• ”革命”の靴音は半分しか聞こえない…?⑵

    by  • July 5, 2015 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣

    2015年7月6日

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    http://twishort.com/nt5ic

    【注;この原題の“革命”的一只鞋已经落地”(革命”の靴音は半分しか聞こえない=もう片方の靴音はいつ聞こえるんだ?)は中国のよく知られた漫才(相声)から。お話;一階に住む心臓の悪い老人、二階の若者が帰宅すると靴を床に投げつける音で寝られない。で、文句をいうと、次の日、若者、帰宅していつもどおり靴を片方投げつけた後、老人の苦情を思い出し、もう一足はそっと脱いだ。翌日、老人曰く「あんたが靴を片方投げた後、いつもう片方投げるのかとハラハラして朝まで寝られんかった」と苦情。】

    《”革命的大衆”はリーダーを求め中》

    現段階では中国の民間における政治的訴えは極めて多様化していて、ある者は民主革命、言論の自由、結社の自由、集会の自由を求め 別の人々は中共を打倒してから富を平等に分配することを求めます。しかしこうした”革命的大衆”の大半は”民主革命”の旗を掲げています。中共そのものの改革(例えば「党が主体となって立憲政治を行う)と社会の安定維持を求める声もすくなからずあり、これを支持する人の大半は今の体制と縁のある人々です。

    前二者は一体どういう人々でしょうか?数年前にこんな笑い話がはやりました。「ツィッターにいくと革命がすぐおきそうで国内版の微博みると全然、静かじゃん」。今この話は前半分はそのとおりですが、微博では富の公平な分配を求める声が数年前に比べて極めて色濃くなっています。全国的な調査がないのでNYタイムズの4月16日付の「青い沿海、赤い内陸;中国の政治分野調査」を例にとってみると;イデオロギーの上で「赤色」の保守的な省の大部分は貧しい農村の内地で、金のある都市化した「青色」は沿海の省です。

    中国の保守主義者(実際は中共の紅色洗脳教育の影響を最も深く受けている人々)は強大な国家建設を支持すると同時に政府が経済の管理において強力な力を発揮することを望んでいます。他方、中国の自由主義者はより多くの市民の自由を求め、自由市場資本主義を信奉しており、さらに多くの種類の自由をもとめています。

    この調査でわかったのは上海が中国で一番自由主義の観念の強い地区でそれについで広東や浙江となります。相対的に貧困な内陸の省は往々にして一番保守的です。この調査では「紅色保守」の中に毛左派と貧乏マルクス主義者の違いを知るすべはありませんが(*前者は体制支持、後者は違う)設問からみるとどちらも同じグループになります。

    中国人の実感とこの調査は近く、徐純合事件(*生活保護受給者が警官によって射殺)と、貴州の児童4人自殺事件はネット上で体制批判の声は激烈で、主流の意見は政府の悪劣と、財富の分配の不均等が事件のおきた真の原因であるというものでした。

    しかし人類の歴史上、ブルジョア革命だろうと第三の波の民主化やアラブの春であろうと、すべて民衆の権利の訴えを解決するときには社会の富そのもののあらたな分配、ということはしませんでした。スイス銀行の「独裁者資産法」でも(英米銀行の協力のもとで)押収した独裁者のベンアリやカダフィの巨額の財産も個人には配分されていませんで西側国家の銀行の規定に従って、社会福祉の改善や公共事業につかわれます。しかし共産主義革命だけは「搾取さを搾取せよ」というのです。中共の革命はこの原則を具体化し「土豪をやっつけ田畑をわけよ」、工業、商業者には「社会主義的改造」を行ったのでした。中国の現在の革命の地下水脈はこの流れを汲んでおり、民主革命というよりは20世紀の毛沢東の指導した共産革命に近いものがあります。

    現在の社会情勢からみると中国は”革命的群衆”にはことかきませんし、革命理論ももう出来上がっていますが、ただ革命組織とリーダーが不在なのです。中共当局は自分たちがやってきて成功した経緯を鑑としており、そのための自己防衛は極めて厳しいものがあって、組織性の力にたいしては病的なほど敏感で、「監視・閉鎖・捕獲」の三本柱で挑みます。監視はスパイを各種民間組織に潜り込ませ、読書会、NGOなどすべてにたいして行われており、

    例えば楊子立ら4人の北京大学生が新青年学会を作った結果北京の国家安全局のスパイ・李宇宙が参加しました。のちに李が暴露したところによると大学内にこのような学生スパイはたくさんいると。

    万年海はVOAで「国際政治ウォッチャーの懸念」(2011年2月7日)で「人権と民主を使命とする指導者には一人づつスパイがついており…中国国家安全部門や公安部門の質問調査に直面する。もし協力を拒否すれば即座に禁止されるので、実際の仕事の上で個人や組織の活動を行う力はなくなる。多くの人々は協力するか条件付きで協力し、少なくとも”対話”を拒否することはできない」と。

    「閉鎖」は民間組織や対外援助を受けている中国のNGO、例えば「公盟」(*许志永、滕彪、俞江ら法律家による憲政擁護民間組織)、立人图书馆(教育の民間組織)などです。

    すこしでも声望を集める人には「捕獲」で、あげられた人々の名簿はものすごい長さになりますが人気のあった許志永や、草の根層に人気のあった潜在的リーダーの超級低俗屠夫・呉淦らです。捕まったあと釈放された民主人士には活動の余地はほとんど残されません。

    《薄熙来は「貧乏マルクス主義者」たちの「魔法の瓶」の蓋を一度は開けた》

    薄熙来が重慶のトップだったとき、中共トップの中央常務委入りがうまくいきそうにないので、「下からの政治パワーを汲み上げる」という冒険の道を選びました。これが「革命家を歌い、黒いやつらをやっつける」で巨額の債務で得たケーキを社会底辺に食わせる「重慶モデル」が大層、歓迎されました。毛左派の心の「小さな太陽」となり、今でも”重慶人民”の中にはすくなからず「我らの薄書記」を懐かしむ人々がいます。薄熙来が毛左派の精神的リーダーになったというのは、完全に中国人の精神的先祖返り現象をあらわしています。

    この「先祖」というのはひとつには封建時代のそれです。歴史上、中国農民が一揆をおこすにあたってはすくなからず皇室の後裔や宗族をリーダーに立てました。例えば漢末の赤眉軍のリーダー樊崇たちは漢王朝の皇族の後裔の劉盆子を皇帝にいただきました。満州族の清朝建国後の数十年、反清復漢の様々な勢力は「朱三太子」を旗印にしました。その理由は極めて簡単で、中国は皇帝の権力は神が授けたものだ、という階級社会だからで、皇室や皇族の身分はアピール力増大できるからです。

    二つには毛沢東時代の祖に還る、ということで、薄熙来の「革命歌を歌い黒いやつらをやっつける」は依然として、中国改革30余年以来不断に累積した深い矛盾を挑発しその核心部分の問題は社会分配の不公平と貧富の格差のクレバスが不断に拡大しているということです。

    この矛盾は日増しに先鋭となって、社会底辺層が毛沢東時代の「平等」(*実は皆貧しいだけ)状態を理想化し「社会の平等」というメッキの色彩を濃くできるわけです。こうした経済改革によって利益を損なわれた人々、例えば国営工場からクビになった労働者たちは自分たちで組織を作る力はありませんで、現実の生活のなかではただ無数のゼロの集まりにすぎませんが、しかし一旦、彼らが「1」、すなわちリーダーとなる人物を得たならば、その数が膨大であるがゆえに潜在的な政治的エネルギーは軽んじるわけにはいきません。

    その意味では中国の”革命的大衆”はずっと”指導者”を求めているのです。ただ中共の「防衛力」があまりに厳しいためにその苛酷な政治的環境のなかでリーダーや組織はすべて萌芽状態のうちに潰されてしまいます。しかし、それでも革命をもとめる潜流を消滅させることはできません。行動派の人士や一部の知識人も「革命的大衆」の需要にたいして迎合しますから、ポピュリズムの色彩はますます濃くなります。

    中国歴史上の似たような革命と同様、「革命指導者」の形成過程は極めて苛酷な選抜過程を経るのです。当局の残酷な弾圧の他にも二つの重要な要素があります。それは社会底辺層が自分たちにふさわしいリーダーを選ぶということと、リーダー間同士の互いの競争です。

    中共が薄熙来を’清算”するにあたっては薄熙来の「非組織行為」や腐敗だけに限って罪を問いましたが、薄熙来が開けてしまった魔法の瓶の蓋、すなわち毛時代の「前の30年」で、鄧小平の「後の30年」を否定するというのは一種の政治思潮となりました。 私は「薄熙来事件の残した苦い果実」http://heqinglian.net/2013/09/24/boxilai-japanese/ で薄熙来がいかにして下層社会の支持を取り付けたかというのは中共のイデオロギーにぴったりあっており、大量の貧しいマルクス主義が中国の政治の舞台に躍り出る準備段階だということを詳細に分析しました。習近平は「ふたつの30年のどちらも否定してはならない」という言い方で、しばらくの間はこの魔法の瓶に蓋をしましたが、しかし、すでに瓶のなかの魔神は時事刻々と瓶を破って飛び出す準備をしています。

    《2008年~2015年の情勢の変化は、清末の戊戌の政変の準備期間に酷似している》

    2010年ノーベル平和賞が劉曉波に与えられて以後、中共は徹底的に「朝野連動」で改良主義のすべての窓口を閉鎖してしまいました。それ以来北京はいかなる”革命”に対しても相当に過敏になっています。2011年のアラブの春以後、人民日報は「歴史の未来を主導的に把握せよ」(署名“国纪平”,2011年12月26日 )を発表し、西アジア、北アフリカの現実は発展の問題は暴力革命を通じては解決されないことが再度証明された、といい、最終的にはやはり穏健な安定した発展に戻りる、と。今年6月14日の人民日報は続けて5つの文章を載せカラー革命の危害が深刻で民主制度は強制移植されてはならない、とも。この文はカラー革命の浸透と伝染に警戒を呼びかけ、西側の敵対勢力は終始、中共指導下の社会主義政権を転覆させようとしているとしてかならずや、「西側の制度への迷信」をうちやぶり、観念のうえからも「西側化」を追放しなければならない、といいました。

    しかし、もし、2004年からはじまって中共がカラー革命に極力反対したのは、そのときは自分たちが直面する危機について意識するまでにいたってなかったのだ、と理解することができるとしても、今となっては中共のイデオロギーと社会正義にもとる彼らの社会経済政策はついに”多大なる成果”を実らせて、大量の貧乏マルクス主義者を生み出すまでに至ってしまいました。【*訳者注;ここでいう”貧乏マルクス主義者”の主張は暴力革命であり、「搾取者の全財産を奪ったあと(これが彼らの言う『民主化』)、そのあと殺してしまえ」という激しいもの。当然、その対象は今の権力者ら(中共幹部)となる。つまりカラー革命の打倒対象となった支配者達に対する民衆のそれより一層強行な主張をする民衆を生み出してしまった、の意味。】

    経済発展が減速し、失業が再度、社会の深刻な問題になったいま、中共当局の「お金で安定を買う」という「パン戦略」は継続が難しくなっています。「革命」という言葉がますます頻繁に中国のネット上でとびだしています。ただ中共の強大な鎮圧能力が統治者と反対派の間の実力のあまりにも大きな隔たりとなっているために、「もう片方の革命の靴」がまだのろのろしていて床に着かないでいるというだけです。今となっては当局は中産及び知識階級が待ち望むカラー革命か、それとも底辺層の待ち望むプロレタリアート暴力革命か、どっちを選ぶのが中国の未来と自分自身の「無事に下車」に有利かということを考えるべきでしょう。

    中国にはまだ改良主義のチャンスはあるか?といえば、たぶんもうありますまい。情勢の変化はやく清朝末期の1898年から1911年のかの「改良と革命の競走」のようなものです。1898年光緒帝がおこなった戊戌維新は当時の頑固派の西大后が「祖先のやり方を変える大逆非道」とみなされ(*頑固派によって弾圧されつぶされてしまい)、その結果1905年(*西太后の死後)、清朝朝廷はようやく改革の準備にのりだしましたが時すでに遅く「革命」の靴は床に落ちて皇室の特権を維持しながら、立憲政治の準備をするという、つまり改良主義は最終的には革命とのかけっこ競争に敗れ、最後に1911年の辛亥革命となって清朝は転覆したのでした。歴史の発展には「機会」という資本はありますが時機を逸すると消滅してしまい、二度目はないのです。

    《膿潰れるが崩壊せず、待ち望まれるもう一足の靴が落ちるまでの痛苦に満ちた過程》

    現在、革命の片方の靴はもう床に落ちていますがしかし、中共の強大な鎮圧能力は統治者と反対者の間の実力にあまりにも大きな差を与えており、「残るもう片方の靴」は遅々として床に落ちることができません。前にも申し上げましたが、ある政権が崩壊するには政権内部の統治危機(政変、財政危機)、官民の対立、暴力的な犯行による殺傷事件の不断の発生、外敵の侵入など四つの要素が一斉に起きる必要があります。しかし中国は超のつく巨大な国であり「小国は外因で滅び、大国は内因で滅ぶ」で上述の要素の中で最も重要な変数は当然、経済危機です。(中国ではこれは主として政府の財政危機としてあらわれます)。

    現在、中国の実体経済が深刻な困難に直面して、政府は惜しみなく各種の経済政策をだし株価を引き上げようとしていますが、しかしこれは始まりにすぎません。「もう片方の靴」が地に落ちる音が聞こえるまで、つまり中国社会がこのまま膿潰れていくけれども倒壊はしない、という状態が続くでしょうが、それこそが社会資源を消耗させ、社会各層の怨念を醸成し、社会道徳の劣化をまねく長いゆっくりした過程なのです。それがどれほど長い間続くか?それは中共が国家資源を吸い取る力、さらに国際経済が中国に与える影響といった予測し難いおおきな変数がからんできます。

    では、このような局面の責任を負うべきは誰なのか?当然、それは中国共産党です。彼らはまず暴力革命で有産階級を消滅させ人類の正常な社会秩序を転覆させ、私が公を略奪し、「改革」と称して自分たちが掌握した国家資源を私し、紅色貴族家族、役人を千万、億万の長者にし、かつ世界で最大の膨大な貧困、半貧困階層をつくりだしました。同時に中共は既得権益と、民衆の愚民化の維持のために普遍的な価値観を受け入れることを拒絶し、マルクス主義と毛沢東思想をイデオロギーとして用いつづけることによって「搾取者を搾取せよ」という志をもち、「富の公平な分配」を理想とする貧乏マルクス主義者たちを育てあげたのです。

    中国の統治の歴史はただ人民を愚弄し奴隷化してきたというだけではなく、異なる意見を圧殺してきた歴史でもあります。しかし歴史の不思議な点は、中共は暴力革命で自身を覆すことなど望んでいないにもかかわらず、そのイデオロギーは逆に暴力革命の温床になっているということです。今、瓶中の魔神はすでに生まれています、一旦、瓶の蓋があいたら革命の「もう片方の靴」はすぐ床におちることでしょう。(終)

    拙訳御免。
    何清漣氏の原文は;何清涟:“革命”的一只鞋已经落地(2)http://www.voachinese.com/content/heqinglian-china-revolution-part2-20150628/2841107.html

    何清漣氏のこれまでの論考日本語訳は;http://heqinglian.net/japanese/

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