江沢民、胡錦濤、習近平の高圧政治の特徴》

    専制独裁政治の最大の特徴はどの独裁者にもすべて自分のやり方と特徴があり、前任者への尊敬から新たなやり方をせずその真似をする、ということは比較的稀です。胡錦濤の10年はバックに江沢民、曽慶紅という二人の強い力を持つ前任の指導者がいて、”朝廷”を操っていましたし、さらに8人もの常委メンバーがそれぞれ1系統ずつ抑えて「9匹の龍の治水」だったために基本的にはかく種の政策は江沢民時期の延長だったのですがこれは止むを得ずそうなっていたのであって、前任者の時代を模範としていたわけではなく、胡錦濤の力が弱く、新旧勢力交代時期の内部抗争のためで、いまにいたるまでそれが後をひいています。

    江沢民モデルというのは米国のジョージワシントン大学の沈大偉(David Shambaugh)がベタ褒めしています。沈は2000年から2008年、中共は曽慶紅の開明的路線を行い、習近平の高姿勢の弾圧姿勢は完全に曽慶紅の開明路線から離反しており、中共を壊滅に導くだろうとおもっています。沈はこういっています。

    「2009年中期に曽慶紅が退職してから、中共の方向は突然転換した」と。沈は中共のこのようなレーニン式政党は衰亡の命運をたどるのを避けるためには、曽慶紅のような『開放的な姿勢で指導と管理の改革を』なすべきとして『江沢民ではなく曽慶紅がこうしたある程度のゆるい共産党衰亡を防ぐ路線を操っていた」と指摘しています。いわゆる2000年から08年までの「曽慶紅路線」というのは、中共が対内部的には「3つの代表」理論をつくり「新階級」を統治の基礎に拡大し、対外的には全力で「大宣伝」を行い中共に有利な国際世論環境を作り出し、さらに異議人士たちには浸透・誘導方式でもって彼らに中共内部にも「改革派」(例えば温家宝や汪洋)があたかもいるようにおもわせて、民間の異議人士と呼応して中国の政治改革がおこなわれるように思わせ、海外の民主運動には買収と弾圧でもってすでに大した力のなかった運動をさらに粉々の砂のようなものに崩してしまう、というやり方でした。

    こうした複雑なやりかたと今日の習近平の相対的に単純なやり方をくらべるとたしかにこの二者には天地の違いがあります。習近平の統治法は二つ。一つは党内への反腐敗で官僚を含む政治団を粛清し、他方、社会の不協和音を消滅させ、イデオロギー上の締め付けを行い、一切の穏健な反対者も弾圧してしまう方法です。二種のこの「統治方式」をくらべると当然、曽慶紅のやり方が巧妙だし、弾力性、包容力もあり、魚も龍もごちゃまぜに、で外からは真偽の弁別が困難です。しかし、曽慶紅方式を実施していくのは容易ではなくよほどできる人間が臨機応変に指示対応していかなければなりません。習近平が、曽慶紅の力、そしてネットで2009年後に介入した中共の権力闘争と、その後継者が数々の厄介ごとをもたらしたときにえい、面倒なり、と「とことんやっちまえ」、「敵対するやつらに一切の余地を与えるな」という強硬路線が習近平の考えになったのです。

    《圧力鍋の原理でいうとわかりやすいかもしれません》

    江沢民・胡錦濤の時期の圧力鍋は完全に密閉されていませんで、ある程度の漏れを許していましたから、鍋の中の圧力を逃すことができました。例えば江沢民時代には労働者農民の地位が下がったので中共統治の社会的基礎を再構築しなければならなかったため、懸命にそれを拡大し、商工業者、弁護士、医者、新興ホワイトカラー族を全部「新社会階層」として彼らを政治協商会議に参加させました。

    この政策は胡錦濤の第1期にも当局によって受け継がれ極力実行されました。2006年7月「暸望新聞週刊」は「新社会改装が全国の3分の1近い会税収に貢献しており、社会の新たな成長点だ」という記事を掲載し、はっきりと当時の執政者の思惑をあらわしました。それは「新たな社会階層とそれにかかわる人間は1.5億人を超え、総人口の11.5%に達し10兆元ぐらいの資本を左右し、全国の半分以上の技術特許を持ち、直接間接に全国の税収の3分の1に貢献している」。中国の社会改装構造に起きている深刻な変化にかんがみて、新社会改装は巨大な影響力をもちこの文書は彼らを政治協商会議の各種の社会組織に加入させて、政治参加させることによって中共への求心力とすべきだとしています。

    と同時に当局は外国NGOに対しては深い警戒心をもちつつも一定程度の組織活動をゆるしました。こうした社会環境のもとに許志永護憲派弁護士は2003年孫志剛事件(*警察虐待死亡事件)からはじまって「公民連盟」をつくり、北京海淀区で13,14節の人民代表に当選し2012年までつづきました。しかし習近平が政権につくや、胡錦濤時代には活動ができたNGOや護憲人しは相次いでひどい目にあわされ、社会的な活動空間は深刻なほど減少してしまいました。

    習近平のこうした圧力鍋方式を簡単に総括すると、統治集団内部のライバルには引き締め、勢いを削ぎ、駆逐し、異議人士らの活動には根こそぎ根切りで誰かが目立ったらそれを打ち砕き、知識人の批判には全部ひっくるめて「鍋を壊す輩」(「共産党のに飯を食わせてもらいながらその悪口をいう輩」の意味。)を許さず、です。こうした挙句にただ毛沢東左派だけがこの鍋の蒸気抜き口からときどき気を吐き出しますが、目的は当局の意見に合わせるためである種の事件で特定の人物をやっつけるために、です。毛左派の専制独裁政治賛成、政治権威者への崇拝、西側価値観への憎悪、はまさに習近平が必要としているものです。

    最近の畢福剣事件はまさに当局と毛左派の初めての合作成功例です。二者の唯一の違いは鄧小平の経済改革開放路線への見方ですが、この点では習近平とその宣伝窓口はしっかりコントロールしています。習近平のこの種類の”蒸気”しかでるのを許さないという「圧力鍋モデル」は、毛沢東崇拝者たちには一定程度の利益をあたえますが、最後には中国社会の思潮を極度の混乱に導くことでしょう。曽慶紅の異議分子の間にスパイをどんどん潜り込ませるやり方と同様、その社会的な長期破壊作用はある程度の時間がたってからはっきりあらわれることでしょう。(終わり)

    拙訳御免。
    何清漣氏の原文は;http://biweekly.hrichina.org/article/27292
    何清漣氏のこれまでの論考日本語訳は;http://heqinglian.net/japanese/

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