• 「共産主義に向かって努力する」ー政治的苦境が習近平に戯言を言わせる

    by  • October 12, 2015 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣

    2015年9月16日

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    http://twishort.com/7Ucjc

    最近、中共総書記の習近平はまた、中国の未来の方向を指し示して「共産主義が虚しく渺茫たるものだと思ってはならない。我らは中国的特色ある社会主義を発展させて共産主義に向かって努力しなければならない」といいました。いま、中国経済のバブルがすっかり弾けて10年の衰退期に入ろうとしており、党内トップ連の内部闘争はまだ終わっていないとき、中共の最高指導者たる習近平が石鹸の泡のような理想をいまさらまた吹聴するというのは、どうにもならない政治的苦境の中で、やむをえずまず自らの「政治的正しさ」をキープせざるをえないということです。

    ★中共統治の歴代5代指導者で誰が「共産」に一番近かったか?

    中共は一貫して共産主義の理想を説教してきましたが、それぞれ時代によって表現に差があります。現段階の理想はすでに政治経済教科書を通じて中国人の心に深く入り込んでおり、中学生ならスラスラ暗唱できます。「生産資源の公有、それぞれが能力を尽くして、需要により分配し、階級差と重大な差別を徹底的に消滅させ、最後には国家を消滅させる」などです。

    ただ中学生達がわかってないのは、こうした理想を実現するのは全く困難なことで、そうしようとすればとても血なまぐさい過程をへねばならないわけで、内部的には徹底的に共産党の現在唱えている「和諧社会」なるものを覆し、今出来上がった財産資産の分配を新たにガラガラポンし、対外的には無数の戦争を行って他のすべての国家を消滅させたあと、中共というこの国家はやっと「自ら主導的に消滅」し理想を完成させることができます。もちろん、習近平総書記は「そういう方向に努力しよう」といっているだけで、全部実現させるとはいってません。ソ連の末期に「共産主義の理想とどれだけ近づいた?」「あと5キロ、まだ5キロあるんだ、永遠に」というのがありましたっけ。

    中共政権は70年近く続いてきたのですが、その中では毛沢東時代が共産主義から最も近かったといえるでしょう。

    あのころ国内では生産資材は公有で、「重大な生活財」つまり大部分の都市住民の住宅はすべて公有で、普通の生活財も「必要に応じて分ける」ー共産主義の前段階である社会主義では、基準に従って分配され、北京上海広州などの少数の大都市をのぞいて、全国の大多数の中小都市の住民は毎月、23斤(*1斤=500g)、2両(*両=50g)の食用油、半斤の豚肉が基準でした。布は一人、毎年1丈2市尺(*1丈=10尺=3.3メートル)、毎祝日毎に二度2両の砂糖券、たまにキューバから輸入された飴が買えました。階級闘争は「毎日、毎月、毎年」話され、いつも階級差別や思想差別を含む各種差別を消滅させる丈に容赦ない闘争が行われました。

    一方、国際社会では、中国人民の「偉大な首領の毛沢東」が「全人類を解放」するために忙しく、マレーシア、ベトナムなど東南アジア国家で各国政府を転覆させる「代理人」を育成し、アフリカにも「革命を輸出」し「指導者」を養成しました。こうした「毛主席の優等生」たちはその後、民族解放運動をつうじて、アフリカやラテンアメリカ各国の指導者となり、すくなからぬ独裁者となりました。そのなかの傑物といえばカンボジアの赤色クメールのポルポト、依然として健在のジンバブエのムガベです。

    ★厳しい情勢の下、共産主義の旗印をどこまで高揚させられる?

    習近平の任期中、中国がもしただ「共産主義の方向」を遠くから眺めるだけ、なら大した問題ではありません。しかし、もし本気で「共産主義に向かって進む」となれば、まず全面的な公有制を実施し、さらに三つのものを消滅させねばなりません。一つ目は改革以来の私有経済、二つ目は外資を追い出し、あるいは没収したあと公有化しなければならず、三つ目は貧富の差を消滅させねばなりませんが、まずとりわけ親父の世代の権力を大々的に利用して大金持ちになった「紅二代」貴族連に財産を供出させて、そのお金をもう一度吐き出さねばなりません。この「共産主義の方向に努力」という言葉の臭いに敏感に反応した誰かが「李嘉誠(*香港の大金持ち)を逃がすな」という文章をかいたので、果たして「土豪をやっつける」べきなのかどうかということで様々な論議がまきおこりました。

    中国経済はとっくに、国営、私営、外資が天下を三分割していますが、現在、外資は続々と撤退し、私企業も「海外に向かって投資」をすすめており、大量の外資が国外流出しており、中国の外貨準備高は6月から7月には3000億米ドル減り、8月も1000億ドル以上減ってしまい、中国政府は「財布防衛戦」に大忙しです。さらに中国経済の下降圧力が増大し、9月上旬のG20会議でも楼継偉财政部部長は中国経済は衰退期に入り、その期間は5年から10年に及ぶだろうと述べました。

    習近平がいかに強気で頑張っても、毛沢東時代のああした政策の焼きさましをもういちど温めたくとも、それは気持ちの上での話でしかありません。もし本気でやれば世の中はめちゃめちゃでシリアの二の舞になります。ましてや、習近平は「毛沢東と鄧小平のそれぞれの30年は互いに否定しあってはならない」という戒律をさだめたわけですから(*いまさら毛沢東の時代に帰るとして鄧小平の改革開放の延長である今をぶちこわすことなどできない、の意味)。今の中国でこのキカイな政治のムードで政敵の攻撃を防ごうとするなら、必ずや高々と共産主義の旗印を掲げて、「政治的に正しい」という立場をとらねばならず、統治をつづけるためには鄧小平の改革開放路線を継続しなければなりません。

    ★”貧乏マルクス主義者”はなぜ習近平の”共産主義の方向”に快哉を叫ばず沈黙しているのか?

    共産主義の高級なる理想が『逗你玩』(*漫才名人の馬立三の著名作品。泥棒が自分の名は『冗談也』と子供に教え込み、片っぱしから盗む。子供は親に告げるが「誰が盗んだの?」と聞かれ、「冗談也」と答えるので親は本気にしない。そのうち全部盗まれる、という筋、ここでは「うまいこといっておいて片っぱしから取ってしまう」の意味か。)ならば、毛沢東時代の初心に戻って貧乏人が革命時代の共産主義にもどって、搾取階級を搾取し、土豪をやっつけ田畑を奪う、という方向ですから、貧乏人たちは熱情をもって歓迎するはずです。しかし、本来飛び上がって喜んでいいはずの貧乏マルクス主義者たちはこの習近平の話をきいても欣喜雀躍しません。なぜでしょうか?

    貧乏マルクス主義者たちの理論水準は高くありませんから、「共産党宣言」は難しすぎるかもしれません。彼らは「黒でなければ白」「白でなければ黒」程度の単純な見方でしか世界と歴史を見ていませんから、例えば「ブルジョアジーは百年足らずの間に過去一切の世代が創造したすべての生産力を凌駕する生産力をうみだした」などというくだりを読めば「なぜ革命の大導師はブルジョアジーと資本主義生産方式を誉めるのだ?」と理解しがたいでしょう。でも毛沢東という「中国農民の子」がマルクス主義を中国化して打ち出した「土豪をやっつけ田畑を奪え」「搾取は罪」「造反有理」「搾取者を搾取せよ」「貧乏人は立ち上がって解放を勝ち取れ」といったスローガンならもう彼らは自分たちの精神の原動力としています。

    彼らは習近平総書記が「共産主義の方向に努力せよ」の呼びかけをきいてもさっぱり喜ばないのは、中共革命の「土豪をやっつけ田畑をわけ」た時期をへて、中共がとっくに一文無しの「無産階級政党」から中国の一切の土地や森林鉱山を支配する大地主になって、大型国営企業の資本の所有者となり、中共の役人たちの絶対多数も金持ちと資産階級になったことを知っているからです。そして習総書記は現在その中共のナンバーワンなのに、汚職欲張り役人をやっつけた銭や財産を貧乏人に分け与えていないのに、どうして自分ら「貧マル」たちが土豪をやっつけて土地をわけられようか?政府が「共産主義の方向に向かって努力」なんていうのはまったくこれは大衆のご機嫌とりにすぎない、とわかっています。だから、やっぱり「毛主席が本当に世の中に復活して、今の中共を顔色なからしめ、胸をすっとさせなくちゃ」と今もおもっているというのがまあ現実なのです。

    もちろん、共産主義の理想は物質的な指標でも表示されます。中共が50年代に「搾取者を搾取」する歴史的任務を達成し独裁体制が確立されたあとでは、目標がなくなってしまいました。そこで、共産主義の理想は物質化して「二階があって、電気と電話がある暮らし」となりましたが、いまではもはや陳腐もいいところで、農村地区だって大多数がこの「共産主義の理想」は実現してしまっています。ですから、「どの家にも庭と別荘があり、どの家にもBMWがあって、毎年外国旅行ができる」にはなっています。

    ★習近平が共産主義を強調するのは「政治的正しさ」を鼓吹するため。

    共産主義の理想に関して言えば、とっくのむかしに共産党指導者たちもあからさまに見抜いています。前ソ連共産党第一書記のブレジネスの姪のリューバの回顧録には、ブレジネフが「共産主義?ありゃみんな大衆をおだてて騙す嘘っぱちの話よ」と弟に言ったことが書いてあります。マルクス主義研究者も一貫して口を閉ざしている事実があるのです。それはエンゲルスが晩年に共産主義の目標をすっかり放棄していたことです。1947年10月、マルクスの親密な戦友エンゲルスは「共産主義原理」を著し27歳の青年の未来社会への憧憬を描き出しました。しかし1893年5月11日、73歳となったエンゲルスはフランスのフィガロの記者に対して「私たちには最終目標はない。我々は不断の発展論者であり、なにか最終規律といったものを人類に押し付けようとはおもっていない。未来社会組織の詳しい状況への予言だって?私たちには今そんな影すら見えてないよ」と、この有名なマルクスの相棒の共産主義創始者は、この取材で実質上、若い頃の人類社会の未来モデルを否定しているのです。

    習近平が文革時期に成長した人で家庭の激変が彼を大変現実的な人間にしましたから、共産主義に関して言えば、彼自身が信じているというより自分の政治的な正当性を表現する「道具」としていると言ったほうがいいでしょう。中国でいわゆる「政治的に正しい」というのは西側のそれとは違います。西側では世界の普遍的な価値だとか、人道的な立場、弱いものや政治的な犠牲者を助けるのが「政治的に正しい」とされますが中国の共産政権下では「共産主義の理想を堅持し、中国的特色のある社会主義の道を歩む」が「政治的に正しい」ということなのです。

    とはいえ時には情勢に迫られて国際情勢のいかんにかかわらず「政治的な正しさ」をはっきり掲げるためにやることをせまられるという点では西も東も似たような様相を呈することがあります。例えば最近のシリア難民が欧州に押し寄せた時、ドイツのメルケルは自国の収容能力や国民の希望を顧みず、他の欧州諸国の反対にもかまわず、「難民を限りなく受け入れる」と言い放ち、EUを危機に陥らせたのがいい例です。

    習近平が江沢民・曽慶紅を相手にしかけた政治ゲームは経済面で株式市場に介入するなど悪手を連発して6月以降窮地に陥ってしまいました。こうしたことが彼の弱み、敵に口実をあたえかねないことなったのです。こうした様々な現象を分析すると、習近平の今回の’先祖の墓を祀る”ような「共産主義に向かって努力する」という”宝刀”の持ち出しはやはり「自分が政治的に正しい」ということをいいたいだけの話としか言えません。(終)

    拙訳御免。
    何清漣氏の原文は;政治困厄中习氏谵语:朝共产主义方向努力
    http://www.voachinese.com/content/heqinglian-blog-china-politics-20150916/2966612.html?utm_content=buffer6f11d&utm_medium=social&utm_source=plus.google.com&utm_campaign=buffer

    About

    Leave a Reply

    Your email address will not be published. Required fields are marked *