• 習近平の「赤色帝国」?ご冗談

    by  • October 26, 2015 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣

    2015年10月17日

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    http://twishort.com/dvojc

    習近平の赤色帝国が今にも登場せんばかりですね。序幕は10月10日に北京大学で開かれた第一回「世界マルクス主義大会」です。ただ一つの帝国が出来上がるには三本の大黒柱が必要で、一つには国際的な認知を受け、二つ目は社会の支持基盤(大衆の支持)、三つ目は帝国を支える国内経済の基礎です。鄧小平の改革開放路線で今日までやってきた中国を「赤色帝国」に変えるにはまだもうひと頑張りせねばなりますまい。

    *「赤色帝国への序幕」は北京大学で

    この開幕は人民ネットでオゴソカに報道されました。そのタイトルは「北京大学は21世紀に再びマルクス主義研究拠点の高峰になった」です。「再び」というからには当然、前にも一度なったことがあるということです。これがいつか考えてみると、中共の政権成立前はソ連という大兄貴分がいまして、中共はその弟分でしたからどうしたって「マルクス主義研究拠点の高峰」にはなれませんでした。スターリンが昇天して、フルシチョフが”修正主義分子”になり、毛沢東によって「反帝国主義反修正主義」としてともに打倒の対象とされた「文革」時期になって中国はやっと「高峰」になれたわけです。中国の読者でこれが信じられなければ、「毛主義と文革;1968年フランス五月革命の嵐の二大基準」とか「世界に革命を輸出するー文革のアジア・アフリカ・ラテンアメリカへの影響」などをお読みになればよろしい。

    あるいは、習近平が民主改革をやるんじゃないかとまだ期待している人たちは、これは北京大学がやったことで習近平とは関係ない、と弁護するかもしれません。こうした人々におすすめしたいのは三つの要素をお考えになることです。

    それは;北京大学は中国の大学中、ナンバーワンの地位を占めている事実、そして今回の会議規模は世界中から参加者を募った事実、さらに人民ネットと新華社の宣伝のレベルの高さ、です。ですから今回の「再度」ということはどうみても毛沢東の衣鉢を受け継ぐ、ということなのです。毛沢東は自分で一生のうちに二つの大業をなしとげたと語っていました。それはひとつは蒋介石を台湾に追っ払ったこと。もうひとつは文化大革命を発動したことです。今日の情勢からみるに、習近平が毛沢東から継承したい偉業というのは文革だけですね。

    この会議を経て習近平と彼の指揮する中共は疑いもなく極めて大きな達成感を感じたことでしょう。

    「過去のマルクス主義の国際会議の一参加者から今日の主催者になった中国の役割の変化は明らかに日増しに強盛になっている我が国の国力と理論の正しさへの自信を示している」「中国は世界最大の社会主義国家としてマルクス主義方面の発展を双肩に担うという重要な使命を帯びている」と人民ネットは誇らしげに宣言しています。新華ネットにいたっては「路線を指し示す灯台は依然として燦々と輝いた。全世界の学者があつまってマルクス主義の新発展をとげた」と堂々と大ボラを吹いています。北京大学の中共党書記の朱善璐は「北京大学は全力でマルクス主義理論の創新とマルクス主義学科の建設に邁進し、国家の復興と人類の進歩に思想と人材を提供する」と述べています。

    北京大学の創始者の蔡元培や胡適がもし地下でこれをきいたならきっと湖がいっぱいになるような涙を流すことでしょう。この朱書記が考えたがらない問題は、もし北京大学がマルクス主義専門家を養成するための学問に邁進したりしたら、そこから育てられた人材は中共宣伝部以外に就職先はなかろう、ということですが…。

    *国際的な幇間連はお座敷を発見した。

    政府側の報道によれば今回の会議は中国で現在最大の規模でおこなわれ、参加した学者にはマルクス主義研究と討議の最高のレベルの人たちだといいます。招待を受けて参加した世界の有名な学者40数人の中にはハーバード大学のRoderick MacFarquhar、エジプトの経済学者サミール・アミン、イェール大学のJohn E.Roemerがいます。参加者のひとりが書いた「第一回世界マルクス主義大会奇遇記」によると、こうした人々の間には学者もあり、幇間もいたとかいています。

    たとえばハーバード大学のマックファーカーは中国人がマルクス主義を信じているとは思えず、儒教思想と愛国主義の影響のほうがさらにおおきい、とのべ、カリフォルニア州トリニダード文化研究センターのCarl Ratnerは「もし中国が社会主義だというのなら、中国の私有制は減少しているのか?」と質問しました。こうした声は当然、雑音とみなされ会議では誰もそれに答えようとはせず、政府メディアも記事にしませんでした。もっと多かったのは中国の路線と中国の党理論用語でいうところの「言語体系」に沿って、習近平の治国政治思想と中国のマルクス主義の発展を褒め上げるもので、こうした人々はやっと食客としての座をみつけたというわけです。

    その世界資本主義システムでの中心=周縁論で 一時おおいにさわがれたことのあるエジプトのサミール・アミンの理論はとっくに人気がなくなっています。なぜなら彼の理論によればグローバル化の過程で周辺部の発展途上国は農産物や鉱物資源などを提供し、中心部の発展した国家は工業と高度な科学技術を提供し、前者は後者によって搾取されるというものです。でもこの20年以上の現実は、中国が全世界(カナダや豪州や米国も含む)から鉱産資源や農業産品を輸入し、世界に安価な工業製品を売り出しているからです。

    このとっくに現実離れしているマルクス主義老人学者はまるで雲の上からお告げを語るように「現在多くの国家は依然として資本主義のもたらす危機の中にあり、普段にマルクス主義を創造革新することによってさらに積極的な世界的枠組みを形成することができる。中国やキューバ、ベトナムなどの国家はマルクス主義の指導する社会主義の道を歩んでおり、生産力と軍事を発展させ世界の多極化構造を形成している。とりわけ中国のは快速に発展しており、世界の構造が資本主義モデルだけではないことを証明しているのである」とのたもうたのです。彼は地球人なら皆が知っている「社会主義陣営はいまやわずかに思惑の違う数カ国しかないうえ、キューバは米国と国交を回復し、ベトナムはTPPに”家出”し、いまや兄貴分の中国と弟分は北朝鮮しかいない」という事実には目を向けようとしません。

    この会議は最高レベルの宣伝対象であったのですが、社会の注目を集めるにはいたりませんでした。報道したメディアの中にはこの会議のニュースをトップにした紙面のカタのニュースとして「精神病者の帰宅を支援する必要がある」というニュースを並べて掲載してしまいました。(光明日報10月10日D4版)。もちろん”間違って”でしょうけど読者は内心大笑いしたとおもいます。中国のこのような「マルクス主義の高い城」はほんとうに世界のマルクス主義者のホームになるんでしょうか?

    *赤色帝国の群衆の基本的要求は食い扶持です。

    人類の歴史上、この種の独裁帝国はつねに国民を「味方」と「敵」に分ける必要があります。いかにそうした社会的基礎を作るかという点では独裁大帝たちはみな達者なものでした。

    ヒトラーの第三帝国は社会経済が発展した工業化レベルにあったので、支配できる資源が比較的多く、腐敗をもって凝集力としナチス統治とドイツ社会を密接に関係づけ「多くの普通のドイツ人が濡れ手に粟でナチスの絶滅政策にくわわった」のでした。ナチス式の腐敗制度の”恵み”は全党のうえから下まで、労働者も若者もふくみました。こうしたやりかたでヒットラーは第三帝国の社会的基礎を築き、ユダヤ人を的として絶滅の対象としたのです。ユダヤ人は商売上手でしたからこれを絶滅させるのに加わった人は濡れ手に粟で儲けることが度々あったのでした。

    毛沢東式の赤色帝国は社会経済が農業経済から工業経済に向かう過渡的段階でした。社会はすべて貧しかったので毛沢東は階級闘争理論で労働者、貧農、下層中農を中心とした自らを支持する社会的基盤をつくりました。政権建設時期には中共は金持ちから財産を剥奪するやり方でプロレタリアートの物質的必要を満足させ、政権建設が終わると、就職や進学、軍隊入りなどで社会人に対して労働者、貧、下層中農、革命幹部らの家庭の出身者に優先権を与えました。社会の構成メンバーに「貧しさに安んじて満足してもらう」ために、文革前は物質生活の豊かさを追求することは「ブルジョア的生活」としてボロクソにいい、文革時期には「貧しきは革命に通じ、豊かさはすなわち修正主義である」として物質的な豊かさは政治的に間違ったことだ、としたのです。労働者の地位は当時は”中産階級並み”で、自然に毛の赤色帝国の中堅となり、貧、下層中農層は貧乏だけれども政治的な優越感を与えられて「労働者階級の同盟軍」になり暮らしは貧しいのに政治的には優越感を感じるという奇妙な状態となりました。

    習近平の「反腐敗キャンペーン」は中共の官界の気持ちをどんどん離反させています。習近平の話す内容の「赤色」傾向が強まればつよまるほど、官僚グループとのコミュニケーションは難しくなってきましたし、インテリ(学校の政治教師は別ですが)の反感も強烈になって、経済的なエリートたちも逃げ出す人々がますます多くなりました。習近平の「赤色」談話を喜ぶのは実際には毛沢東左派と貧乏マルクス主義者しかいません。この二者は理論的には「味方同士」なのですが、その違いは後者は「金持ちをやっつけてその財産を分けろ」と主張している点です。膨大な五毛グループは赤色談話を持ち上げて賛美していますが、これはそれを信じているというよりは生活の為といったほうがいいでしょう。薄熙来は当初、社会の支持を獲得するのに「革命家を歌う」というのは形式にすぎず、ほんとうに底辺層をひきつけていたのはあの何千億というお金をいろいろな形で福祉方面にばらまいていたからです。

    習近平の執政以来の特徴は左(毛派)と右(鄧小平路線)の間を揺れ動いていることです。習近平は毛沢東時代の専制強権とおとなしい民を必要としていますが、鄧小平の改革開放による経済繁栄もほしいのです。ただ後者と前者は互いに相容れないものだということがわかっていません。いわゆる「改革」はつまり経済領域で権力を手放し利益をあげることで、いわゆる「開放」というのは国民を閉ざされた蒙昧な状態から出していくことです。毛沢東式の社会コントロール方法では鄧小平、江沢民、胡錦濤時代の3代にわたる経済発展は生まれないのです。

    以上のべてきたように、習近平の赤色帝国は主役も脇役の国際的な幇間たちにもことかきませんが、社会の支持基盤を作ろうとするならば自分たちの懐具合をしっかり計算しなければなりません。ひとつには自分が「壮士が自らの腕を断ち切る」ように「金持ちの財産を奪って貧乏人にわけあたえる」勇気があるかどうか、ですね。というのはこれをやると共産党内の紅色大富豪集団を巻き添えにするわけですから。

    二つ目は国庫に貧乏マルクス主義者の支持を買収するために必要な本物の金銀財産がいったいどれほどあるかを計算してみなければなりません。三つ目は全部分け与えたあとにどのぐらい持つかということです。なぜなら赤色文化の特徴は国民の目を他人の懐のゼニがどのぐらいあるかということに集中させ、国民の創造力は絞め殺され、社会の富を生み出す原動力は失われてしまいますからね。

    政治の人として、地方大官だった薄熙来はすべてを政治的な前途に賭けることができたから、「革命歌を歌い、わるいやつをやっつけろ」などという運動ができました。しかし大国の主たる習近平が赤色帝国をつくりたいというのであれば、やはりここは慎重におこなったほうがいいでしょう。文革を体験した中国のエリートや中産階級は毛沢東時代のような「奇跡の王朝」のメンバーになどちっともなりたくないわけです。(終)

    拙訳御免。
    何清漣氏の原文は;《中国人权双周刊》戏说习近平的“红色帝国” http://biweekly.hrichina.org/article/30118

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