• 天津大爆発とー深圳清水河;権力者の不正利得 

    by  • September 5, 2015 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣

    2015年8月16日

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    http://twishort.com/u7Nic

    深圳は涙ながらに天津にいう;「22年前に我が地で起きたあの清水河大爆発は、消防安全を主管する公安局の王九明が権力をかさに不正な利益を得ようとして、自分が理事長をしている深圳市安貿危険品貯蔵運搬会社に公然と法律違反の危険品貯蔵を行ったからだった。あの悲惨な事故は『中国特別大事故の教訓記録』として危険な科学薬品を扱う業務の必読教材となっているというのに、なぜ君達は私の失敗を繰り返したのか?」

    ー謹んで深圳と天津の大爆発で亡くなられた人々にこの一文を記すー

    様々な情報をみると、8.12天津大爆発は1993年深圳・清水河大爆発の再現です。その悲劇の原因もまた同じです。権力の不正利得の下に企業が危険な科学製品を扱っていたのでした。

    《天津の痛み、深圳の忘れがたい傷》

    天津の大爆発による恐ろしい現場写真をみて、即座に22年前ー1993年8月5日の深圳清水河大爆発の悲劇を思い出しました。私の記憶でもあの大事故は真っ赤な空に立ち上った二つのキノコ雲とぐにゃぐにゃになった鉄道線路、そこら中、建築物の残骸と、人間のちぎれた手足まで…。

    最初の爆発音は香港まで伝わってきました。当時、我が家は文錦渡海関に近く、窓枠やドアの枠が震え、轟音が何分もの間やまず、地面は震え続けました。これは大事故だと、火柱をみてすぐ現場に駆けつけましたが、もう現場への道は封鎖されてしまっており、遠くからみれただけでしたが、爆発音はやまず、それに伴って空気の振動が伝わってきて、火の玉が天まで上がり、清水河倉庫地区の後ろの山は濃い炎と煙で覆われ、警備員が野次馬に離れるようにと言っていました。後になって知ったのですがもしあの火、風があってあのガスがタンクの外側の鉄筋の第二層まではいっていたら、深圳地区は地図から抹殺されていたでしょう。

    そのころの深圳清水河爆発は倉庫地域にあって、住民の住む地域からは比較的離れていました。それに消火にあたった3000人の武装警察隊が炎にさらされながらもセメントで防火帯をつくり、その爆発が他の危険品貯蔵倉庫地区に延焼するのを防ぐのに間に合ったのでした。死傷者は公式発表よりは多かったでしょうが、しかし天津よりは少ない数でした。天津の爆発事件の深刻さ、ネット時代の伝搬効果は社会的強行と怒りを巻き起こし、どちらもはるかに深圳大爆発を超えています。

    これまでにわかってきたいろいろな情報から、この事故の原因とその後の消火救援体制はほとんど22年前の深圳の大爆発と基本的にそっくりです。1993年から2015年の22年間、中国はWTOに加入し、「平和的勃興」とよばれる経済繁栄、「世界の工場」とよばれる興隆と衰亡を経験し、世界は1989年の天安門事件後の短い経済制裁後、再び熱い思いで中国を受け入れ、今再び冷遇する兆しがみえます。この22年間、中国には100人を超える兆級富豪が出弁士、天下に足跡を残しました。そして唯一不変のまま、さらに激しくなっているのが権力による不正利得行為です。

    石油重化学工業が中国の経済の高速成長の原動力だということは否定できません。しかし重化学工業にはすくなからぬ爆発しやすく燃えやすい危険な要素があり、生産拠点の配置には環境評価が必要で、生産、経営には必ず公安局の許可が必要です。しかし中国の環境評価はとっくのむかしから腐敗の深刻な部分で、危険物経営権の許認可は権力による不正利得行為の格好の地なのです。現在、中国は全部で2489箇所の類似した化学工業プロジェクトが住宅地域に広がっており、これは2489個の時限爆弾のようなものです。つまり、中国人はすでに逃げ場所がなく、いつもこの「時限爆弾」の脅威の下に置かれています。

    《天津大爆発の背後にある権力の影》

    天津爆発で人々が最も疑問を持つのは以下の問題です。

    ❶ 事故発生の瑞海国際倉庫の地理的選択は明らかに違反。

    2001年国家安全局は正式に「危険化学製品製造企業経営に関する開業条件と技術的要求」を発表して、そこには明確に大中型の危険な化学製品の工場と周囲の公共建造物、交通網、高工業企業などとは少なくとも1000メートルの距離を置くことを定めています。メディアによると瑞海国際は46226平米の貨物堆積所で500メートルのところに主要幹線道路である海浜高速、津浜ライトレールが通っており、600余メートルには万科海港三期住宅団地があります。時間からみると、瑞海国際の危険物ヤードが貨物堆積所に作られたのは2014年です。この前に周辺の海浜高速、万科海港城、津浜ライトレールプロジェクトはすでに完成していました。

    という事実から、瑞海国際堆積所の危険物ヤードへの改造は、場所の選択にあたって必要とされる環境評価の第一の最初から違法な操作がおこなわれていたということになります。「天津瑞海物流環境評価文件」によると、瑞海企業のために環境評価を行ったのは天津市環境保護科学研究院です。

    ❷ 瑞海で危険な化学製品業を経営することは明らかに違反。

    瑞海は天津市安全監督局の「危険化学製品経営企業リスト(2015)」の中で許可されていたのは「構内における倉庫業務経営(危険物を除く)」であって、工商登録データによるとその業務範囲は港区内の荷物の上げ下ろし、倉庫業などです。ちゅ王テレビが過去に瑞海国際のクレーン労働者を取材したときに、自分たちは危険な化学製品についての訓練は受けていない、と率直に話しています。つまり、天津港航局が瑞海国際にだした港湾での経営許可は図解国際倉庫が危険化学製品を扱う許可は出しておらず、それ自体が違法です。

    1000メートル条項や許可されていない危険物を長期にわたって違法に扱えたのはなぜかというと当然、不可能なことは何もないという権力の力です。中国国内メディアによると瑞海企業は2012年11月28日に、天津自由貿易区東疆保税港区に資金1億元で登録され、法定代表人は「只峰」です。企業のタイプは有限責任会社(法人ではなく自然人が投資、株主)で、企業を共有している二人の株主は李亮と舒铮です。

    ネット上では瑞海企業の総裁の只峰は天津の副市長の只昇華の子だという噂が広く流れていますが、これは中国の制度的環境のもとでは必然的に生じる疑問です。「メディアの疑問;天津爆発に関わる企業はどこから来た?」で私の呈した疑問は大多数の中国人の心中の疑問です。

    現在のところ、只峰の正体はわかっていません。澎湃新闻の「只峰は天津副市長の只昇峰の子?只昇の叔父は否定」では只峰市長の叔父が只峰は娘しかおらず息子はいない、と言っていると書いています。香港の「苹果日報」は別の大株主の李亮について「大爆発した倉庫の違法経営者は李瑞環の姪」という記事で、「内地情報」として、瑞海国際の大株主の李亮の父の李瑞海はかつて天津で長年中共の政治局常務委員をつとめた李瑞環の弟で、それがゆえに同社はずっと「便宜」に恵まれていた、とし、また天津警察もこれを否定していないと。工商記録によれば李亮は別に天津山川国際貿易有限会社の執行権を持つ理事で、その記録によると危険物貯蔵の資格を持っていました。

    《1993年深圳清水河大爆発の隠された真相》

    1993年深圳清水河大爆発の最も罪の重い人物といえば公安局副局長の王九明が理事長を務めていた深圳市安貿危険品貯蔵公司です。清水河の危険品貯蔵庫は本来は干物や生鮮食品の倉庫で、引火性のある爆発物などの危険品には不適切なものでした。しかし国家安全部と外国貿易部が合弁でこの安貿公司を経営し、深圳市の公安局副局長の王九明を理事長に招聘していました。王九明は消防安全と危険品に関する運営業務の許認可権を握っており、この地位にあるものがトップでしたからいわゆる安全審査など有名無実で乾物生鮮食品の倉庫として不合格だった倉庫は危険物用の倉庫になってしまいました。爆発の後、もっと恐ろしい話が伝わったのですが、それはその倉庫は実は国家安全部門が東南アジアやアフリカに輸出するはずだった武器、爆薬、地雷、弾薬が積まれており、それが8月の高温で自然発火、爆発したというものでした。

    どの噂が本当であろうと、王九明が権力を利用して不正な利得を得ようとし、危険物資(または軍事物資)の要件を満たしていないのに保存していたのが爆発の元凶だったというのは動かしようのない明白な事実です。1993年9月21日、深圳市常務副市長王衆孚は「深圳市安全生産動員大会」で、国家労働部の「8.5特大爆発火災事故調査結論の指示を仰ぐ」と、国務院指示、公示調査結論は「事故の責任は深圳市政府、市公安局、深圳市安貿危険品貯蔵運輸公司などの部門と単位にある」ということを読み上げました。

    権力の欲しいままの乱用のもとでは真相は必然的に隠滅されます。22年前、王九明は死んでしまったので真相も一緒に爆発の煙と埃の中に消えてしまいました。深圳の人々はただ三人の英雄の称号が一旦与えられてから、なぜか消えてしまったということを知っただけです。深圳市委員会宣伝部はそのとき「災いを福にかえる」とばかり、時流にのって大々的な大規模宣伝をくりひろげ、むりやり王らを英雄にしたてましたが、やがてメディアに対して「宣伝するに及ばず」という指令がだされましたが、その理由は不明でした。そっと伝わった口コミでは二人の公安局の副所長の部屋から巨額の資金が発見されたが、その来歴を説明できなかったため、遺族も受け取りを拒否したこと。笋田派出所副署長の曽志徳は二人の”妻”をもっていたがその一人で未だにだれかわからない妻が子を抱いて政府機関にきて遺産と烈士の待遇を継承させるように要求した、というのでした。

    王九明本人は現場で死亡したことは、内部に通じる人々の間では「王は死んでよかった。もし死ななかったら、首と頭を差し出さなければならなかったはずだから」とささやきあったのでした。

    今、天津の爆発物の中にどんな種類があったのか、知りようがないのは同じです。8月14日、河北省のある化学工業の社長が技術陣をひきつれ天津港にきて、「812特別重大火災事故現場指揮所」をたずね、自分たちの会社が700トンのシアン化ナトリウムを爆発した瑞海国際物流有限公司の倉庫に入れていたといいました。しかしそのシアン化ナトリウムは天津市政府が発表している危険品リストにはありません。当局のメディアコントロール体制は依然として22年前と同じです。ただ、いまではインターネット時代で、コントロールも完全ではなく、天津大爆発の真相は次第に世の人々のしるところとなりつつあります。

    この文章を書きながら、中国当局がこの災難から学び、その源を知って引き続きこうしたことがおきないようにすることを心から願います。人災が頻々と相次ぐようでは国のためになりません。毎回発生するたびに満身創痍の中国社会はさらにまた引き裂かれるのです。22年前の深圳清水河大爆発は中国の危険物業界の戒めにはなりませんでした。それが今日の天津になったのです。まさに唐代の杜牧が「六國を滅した者は六國自身である、秦ではない。秦を一族ぐるみ滅したる者は秦自身である、天下ではない」と「阿旁宫赋」で歌った通りです。

    中国政府は「国外勢力が常に我らを滅ぼそうとする」としてNGOを弾圧し、諸メディアを自らの膝下に抑えていますが、そのエネルギーをすべからく中国国内にあまねくひろがる危険物資倉庫をしっかと抑える方に向けた方がよろしいでありましょう。(終わり)

    拙訳御免。
    原文は;权力寻租:天津重演深圳清水河大爆炸的主;http://www.voachinese.com/content/voa-he-qinglian-tianjin-explosion-20150815/2919432.html

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