• 習近平と「中国ルール」のミステリー⑴⑵ 

    by  • September 5, 2015 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣

    2015年7月27日

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    http://twishort.com/efIic

    最近、中国政治と習近平を論じる際によく「ルール」(規則・掟)という言葉が登場します。しかし習近平とこの「ルール」がいかなるものかという分析はまちまちです。中共中央が令計劃は「政治の掟を軽んじた」といいましたが、世界日報はこの「政治の掟」という言葉は初めて使われ習近平の個人的な特徴があるとしています。米国の「デモクラシー」誌は「改革時代以後の中国」という文章で、習近平が「いまあるルールを叩き壊し、多くの党内のルールを逆転させている」としています。NYタイムズはインタビューの題名は「中国政治ルールを変える習近平の強勢」でした。では、習近平はつまるところ、中共の「ルール」の破壊者なのか、再建者なのか?それを知るには中共政治文化の「表向きのルール」と「本音のルール」が両立しているところから分析することがこのミステリーを解決する方法です。

    《中共政治文化;権力掌握者は意のままにルールをつくり、いじりまわせる》

    英語では「規則」「規矩」もみな「ルール」ですから、上の三つの文章はどれも習近平の近年のやり方に対して違った見方をしているのです。習近平のこの3年間の大仕事は「権力の集中」でした。その方法は主として「反腐敗」を通じて政治的ライバルに打撃を与え、党や政治、軍事部門にあまねく存在するその一連の配下、手下たちを一掃するのでした。このやり方ははたして中共のこれまでのルールを破壊しているのか、それとも再建しているのか?この点をはっきりさせるのは別に難しくありません。カギとなるのは中共の政治文化のなかの「表にだされて明らかにされているルール」と「裏に隠されているルール」の関係と、中共独裁体制が個人独裁から寡頭独裁へと移り変わった変化、そしてその変化の過程で誰がルールとその解釈する権力を握ったかということを理解すればいいのです。

    1942年以来の中共の高層政治(これ以前はソ連ファクターとインターナショナルという要素がからみます)を観察すればだいたい言えることは、1942年から1976年に毛沢東が世を去るまで毛の個人独裁で、ルールもその解釈権もいつでも好きに変えられる権力を毛が一身に集めていました。鄧小平とポスト鄧小平の江沢民・胡錦濤時代は寡頭独裁体制です。

    個人独裁であろうと、寡頭独裁であろうと党のルール、党の紀律など明文化されたルールのほかに、明文化されたルールとはあきらかに矛盾する「隠されたルール」がありました。そして中共サークルに属する人々ははっきりとそれをどう使えばいいかを熟知していました。しかし、それは絶対に公開の場では口にはされなかったのでした。もし「隠されたルール」が誰かによって暴露された場合、中共の公式メディアは通常、しれしれと明文化されたルールを守っているとして、これを否定したのでした。「隠されたルール」が必要だった理由は統治者や投資集団のメンバーが様々な理由で個人的に必要だったからなのですが、それは表向きに明文化されたルールではゆるされないことでした。しかし、明文化された規則には反しても権力者がやりたいようにできるために、「お互いがわかっていて口には出さない」ということでした。暗黙の了解も隠されたルールも、たとえば改革開放以来、役人はうまくたちまわって儲けられるというのもそういったものです。

    ある種の「隠された規則」はいつまでもつづくうちに、「明らかな規則」に変わることがあります。たとえば中共の歴史上、高級幹部の特殊な経済待遇というのは本来は「隠された規則」でしたが1950年以後は明文化された規則になりました。しかしある種の規則は表にだせばいまでも評判がめちゃめちゃになるおそれがありましたから、当局は表面上、その存在を否定してきました。たとえば国家とある一族が一体となって莫大な利益をむさぼれる利益輸送体制だとか、中共常務委員メンバーは何をしても罪に問われない、とかがそうです。

    江沢民・胡錦濤以来、官界運営上の数々の「隠された規則」はどんどん広まっていき、いわゆる「局地的な党内の関係」はもう「派閥を作り親分子分の関係になる」とか、多くの役人にとって中共に入るのは出世して金儲けをするためとか、地位を売ったり買ったりするというのは「ミエミエで”正式”なルール」となってしまいました。

    習近平がトップとなってから、官界では多くの「これはダメ」という規則が強調されてきましたが、こうした「ダメ」はなんのことはない、もともと中共の「明文化された規則」なのです。ただ長年にわたってそれらは「隠された規則」によって置き換えられてしまっていたのでした。ですからこの方面では習近平は実のところ新しい規則をつくったというわけでも今まであった規則を取り消したというわけでもなく、彼がやったのは、もともとあった明文化された規則をもって、いたるところにはびこっていた「隠されたルール」に対抗したというだけなのでした。

    《中共内部では誰が派閥を作れるのか?》

    中共中央は最近、令計劃の罪状としてそのキーワードは「党内の政治的な掟」を破ったことだとしました。これは出身の山西省のメンバーで「西山会」をつくったことと、周永康と共謀したことを指します。周永康との共謀という罪状はわかりやすいのですが、中共党史研究者を困惑させたのは「令計劃が西山会をつくったのはなんの規則をやぶったことになるのか?」でした。長年来、中共政治を論評するにあたってはどの人脈、どの派閥に属するかというのは中国政治の動きを分析する出発点でしたし、どの人脈に属し、どの派閥にはいるかというのは役人にとっては出世の命にかかわることでした。西側世界でも派閥の学術的な言い方、つまり政治利益集団、利益の連鎖、政治的保護と被保護の関係などはやはり中国政治分析のスタート地点でした。

    政治的なライバルをやっつけるために「派閥」を理由とするのが「党内の掟を破壊し転覆させた」ことになるのか?まともに考えたならば、これは党の明文化されたルールを破壊したとはいえないでしょう。なぜなら中共のいわゆる党内政治では、これまでも強烈に派閥には反対してきており、いわゆる「11次路線闘争」の中でもすくなからぬ「反党集団に打撃をあたえる」という名目で政治的ライバルを一掃してきました。毛沢東を党内の最高指導者の位置に持ち上げた「延安整風」でもその主旨は「派閥主義に反対する」でした。毛沢東はこの掟を作って死ぬまで党内の派閥に反対すると称して、自分が安心できない同僚を取り除き、絶対に毛沢東派以外の政治派閥を許さなかったのでした。

    1966年8月、毛沢東が中国共産党第八期中央委員会第十一回全体会議(*文革開始の会議。毛派がライバルを一掃、林彪だけを副主席にした)で有名な「四言韵语·党外党内」をだし、“党外无党,帝王思想;党内无派,千奇百怪”と言ったのは本当に党内に各派の共存を許し、ルールを変える必要が有るといったわけではなく、群衆を造反派に組織して「党内の資本主義の道を歩む実権派(劉少奇その他)」を打倒するためでした。これは後に最高指示として全国に伝えられました。しかし実はこれは1927年国民党が中共に打撃をあたえる「清党」のなかで、陳独秀が瞿秋白に答えて書いた「国民党四字経」の最初の16文字のパクリで、その後半の“以党治国,放屁胡说;党化教育,专制余毒”は中共のことですから、中共は当然、おおっぴらに引用はできませんでした。(*このあたり訳者のジジにはようわかりません、ご勘弁。)

    文革の再発という事態をまねかぬように、中国共産党第十一期中央委員会第五回全体会議(*華国鋒指導部は事実上解体。胡耀邦と趙紫陽が、政治局常務委員になった。)を通った「党内の政治生活における若干の準則」はあらためて党内政治において民主集中制を主要な内容とするもので集団指導を堅持することを規定し、個人独裁と派閥主義に反対しました。鄧小平は党内の派閥に対して深い憎しみと根絶の意思をしめし「党員は党の規定にしたがってことをおこない、党の紀律を守り、派閥主義におちいってあっちこっちで派閥をつくったり、派閥に参加してはならない」と述べました。

    この一文は一体、守られたでしょうか?鄧小平と陳雲の二人の関係で多少は役にたったといえるかもしれません。陳雲の牽制が鄧小平という上皇的存在に多少の牽制となったからです。しかし、鄧小平が胡耀邦と趙紫陽という二人の総書記を罷免したときに反古にされました。軍事委員会主席という職にしかなかった鄧小平という引退した党内の長老がふたりの総書記を罷免したのです。このとき利用したのが政治的な「隠されたルール」でありました。すなわち軍権は党権の上にある、政権は銃口から生まれる、というのがそれです。中共高層は互いに気持ちはわかっていましたから、この「隠されたルール」が中共の党規定と「若干の準則」と相容れないということは見て見ぬ振りをしました。

    《一家をあげて国家の利益のゴッツァン体制、ってどのルールなの?》

    江沢民、胡錦濤の時期に中共の新太子党は金融、エネルギー、あるいはファンド、国営企業経営幹部となり、国家の利益をまるまる「ごっちゃんです」という体制を作り上げました。紅色貴族の第三、第四代指導者の子弟や親族がおおっぴらに国有資源と公共財を分捕るという姿は中低級の役人の腐敗に悪い模範の典型となって、中国人の憤懣を招きました。この不正利得分捕り体制もまた中共政治の「隠された規則」によってできたものといえましょう。この「隠されたルール」は中共の党内の明文化されたルールに直接抵触し、後者は公然とルールに相反するものです。

    1985年、早くも中国の党政治のふたつの最高権力機関は「中共中央、国務院の指導者幹部の子弟子女のビジネス関与を禁止する決定」をだしており、はっきりと「県、団級以上の指導幹部の子弟子女、その配偶者は国営、集団、中国と外資合同企業および労働者子女就職問題解決のための仕事への就職をのぞいて、ビジネスにかかわることを禁じる」「すべての幹部の子弟子女、特に経済部門の仕事にかかわる幹部の子弟子女は家庭の影響力を利用し、ビジネスに参与し、または委託を受けたり、公定価格と談合価格の差(*後者は企業間の価格で安い。それを権力を利用して公定価格で売り、利ざや稼ぎをしたといわれるひとりに鄧小平の一族の名前もある)を利用したり、コネを利用したり、違法な売買があってはならないし、安値で仕入れた物を高値で売って不法な暴利を貪ることがあってはならない」と規定しています。

    共産党内の規則としてはこの決定はずっと廃されることなく、何度も重ねて強調されてきました。中央規律委のwebサイトが開設されたときもこの文書こそ反腐敗にかんする第一の中央文献でした。(今は削除されていますが、国内のたのwebサイトにはあります)。中央規律委廉政理論研究センターの「利益の矛盾衝突防止工作の調査研究」レポートでは、1979年から2011年にひらかれた58回の中央規律委全会で、110余項目の法律法規、政策は幹部の親族がビジネスに関連して利益を得ることを防止する内容だったと書いています。

    では、「反腐敗」にかんするこうした「書かれて明らかにされている規則」は役に立ったでしょうか?その対象となるものは海外ではなく、党内です。下の方の人々ではなく、トップの人々です。鄧小平時代にははやくも高レベルの子女たちがビジネス活動に参加することは盛んにおこなわれていました。しかし、「幹部の親族が公営の商業活動の利益にかかわることは禁止する」というこの規則に断固として抵抗したなかには鄧小平、陳雲らの巨頭がおり、彼らは手放しで子女をビジネス界に入れたのでした。

    当然、こうした紅二代目連も「幹部の子女をビジネスに関係させてはならない」という明文化された規則など眼中におきませんでした。その理由は党内の高層レベルには別に「隠されたルール」があって、それは「紅二代目はほんらいの『跡を継ぐもの』であって、特権を享受するのは当たり前だ」ということでした。鄧小平や陳雲の暗黙の支持をうけて、党内の高層では、「うまい汁は山分けしようぜ」というこの隠れた規則が暗黙の相互了解となりました。

    中央の巨頭の子女が介入した企業というのは往々にして国有企業でした。各部門の役人の子女、親族の草刈り場となり、おのずと父親の「直轄地」になっていきました。こうした状況のもとで全党が「服従」したことから北京各地の「なんとかムラ」「かんとかムラ」には自然に、ある一家と国家の利益が一体になってしまうシステムが生まれたのでした。このような「一つの家にふたつの制度」でもって「うまい汁を分け合う」というシステムの存在で、中国においては「隠された悪い規則が常に、堂々と明文化された規則を破壊する」ということの説明がつきます。本来の明文化された規則ではあきらかに腐敗を防止するためのものなのに、それが各レベルで官僚たちにあっさりと骨抜きされて「嘘文」にされてしまうのです。

    ー日本語全訳;何清漣氏@HeQinglian: ★習近平と「中国ルール」のミステリー⑵★  2015年7月28日ー

    つづいては三つの問題を分析しましょう。ひとつめは中共政治文化の研究において、「明示されたルール」と「隠されたルール」を区別すること。ふたつめは「隠されたルールには反対すべきか?」、三つめは習近平は明示されたルールで「隠されたルール」に反対しているが、これで「隠されたルール」はお蔵入りになるのか?です。

    《中共政治;表のルールは裏のルールで蚕食される》

    中国の社会的な様々な方面をふくんだ政治文化を理解しようとするなら、必ずや明・暗両方のルールの関係とその相互作用を理解しなければなりません。

    1;明示された表向きのルールはあきらかに正しく、これは中共政権の合法性・正当性の基礎ですが、通常の状態においては実際に働いているのは「隠されたルール」のほうだということ。

    例えば、憲法や共産党の党章、党紀は「明示された表向きのルール」であり、人民日報や中央電子台などの官製メディアは永遠にこっちを使っており、それによって中共政治がいかに公明正大であるかということを”証明”しつづけています。しかし、役所についていえば本当に働いているのは「隠されたルール」のほうです。例えば党規では派閥をつくること、役人の地位を売買することは厳しく禁止されています。各種の宣伝もまた買官売官、利益の連鎖チェーンの危険性(これは本当にそうですが)を厳禁していますが、しかし実際の官僚社会では、買官売官のルートをしり、そのマーケットの実情をしり、ボスにたやおり、政治的な保護被保護の関係をつくっていかなければ、えらい目にあうわけです。そして買官売官では売る側が絶対的な主導権をもっており、だからこそ家宅捜索を受けた徐才厚、郭伯雄(*摘発された軍のトップ)の家から送り届けられた現金の袋と開かれもしないままの「買い手」の履歴書がみつかりました。

    2;政府側は「明示された表のルール」が廃止されたと発表することは、法律の更新の場合をのぞいてめったにやらない。
    というのは政府はやはりなんといっても山賊盗賊の類ではないわけで、堂々と表に出して恥ずかしくないルール(制度)を作り出して、諸外国に対して自分は文明世界のメンバーであるということを証明しておかないといけませんし、国内の民衆に対しては真相を覆い隠す働きもあります。ですから、「明示された表のルール」がとっくに「隠されたルール」によって実質的には変わっていたとしても正式にもう表向きの規則などとっくにやめてしまったのだ、と公表するわけにはいきません。例えば、役人の家族がビジネス界にかかわってはならない、とか政治に関わるものは廉潔で腐敗に対して反対する、とかいう規則です。たとえ全世界が中国にはいま、言論の自由、集会の自由、信仰の自由、結社の自由、出版の自由など各種の市民の権利がないということはとっくに知られていても、中国憲法は未だに第35条と第36条の関連規定を廃止していません。この種の制度の機能不全状態は政治的虚偽と欺瞞性をはっきりとあらわしています。

    (*参考;第35条
    ▪ 中華人民共和国公民は、言論、出版、集会、結社、行進及び示威の自由を有する。
    第36条
    1. 中華人民共和国公民は、宗教信仰の自由を有する。
    2. いかなる国家機関、社会団体又は個人も、公民に宗教の信仰又は不信仰を強制してはならず、宗教を信仰する公民と宗教を信仰しない公民とを差別してはならない。
    3. 国家は、正常な宗教活動を保護する。何人も、宗教を利用して、社会秩序を破壊し、公民の身体・健康を損ない、又は国家の教育制度を妨害する活動を行ってはならない。
    4. 宗教団体及び宗教事務は、外国勢力の支配を受けない。

    3;「隠されたルール」は表に出ることはありません。というのも「隠されたルール」は政治権力を握っている集団とその首脳たちの真実の意図を集中的に反映させたものですし、また常々、共産党が宣伝しているイデオロギーと完全に相反するものだからです。例えば、一族と国家を一緒くたにした利益吸い上げ体制は、中共憲法の「一切の資源は人民に属する」という条項に完全に相反します。例えば、共産党の天下を受け継ぐ者を選ぶにあたっては、「やはり我らの子供達が頼りになる。我々の墓を破壊したりしないだろうから」「今日の共産党の天下を受け継ぐべき者はやはり割れらの子孫だ」という陳雲の言葉が受け継がれています。中共は政治の実戦でもたしかにこのようにしてきました。しかしこの広く人々に知られ、また実際そうなされてきた「ルール」は「隠されたルール」であり、中共の公開されたいかなる文献にも法規にもかかれていません。それどころか中共はいつだって自分たちは特権に反対していると表明しています。しかし、もし、地方の中共総督たちが自分のもとに配属になった中央の王子様たちの面倒をタテマエどおりのルールに従って、その面倒をみなかったりしたら、自分の出世はおそらく望めなかったことでしょう。

    これまでのところ、中国の国内ではみんなが知っている「隠されたルール」という概念は、しかし、西側の中国問題研究者の間ではいまだに十分に重視されてはいません。多くの人々が中国を論じるにあたって、中には「隠されたルール」を「明示されたルール」と勘違いしてこれを褒め称えるありさまです。例えば、曽慶紅が退職常務委員として党内にいわゆる「曽慶紅路線」を形成し、朝廷の政治を背後から綾蔦のは完全に中国政治の「隠されたルール」によって行ったのですが、米国の著名な中国研究専門家の沈大偉(デイビッド・シャンボー)は分析の中で、この「隠されたルール」によって生まれた「曽慶紅路線」が否定されたのを惜しんでいます。またあるひとは「隠されたルール」と「表向きの明文化されたルール」を一緒くたにして、「9匹の龍が治水」(*胡錦濤時代の9人の常務委員が政権を牛耳ったこと)を「新制度の建設」で、習近平が「反腐敗」摘発によってこの利益集団に打撃を与えたことを「現在のルールを破壊して、多くの党内のルールを逆転させた」などと言っています。こうした現在の中国の政治状況に対するフシギな理解の仕方は、「明示されたルール」と「隠されたルール」についてよくわかってないからなのです。

    《「隠されたルール」は改められるべきだが、中途半端なやり方では成功しない》

    法治国家ならルールははっきりしており、人々はただ法律を遵守していればよいのです。しかし、表面的なルールと「隠されたルール」が同時並行で存在し、前者が後者によって実際は圧倒されてしまって、ただの嘘っぱちの文章になってしまっており、法律を守るのは馬鹿者だとみられるような社会は実際には腐り果てたボロボロの社会であり、「上から下まで儲けることばかり考える」投機社会であり、事においてもひとにおいても、いささかの原則もなくただ利をもとめるだけです。

    さらに恐るべきは中国人がこの種の法治を栄えさせず、「隠されたルール」がもっぱらおこなわれているような状態で、自ら「ダブルスタンダード」で何事にも対処し、公開の場合は「隠されたルール」を批判しながら、(例えば、誰かが昇進した、金持ちになった、子供がいい学校に入った、就職も裏口のコネでうまくいったなど)、これをケシカランと非難しながら、しかし自分の行動においてはまずいかにして「隠されたルール」を利用してコネや裏口をさがし、自分が他の人よりいい思いをしよう、というのです。

    こうした状態こそが、習近平が「明文化されたルール」をもって、「隠されたルール」に反対する「反腐敗」にたいする”悪評”を生みます。たとえば楊魯軍は「闽地记事三部曲」の中で、福建省のある役人が「反腐敗」について、こうこぼしているのを描いています。

    ;「まさか『反腐敗』が『新常態』になるとはなあ。うちの村の役所の班ではみんな『チェックを無事通過するために身を綺麗にせにゃならぬ』で、こんな役人になる道を選んだのは失敗だったんじゃないかと…。金もとれないし、美人も抱けない、うまい酒くいものだって禁止されちまって、われら下っ端役人はやってらんないよ」と。

    習近平の「反腐敗」については全国の地方役人が「サボタージュ」で応えています。昔は何をやってもお金を手に入れられたのが、いまでは金はとれない、無理やりとるのは危険すぎるから、やっぱりやめておこう、となります。この種のやり方がなんと絶対多数の役人たちのあからさまか暗黙か、とにかく支持をえていますし、論評の多くが「このままでは(*反腐敗がつづくなら、の意味)党が滅びる」とおもっています。

    人類の歴史からみると、腐敗が社会の進歩を促したことなどなく、ただ民衆の利益を侵し、社会の価値観を破壊し、国家を傷つけただけです。いかなる国であっても社会が公然と「腐敗撲滅」に反対するという国はありませんが、中国だけは特殊なのです。90年代初期にはある経済学者が「腐敗は社会のモデルチェンジにもっとも安いコストで最大の収穫をえる方法だ」という主張をしたことがありました。現在では、共産党が滅びるのを心配している人の中には「役人が積極性を失いかねないから反腐敗はいけないことだ」論があります。これがまだ十分人々にうけいれられないとなると、さらに「反腐敗はルールを破壊する」論さえ登場しました。

    ある政権が、腐敗防止というもっとも根本的な政治責任さえ実現できないで、権力をもつ貴族たちが公共財産を山分けするという「隠れた規則」が横行するならば、そのような党が滅びるからといって、どこが惜しいというのでしょう?

    習近平の問題は彼が一部の政治利益集団の腐敗に反対するのに利用できるのは「明らかにされた規則」だけだということです。つまり、彼の推し進める反腐敗のルールは朝野を問わず、「一陣の風」にすぎないとみられていること、これが中国の厳しい現実です。もし習近平が1985年の「中共中央、国務院の指導者幹部の子弟子女のビジネス関与を禁止する決定」という明らかにされているルールを厳格に適用しようとするならば、おそらく中央から地方にいたるまで違反して罰をうけないですむ官僚はおりますまい。そして役人たちはおそらくサボタージュ、不作為をもって応じるでしょう。しかし、北京政治で発言権をもつ紅色政権の貴族たちは江沢民、曽慶紅の周囲にあつまり団結し、中南海は皇帝の玉座を”炭火焼”にしてしまうことでしょう。

    中国の文化伝統をうけつぎ、中共による何十年の統治によって鍛えられて全国いたるところ存在せぬところはないほどの「隠れた規則」は、どんな高い地位にある人間がこれを徹底的に無くしたいとおもってもできるものではありません。ただ、やらないよりはやったほうがいい、少なくとも役人や国民に腐敗は上品な場所で行うべき行為ではなく、こっそりやらないといけないのだ、と注意を喚起できるだけましなのだ、としかいえません。もしそうでなければ胡錦濤統治のときのように公然と、権力のある一家が国家の利益を総出で吸い取ってしまうような体制が延々とつづいていくでしょうし、あと十年もすれば腐敗はもはやこそこそやることではなく、「私が汚職できるのは能力があるからだ、くやしかったらやってみろ」というようなことになってしまうでしょうし、この話は実際、胡錦濤統治の後期には中下層の役所や民間で流行したのです。

    《結論》

    中共が政治、経済、文化における三大資源を独占して、一切の社会的な制約を「中共の力を弱める」とみなしている結果がつまり貴顕紅色貴族、官僚腐敗が制度に穴をあけてしまいました。党宣伝部はいつも党員幹部は「公明正大無私の心で」などという嘘で嘘をつくことを制限させようとしていますが、その結果は必然的に「隠された規則」が堂々とまかり通ることになります。

    習近平はたしかに「ルール」を再建しようとしています。しかし、ルールの再建というのはこうした「隠されたルール」が今後、禁止されて、お払い箱になって「表向きの明示されたルール」のなかにくみこまれる、ということではありません。かつて中共の腐敗が「余計に食べて、余計に手に入れる」といった「ほんの初級段階」だったときに、毛沢東は「党内の資産家階級」に対して、生死をかけた闘争を挑みましたが、ほとんど成功する手前で敗北を喫しました。いわゆる反ブルジョアジー特権にたいする戦いは朝顔の花のような儚い命で、高級幹部が自分たちの子弟に悪いことをするのを容認するという事態に対しては、毛沢東もただ、彼らに京劇の「辕门斩子」をみせて教訓にしなさい、というぐらいしかできませんでした。(*劇がなぜ教訓になるのか、なんのことかようわかりませんw。北宋の楊一族が金軍と戦い、一族が全滅みたいな「大義、親を滅す、みたいな話らしい。文革の中で上級幹部の子弟が問題行為を引き起こしたのにたいしての教訓をあたえようとしたらしい。)
    いま、中共の腐敗ぶりははや、病膏肓に入る段階で、汚職役人は全国にあまねくおり、声望も政治手腕も毛沢東にはかなわない習近平がこうした虎狼の群れのような連中に対決しようにもどうにもならないのです。

    中共の腐敗は中国的特色に満ちております。「ルール」をより重んじたソ連共産党と比べても、中共の独裁は
    ;表には堂々たる「ルール」があるが、それは形式にすぎず空論。
    「隠されたルール」は暗室で生まれ、役人の世界ではそれが必要とされ、愛用者がゴロゴロいたために最初はちいさな渦巻きだった風もいまや巨大な台風のようになってしまって、善悪もわからなくなり、現段階では「反腐敗」は共産党や国をほろぼし、制度を破壊する挙である、とみなされているのです。(終)

    拙訳御免。
    何清漣氏の原文は;习近平与规则之间关系的迷思(1) http://www.voachinese.com/content/voa-ne4ws-xijinping-destroy-rules-20150801/2893583.html
    习近平与规则之间关系的迷思⑵ http://www.voachinese.com/content/he-qinglian-blog-xi-jinping-rules-destructions/2896203.html
    何清漣氏のこれまでの論考日本語訳は;http://heqinglian.net/japanese/

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