• メディアの地方記者支局を撤廃;遅まきながらの報道腐敗掃除 

    by  • June 22, 2015 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣

    2015年5月28日

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    wishort.com/EAric

    5月20日、中華人民共和国国家新聞出版広電総局新聞局(http://www.gapp.gov.cn/ )が会議で、最近の管理プロジェクトで、中央ニュース機関の地方駐在支局1141箇所を廃止させ、規則違反の1435人をキレイさっぱり退職させた、と明らかにしました。中国の報道体制を少しでも知っていればこれは中国のメディアの「権力利用の利益あさり」に対する初めての遅すぎたお掃除だということがおわかりでしょう。清掃対象が中央メディアの各地方記者支局が選ばれたというのは彼らが「事業編成、企業経営」という中国メディアの腐敗の集大成的な存在だったからです。

    《中国の報道利益あさり》

    中国の報道の「権力利用の利益あさり」というのはもう中国メディアの癌です。これには二種類あって、ひとつはメディアの掲載、放送を通じて視聴者に好印象を得させるニュースを書いてやるから、といういわゆる「有償報道」とか、広告費を出させるとかしてそれをメディアと記者で山分けするのです。メディア側が大きい分け前をとり、記者個人はコミッションか小さな分け前をもらいます。その比率は各メディアによって違いますし、コミッションも原稿料と称するものから、「広告歩合」というものもあります。概して言えば、この種の利益あさり行為はメディアの職業道徳には反しますが、しかし犯罪とはされません。

    以前、「ニュース業界の不正利得を憂う」( http://heqinglian.net/2014/09/27/rent-seeking-japanese/ )で書きましたが、中国のメディアは権力と金銭の二重の圧力のもとで苦しみ気息奄々なのは今に始まったことではありません。いわゆるメディアの市場化というのはつまり政府が財政の重荷から解放されたいので、メディアに経済上の自立をさせ、政府財政支出に依存させず、あるいは一部依存程度にしようとするものでした。

    これ自体は西側でもそうなのですが、違うのは西側メディアは政府の干渉を受けない報道、出版の自由がありますが、中国のメディアにはこの重要な生存条件がないのです。ですから、国内メディア業界は政府の干渉の下におかれたまま市場化させられたわけで、「蹴っ飛ばされて海に放り込まれたが両手両足は縛られたまま」で泳げるわけがないということでこれが中国のメディアが直面する二重の圧力です。

    90年代中期になると各地でメディアが続々と興り、有料報道の競争が激烈になりました。企業は広告費をだしますがメディアに影響力を求めます。しかし大多数の影響力のあまりないメディア(中央級でもパッとしないメディアもたくさんある)が記事で褒め上げても重視してはもらえませんから、こうしたメディアの記者はしかたなく怪しげな道にはいって「スキャンダルあさり」、地方企業や公団の事故、腐敗、製品偽造などの芳しからざるネタ、つまり汚点をみつけてはおどし、ゆすりをかけ、相手に「記事にしないチャンス」を売りつけるようになりました。この種の「スキャンダルゆすり」は中国メディア業を劣化させ、新聞業界の職業倫理を守るどころか犯罪行為にはしらせました。

    《中央メディアの地方記者はどうやって銭儲け?》

    なぜ中央メディアの記者が新聞ゆすり業の集大成とまでいわれるのか?それは中国メディアのおかれた制度的な原因があるのです。毛沢東時代や鄧小平改革の初期には新華社、人民日報など少数の中央級の共産党メディアだけが各地に支局を開設しており、世論動向を知る窓口となると同時に、その長は地方政府の監視責任を負っていました。

    80年代中期依頼、中央の各省は続々と新聞を発行し、続々と「中央級メディア」が生まれました。メディアが事業部制、企業家経営路線になると、こうした「中央級メディア」の地方支局は雨後の筍のように全国に広がり、その記者たちの重要な任務の一つは「新聞社のための新財源を開発すること」で、各地の利益を母体の新聞社のために吸い上げるパイプ作りで、相当数の地方記者が報道や世論監督の名を借りておどし・ゆすり業に血道をあげました。

    これは一見すると記者個人がメディア業の職業倫理に違反しているようにみえますが、しかしその根本原因は本社の「収入源確保の指標」「賞罰システム」の圧力であり、企業はそんなに多くの正面から書かれた宣伝記事を必要としませんから地方支局の記者は現地の政府部門、とくに商工業界相手にスキャンダル稼ぎをすることが彼らの生きる道になったのでした。

    山西省は鉱山事故が相次ぎ、2005年以前はメディアの汚いゆすりの重点となりました。一旦、事故が発生するやたちまち「偽記者」が現場に現れると言われるほどでした。そしてそんなことが続いてようやくそのいわゆる「偽記者」の中には少なからぬ中央メディアの山西省駐在の支局が雇用している契約社員がおり、その仕事は広告取りや賛助金目当てで、炭鉱事故などを利用してスキャンダル稼ぎをするのが山西省の支局の記者たちの生存の道だったとわかったのでした。その「ゆすり」の過程でこうした契約社員がもし尻尾をつかまれたときは支局と本社は「それは偽記者だ」ということにして切り捨てたのです。

    「山西省の偽記者事件調査;誰が偽記者の温床なのか?」などの報道でもっぱらこの事件の背景が明かされて以来、中央メディアの地方支局の腐敗が表に現れました。2006年、中国新聞出版総署は「中華工商時報」「中国工業報社」「中国食品質量報」など4社の支局がニュース報道に名を借りて、底辺の単位(企業、団体)や民衆にゆすりや詐欺など違法行為を行ったと発表したのがこうした地方駐在支局に対する最初の集中処分でした。この処理はしかし全国各地の記者支局の汚点であるゆすり・たかりの風を改めるには至りませんでした。

    上述のメディアの「中央級メディア」の立場というのは実は大したものでもなく、他の新聞とかわりばえはしなかったのです。しかし、2014年『中央庁級記者・羅盤の江湖恩仇録』がだされるや、「人民日報」という”錦の御旗”が、その河南省駐在の支局長・羅盤によっていかに脅迫道具になっていて、その新聞原稿を書く権利が思うままに金を生み出す蓄財道具になっていたかという話が暴露され、ついに業界外の世界もその威力のほどに目を見張るに至りました。

    そのやり方はそれぞれの記事欄はすべて「外部へ一括貸し出し制」にしており、ひとつの記事欄を「貸切り」にするには100万元(*今のレートなら約2000万円!)にのぼる費用を受け取りました。河南省の地方企業はひとたびこの人民日報ネットに目をつけられたら、ただ人を派遣しておとなしく『協調』するしかなく、企業幹部の証言では人民ネットの要求する価格はますます高くなり、羅盤に対しては「中央の庁クラスの人物」だということで、それも人民日報となればもう業界の帝王なので河南省政府の新聞出版局は最初から関わろうとはしなかったといいます。羅盤の蓄財はまさに白昼の太陽のごとき堂々たるもので河南省の報道恐喝の成功は白色テロル並みだったといわれます。

    《報道原稿が金儲けの道具になる体制の病》

    メディア学の研究によれば現在、世界のメディアには三種類あり第一類は米国を代表とする私営を主体とするメディア。第二類は欧州のような公営・私営並存型のメディア、第3類が中国のような国営だが商業化したメディアです。報道が「権力利用の利益あさり」を主体とするというのは中国の体制の産物というべきでしょう。

    20世紀の80年代以来、中国の報道メディアは政府の財政がこれを養う共産党の党務事業から企業化されて運営する事業単位に”モデルチェンジ”しました。この役割はしかし人類社会の他のメディアとはことなり、政府は依然として中国のメディアを政治的権力の延長として利用しており半ば行政が関与する下で市場化経済をそのニュース報道の権利を金銭に変えさせているのです。

    地方政府の眼中にはですから、「人民日報」の各地の支局の責任者というのは、もともと「勅使」のような存在であったところへ、本庁クラスの記者・羅盤のような中国政治のヤクザ世界から生まれ出てきた大鰐クラスならば「雲を起こし雨を降らせる」ぐらいは朝飯前で、かくて記者支局は誰もあえて抵抗しない蓄財センターになったのでした。新聞の「権力利用の利益あさり」は中国メディア体制の癌であり、習近平・王岐山の「反腐敗」キャンペーンは一群の不良人士を粛清できただけであって、報道が権力を利用して金儲けをするというこの「権力利用の利益あさり」をやめさせることなどできはしないのです。(終)

    拙訳御免。
    何清漣氏の原文は;裁撤记者站:迟到的新闻腐败整治
    http://www.voachinese.com/content/heqinglian-abolition-reporters-station-20150527/2793578.html
    何清漣氏のこれまでの論考日本語訳は;http://heqinglian.net/japanese/

     

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