• 習近平の訪英について

    by  • October 26, 2015 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣

    2015年10月23日

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    http://twishort.com/VJqjc

    このたびの習近平訪英は王室の宴会や金色の馬車でバッキンガム宮殿訪問など大層な歓迎ぶりで習近平は大儲けをしたかのような評判もたちました。実際には別に米国での歓迎より上というわけではないのですが、ただ米国の”歓迎料理”の中には習近平にとっては耳障りな「ハッキング」「南シナ海」「中国の人権」などの小骨が混じっていましたが、英国の”歓迎ケーキ”には蜜がたっぷりで主客ともにご満足という違いです。

    それで英国はいろいろ批判されたりしているのですが、そうした批判は中身のあるもっともなものと誤った前提に立つものがあります。

    ★真実のテーマは;英中外交は経済利益を優先

    各種の論評で結構あるのが、「中英両国のホットな関係がここに始まり、これは習近平がホワイトハウスで冷遇され英国で埋め合わせをつけた」「英国は自分の経済的利益のために中国にへつらって、完全に貴族威厳を損じた」といった類です。

    この批判は間違いともいい切れませんが、事実というにはちょっと違いがあります。まず英国と中国のホットな関係はもう数年前からのことで、その理由は2008年に第二次大戦以来最大の経済危機に遭遇したことによります。2008年の世界的金融危機の爆発で英国は銀行から企業までかつてない打撃を受け、破産倒産する企業が相次ぎ、100年の老舗や巨大チェーン店の倒産も少なからずありました。当時、英国にはまず、十分な雇用がないという問題がありました。2011年の英国失業人口は257万、失業率8.1%で1994年の秋以来の最高値を記録しました。そして中国と大々的に経済関係を発展させてから、英国経済の成長は上昇し、失業率は下降し、2014年のうちに失業率は6,1%に下りました。二つには福祉システムが極めて大きなプレッシャーを受けていることです。英国は1948年に全国民医療保険システムを構築して以来、世界一の「ゆりかごから墓場まで」を保証する福祉国家になったのです。2008年以後、やむをえず福祉のレベルを下げ、国民の退職年齢を伸ばして、2014年の新法案では半年延期して、2040年には69歳退職制度を達成し、これは全世界で退職年齢最高の国になります。

    かくて、財務大臣のオズボーン自ら中国を訪問し中国による英国のインフラ設備投資を歓迎しました。中国商務部のデータによると、2008年中国の対英投資は8.4億米ドルだったんごあ2014年末には124億米ドルと15倍増加し、中国の海外投資を受け入れるベスト10入りを果たし、中国の対ドイツ、対フランスの総和を上回りました。英国の対中国投資は大体185億ドルです。現在、英国は中国のEU内、第二の貿易パートナーで、投資の出資国としても対象国としてもに番目、中国は英国の第4番目の貿易パートナーです。今年の9月までの中国と欧州の主要貿易パートナーの総額がはっきり下降している状況の下で、中英相互貿易額は580億ドルで基本的に安定しています。

    以上のデータと中英経済関係のこれまでの経緯は、英国は習近平が米国で冷遇されたスキをねらって中国に取り入ったとかの批判はあたらないことを示しています。また英国は中国の「札束発注外交」によって軟化した最初の国ということでもありません。習近平が今回、訪英で持参したのは400億米ドルの発注書ですが、金額でいえば胡錦濤が2010年の訪米で持参した450億ドルより少ないのです。胡錦濤は当時、フランスにも200億米ドルの発注を持っていきました。米国はだからといって中国の人権問題への批判を放棄したわけではありませんが、政界における親北京勢力はずっと強力になりました。フランスはたしかにこの「発注書」をみて、人権問題をとやかく言うのをやめました。

    ★誤った前提に立つ問題;英国は人権など道義責任を放棄した。

    この度の習近平訪英の会談の中心議題は経済協力で、人権というテーマは世論に対応してオマケ程度の位置にしかありませんでしたから、世論は英国が人権などの道義的責任を放棄したと非難しました。

    これは「誤った前提にたつ間違った問題」なんですね。英国というのはもう中世から商業立国でもっともうまいこと商機開拓のチャンスを発見していた国なのです。「マグナカルタ」の由来は、納税からきており、それが「代表なければ課税なし」「私有財産は神聖にして不可侵である」ということになったのです。「国富論」や現代経済学、「人口原理」などすべてほかでもない英国で誕生したということは自らの文化の原点をもっていたからなのです。

    中国のインテリはたいてい「世界に永遠の敵はいない」という言葉を暗記しているでしょうが、この話は英国の19世紀の首相だったLord Palmerstonの「Britain has no permanent friends, nor permanent enemies. She has only permanent interests.」(英国には永遠の友も永遠の敵もいない。あるのはただ永遠の利益なのだ」からきていることを知っている人はあまり多くないでしょう。これは英国外交政策の根本精神なのです。第二次大戦後、人権宣言ができて、米国などが高らかに国際道義の旗を掲げるようになって、英国はこの功利主義的外交の主張を大っぴらにはやらなくなりましたが、しかし中東問題やアフリカ問題への対処では依然としてこうした態度で望んでいます。2008年にダライ・ラマを受けいれたとき以外、英国が自ら進んで人権や民族問題に触れたことはきわめてまれなのです。ですから、正しい言い方をするならば;英国は基本的に人権、道義責任の責任を負って、経済的利益を放棄したことはない、のであって上記批判は実は非現実的な批判なのです。この分野では英国は「世界の警察」として重責を負って世界に秩序を提供し道義を広めなければという米国とはちがうのです。

    ★誤った前提に立つ問題;英国は衰亡史、貴族精神も衰えたり。専制を擁護し火事の元になるを遊びしている。

    これも誤った前提に立つ問題です。というのは第二次大戦後の英国は「陽の落ちることのない大帝国」の落日後の夕焼けのようなもので、1956年のスエズ運河事件のあと、大英帝国の落日はもはや挽回不可能なもんでした。しかし英国は資本主義国家の老舗として、自らの政治的知恵才覚と知的技術の伝統という蓄積によって、「ゆりかごから墓場まで」という重荷を背負いながらもずっと世界の最先進経済体としてやってきましたし、米国との堅い盟友関係も国際的な実務に影響力をもちつづけました。

    いわゆる「貴族精神」というのは多くの人が誤解しているような同類とのおつきあいなどではなく教養、責任、そして自由です。公共責任は英国の貴族精神の中のきわめて重要な部分で、この種の公共責任と教養によってうまれた「ほどほど主義、適当主義」と、人間の独立と自由を尊ぶというのは現在にいたるまで英国の政治家の品性であります。

    しかし、一国の政治家としてその主たる責任は政府が自国人民の納税によって成り立っている以上、自国民に対する責任であります。そしてその上で自分たちの力が及ぶところであれば、国際的な義務を語ることができます。例えば他国の貧困からの脱出、必要なときには専制国家から迫害された意義分子に政治的な庇護をあたえ、難民を受け入れ、軍隊を出動させ動乱を平定し、国際秩序を維持するといったことです。前二者については英国はよくやってきましたし、後の二つについては今年、シリア難民が欧州に押し寄せる前の英国と欧州国家は大して違いはありませんでした。

    英中外交において、英国は実際のところ商売をしているのであって(中国も然り)です。商売である以上、当然、良い顧客は接待するわけで、とりわけ大顧客、優良顧客となればなおさらです。英国メディアによれば、中国の在英投資はきわめてうまくいっており、中英双方がは大変真面目に合資経営をやっています。中国もアフリカでやっているような自国民をつれてきたりせず、英国人を雇って管理させ労使の衝突も比較的少ないのです。中国企業の投資で英国式の経営管理を行うというのは英国の要求にぴったりです。例えば労働者雇用以外にも個人の利益と企業の利益を一致させ、その福祉や待遇をきちんとやるといったことです。なかでもNVCライティング(雷士)英国は中国投資の模範的企業といわれます。

    また北京が英国におべっかをつかって自国の利益を売り渡していると批判する中国人もいますが、ちょっとお待ちなさい。中国にとって英に投資するのはどちらにもいいところがあるのです。一つには中国の大量の資本は投資先をもとめていますし、英国は中国の一帯一路のダブルシルクロード計画にぴったりあった必要性をもっています。二つ目には中国は人民元の国際化をのぞんできましたが英国のロンドンという金融センターのプラットフォーム上でこの夢は確かな手応えのある重要な一歩です。IMFでは米国が拒否権をもっていますから、英国の支持が決定的ではありません。しかし英国は世界最大の金融輸出国であり、ロンドンの金融センターとしての地位は中国にとってはどうしても必要な「港」なのです。

    英国火遊び論にいたってはわざと人騒がせなことを言って注目を浴びよう、みたいなお話です。英国は中国との間の経済利益とひきかえに「大憲章」を廃止しようとか、中国モデルを受け入れようというのではありません。中国に欧米式の価値観の影響を与えようというのは米国が大金とエネルギーを使っても、今日にいたるまでいささかも中国の専制政治に影響をあたえることはできませんでした。英国は大変その意味で賢いわけで、自らが米国ですらできなかったことをやろうなどとはおもっていないのです。

    ★英国政治家をどう評価するか?

    国際主義の目からみれば英国政治家の公共的責任感はいささか身勝手にみえましょう。しかし、英国の選挙民からみれば英国政府は自国への責任をはたしている政府なのです。
    かつて多くの命がけで英国に逃げてきたアフガンの子供たちに英国政府は特別に政治的庇護をあたえ、彼らが英国で一時的に面倒をみてもらえる家庭をさがし、「政治的庇護」ということで英国の子供の身分を与えましたが、18歳になると合法的な身分を申請させずに大多数を本国に送り返しました。英国政府がこうした「冷酷無情」な仕打ちをしたのは移民難民問題できわめて大きな苦境にあったからでした。自国の就職と福祉の負担を考えるとこうするしかなかったのです。今年のシリア難民問題でも英国政府はきわめてクールで、みずから本当の難民を選んで自国で受け入れましたが、ドイツのメルケルのようにカッと頭に血が上ってしまって後先をかんがえずに難民を無限に受けいれる、などとはいいませんでした。いま欧州各国が押し寄せる難民に困りきっている現在、英国のやり方が正しかったということは認めざるをえません。自国国民に高い責任を負う民選政府として、自国民の力以上の「善」をなそうとすれば、帰って災いをまねくのです。

    私は以前「習近平の国連での約束「途上国支援」に思う;http://heqinglian.net/2015/10/12/china-un-foreign-aid/」で指摘しましたが、政府の基本的政治責任のひとつはまず自国の困窮者や貧しい人々、障害者らの面倒をよくみることです。他国の人民の面倒をみるというのは明らかに道義的目立つことではありますが、それは自国の国民のことをちゃんとやってからの話です。英国政府を評価するにあたっても同じことなのです。(終)

    何清漣氏の原文は;习近平伦敦行带来的虚实话题 http://www.voachinese.com/content/heqinglian-blog-xijinping-uk-20151023/3021153.html

    何清漣氏のこれまでの論評日訳は;http://heqinglian.net/japanese/

    Share Button

    About

    Leave a Reply

    Your email address will not be published. Required fields are marked *