• ”革命”の靴音は半分しか聞こえない(1)

    by  • July 5, 2015 • 日文文章 • 1 Comment

    何清漣

    2015年6月28日

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    http://twishort.com/dy3ic

    歴史は統治者の願いどうりにはなりません。歴史は統治者がますます嫌がる結果を往往にして与えてくれます。北京政府がいま、一番望んでいないのは革命ですが、如何せん”革命の女神”は中国の政治の舞台上で幕の間からチラチラと時にはそのスカートを翻したりしてるのが見え隠れしています。私はずっとこの中国の革命の幽霊が再び登場するかという問題を注目して、おととしには「中国はどんな革命が必要か?」から、「中国の貧乏と金持ちマルクス主義者の利益の決裂」 http://heqinglian.net/2014/07/26/marxists-in-china-japanese/ 貧乏マルクス主義者と金持ちマルクス主義者は一緒になって仲良くやれるのか? http://heqinglian.net/2015/05/17/marxism-china-japanese/ を書いてきましたが、これは観察記録のようなものです。現在「革命」の靴音は片足分は聞こえましたが、もう片足分はさっぱり聞こえてきません。これはどういうことでしょうか?

    注;この原題の“革命”的一只鞋已经落地”(革命”の靴音は半分しか聞こえない=もう片方の靴音はいつ聞こえるんだ?)は中国のよく知られた漫才(相声)から。お話;一階に住む心臓の悪い老人、二階の若者が帰宅すると靴を床に投げつける音で寝られない。で、文句をいうと、次の日、若者、帰宅していつもどおり靴を片方投げつけた後、老人の苦情を思い出し、もう一足はそっと脱いだ。翌日、老人曰く「あんたが靴を片方投げた後、いつもう片方投げるのかとハラハラして朝まで寝られんかった」と苦情。

    《困窮極まって考え変わる膨大な人たち》

    窮状が極まって考え方に変化が生じた階層というのは政治、経済、社会地位の低下と、現在の中国の社会構造ではすでに完全にそれが改善される望みがなくなった人々のことです。私は「中国階級構造からみる社会転換の失敗 http://heqinglian.net/2015/06/22/social-structure/」で、中国では少数の億万長者がうまれた一方、膨大な貧困階層がうまれ、現実には中国は社会構造のモデルチェンジに失敗したと指摘しました。皆様にこの階層がいかに膨大かをしっていただくためにもう一度データを書いておきます。

    世界銀行が数年前に公表したデータでは中国で、1日一人当たり1米ドル以下の消費者は3億人。これにアジア開発銀行のだした中産階級の下の3.03億人(1日2ドル支出)を加えると中国の貧困人口はおよそ半数になります。そのうち失業者は約3.3億人。(温家宝前総理が2010年3月のフォーラムで言及した2億の失業者と近年外資の撤退で新たにうまれた1.24億人)。硬くみても中国社会の底辺層(貧困と半貧困人口)は大体6割以上になります。

    北京政府もこの事実ははっきりわかっているし、何もしなかったわけではありません。例えばここ数年、食料の購入価格を国際市場より高くして、農村の生活保護を拡大していますが、相対的に膨大な底辺層からするとそういった措置に感謝感激というにはいたっていません。(鉄道の駅で事件をおこした徐純合一家は6人中5人が生活保護受給)

    《理論的武器は当局が洗脳注入したマルクス主義/毛沢東思想で》

    私が 貧乏マルクス主義者と金持ちマルクス主義者は一緒になって仲良くやれるのか? http://heqinglian.net/2015/05/17/marxism-china-japanese/ で言及したように、この20年来の紅色貴族権力者の資本の公共財と民の財富のおおっぴらで誰憚らぬ略奪ぶりは、貧富の差を極めて大きくしており、;北京大学の「中国民生発展報告2014」では;2012年の中国家庭の純財産ジニ係数は0.73となり、トップ1%の家庭が全国3分の1以上の財産を占有し、底辺の25%の家庭が要する財はわずかに1%前後なのでした。

    このような現象に対するマルクス主義の立場からの説明は極めて簡単で、一切の危機の根源はみな絶対多数の人民群衆が搾取されているからであり、収入が低すぎる一方で少数の人間が搾取し、略奪する特権を持って大部分の社会的富を占有しているからです。ですから中国の金持ちと貧乏人のマルクス主義者は権力者、金持ち、貧乏人の三つの階層はすべてマルクスと毛沢東を崇拝していますが、その違いは権力者と金持ちはたんなる旗印として掲げているだけであり、そのわけはもしこれを捨ててしまうと中共は自らの合法性を失ってしまうからですし、金持ちは中共に対しての忠誠心を表すためで一種の政治的な保険です。しかし社会底辺となるとこれは実質であり「搾取者を搾取せよ」と結果の平等を追求するわけです。

    さらに「毛沢東左派」と貧乏人のマルクス主義者の違いについてもいっておかなければなりませんが、毛左派というのは毛沢東時代を美化して、資本と資本家(自国のも他国のも)がすべての悪の根源であるとしますが自国の当局には恭順します。ただの貧乏なマルクス主義者は中共当局に恨み骨髄であり革命の要求は表向きは民主の要求ですが、実際は財富の再分配を求めています。

    当局もこういったことを知らないわけではなく6月24日に中国社会科学研究機構は「中国新メディア発展報告6(2015)」で2013年度の新メディア青書と同じ結論、すなわち「3低層」ー低学歴、低年齢、低収入ーが依然として微博(マイクロブログ)の主力だとしています。年齢からみると、青少年(10~29、30~39)が78.69%を占めており、そのうち20〜29歳が最も多くて8869.7万人です。学歴からみると、高卒以下が7割。収入では比較的低い、月収5000元以上は9.93%、無収入が最多で8898.7万人です。

    高卒以下の学歴の人々が持っている政治常識というのは中学政治教科書であり、そこで教えられるのはすべていわゆるマルクス主義・毛沢東思想に鄧小平思想と現在の指導者の話です。ですから、貧乏人のマルクス主義者というこの中共の墓穴を掘ろうとする人々は実は中共が自分で長期にわたって育成してきたものなのです。

    《中共の掲げるマルクス主義の旗印への疑問》

    中共は権力を利用して国家を資本主義の市場原理の道を歩ませてきましたが、しかし、自分たちが中国を支配する合法性は毛沢東から受け継いできましたので、マルクス主義を捨てさるわけにはいきません。これによって中共政権とその理論の乖離はますます深まり、相反するものになってしまうわけです。中共政権はとっくに紅色権力資産階級が恥もなく略奪をこととするように堕落し、共産革命の打倒対象となっているわけで底辺階層の人々が立ち上がって搾取階級を搾取せよ、というのには完全に政治的正当性があります。

    しかし中共の歴代指導者のなかでは江沢民がこの理論と現実の乖離の危険性をみてとって「三つの代表」論で現実と理論を修正しようとしたのを除いては、その後継者はみな自分の言葉で自分を無理やりなっとくさせて現実から目をそむけてきました。政府側で養成したマルクス主義研究者も90年代にはみな堕落の極みで政権のお化粧係となりさがり、1989年以前の、蘇紹智、王若水、胡喬木ら党内専門家の水準に到底およびません。ですからこの種の政治実践と理論は完全に相反するものとなってくっつきようもなく、ただ中共の思想統制のもとで馬鹿馬鹿しい存在となっています。

    中国国内にも当然これに気がついている人々は存在します。最近、微信ネットの上に流れた「マルクスを読んでやっと自分たちがどれほどそこからかけ離れた存在なのかがはじめてわかった」という一文は十数箇所にわたってマルクス語録を引用し、中共のマルクス主義が羊頭狗肉であることを説明しています。たとえばマルクスの「最近のプロシャ書籍検閲を評す」のなかから「思想を弾劾する法律は公民のためのものではなくそれは党派が敵の党派に対して用いる法律であり、市民の法律上の平等を打ち消す傾向があり、これは分裂を招く法律であって、統一をもたらす法律ではない。そして一切の分裂をもたらす法律は反動的なものであり、それは法律ではなく、実は特権なのである」を紹介した上で「私は思想は言語や文字で表明できるものでマルクス主義の国家では市民は自由に自分の思想を表明できるものだとおもっていたんだが、この国では出版社もその他の民衆メディアもみな制限下にある。市民として我々の考えや思想は言語や文字によって影響されはしないで、ただそれを発表する場所がないだけなのである」と書いています。

    この種のマルクスの言葉を引用して現状を批判するやりかたは文革の後期に一部の民間思想家がやったことがありますし、改革の初期の左派に反対する党内の開明的なマルクス主義研究家もやったことがあります。しかし、その後マルクスはただ資本主義政権を批判するときにだけこのような言い方をするだけで、彼の理想の共産主義の天国というのは実は人類史上最悪最強の暴政国家だとわかったので、人々はもう青年マルクスの思想や西側のマルクス主義にこうした理論的な武器を求めなくなりました。さきに述べた批判は自分が正統なマルクス主義者だと任ずる人が中共政権は偽マルクス主義だと批判しているのです。いまでは民主政治を実現しようと人々は別の思想的リソース、すなわち民主主義の普遍的価値にそれを求めています。

    さらに一部の中国に対して友好的だった中国専門家も別の角度から中共の信仰と背離を考察しています。前清華大学の教授だったダニエル・ベルは6月21日、英国のファイナンシャルタイムズに「中国中共の末路が近いというのは名目上だけ」という記事を発表しました。彼は「(*中共の末路が近いという、アメリカの親中派とみられていた学者が最近言い出した説)この観点には賛成する。それはつまり中共は遠からず消滅するだろうということだ。しかし、それは名義上消滅するということにすぎない。なぜならば事実上、中共はすでに共産主義でもなければ政党でもないからである。中共が市場経済主義を捨てて大衆をもっと高級な共産主義に導くだろうと信じるひとはほとんどいない」と。彼はさらに中共に現在かけているレーニン主義の特徴の中には、「階級闘争は歴史の推進力である、国内では共産主義実現に力を尽くし」「国外では革命家たちが資本主義政権を覆すのを応援する」という点をあげています。

    しかし、マルクス主義と毛沢東思想を放棄するというのは、かつての鄧小平ですらあえて行おうとはせず彼はただ「争わず方式」で回避しました。今に至ってはさらに不可能でしょう。党内のハイレベルとしては自分が政治的失敗者になるよりは、この「仮面劇」を演じ踊り続けるほうがまだマシなのです。(「2」に続く)

    拙訳御免。
    何清漣氏の原文は;“革命”的一只鞋已经落地(1)http://www.voachinese.com/content/heqinglian-blog-china-revolution-part1-20150627/2840311.html
    何清漣氏のこれまでの論考日本語訳は;http://heqinglian.net/japanese/

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