• 米国のカントリー精神と民治(中) 

    by  • June 22, 2015 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣

    2015年6月7日

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    http://twishort.com/R7vic

    1947年、ニューヨークのロングアイランドに最初の「レヴィットタウン」(*帰還兵の為の郊外住宅。全米のモデルとなった。http://u999u.info/lBpD )が建設されました。「郊外には同時に学校、新娯楽施設、管理システムなど一体となったこの住宅団地は多くの米国的美徳が育つ場所となり19世紀の新しく出来た州や郡が民主政治に新たな息吹をもたらしたと同様何万にものぼる新たな郊外住宅地とその無数の地方性の問題は20世紀中期の米国人の政治への興味と活力を覚醒させたのである」(Daniel J.Boorstin「米国人の民主の歴程」

    《効率学校管理と地域の参加制度》

    米国人が地域の効率学校の管理に参加するのは自治の重要な中身になります。米国の公立学校の経費の財源は現地の住民の不動産税で、一部は州からの補助金です。どの地域や村にも現地に住む住民の選挙によって選ばれた教育委員会があり、学校の管理を行っています。学区の教育委員はすべて地元の納税者ですし、以前は学生でいまは家長になっている人もいます。

    私の住んで居る小さな村の教育委員会には40歳前の韓国系の医師がおり、アジア系の代表といえるでしょう。すべての学校に関連する大事なことはみな教育委員会の同意が必要とされ、学校と教育委員の意見が一致しない時には住民の投票によって決められます。これらの住民は地元に住んでいますが、かならず学生の父母というわけではなく、その税金が学校経費を支えているのでした。

    中国人にとって入学は一大事で、特に他所から来て一時的に居住する人には大変です。米国にはそうした問題はありませんで、地方に住むにも住宅を購入したかしないかには無関係で現地の学校に入学する権利があります。私の子供が米国に来た時は学校の公示した日付(学期開始の3日前)に学校に行って、不動産証、借家契約書、または住所氏名の書いてある水道電気ガス代の領収書があれば地元住民という証明になります。

    外国人学生には簡単な数学・算数の試験があって、その目的は、普通班、ゆっくり班、いそぎ班のみっつあるどれに入ればいいかという学生のレベルを決めるためです。数学・算数の計算問題は言語の問題とは無関係ですから。あまりに手続きが簡単なのはおどろくばかりで、試験が終われば30分以内に入学通知と時間割を渡されます。私は外国移民だったので、中国の大都市の外来暫定居住と同じだったのですが、いつも子供の学校は大問題でした。ですから、手続きが全て終わっても、なんだかこれで本当に完了したとはとてもおもえなかったほどです。

    学校に関する住民の評決で私が覚えているのは3つあります。ひとつは州政府が学校に出していた補助金が減額されるので、学校側が登校バスのバス停を減らしたいと言った時で、例えば私の近所だとそれまで4箇所あったのが一箇所になると。一箇所で同じバスが5分停まりますのでこうすると一学年で280万ドル以上節約できるのです。これは多くの6~8学年の親たちに反対され、冬の雪の日に生徒がバス停までいくのに10分以上かかってしまうので大変だというものでした。

    反対署名が300以上の家長からだされたので学区の教育委員会は住民の公聴会を開くことにしました。というのはもし今のままのバスの時間表を守るのであれば280万ドル以上赤字になって地元の不動産税で補填しなければならないからです。公聴会は土曜日の夜中学校の図書館でに開かれました。その日は200余人の住民がきて、父兄代表は減車に反対する理由を述べ、他に何人かの意見を準備してきた住民代表がこんな意見を述べました。

    ;大雪や暴風雪の時は学校は休校になるので学生が危険を冒して登校することはない;雨が激しい時に何分か歩くのは子供にとって悪いことではない。大人になって厳しい目にあうことを考えたら雨の中をちょっと歩くぐらいたいしたことではない。
    ;もし増税するとなると一戸あたり毎年100ドル以上の負担になるがこれは学校にいく子供のいない家庭にはおおいに不公平になる
    ;税金は増えることがあっても減ることはまずない。地域にはほかにもたくさん公益事業でやるべきことがあるので、増税の結果を考える必要がある、などでした。

    学区教育委員会はこの討論から双方の主な意見をきき、通学バスの原稿維持を訴える親たちの連名の要求書を教委のネット上に掲載して、学区で一ヶ月の間、住民投票を行うと発表しました。一ヶ月後、投票結果は1万人以上の住民が参加して、7割が通学バス停を減らすのに賛成しました。

    第二の話は学校の先生たちにノートパソコンを無償支給すべきかどうか、でした。一昨年、学校経費が多少ゆとりがあったのでこの案がでました。この種の予算外の支出は慣例で学区の教育委員会で討論されますがこの時は意見が2対2で、残る一人が棄権したのでした。で、最終決定が小さな公聴会できまることになり学区内の希望者が自主参加して決めることになりました。当日は100余人があつまり各自、住所、職業、を述べ中には会計士、弁護士、図書館員、大学教授、牧師、自営業者がいました。討論の結果は

    ;中学教師の仕事は主に学校内でそこには据え置き型パソコンがある。
    ;パソコンは確かに時々故障するが学校図書館には他に50台以上のパソコンがあり、また教学専修室にも専用パソコンがある。合計百台以上あるので故障したとしてもパソコンは利用できる。
    ;ノートパソコンは主に通勤途上と旅行で使うがビジネスマンは 即座に解決しなければならないもんだが多くて必要だが、教師の仕事はそんなに通勤途上で処理しなければならないようなものは多くないし、旅行は私事であるから、ノートパソコンがいるなら自分で買えば良い、でした。

    この席上で隣村との境に住んでいる医者から提案がありました。隣村の学校の条件はこの村よりかなり劣っており、もしこの地区の学校に余力があるなら、隣の地区のこどもたちを受け入れてはどうか?というのでした。討論の結果は隣村の子を受け入れるのはいいが、送迎バスはもう手一杯なので送迎はできない。隣村のこどもがきたいのであれば、通学問題はそっちで解決してほしい、というものでした。

    私はこのとき深い感慨を覚えました。自分の学校の財布の紐は容易に緩めない人々が、条件がゆるす範囲ならば隣村の人々を助けたい、というのです。これはとてもいい話ではないでしょうか。半月後、学区教委はネットで;学校の200人余の教師にノートパソコンを支給する動議は否決され、本地区は隣の地区の子供を毎年先着10人まで受け入れることがにするが、送迎はしない、と発表しました。

    中国の公聴会と違うのは;この種の公聴会には政府の代表がきたりしないこと。学区教育委員会は自治機構で参与者はもともとボランティアが原則で、地元の住民ならすべて利益関係者とみなされ自由に参加し意見を述べられるのです。

    《高速道路の両側の緑地帯清掃》

    米国の地方道、国道、高速道路の両側の緑地帯にはよくゴミがたまっていて、それを掃除しているひとがを見かけます。私はこれは清掃人夫が仕事をしているのだとばかりおもっていました。しかし、あるとき息子が週末の二日間、ボランティアで清掃を手伝いに行くというのをきいて、はじめてニュージャージー州ではこの種の仕事は自治方式で解決されているのだときがつきました。

    路側緑地帯の清掃は二種類あって、ひとつは地域の担当です。これにも二種類あって、ひとつは懲罰としてのもの。例えば交通違反です。トライバー手帳というのがあってそこには各種の罰則が記されており例えば酒酔い運転、保険未払い、免許証期限切れなどがあります。違反者は点数をひかれたり、罰金や強制安全学習参加以外に、地域自主奉仕5日から15日というのがあります。この奉仕の内容には地域の道路わきのゴミ拾いもあります。学校で重い処分をうけた14歳以上のハイスクールの生徒もまたこれとにた奉仕活動を罰としてやらされます。

    もう一種類がボランティアによるもので、8年〜11年生のハイスクール生徒が夏休みの期間通常、地域奉仕を奨励されており、図書館でのボランティアや、老人、障害者施設の清掃、障害者の車椅子介助散歩などがあります。年齢が少し上で車が運転できる学生だと、他地域の仕事もできます。

    うちの子が11年生だった夏休みには家から何十マイルもはなれたところで劇団の助手をやって毎週日曜日の午後、どんなに雨が降っても出かけて行きました。責任感を養う意味もあって特別の場合以外は必ず行くということでした。もう一種類はNGOを通してやる道路の一定区間の清掃です。米国ではNGOは簡単に作れますから(無税組織だと結構手間がかかりますが)。中高生や熱心な人々が普通は臨時的な組織をつくって、ボランティアを募って自分たちの力にあった範囲を清掃すると申請します。一度だけのものでも通年ののボランティア活動でもどちらでもオッケー。うちの子の場合はハイスクールの同級生でボーイスカウトの中堅メンパーで将来はウエストポイントの軍の学校に進学希望の友達が在学中にニュージャージー州のために多少の働きをしたいというので臨時に銃数人の仲間をあつめて、50マイルの道路路側帯清掃を申請しました。各自で分担して二日間で終わりましたが、参加者は多かったと話していました。

    中国と違うのは米国の青少年がこうした活動に参加するのは別に賞賛されたいから、という動機ではないことです。これらの活動は成長の過程における社会参加とみなされています。そして家長以外は、学校も近所のひともこどもがそうしたボランティア活動をしていることを知りません。ただ大学入学申請のときに、ハイスクルール時代にボランティア活動に参加したことがあるか、というのを記入できる欄があって、大学側が学生の社会的責任感や、あるいは「リーダー」としての資質があるかどうかというのをみる参考になることはあります。

    拙訳御免。
    何清漣氏の原文は;无处不在的“美国乡镇精神”-漫谈美国的“民治”(中)http://www.voachinese.com/content/heqinglian-blog-us-china-20150605/2809994.html

    何清漣氏のこれまでの論考日本語訳は;http://heqinglian.net/japanese/

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