• 天津大爆発ー環境アセスは何処へ消えた?

    by  • September 5, 2015 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣

    2015年8月19日

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    http://twishort.com/GTOic

    天津の大爆発の後、一部の家を失った人々が政府に補償を求めています。これは政府が国民の環境アセスの権利を奪ったのですから当然のことです。中国が2006年3月18日に施行した「環境影響住民参加暫定法」(以下、環境アセス法)によると、今回事故を起こしたとみられる瑞海公司(2012年11月設立)は港で危険物堆積場を作る際には現地の住民の環境評価を受けなければなりませんでした。しかし残念ながら今回、損害を被った住民たちは誰も自分たちにそうした法による権利があるということはしりませんでしたし、政府も当然のことながら彼らにそんなものがあるということを知らせる姿勢はありませんでした。

    《環境アセス参加法はなぜ故意に忘れ去られたのか?》

    施行されたはずの法律が十年近くたって廃止されたわけでもないのにいまだに大多数の中国民衆がその存在すら知らず、誰もこの法律を用いたことがない、などというのは中国の制度環境のなかから生まれたデタラメでばかばかしい現象です。「法による治国」を唱える中国政府もまたこの法律を「忘れていた」のです。この法律が生まれてからその欠陥を論じたのはごくごく少数の法律専門家しかおりませんでした。

    中国の生態環境は日々に悪化していますし、それが危機の臨界点にちかいということはおおっぴらに認められています。そして政府とその名ばかりの法律は役に立ちません。ですから2006年以前には環境保護の推進に熱心だった国家環境局の潘岳副局長は米国の環境保護公衆参加法の導入を願って、そのために「環境保護と公衆参加」を書いて公衆が「環境保護の法律はごちゃごちゃあるが、役に立つものはさっぱり」という状況をなんとかしたいと願ったのです。

    環境保護への公衆参加の原則はアメリカで生まれました。20世紀の半ば頃、米国でも環境汚染問題の深刻さに苦しみました。しかし、アメリカ人は黙ってそれを見ているようなことはせず、自治の伝統に富む米国市民は環境保護への公衆参加を要求し、その圧力のもとで1946年に「連邦行政手続法」が生まれ、関係者の聴問会制度がこの法律の核心部分となり、のちには公衆が環境保護政策の決定にあたって参加するという基礎になりました。その法的な基礎は米国の「人民による政治」の原則ですなわち地域の自治です。誰もが自分の利益に関係する事情については一番の判定者であり、また自分の必要と要求について語るに最もふさわしい、という考えかたです。彼らは村や地域のメンバーであり、そこでおきる一切の出来事に深い関係をもっていますし、義務の履行、権利の行使のどちらも重要なことだからです。このような考え方で公衆参加の原則は国際的にも「Access Principle」と呼ばれ、1969年、米国では国家環境政策法(以下、環境法)がうまれ、つづいて一連の画期的な意義を持つ「正常空気法」「水質清潔法」などがうまれました。

    しかし中国では潘岳の懸念や苦心にもかかわらず、彼が中国の政界のなかで隅っこに追いやられるとともにその努力も水泡と化しました。この法律は2003年に実施された「環境評価法」と同様、作られた日から様々な実施にあたっての困難な障害をもっていました。見かけは米国の環境法と同様に、公衆参加の道を開いたかのようにみえますが、条文を詳細に検討すればそれは却って公衆を愚弄しているようなものなのです。例えば米中どちらの法律も環境影響評価文献を公開し、意見を募集し、公聴会などで公衆の意見を聴きき、フィードバックされ、最終報告書の中にその意見が採択され、あるいは採択されなかった理由が述べられることになっています。しかし、ばかばかしいことに中国の環境法の意見募集期間はたった10日しかありませんから、実際には市民が討論する時間などありはしません。米国の国家環境政策法では公示期間は最低でも45日となっています。

    米国には地域自治の伝統がありますがそれでも45日という討論の時間が必要なのです。それに対して、民衆が自治組織能力に欠け、砂のごとき存在の中国なのに、政府はわずか10日でことたれりとしており、この規定によってどうにもできないようになっているのです。法律の専門家はこの点を指摘してきましたが政府の主管部門は聞く耳を持たなかったのでした。

    今回の天津の大爆発で様々な疑問追求が行われていますが、瑞海公司の保管場プロジェクトで天津市の環境科学研究院が環境アセスをする前に、はたして地元の利害関係者である住民に環境アセスの評価についての公示をおこなったのかどうかという点が欠けています。もし公示しなかったのなら地方政府と環境評価機関は責任を追求されるべきです。またこれによって損害を受けた住民は政府に賠償を求める法的根拠ともなり、政府が企業に責任をおしつけてそれでおしまいにしてしまうということができなくなります。

    《中国を滅ぼしかねない環境評価の腐敗》

    中国のいたるところに腐敗はみられますが、その中で最悪の影響を及ぼしかねないということでは環境アセス関係の腐敗です。環境アセスは本来一国の生態環境の安全を守る第一の障壁のはずです。しかし各級政府の環境アセス機関はまさにこれを銭儲けの絶好の機会としており、政府と企業が手を組んで共犯の関係にあります。ですから、中国の生態環境は防御壁がないのです。ここでは健康への無形の被害や、命にかかわる土地汚染、空気汚染、水質汚染のことはさておいたとして、ただ危険な化学物質だけとってみましょう。

    天津爆発後、騰訊ネットにアップされた一文は「2006年の国家環境保護総局がおこなった全国の化石プロジェクト環境危険調査によると調査対象となった全国7555プロジェクト中、住宅密集地域や都市にちかいものが2489箇所あり、32.4%をしめた。「国内外危険化学製品安全距離研究」によると我が国の30%以上の危険な化学製品をあつかう生産企業の周辺と安全な距離を取っていない、という問題が存在した」と指摘しています。

    このプロジェクトは生産にはいる前にすべて環境アセスを受けているのです。ということはつまり、これらの「時限爆弾」はすべて専門家のチェックをうけて「人工稠密な地域にあってもオッケー」ということになったのです。なぜそんなことになったのか?それはすべて中国の環境アセスというものはみな役所の違法な荒稼ぎの重要な道具に成り果てていたということなのです。

    「瞭望」週刊誌の2009年4月に「環境領域は腐敗横行の高危険地帯」という記事で、専門家は「利益の食物連鎖を打破しよう」という呼びかけをおこなっており、こんな事実を指摘しています。

    ;2002年から2008年6月までに22の省区と市の環境部門で487人が取り調べを受け事件となった。環境系統の数人の高級官僚はつぎつぎと「環境アセス汚職」で失脚した。国家環境保護部門の環境アセスセンターの責任者は汚職で取り調べを受けた。この種の役人で懐を肥やす連中は今にいたるまで溢れるほどいます。

    今年3月19日、「中国青年報」は「役人達が環境保護部の最大の権力は環境アセスにあり、内部腐敗も著しい」というインタビューを発表しました。建設プロジェクトの事前審査として出発点から環境汚染をコントロールするための組織とみなされている環境汚染部門の環境アセスの腐敗は相当に深刻であり、「中央第三巡視グループによる環境保護フィドバックにかんする巡視状況」によると批准されるまえに勝手に環境アセスの内容を違法に書き換える行為は大量に存在し、環境アセスサービス部門では「役所が中に入って口利きする」現象も突出しており、環境アセス機関の許可は「金で買える」状況。「歯止め」は甘く、許可したらしっぱなしで越権許可は環境悪化を招くだけではなく、権力が大儲けする空間となっている、と。巡視の結果のひとつが、国家環境部(環境省)の部長(大臣)の張力軍の腐敗失脚の原因となりました。

    もっと下級の環境保護局は汚染企業にくっついている寄生虫です。地級市(=二級行政市、石家庄市、太原市、呼和浩特市など)の指導者らはGDPの高度成長が出世の鍵となるので、こうした環境保護局と当然のように”協力関係”を結びます。環境保護局は地域の企業の環境アセスの責任を負い、環境の変化を計測し、違反した企業に罰金を課すのが仕事です。しかし無数の例証が地方の汚染企業と現地政府が協力しあって、環境アセスを骨抜きにしたばかりか、保護監視そのものがもう絵空事となって「お金を取って人材を養成」するといえば聞こえはいいのですが、その実は監視側と被監視側が一体となって共同の利益構造を形成します。河南省、安徽省、湖南省での記者調査では状況は基本的に同じで、これは私もかつて「中国環境汚染の共犯構造ー中国2013”経済改革”の焦点(2)」http://heqinglian.net/2013/06/09/reform-pollution-japanese/ で詳しく分析しました。

    今年の安徽省の調査では状況はさらに深刻化しており、環境保護部門の役人や環境評価機構の役人が自ら環境アセス会社を経営したり、株主になっており、つまり審判が選手を兼ねているようなものです。

    《天津大爆発が証明したもの》

    天津大爆発からこれを執筆している今までに5日過ぎました。爆発の首魁たる瑞海公司の謎に包まれた背景についてはさまざまな憶測がでていますが、最も信頼できそうな「苹果日报」(香港)の記事だと、瑞海公司の大株主の李亮は中共の前政治局常務委員の李瑞環の弟の李瑞海の息子だということです。目下、逮捕された董ナニガシは天津港の元港口公安局長の息子で、父親の管理する埠頭の分け前に預かったわけです。これらの噂のどれぐらいが真実なのか?習近平の三日に二度目のこの件についての談話がその奥をうかがわせます。習近平は二回目の談話で、「周永康、徐才厚、郭伯雄、令計劃のような大事件はすべてとことん調べて公開処理しなければならず、それなら安全に関する事故について何を隠すようなことがあろうか?」といいました。もし、李瑞環のような政治局前常務委員の家族が事件に関係しなければ、習近平はこのようないいまわしをする必要はなかったはずです。

    一国の環境保護には三つの防壁があります。ひとつは公衆の環境アセス参加、そして法律制度、最後に政府の監視監督です。中国も名目上はこのみっつがあることになっていますし、環境保護は基本的な国策だとされていますが、しかし紅色貴族官僚が勝手に法律をほしいままにするのではこの3つの壁はないも同然です。

    国民の生命と安全にかかわる「環境アセス公衆参加法」はつくられたときから故意に技術的に機能しないように設計されており、つくられてから10年たっても実施にいたりません。その現状はまさに中国のいう「法によって治国する」という言葉が自らも他人も欺く政治的おバカ劇にすぎないということを説明するに足ることです。(終)

    拙訳御免。

    原文は;天津大爆炸与被遗忘的《环评公众参与法》http://biweekly.hrichina.org/article/29325

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