• 『白毛女』が復活上演!?木に竹を接ぐ「革命教育」

    by  • November 24, 2015 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣

    2015年11月13日

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    https://twishort.com/Tyyjc

    中共の紅色革命文芸は一貫して民衆の政治教化を目的としたものでしたが、この度、習近平主席夫人の彭麗媛(*著名女優)が自ら演劇指導したという「白毛女」(*毛沢東時代の中国の代表的”革命模範劇”。貧農の娘が親の仇の地主をやっつける話)が延安で再上映されるというのはなんともチグハグな話です。毛沢東語録の有名な一節でいえば「誰が現代の楊白労であり、誰が現代の黄世仁であるか?」(*楊白労は貧農で白毛女・趙喜児の父。黄世仁は悪徳地主)という問題が革命の主要テーマでした。でもいま、中国経済は債務の泥沼にどっぷり沈んでいますが、その根本原因は債権者も債務者もみな自分の家の息子や娘だからなのです。

    ★債務者も債権者もみな一家眷属

    「白毛女」劇は50歳以上の中国人なら大抵の人がそのストーリーを知っています。貧農の楊白労が貧苦ゆえに地主の黄世仁に借金し、催促されて自殺、娘の喜児は山中に逃げ込み頭髪が真っ白になりますが幸いにして中国共産党の指導による貧民革命がおこり、地主階級を倒し黄を銃殺し喜児は革命軍人の大春喜と結ばれ解放されます。

    習近平・彭丽媛夫妻は昔の革命模範劇を焼き直して、再び階級闘争を中国の紅色文芸にとりこむことによって自分たちが貧しい人々に対して大変心にかけているのだということを証明したいわけです。でも、よく考えてみると現代におけるこの”地主階級”というのは一体誰のことになるしょうか?今の時代でどこにその区別の線引きをするのかということだけを考えただけで、頭が白くなってしまいます。

    現在では中国全土はすべてみな集団所有になっています。その「国家の代表」というのは当然、中共政府です。この「集団」所有の代表というのは他でもない各県各市の地方政府であり、地方政府の上には中央政府があるわけで、その関係は切っても切れないものです。ですから今、全中国にはたったひとつの「大地主」しかいません。すなわち中共政府です。数億の農民はすべて土地の使用権(耕作権)を持っているだけの小作です。小作料(*農業税)は2003年の農業税改革でなくなりましたが、しかし土地の所有権はやはりこの唯一の大地主が握っています。ですから、もし「地主階級を打倒せよ」、ということになればそれは数億の農民に対して中共総書記の習近平の指導下に「地方政府を打倒し、土地を自分の一家に取り返せ」と号令するのと同じことになってしまいます。

    でも、「地主を打倒する」のは困難におもえます。白毛女劇のように「楊白労」たちにむかって「債権者を打倒せよ」というスローガンですが、中国の国有商業銀行はう疑いなく最大の債権者です。が、しかし中国人民は最大の債務者ではありません。中国人の個人消費者ローンはまだはじまったばかりで銀行の顧客借金総額のわずか3.5%程度です。民間企業の借金もたいしたことはありません。商業銀行から最大の借金を負っているものはといえば国営企業と地方政府です。地方政府というこの「楊白労」は20兆元以上の巨額の債務を返せないでいます。いま、中国の銀行制度の不良資産率は8.1%(仏リヨン証券調べ)にも登り、7.5兆元の資本欠損状態でして、これは中国のGDPの十分の一にあたります。こうした「楊白労」以外にも、おおきな「楊さん」がいまして、それはいまは牢屋にはいっている前四川総督の薄熙来です。彼は「革命家を歌って悪い奴をやっつけろ」という「楊白労」役を買って出たのですが、そのときの地方の融資プラットフォーム(*表向きは銀行以外の融資組織)4620億元のお金をつかったのですが、すべて銀行の不良貸付残高になっています。

    というわけで、以上の分析から中国政府が唯一の大地主で、その政府のコントロール下にある国有銀行と商業銀行が中国国営企業、地方政府、民間企業、個人のローンを抱えた人々が借金を負っている人々、ということになります。ですからもし「白毛女」の役割に置き換えたならば、中共政府とその指揮下の国有金融システムが黄世仁で、大小さまざまな国営企業や各級の地方政府、民間企業、個人の負債者(薄熙来も含むw)が楊白労ということになります。

    こうして「誰が我々の敵であり、誰が我々の友であるか」(*毛沢東)という「革命の主要な問題」をはっきりさせたあとに、「習総書記はほんとうに”黄世仁”を銃殺できるのか?」という初めて本当の難題があきらかになります。

    「楊白労」たちのうちの例えば銀行からお金を借りている個人とか民間企業なら「白毛女」的にいえば、黄世仁を打倒して借用証書を燃やしてしまい「土地を取り戻す」というやり方は当然大いに歓迎される部分で、こうして負債をチャラにしてしまえば民営企業家も夜逃げしないで済みますし、借金のかたに自宅をとられたりしないですみます。ただこうした人々はほんの一部分にすぎません。ほんとうの「楊白労」連はすべてみな国営企業なのです。この点に関しては外国の金融評価機関ですらはっきりわかっており、たとえばリヨン証券は国営金融システムの7.5兆の不良債権の分析でもはっきりこの負債の主要部分は国営企業、不動産開発企業、および地方政府の債務であると明らかにしています。

    不動産開発企業のなかにもすくなからぬ国営企業がありますから、楊白労の主体というのは中共みずからの息子や娘たちなのです。国営企業はずっと「共和国の長男」といわれてきましたし、地方政府はまさに中共の手足であります。ですからさらに困難な問題というのは;黄世仁たち、すなわち国有銀行もまた中共政府の血液循環機能ですから、「黄世仁を打倒して楊白労を助ける」というのは大々的な手術で大出血させないとしてもそれでも自分の体を削って傷を手当てする、という話になります。黄をやっつけ、楊をたすけるというのなら、どの程度までどうするかというのはまことに塩梅加減がむずかしい選択なのです。

    でも、中国政府は従来から果断実行の政府です。最近ちょうど、こうした思い切った「自分の肉で自分の傷をなおす」例があります。中国財政部の発表したデータですと中国国有企業の9月末の全体債務は78兆人民元になり、中国のGDP総額を超えました。もっと仰天な事は9月分だけで中国国営企業の債務の増加率はびっくりものの6兆人民元だったのです。これは中国国営企業の月額新記録です。これについて安信証券のアナリスト羅雲峰は「これは前例のないレバレッジ操作であり〜、もともと政府の債務のための借金をさらに国有企業の債務につけかえるものだ」とのべています。

    ということは、「手足」である地方政府の債務を中央政府が「長男」の背中に全部背負わせたということでして、こうした”債務処理方式”は中共統治下の中国でしかありえないことです。

    ★ 毛主席がやれたことを、習大親分はなぜできない?

    習近平が中共皇帝の地位に就いたとき、「貧しくかつ巨大な弱国の指導者」ではちっとも快適ではありませんから、毛沢東の衣鉢を継ぐ者としてその「一言が九鼎の重みをもつ最高権力」と鄧小平の生んだ「おおきな金袋」を受け継ぎたいとおもってきました。このたび、ファーストレディたる彭丽媛に革命模範劇の古典「白毛女」の芝居上演を主導させ延安で上演させたというのはまったく疑問の余地のない一種の政治的シグナルです。ただこのシグナルが一体なにを意味するのかということは、おそらく本人も必ずしもわかってないのではないでしょうか?

    毛沢東は文革の前、文革中に中国社会状況と毛の主張する革命路線に関係させる八つの革命模範劇を、妻の江青に指導させました。毛沢東は1950年代にすでに地主階級を消滅させ工商業者を改造し、私有制度を消滅させるという革命任務を終えていたにもかかわらず、ずっと革命闘争理論を継続させ、さらに「党内の一部資本主義の道を歩もうとする連中は未だに存在する」という”理論”に基づいて「プロレタリアート専制下の継続革命」を主張しつづけました。「革命を継続」させなければならないとなれば、辛酸をなめ、地主階級と旧政権を覆し貧しい人々を「翻身」させた革命模範劇をやるというのは当然、中共にとって民衆を教育する手段でありました。

    しかし、鄧小平、江沢民、胡錦濤の三代を得た今、中国経済構造はすでに工業と商業を主体とした経済構造に変わっていますし、もはや毛沢東時代の小農経済と工業化初期が並存する経済構造ではありません。中共は依然として政治、経済、文化資源を専断しており、全国唯一の大地主であり最大の資本集団ですが、しかし各級の統治者グループのメンバーの家族もまた大なり小なりみな資本の所有者で、底辺の人民だけが依然として貧しいわけです。

    習大親分が毛沢東の「無産階級の専制下における革命継続の偉業」を継承したいとおもうのならばまず中共に反対して、中共を分裂させることになってしまいます。この三年近い間、習近平は周永康らの一連の利益集団と決裂したわけですが、それではたらずにさらに徹底したいというのならば、薄熙来がその集中力を金であがなったように、社会の底辺階級の指示をとりつけるという道を徹底し、現在の統治集団をうちこわさなければなりません。

    今年になって、習近平は株式市場で権力とマーケットと戦いで苦戦しましたが、マーケットに打ち勝つことができなかったことから、マーケットの主体である多かれ少なかれ資本をもつ人々との戦いを開始したのです。この戦いは現在赤々と燃えさかっています。その結果、習大親分が薄熙来の道を歩むのが心配で、権力と資本の同盟はすでに瓦解しはじめており、資本は深刻なまでに外国に逃避しており、2014年6月から今年の9月にかけて中国の外貨準備高はすでに5000億(*米ドル;http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM07H60_X01C15A0FF1000/)減少しています。そんないま、延安で地主階級を打倒して、債務をチャラにするというテーマの「革命模範劇・白毛女」を上演するというのは、ただ資本をさらに怖がらせることができるだけでしょう。

    国を治めるにあたっては極めて慎重に考えた後で行動すべきであって、最も避けなければなならないのは左に右にフラフラぶれることです。アメリカの運転免許手帳には「蛇行運転はしてはならない。フラフラ運転している車をみたら近寄るな」と書かれています。習近平の左右蛇行運転は「胡錦濤の10年」における「政治は左、経済は右」とは大きく違ったものです。胡錦濤の「政治上では左」でしたが経済政策では左路線を徹底しませんでしたから、中国というクルマは曲がりなりにもなんとか走行を続けてこれました。しかし、習総主席は高速道路の上で左右フラフラ運転をしています。これは自分にとって危険であるだけでなく、他のクルマにとっても邪魔になり、衝突事故の元になってしまうものです。(終わり)

    拙訳御免。
    何清漣氏の原文は;“白毛女”回延安:牛头难对马嘴的“革命教育”
    http://www.voachinese.com/content/heqinglian-white-haired-girl-20151112/3055367.html

    何清漣氏のこれまでの論考の日本語訳は;http://heqinglian.net/japanese/

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