• 7月のA株市場救済;権力と市場の対決

    by  • September 5, 2015 • 日文文章 • 1 Comment

    何清漣

    2015年7月14日

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    http://twishort.com/uT8ic

    中国政府の『鉄腕』が株式市場を救ったやり方はまさに他国では望むべくもない、銃剣とペンが一緒になってついに奇跡を演じさせたのでした。7月9日から株式市場の風向きは一変し、株式指数は上がり始め、7月13日になっても依然として上昇しています。中国の株市場の災難の話題はギリシャの債務危機の話と一緒に国際メディアから消え失せました。

    そして世論はこんなやり方で株式市場を救援するというのは中国政府のイメージにマイナスではないのかとか、中国の未来の経済発展に役立つのか、それとも害をなすのかというような論議になっていますが、私はべつのことを考えていました。それはこの応急手段の発動で北京は実は金融危機に対する予行演習をしたのだ、ということです。

    《株式市場を救った手段に独裁政権の本領》

    今回の株式市場救済は二段階にわかれていました。第一段階は主に中国証券監督管理委員会、中央銀行があたりました。手段も限られており、6月28日に中央銀行が銀行の預金準備率とローン金利の引き下げを大々的におこなっても株式市場は上昇しませんでした。7月6日の三日間の狂乱的な値下がり以後、第二段階に入り、株式市場の情勢は国家の安全にかかわるというレベルに達し、中国証券監督管理委員会や銀行監査委、中央銀行、財政部、国家資本委がすべて株式市場救済に登場して、公安部(警察)までも「悪意ある空売り集団」を捜査するために出動しました。かくのごとき強力なる株式市場救済は当然、習近平皇帝の勅諭が必要であり、さもなければ「挙国態勢発動」などできるはずもありません。

    7月8日昼、中国証券監督管理委員会は緊急に「中国証券監督管理委員会発2015)51号」文書を発し、二つの措置を出しました。;ひとつはこの6ヶ月以内に、上場企業の大株主や5%以上の株を持つ株主や理事、監事、高級管理職員は流通市場において自社株を減らすことをしてはならない。これに違反したものは厳重な処分が待っている。第二には各証券監督管理委はこの6ヶ月で自社株を減らした(売った)大株主や理事、高級管理職に、5億元以下の株なら1割以上は買い戻し、5億元以上なら2割を買い戻せ、という要求を突きつけました。

    この「挙国体制」の威力はまことにすごいもので、たちまち655社の上場企業は自社株買いの計画を公告し、その他の金融機関も話を聞きつけて、証券会社も増資、起債、短期資金融通など多様な手段で流動性をささえた金額は7月9日までに数千億元になりました。

    国有企業は習近平の「反腐敗」キャンペーンにより摘発を恐れて国有企業の高級管理層は去年から株式市場で自分たちがかつて「経営陣持ち株制度(MBO)」で手に入れた株式の所持数を減らすべく現金化に走り、その金額は上半年だけで5000億元といわれます。証券監督管理委の号令一下、こうした国有企業の高管たちは同委と相談するまでもなく、唯々諾々と指示に従いました。これらのMBOの株といっても濡れ手に泡で「国営企業改革」時に手に入れたのですから、党中央が今、その一部を国難の時に供出しても大部分は手元に残るわけで、きわめて寛大な措置というべきでしょう。(*MBO;ジョブズがAppleの株を持つのが本来の意味だが、共産党管理職はいわば国営企業にいたときに『自社』の株を権力でがっぽり手に入れた)

    かくして、「天子自らのご命令」の圧力のもとに、「皆が心を合わせれば、どんな困難も克服できる」とばかり、『中共国家株支え軍団』VS「空売りマーケットパワー」(外国勢力と中共メディアによってレッテルが貼られている)の株式市場始まって以来未曾有の戦いがおこなわれ、ついには2015年7月のA株戦争に勝利を収め、株式指数をもちこたえさせ(売買が禁止されているから、株をもちこたえさせた、とは言えない)、中小個人投資家を含む国内投資家の信用不安を安定化させたのでした。

    こうしたやりかたをみると、まさに2008年の金融危機のさいに、ウォールストリートジャーナルが「中共党支部から落下傘部隊がウォール街に降下してくれるのを期待する」と「今の惨状を救えるのは中共だけだ」と冗談を書いたわけです。まさかそれが7年を経て党中央が中国株式市場に降臨して、株式指数を成功裏に支えるとは…です。

    《株式市場を救った習近平の「全能」のイメージが強固に》

    7月5日、北京で株式市場救済策がまだ効果がなかったとき、「万一2015年の株式市場が崩壊したらどうなるか?」という文章がネットに流れて、「もし株市場や不動産市場、実体経済と銀行システムがみな危機に陥ったら、その次に影響を受けるのは為替レートである。中央銀行はいささかの例外の余地なく株と為替市場のに面作戦をおこなう。結果、人民元の国際化はしばし休業で、香港はきわめて大きな打撃を受ける」と予想しました。

    中国はすでに10数回にわたって株の急騰、暴落を経験しておりますが、しかし今回の習近平の決断力、そしてその指揮下の株式市場救済手段の蛮勇たるや、前の二人の総書記の及ぶところではありませんでした。

    今回の最大の特徴は、警察と国家安全局が株式市場救済に介入したことです。7月9日、新華社のニュースで当日午前、公安部副部長の孟慶豊が部隊を率いいて証券監督管理委員会に乗り込み、悪意の空売りと株式指数との関連の証拠を捜査し、違法行為には厳しい罰を与えるとしました。

    公安と国家安全委が株式市場救済に具体的にどのようにかかわったからは外部からうかがい知ることはできませんが、博讯ネットの7月12日に“吾上天涯”が「7月9日の午後6時までに国安は大規模な捜査を地下銀行286箇所に対しておこない、3兆元の現金を封鎖・押収した。この資金は国内金融秩序を混乱させたという罪名で国庫に収納された」という文章を引用しています。この情報は来源がさだかでないので目下のところは「証拠もなく信用できない話」として聞き捨てにしておきましょう。

    今回の株式市場の暴落は非常に危険で緊急なできごとで、ニューヨークの市場にまで悪影響をあたえ、国際ウォッチャーたちは世界の金融危機はまたしても中国株が引き金を引くかとおもわれたので、「全能」といわれた習近平のコントロール能力にたいしてもきわめて疑わしい思いをしたのです。しかし、7月のA株市場が救われたことによって、習近平の強さと決断力についてはもはや疑う向きはありません。意見が分かれるのはこの習近平のの強さが中国の命運に対してどんな影響を与えるか、です。

    株式市場救済にたいしてプラス評価をするのは主に中国国内の人々で、救済は当然のことというばかりか、これによって危機を脱したとみています。一部の論評は婉曲に経験を反省すべきだといいますが、その結論はありません。ただそうはいっても、「今回の市場救済はなんと素晴らしいことか!」というような高調子のほめ言葉もあまりないのは、今回の株市場の災難はもともと「政策としての株価高値誘導」が原因だからで、まだこれに対する人々の記憶はさすがに新しいからです。政府系メディアもこの事実はきまり悪げに避けてとおっており、ただ「共産党よ、あなたが肝心な時に全党、全国人民を導いて災難をおわらせてくださった」とだけ書いています。

    マイナスの見方は、この危機によって共産党政権が変わる動きが加速されることを望んだ人々は別として、中国が市場改革を通じて市場経済体制の国家となることを望んでいた海外の投資者です。彼らは中国が市場化をたかめ、国際的な大ファミリーの仲間になり、世界各国の経済交易の障害になることがより少なくなってほしい、と願っていました。この種の見方はファイナンシャル・タイムズ7月号13日の「中国の株市場救済の動きは人民元改革の脅威」を代表とするもので、そこでは一部人士の失望ぶりを;「政権を握る中共は最中的には中国経済と金融体系の重要な部分にたいするコントロールの権力を放棄することはありえない。…中国在住の外国投資家はいつも、自分たちが非友好的な監視下に置かれているような気がするとボヤいていたが、今回大量の官僚主義がマーケットになだれ込むのをみたやっぱりか、とがっくりきている」と書いています。

    この二つの相反する評価が生まれる原因はその評価を下す人が中共体制と利害関係を結んでいるかどうかにかかっています。つまりいつ、どんな地位にいて、今回の事件や人間とどのようなかかわりがあるか、ないか、によって分かれるのです。

    《世界が思い出す1949年、上海でのできごと》

    2015年7月のA株救済は、1949年5月以後の陳毅(*”上海市を解放。元帥、のちに外務大臣、副総理)、陳雲(*上海解放当時の財政経済政策の最高責任者、中共八大元老)が上海で「違法奸商」(本当は「マーケットの力」)と対決したことににています。

    1945年5月25日上海解放後、陳毅と陳雲は上海の政治を任されて、半年の間に貨幣と商品、上海の投機商人と三度にわたる激烈な攻防戦を戦い最終的に大勝利をおさめました。陳・陳ペアはどんな手を使ったのでしょうか?それは他でもない、軍事行動によってでした。

    第一回目の「銀貨大戦」を例にとると、金元券の発行が貨幣制度を悪性のインフレを起こしてしまい、人民は紙幣を信用しなくなりました。上海解放後10日以内に、金や銀貨、米ドルは大々的な投機対象となり、銀貨はに倍近い高騰ぶりで、各種の物価指数もそれにしたがって冒頭、米や綿も二倍以上値上がりしました。南京路の4大百貨店は銀貨しか受け取らず、人民元を拒否し「解放軍は上海城に入城できたが、人民元は南京路に進軍できず」と言われ国際的な笑い話になりました。軍事管制委員会は銀貨放出しましたが効果がなく、陳・陳ペアは毛沢東の許可をえて、軍事力にたよる解決手段をとりました。

    ます6月8日、上海市警各司令部が武装警察隊を率いて5つのルートで上海証券ビルを取り囲み、ビルの中のすべての人々のリストと物品リストを登録したあと集中訓話をおこない、その場で234人を拘留し人民裁判所に送り込みました。当時、国内外の世論は「共産党は軍事100店、政治80点、経済0点」といわれましたが、この銀貨大戦争で勝利した陳・陳コンビはさらに「布戦争」や「食料大戦」でも勝利をおさめました。そのやり方はやはり国家の暴力装置vsマーケットの力、の戦いで、上海灘の各種の『投機商人』は軽くて牢屋、重ければ死刑に処せられました。共産党支持の紅色資本家・栄毅は「あの三つの戦争で、海外でも国内でも中共の経済能力にたいする見方がかわったもんだ」と回顧しています。

    毛沢東はこの「上海戦争」をきわめて高く評価しており、その意義は「淮海戦役」(*1948年11月6日〜1949年1月10日、国民党と雌雄を決した戦い)にも劣らないとして、自ら「能」(*「デキる奴」w)との書を書いて陳雲に与えました。これ以来、陳雲は党内トップの財経専門家として死ぬまで安泰でした。

    1949年から今や、2015年、時は流れて66年。しかし中共の本領はいまだに革命党から変わっていません。中国の毛沢東ファンの面々はあらたな星のなかの月を求めて、日夜毛沢東の再来を願っていますが、この度の習近平総統の強引な株式市場救援のイメージは彼らにとっての希望であり、光明をみつけた思いでしょう。

    中国のA株マーケットはこの一連の政策的高騰の牛市場から国家安全委員会の介入で救われるという曲折をへました。西側の自由経済の見方からすれば、中国は自称経済体制の基準からさらに遠くに離れていったとみえます。しかし、中国政府の見方からすれば、時間が60年前に戻ったようなもので、1949年に毛沢東が遠隔操作で陳・陳コンビをつかってマーケットの力と対決した歴史を繰り返しただけです。この権力とマーケットの対決経験を再び体験しなおしたのは、今後の金融危機への対応予行演習をおこなったといえましょう。(終わり)

    原文は;何清涟:7月A股救市:权力与市场的对决 http://www.voachinese.com/content/heqinglian-blog-china-stock-20150713/2860633.html

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