• 独裁者クラブ再建ー天安門事件26周年の前日に 

    by  • June 22, 2015 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣

    2015年6月3日

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    http://twishort.com/fNtic
    26年前の6月4日に起きた天安門事件はソ連と東ヨーロッパの激変の幕開けとなり、これは中国の知識人と学生たちによる世界の民主化運動への偉大な貢献でした。当時、人々はフランシス・フクヤマの人類のイデオロギーの争いはついに終結して、自由と民主が最終勝利を得るのだと「歴史の終焉」の予言をほとんど信じかけていたのでした。しかし、その後の20余年の間の政治の変遷をへて人々はやっと独裁、専制の道はなにも一方通行とは限らず、一時民主化や改革化がすすむかにみえた専制国家もまた独裁に逆戻りするのだと知ったのでした。

    《ロシアが独裁政体回帰する民意の基盤》

    現在ある互いに見習い合っている非民主国家ではイランは宗教と政治が一体となった国家ですし、中国はもともと民主などなく、ただ開放の格好をみせるために80年代半ばに、開明的な専制制度があっただけで、現在は再び真っ暗な専制の道を狂奔しています。しかしロシアは歴史上西欧化の経歴をもっており、20世紀の90年代には一定期間、民主化への道を歩みました。

    ですから、ロシアを分析すれば社会のモデルの変化の過程で民主主義は一方通行・逆走禁止の一本道ではないという現実がさらにはっきりわかるかもしれません。プーチンが専制に逆戻りするのは当然かれのKGBという職業上の経歴に極めておおきな関係があります。この種の人物はもともと独裁と強権への好みが強いうえに、ましてやロシアという国はピーター大帝の時代からスターリンに至る数百年間、もっぱら専制制度の文化を深く育んできました。私は「プーチン主義はいかに鍛えられたか」http://heqinglian.net/2014/03/30/putin-in-japanese/ で、それはロシア・ツァーリズムと強権政治によって鍛えられた剣であると指摘しました。

    ただそれはいわゆる民意によって鍛えられてもいます。なぜならロシアは中国と違ってまだ民主制度という殻があるからです。西側の言語システムの中で「人民が選んだ」というのは正しさの象徴であり、神聖犯すべからずの存在です。しかし専制国家においては民意とはいとも簡単に強権によって流されるものです。

    私の主張の要点は;ロシアの政治は明らかな傾向があり、プーチン執政開始後に始まる。彼が政権をとる前はロシアは一度は専制に別れを告げ民主主義の方向に向かった。しかしプーチンはその熟練した政治能力によって1999年からロシアを次第に専制独裁という政治過程に回帰させていき、自分自身も民選の大統領から独裁者になりおおせた。注目に値するのはプーチンが政治的に重大な転換期を迎えるにあたってはいつもロシア民衆の多くの支持を得ていたことです。当然、プーチンが巧妙にロシアの民族的大国ツァーリズム主義の伝統に迎合し、数百年の権威に対する依頼心に迎合し最終的に自分の政治的理想を実現し、現代のピーター大帝になったのだという言い方もできます。簡単に言えばプーチン支持は農民層と青年、反対者は大半がモスクワ、ペテルブルグに居住する中産階級で、数では前者がはるかに多いのです。

    一方、中国には中共の専制の基礎となっているのは50年代、60年代生まれの人々で、広場で踊っているおばさんたちだから、かれらが死んだら若い人たちが自然に民主意識を持つだろうという見方がありますが、これは事実に裏付けなしです。なぜなら、中国の毛沢東左派には少なからぬ80年、90年代生まれの若い人々がいるのですから。プーチンの基盤でガチ組は「青年近衛軍」と自称しています。これはソ連時代の祖国防衛戦争のおりの青年組織であり、かつて青年の英雄的戦闘の象徴であり、ロシアの政権党「統一ロシア」の青年組織が2005年にこの名称に改称したもので、すでに現在、最大の青年組織になっています。その”業績”はおおいにあって、「カラー革命」反対の急先鋒の役割を担いプーチン政権反対のデモ隊の青年と激しい衝突を繰り返し、エストニアがソ連赤軍の解放祈念碑を撤去するのに抗議し、モルモン教会は米国の情報部の拠点だと攻撃し、プーチンのウクライナ出兵を支持するなど、プーチンの言いなりの組織です。青年近衛軍のメンバーがソ連の解体後にどのような教育をされて登場したのかという点についてはまだ系統だった研究を読んだことがありません。が、その存在は中国の民主運動を行う人々にとってイデオロギー教育の洗脳効果の恐るべき存在を警告しています。

    ベネズエラは民主制度の外殻の下にポピュリズム政治がおこなわれている社会の典型です。「中国人民の好朋友」のチャベツ大統領はポピュリズムと反米主義であり国内に「社会主義」を打ち立てラテンアメリカ政治研究の学者から「チャベツ革命」と呼ばれています。この革命は社会主義的協同、医療・教育のシステム改革、権力を人民にというものです。もしチャベツが中国政府のような統計ごまかしの悪習に染まっていなければかれの改革は約束を果たしたといえるでしょう。社会改革プロジェクトを経て、10年内にベネズエラの300万人を貧困から脱出させ、貧困人口の比重を75%から26%に引き下げ、基本的に文盲を一掃し識字率96%を達成しました。外交政策ではチャベツは度々、「米帝国主義」とは不倶戴天の姿勢をみせ、自らを「反米英雄」のイメージをつくりだし結構な支持をえています。

    このふたつの”実績”の衣の下はしかし、ベネズエラはラテンアメリカで現在、もっとも腐敗した国家のひとつで、世界138番目です。同国では「ボリバル資産階級」(*チャベツがシモン・ボリーバルにちなんで「ボリーバル革命」と自分の改革を名付けた)というのが出現したのですがその中身は「裏金収入」のある政府官僚、石油売買の仲買人、ブラックマーケットや灰色マーケットの関係者、マネーレンダリングや麻薬密輸組織によってなっていました。しかし、チャベツは自分が築いたのは「社会主義」であるとして自分の社会主義だけが世界を救うものだと主張しました。何度か彼は「毛沢東の良き学生」なのか?とおもったのですが、どうも彼のイデオロギーはあまりにもいろいろで、ボリバール、キリスト、マルクス、インデアンなどどれもが彼の思想の源のようでした。

    ベネズエラの貧しい人々にとってはパンと福祉が最重要であって、「チャベツ式社会主義」が何であるかなど、別にはっきりさせたいなどとは思いません。つまりチャベツにとっては主義などどうでもよく、あの手この手でうまく手に入れた権力こそがもっとも大事だということです。これは北京政権と似たようなもので、マルクス主義も社会主義の本義もちっとも重要ではなくそのイデオロギーを使って反対派をやっつけることだけが一番大事、ということです。

    チャベツはすでにこの世を去りましたが(*2013年3月5日死去)彼の遺した問題はベネズエラを困らせています。チャベツは石油資源の豊富な利益を増やし、貧乏人にわけ福祉を向上させ、生活水準もアップさせました。しかしこうした貧乏人にミルク瓶を与えるやり方は彼らが自ら成長する機会を与えたわけではないので石油価格が下落すると続けるのは困難です。ベネズエラの上層、中層階級はチャベツに大変な反感をもっており、彼が社会の想像力や発展の原動力をぶち壊したと感じています。またチャベツの人気中の政治的迫害や人権侵害の証拠が大量に明らかにされています。米国のベネズエラ専門家は「法律を使う、乱用する、使わないという三つのやり方でチャベツは大統領の権力を拡大するのに成功し、反対派も政府内の反対の声も押しつぶし、かつ石油価格を値上げしておいて、周辺国家に補助金をばらまいて周辺国家の民主化過程をコントロールした」と述べています。まさにNYタイムズの記事にあったように「チャベツは逝去もベネズエラは泥沼」です。

    《世界の暴政クラブの重要な接着剤・中国》

    世界で独裁専制政権が大きく巻き返していいるのにはこれらの国家間で密接な協力体制が生まれているからで、お互いにいかにして自国内で民主主義が進展するのを食い止め絞め殺すかの具体的手段を真似しあっています。そしてこうした暴政国家の間の接着剤役を果たしているのが中国政府です。ベネズエラと中国は密接な経済協力関係にあり、中国から巨額の無償援助を獲得しています。

    中国とイランはもうちょっと複雑な関係で、中国側の宣伝によると「中国とイランの関係がもめて40年、イランはかつては中国を罵っていたが、いまや頼ってきている」で、「中国の国際的地位が高まるにつれイランの歴代指導者は中国を重視するようになり、中国を『すがりつく藁』としている」となりました。

    中・露の関係は2014年、双方によって「全面戦略協力の仲間」となり、さらに「持続的に発展させよう」となり現在最重要な政治的協力は「共同して米国などの外国勢力がカラー民主革命を扇動することを防ぐ」です。これらの国家はみな中国政府のように広大なネット監視技術を開発する財力はありませんから、中国政府は「無私の精神」と「国際共産主義」の精神を発揮し巨額で開発したネット監視技術を気前よく無償でこうした国々に提供し、同時に五毛(*政府支持の意見を書き込むプロツィッタラーなど)をいかに養成するかというノウハウも伝えており、こうした国家間の五毛同士の「民間交流」のベースまで築いています。玉に瑕だったのは最近、ベネズエラ政府が経済不振のために五毛をやめたことでしょう。中国は当然ながら他国の国民コントロール方法から学んでおり、たとえばプーチンが青年近衛軍を組織したことに習近平はおおいに心服し、中国の共産主義青年団を大量の五毛ボランティアに変身させました。

    つまり独裁国家は互いに助けってこそはじめて自分たちが「国際的な孤児」にならないのだ、と十分に承知しています。天安門事件26周年に、現代世界の独裁専制政権に回帰するという現象は独裁国家の暴政クラブが再び再構成されているということは確かに中国の民主化のさらなる妨げになっている、ということを中国人に注意喚起したいからです。(終)

    拙訳御免。
    何清漣氏の原文は;何清涟:独裁者重组暴政俱乐部――写于六四26周年前夕 http://www.voachinese.com/content/heqinglian-before-june-4th-20150602/2804912.html
    何清漣氏のこれまでの論考日本語訳は;http://heqinglian.net/japanese/

     

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