• 事業家・徐明の死と中国実業界人士の「原罪」について

    by  • December 8, 2015 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣

    2015年12月8日

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    https://twishort.com/wH7jc

    12月6日、内外の中国語世界で最も注目を浴びたニュースは徐明(*大連出身の事業家。薄熙来の金主。44歳)の獄中死でした。徐明と薄熙来の関係や、その刑期が来年満期予定だということ、遺体が素早く火葬されたことなどからこのニュースは多方面に疑惑をもたらし、死因から政商としての武勇伝、さらにNYタイムズが報じた薄熙来の娘との関係などが盛んに蒸し返されました。かつて名を轟かせた伝説的な人物は死してなおなかなか成仏はさせてもらえないようです。

    ★徐明にまだどれほどの価値が残っていた?

    「残っていた」というのは生命のことではなく汚職の証人としての価値という意味ですが、徐の死亡した原因についての疑惑は、つまり徐明がまだどれほどの秘密を握っていたか、ということになります。ある番組からの電話インタビューでこれを聞かれましたが、私は「死因についてそう憶測をたくましくする必要はないと思う。口封じに殺されたという説は信じ難い。というのは徐は入獄後、司法側がすっかり秘密を吐き出させて何百回も調べたでしょうから。人民ネットはかつて中央規律委員会が事件の取り調べ写真とともに「問題のある官僚は、我々の取り調べを最も怖がっており、3日もたたぬうちにすべて白状すると述べています」と答えました。

    現代では取り調べもビデオ、録音、速記もあり、特にこうした大事件では取り調べ資料がなくなったりしません。徐明の刑が軽かったことや薄熙来と法廷で対決したことなどの情状面からみても、別にまだ隠されていた秘密などはなさそうです。そして彼の主な役所は薄熙来夫人の友人で、息子の財布代わりといったところで、伝えられる薄熙来と周永康の密謀などには参加する資格はなかったでしょう。薄熙来の妻や娘との色事がどうのといった話はもう細かいところまではっきりしており、秘密といったようなものではありますまい。

    ですから私は徐明の生涯についての興味という点では、徐明の物語はこの時代に生きる中国の実業家の運命の縮図だとおもっています。中国に生まれ、民間で商才のある人間として頼れる後ろ盾を探し、チャンスを獲得して、風雲に乗じて名を挙げついに一歩づつ巨富を築き上げたわけです。「天国と地獄;中国政商結合の道の行方 http://heqinglian.net/2014/01/06/china-entreprenuers-japanese/ )で
    湖南の企業家の曽成傑を例にとって政治家と企業家の関係を分析し、その結論は「中国の制度環境は政治家と企業家の結託において二つの可能性を潜在的に持っており、それは、実権を握る官僚たちが「キングメーカー」となる、と、十分な能力を持った官僚は「王を元の木阿弥に戻す」力と「その財産を砂上の楼閣にしてしまえる」ばかりか、その命まで左右できる、です。ここ数年の習近平の反腐敗キャンペーンでは徐明や、四川や山西の企業家たちの辿った運命がその典型です。企業家たちの運命は彼らの「バック」とともに浮沈するのです。

    ★中国における政治家と企業家の関係では、企業家は「原罪」を背負わされる。

    習近平の反腐敗の広範なことは鄧小平や江沢民、胡錦濤の時期のそれをはるかに超えたものです。かつてその特徴をこう書きました。「独裁政権体制の下での反腐敗は権力闘争型と通常の腐敗退治が交代に登場するけれども、それは専制政権においては統治の基本手段であって、それが根本的に腐敗をなくすなどということは望むべくもありません。習近平の反腐敗の特徴は以前、① 主に省部クラス以上を対象にしておりそれより下の基層部分には触れない。② 企業家連には特に厳しく、山西の炭鉱企業主、四川の大物たちを倒し、周永康の子の周滨がかかわっていた系列の企業家たちは一族誅滅の目にあった、などの例をあげました。

    中国の政治家と企業家の関係は利益が大きくなればなるほど、危険度も大きくなり、まさに甘い毒なのです。打倒された役人の数には限りがありませうが、葬りさられた企業家はほんの一部ですが、しかし富を積み上げる過程において企業家たちは「原罪」ともいうべき呪いがかかっている運命で、それは時間とともに消え去るものではなく、いつ爆発するかわからないものなのです。

    最も典型的な例は1995年の上海で起きた「377国債先物契約事件で荒稼ぎした大金持ちたちです。

    1995年2月23日は「中国大陸証券史上の最も暗い日」と言われます。その日、上海証券取引所が発行した327国債先物契約で仰天するような投機の生死を賭けた戦いが行われました。事件の主役は万国証券総裁の管金生が財政部内の情報をゲットできなかったために「空売り」で敗北し、”鎖で縛られて入獄”、1997年、公金使い込みの罪名で懲役17年を言い渡され、7年の服役ののち、医療仮出獄しました。財政部内部の情報をゲットし、空買いしたのは財政部の「中経開」(*当時財政部傘下唯一の信託会社。中国经济开发信托投资公司。この事件後解消された)とその関係者で、帳簿上では70億元を儲けました。しかし、1995年末、中経開の第3代の社長になった中共の前財政部補佐官の韓国春は「財経」雑誌のインタビューに答えて「327が中経開にもたらした利潤は1億もなかった」と答えたので、世間は「では70億元の帳簿上の利益はどこへいってしまったのか?」と問題になりました。

    巷の噂では70億元の一部は内部情報を得て、中経開の名前をつかってRat Trading(*公金投入の情報を事前に知っておいて、低い値段で証券、債券を買い、高値で売り抜けることらしい)した連中で、それは江浙財団だといわれました。そしてこの投機家の中で一番有名な投機家の魏東は飛び降り自殺し、袁宝環の一家3兄弟は殺人事件がらみで死刑になり、一門全滅。袁一家がこのような悲惨な代償を払うにいたったのは劉漢(*四川省の事業家。周永康の息子周滨と関係が深く2015年2月9日死刑)が手を回したといわれており、これで22億元を儲けたといわれています。

    のちに龍黒金帝国を創立した劉漢はその後、周永康とオチか好きになりましたがやはり最後は死を免れませんでした。327国債事件で大儲けした前上海不動産王の周正毅は2007年11月、陳良宇事件で懲役16年を受けました。先に万国証券の空売り、その後、中経開側に寝返り空売りした遼寧国発グループは、その後になって数百億元の
    「遼寧国発事件」を起こしそのボスだった高原、高嶺兄弟は中国を脱出し今に至るまで行方がわかりません。

    327国債事件に関係した大金持ちたちは3人が死亡、1人が獄中、2人が国外逃亡しました。これが当時上海と江浙両省を揺るがした富と欲の一大パノラマ絵巻として、その後もいろいろな噂が乱れ飛びましたがメディアも掲載せず、香港メディアも噂話を掲載するだけでした。この事件の最大の謎はまさに財政部内の消息をどのようなパイプを通じて中経開に漏洩されたのか、背後にはいかなる超大物がいたのか、70億という巨額の金の大部分は誰が手に入れたのか、です。巷の噂ではこの話はまだ終わっておらず、いつまた爆発して誰かを巻き添えにしかねない、というものです。

    ★「政治家と企業家の清いおつきあい」などユメマボロシのお話

    2012年以前、中国の企業界にはまだ真剣に中国の政治とビジネスの関係を考えようとすることはなく、大部分の人々はそのなかから儲かればいいとおもっていましたし、少数の人だけがちょっと不安だとおもっても、自分と役人の間の共生関係が安全保障につながるだろうとおもっていました。その間に中南海の主人は変わりましたが、経済界の企業家たちと朝廷の官僚たちは基本的に無事でいられました。陳良宇事件の影響範囲は限られたものでしたし、99%以上の政治家と企業家はグルになって金儲けに勤しんできました。しかし、習近平の反腐敗が始まってから、役人は束になって牢屋に放り込まれ、山西省や四川省のように「企業家が土砂崩れのようにやられた」結果、数十家族の財産が煙のように消え失せたことから企業家たちもようやく政治家との関係を真剣に考え始めました。

    その考えというのは二つの側面があります。一つはすくなからぬ人々がこっそりと資本を中国から国外に移しました。どのぐらいの額か?外貨準備高がひとつの参考データになるでしょう。

    中国中央銀行は12月7日に、11月末の中国の外貨準備高が3.44兆米ドルだと発表し、2014年6月の最高値が3.99兆ドルでしたから、5500億米ドルが減ったことになります。別の方面では習近平が役人と企業家はグルになってはならず、公私の区別をきちんとすべし、と強調して「政治家・役人と企業家は『君子の交わり』を」と発言したあと、中国の企業家たちもさまざまに政府・官僚たちとの関係を考えはじめ、すくなからぬ長年癒着していた役人やビジネス界の大物もこれについて発言しはじめました。

    元外国経済貿易部の副部長だった龍永図は、中国では最も下の役人ですら最も金持ちの企業家より力がある。こうした政治と企業の関係は不正常である、として龍は「法律をちゃんとして政府と企業の関係にしっかりした枠組みを作る必要がある」といいました。これは中国における政治とビジネスの関係においてビジネスが弱い側だということを認めたものではありますが、しかし中国が三権分立の国ではなく、一党専制の国で中共の意思は法律より上位にあって、法律の規範では政治とビジネスの関係を規制できないのだということを無視しています。

    元や現役の政治局常務委員の家族と利益関係がさまざまにあると言われている万達グループのトップである王健林は中国メディアの取材に対して、自分が企業を経営する方法は「政府に親しみ、政治からは遠のく」のだといいました。そして、この話のキモは「マーケットの道を歩み、自分のビジネスモデルを確立し、しかし政府から遠くにいるのは賛成せず、それは中国では政府から離れているというのはあまりにも嘘くさくなるから。政府も等もどうでもいいというのは嘘だ」と王は嘆き、「政治家と企業館お関係を処理するのはハーバード大學の博士になるより難しい」といいました。

    もう一人、権力層と非常に密接なつながりをさまざまにもっているアリババの馬雲はいかに政府とコミュニケーションをとるか、という話にたいして王よりあからさまに「それはワザが必要なんだ」と言っています。「政府のやり方を変えようとするのは容易なことではない、だから我々はそれを尊重し、彼らとコミュニケーションをとって交流しつつ、彼らに私たちの問題になんとか耳を傾けて配慮してもらうようにする…のだ」などとはなしました。

    「許認可が多ければおおいほど腐敗も多くなる」というのは事実でしょう。ですから政治とビジネスの関係はシンプルにするなら、役人と企業家たちはどちらも腐敗という面倒ごとから解放されましょう。一番良いやりかたは政治をシンプルにして権力を手放し、行政改革を推進させることです。いわゆる「行政許認可」というのはつまりは政府がリソースを独占しているという一種の形なのですから。

    中国人ははっきり言いませんが、中国の政治とビジネスの関係がこんなにねじくれて不正常な形になっているのは政府が一切を握って独占し、それをどう配分するかについての権力も握っているからです。この根本的な問題を解決せずに政治家と企業家が「君子の交わり」を結ぶなどというのはとんだ「チャイナドリーム」にほかなりません。現在の制度の下では中国はこのまま政治とビジネスが結託していくという道を歩む他はありませんから、企業家は永遠に「原罪」を背負わされて、徐明が死んでもあとからあとから第二第三の徐明の発生源はなくなりません。(終)

    拙訳御免。
    何清漣氏の原文は;何清涟:徐明之死与中国商人的“原罪” http://www.voachinese.com/content/heqinglian-blog-xuming-20151207/3092488.html

    About

    Leave a Reply

    Your email address will not be published. Required fields are marked *