• 習近平の国連での約束「途上国支援」に思う

    by  • October 12, 2015 • 日文文章 • 1 Comment

    何清漣

    2015年10月1日

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    http://twishort.com/gDijc

    最近、中国政府はまたもや大々的に国際主義精神を発揮して、自国民の福祉改善より先に貧困国家援助に力を入れることにしましたね。具体的には習近平の国連における「南南協力援助基金」など7つの約束、6の貧困対策や農業協力など6分野で計600項目のプロジェクトを支援」のことです。

    訳注;①20億ドルの「南南協力援助基金」設立。
    ②未発展国家への120億ドル援助。
    ③2015年までの発展途上国への借金棒引き。
    ④国際発展情報センター設立。
    ⑤全世界エネルギーネットによるクリーン電力推進
    ⑥一帯一路建設

    6分野計600プロジェクト;今後5年間に、各分野100づつのプロジェクトで貧困撲滅、農業合作、貿易援助、生態保護・気候変化、病院・診療所建設、学校職業訓練所建設に取り組む。/発展途上国12万の学生を中国へ呼び、15万人に奨学金で人材養成/WHOに200万ドル/など

    ⚫︎⚫︎*世界の貧乏国に巨大な恩恵を与え、自国の貧乏人は忘れた北京*

    人民ネットは誇らしげに「習近平が国連総会で中国が実施を計画している『南南協力援助基金』『発展途上国への国家投資増額』『最も遅れた国々への借金棒引き』を含む重要な取り組みを語ると、最大の拍手が起きた」と中国人に告げました。

    「最も発展していな国家への借金棒引き」というのは実は中国政府のみせかけだけの”人情味”です。こうした債務免除を受けた国家というのは特に情けをかけてもらったわけではないのです。というのはこうした債務ができたとき、最初から返さなければいけない債務だなどとはおもっていません。なぜならこの債務は、中国がある種の条件と引き換えにした取引だからです。例えば国連の人権理事会で中国譴責決議が出された時、それに反対してくれたらお金を出す、というような類で、こうしたことは協議書にはまさか書かれてはいません。ですが、債務国家からみたら「あの投票でもうチャラになった話」なのです。これは中国の農村の基層部分での選挙と同じことです。

    しかし、7項目の約束、例えば中国が6つの100プロジェクトを支援する、とか12万人の若者を中国に招き、15万人の奨学金を出すという話は、これは中国が長期支払約束手形を切ったことになります。100の貧困撲滅、100の農業合作、100の貿易援助、v生態保護・気候変化、100の病院・診療所建設、100の学校職業訓練所建設ーこれらの計画はすべて本当にお金がかかるものであり、貿易促進プロジェクト以外はどれもこれもすべて中国の広大な農村地区でおおいに必要とされているものばかりです。

    中国には一日の平均消費額が1米ドル以下の人口が3.03億人(世界銀行データ)おります。そして農村地区の汚染は全土に広がり、全国に200以上の「発ガン村」が存在し、貧困地区には病院や診療所が欠乏し、小学校もなく、さらに各種の専門技術者もたりません。こうした状況のもとで中国政府が国際社会でお金をばらまいてこうしたプロジェクトを推進しようというのです。もし、中国の人民にも同額の資金が投入されて、同様の待遇を受けることができたなら5年後にはおそらくすくなからぬ貧困地区と貧困人口が助かったことでしょう。

    私は常々、中国政府に社会管理能力(社会コントロール能力ではありません)がダメダメだと批判してきました。しかし今回のこうした貧乏国の人民に対するプロジェクトにたいする心遣いの厚さからみると、管理能力がダメなのではなく、管理能力を用いる対象がまちがっているのだ、とおもうようになりました。こんな結構な貧困撲滅構想があるなら、まず自国で最初にやるべきです。例えば国民にふさわしい無料の職業訓練プロジェクト。この12万人や15万人の中国招待だとか奨学金だとかの金額には中国への往復の航空券代金や留学宿舎、食事、さらにはお小遣いまで入っているでしょう。こうした気前の良さに比べて自国の人民対してはまったくケチケチです。

    2012年に中国では今後5年内に680の貧困県で毎年1万人の大学生を援助し、大学奨学金と同様の待遇を与えると「徳政」を宣伝しました。5年以内に貧しい国々から27万人の無料職業訓練を与えるのと自国の5万人の貧国学生を一部無料にするのでは、その差たるや小学生の算数レベルでも計算できるでしょう。

    中国は毎年数は数百万の大学生を擁していますが、すくなからぬ低収入の家庭からの大学生がいます。メディアは常々貧困家庭の学生が学費をなんとかしようとして破綻していることや、両親が日々苦労していることや、時には母親が学資をなんとかしようとして腎臓を売る悲惨な話を報道しています。彼らはいったいいつになったら中国政府が貧しい外国人に与えようとするこうした福祉の恩恵にあずかれるのでしょうか?

    ⚫︎*中国の権力者たちはなぜ公共サービスを軽視するのか?*

    三権分立の西側国家では政府は権力機構でありますが、もっと大事なことは公共サービスを履行する職能を持つ機構だということです。しかし中国では政府は自ら、権力機構であることを自認していますが、公共物品を提供することは二の次で、公共サービス機能にいたってはほとんど無に近いのです。メディアと大衆は政府を権力の行使者であり、人民の管理者であるとおもっていますが、政府とりわけ地方政府の政治責任の中で最も重要なことは公共サービスという職能だということを考えられる人はほとんどおりません。ましてや政府を批判するなどということはできませんし、政府を批判することと「政府の転覆をはかる」ことの境界は曖昧模糊としております。多くの遅れた地域では役人が政府を代表しており、こうした役人を批判することはすなわち政府を批判することになります。かくて政府と国家がごっちゃになって、中国世論はずっとそうしてきましたからその影響のもとで中国人の大多数は二者の間の本質的な違いはわかっていません。

    ⚫︎*公共サービスをなしは権力の誕生の由縁。*

    政府というものは公共権力を掌握している社会組織体ですから、その権力は必ずや合法性を持っていなければなりません。権力は権力の源にたいしてのみ責任を負う存在なのです。これは人類社会の通例です。封建王朝は王権神授説で、これはつまり自分の権力の合法性への一種の説明なのです。しかし王は臣民に対する責任を履行しましたし、それは「天意」の一部分と説明されていました。人類社会が近現代にはいってからは、民主政治がうまれ、英国の憲政民主が納税者の地位を確立しましたし、フランス革命のギロチンは「王権神授説」を徹底的に破産させました。西側各国が現代民主政治を確立して以後、政府の権力の由来は自国の国民(市民)にあり、政府はですから国民(市民)に責任を負い、軍事、外交、行政などの権力のほか、重要な職務が公共サービスとなったのです。この公共サービスは国民に各種の公共施設を提供すること以外に、国民の生まれたときから、老い、病、死にいたるまでと、弱者に対する生存保証もすべて公共サービスにふくまれます。

    中国政府は長い間、財政収入を軍事費、治安一時に大量に投入してきました。その金額ははるかに教育費や公共医療費を上回ります。その理由は中共政権というのは「鉄砲から政権を取った」ということで、暴力と宣伝によったわけです。ですからその財政支出の重きはすなわち鉄砲とペン(宣伝活動)に置かれています。これは「権力はただ権力の来源にのみ責任を負う」という先の原理に合致しています。しかし現代の世界の文明の構造にはまったく相いれません。この相いれないことが現在の政治体制のうえに表れているのです。

    現在、世界には全部で224の国家と地域があり、そのうち国家は193、地域は31あります。193は国連に加盟しておりまして、専制国家はそのうち19か国で、さらに共産主義専制国家は5つ。すなわち中国、北朝鮮、ベトナム、キューバ、ラオス、です。その他の174国家では、米国、EU諸国などは比較的完成された民主国家で、ラテンアメリカ、東アジア、アフリカなどは各種のタイプのあまり完全ではないタイプの民主国家です。しかしなにはともあれ、こうした国家は民主選挙という基本パターンをもっています。

    中国は近年、世界第2位の経済大国になった「平和的崛起」のあとに、世界の指導者になって、国際的なルールを決める側になりたいのですが、その専制政治と人権状態が劣悪なため、こうした国々を服従させることはできません。ですから、いま、中国政府は世界各国に対して「公共サービス職能」を発揮しようとしはじめたのです。習近平が訪問したラテンアメリカ五か国で、ベネズエラ人民の熱狂的な歓迎をうけ、国際援助こそが中国が世界のボスになるための重要な手段だとおもったことでしょう。こうして国連の大演説における諸々のブロジェクトの約束となったのです。

    中国民衆としては当然、こうした約束に不満でしょう。彼らからみれば、自分の国が完全に貧困問題から抜け出してもいないのに、他国の債務を棒引きしたり、無償援助を気前よくあたえたりするのは「貧乏人の大盤振る舞い」です。しかし、権力は権力の来源にしか責任を持たない、という原理のもとで中共政権は民選された権力ではありませんから、人民に対して責任を負う必要がないというわけで、文句があったところでどうしようもないのです。

    ⚫︎*自国の貧乏人を捨てて、他国の人民のお世話をするのは国の恥*

    習近平主席の国連での講話の中で中国政府が国際道義に感じて「7つの約束と6つの100プロジェクト支持」を大々的に打ち出しているときに、こくないの網易ネットには、武昌の90歳の老婆が72歳の身障者の幼女を養うために露店で商いをしている話が掲載されました。90歳の貧しい老人に自分でくいぶちをさがさせているということは国家としてあまりの恥です。中国政府はまず自国人民の貧苦をなんとかしてから、世界の救貧活動にむかうべきではないでしょうか。一国の政府の政治責任の一端はつまり自国の孤立して貧困にあえぐ人や障害者を救うということですし。他国の人民の面倒を見るのはもちろん明らかに結構なことではありますが、その前に自国の人民の面倒をみるのが筋でしょう。

    ローマ教皇フランシスコは9月27日、米国からローマへの帰国途上、バチカンと北京の関係についてメディアに「接触しているし対話もある。一歩前進するだろう。個人的には長い文化悠久の歴史とかくのごとき善行をおこなう潜在力のある国家と友人になれて、この上なくうれしい」という発言をしました。教皇はひょっとすると習近平の国連における「7つの約束、6プロジェクトの支持」に中国の「隠れた善を行う力」に深く感じ入ったのかもしれません。だから「この上なくうれしい」と。彼がはたしてちゅうごくにはまだまだ彼と同じかもっと年上の老人が「自力更生」を強いられていること、その人々に「かくれた善をおこなう力」がおよんでいないことを知っているのかどうか。

    私はいいたいのです。この一文は中国が国際的な問題に努力するのを反対するものではありません。中国は世界第2位の経済大国であり、改革開放の初期には発展した国々からすくなからぬ援助を受けていますから、国際的な義務をはたさなくてよい、ということは道義にもとることです。しかし国家の責任と国際道義のいずれを優先するかについては北京は方向を見失っています。中国人民はこうした要求をする権利があります。なぜならば中共政権は民主的に選ばれた政権ではないとはいえ、国民が刻苦精励した税金によって支えられているのですから。(終わり)

    拙訳御免。
    原文は;国家责任与国际道义何者优先
    ――从中国联大“7承诺与6个100项目”说起 http://biweekly.hrichina.org/article/29921

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