• 中共洗脳教育の後遺症ー「洗脳の歴史」作者の獄舎入りに思う

    by  • December 13, 2015 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣

    2015年12月10日

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    https://twishort.com/H18jc
    最近、「洗脳の歴史」を表した傅志彬(*江西省の作家。台湾で出版。罰金15万元も。参考;中文ーhttp://www.rfa.org/mandarin/yataibaodao/renquanfazhi/yf3-12042015104306.html)が「違法経営罪」で懲役1年10か月、出版した三人もそれぞれ6か月から1年半の刑を受けました。この「洗脳の歴史」という本の内容は人類社会の数千年にわたるキリスト教からイスラム教、ファシズムから共産主義の洗脳までを対象としたもので別に中国のことだけを書いた本ではありません。しかし中国政府は明らかにこの書名に注目したようです。なぜなら今まさに中共政府は全国民、とりわけ青少年に「教育宣伝」を倦まず弛まず続けているわけです。そして「教育宣伝」というのは中国では「洗脳法」の政府側の言い方なのです。

    ★洗脳術は懲罰のムチが欠かせない

    専制独裁政治の洗脳はソフトなやり方とハードなやり方の両面あります。ソフトには二つあって、ひとつは国家教育システムによってイデオロギーを注入すること。二つ目は政府メディアで不断に宣伝を繰り返すことによってイデオロギー教育の内容を強化することです。

    しかし、いついかなる時代の国家においても、例えば中国の文革の世代のようにどうしても少数の自分のアタマで考える能力を持ってその時代のインチキを見抜き、勇敢に発言する人々が存在します。その時にはハードな懲罰手段が必要とされます。ただその種の懲罰も近年には野蛮さは減る傾向にあります。例えば中国の文革の時代には残忍な手段で批判者の生命まで奪ったものですが、現在は命を奪うところまではいかず、そのかわりに「飯をくえないようにする」つまり、仕事を奪ったり、刑務所に入れたり、程度は重いものから軽いものまでいろいろです。

    傅志彬ら4人が今回受けたのは中共の洗脳計画の工程におけるハードな懲罰です。今や香港でも中共のこうした強硬な支配からは免れません。少し前ま香港では「中国大陸では発禁」の本の出版にかかわった書店の主人桂民やその協力者4人が10月に前後して東莞、深圳、タイなどで行方不明となったままです。1997年、香港に英国政府が残した特区の政治遺産には世界のトップクラスの報道の自由がありましたが、今や中共色の浸透が強力でこの種の遺産はすでにボロボロになっており、かつて「東方の真珠」といわれた面影はありません。

    「強硬な」管制についてはわかりやすいのです。いまや世界ではISISを除いて、大多数の国家の人民はみなこれが人権侵犯だと知っていますし、国際社会もそうした専制政府を批判しますし、そのような人権侵犯をやめるよにと呼びかけ、違反するものは人類の政治文明での悪行だと知っています。しかし、洗脳の及ぼす後遺症は一体どのようなものなのか、という点については見落とされている点があります。

    ★洗脳後遺症;物事をみる方法と視点が”洗脳的”になる。

    これは洗脳後遺症の中でなかなか理解されない点です。何年も前に申し上げたことがありますが、中共の独裁専制政治に反対する多くの人々のうちにも、中共独裁専制によって洗脳されてしまった言語体系、思考方式と物事をみる視点を深く植え付けらえた人々が少なくありません。まず思考方式からみてみましょう。

    ちょっと前にある放送局で電話相談をやったことがありました。そこへ中共当局が民衆を洗脳して害しているとして不満を訴える電話がありました。いまのすべての問題は生産力と生産関係とに対応しないことからうまれており、資本家が残酷に労働者階級を搾取し、深刻な不公平を生んでいるというのです。私はこの方に「一般的にいうのですが、洗脳教育で与えられた理論と視点から現実の世界を分析してしまっているのでは」とお答えしました。

    といいますのは、現代経済学の様々な理論のうち、マルクス主義経済学だけが生産力を核心の概念としており、かつ生産力を労働力として、それも肉体労働と等しいとしてそこから『労働が世界を創造する』という考え方を敷衍して、『労働は神聖なもので、一切の他の階級より上だ』としているのです。

    さらに「生産力」と「生産関係」というのをワンセットにして、「経済基盤が上部構造を規定する。そしてプロレタリアートとブルジョアジーは必然的に階級闘争を起こし、プロレタリアート革命のもとで社会主義(共産主義)という人類社会の最高形態が資本主義に取って代わり人類社会の最終形態になるのだ」としているのです。

    マルクス主義のこの社会主義が必然的に資本主義に勝利するという理論はすでに現実によって間違っていたことが証明されています。マルクスの言い方ですと、人類歴史上、五種類の社会形態がありそれが原始社会、奴隷社会、封建社会、資本主義社会、社会主義社会(共産主義社会)と進んで行く、後者は必ず前者に取って代わるというのです。

    しかしこの100年来の歴史はいわゆる社会主義社会と資本主義社会は実は並存するものであって、経済発展という角度からみても、人権という角度から見ても社会主義は資本主義よりはるかに野蛮で遅れたものでしかありませんで、最終的には冷戦の両陣営の「平和的競争」の中で失敗したのです。

    労働(中国の毛沢東時代の宣伝で言えば肉体労働)が世界を作る、という言い方に至ってはさらに遅れた考え方です。この数世紀以来の歴史が証明していますが、科学技術の進歩が人類社会発展の動力でしたし、だからこそ教育をうけた想像力のある人材が必要とされたのです。

    西側経済学の生産三要素の考え方がとっくにこの問題に決着をつけています。いわゆる生産の三要素とはつまり土地、資本、人的資本であり、人的資本の中に含まれる科学技術、管理、および各種の専門的な訓練を受けた人材であり、肉体労働者の市場価格(労働報酬)と同じではありません。

    マルクス経済学の誤謬については中国の高校、大学の政治経済学家庭では正されておりません。青少年は卒業後、ごく少数の自分で勉強して考えてこうした誤謬を正せる人を除くと、一般人は反体制人士を含めてそのままの知識で世界を認識します。ですから、中国の労働運動は西側の労働運動の理論的支持なしで依然としてマルクス主義の搾取と被搾取という理論のままなのです。少数の労働運動のネットには偶に西側の現代社会の運動理論が紹介されていますが、クリック数は共産主義労働運動の理論よりはるかに少ないのです。

    ★洗脳教育の最大の後遺症;「異なった意見の持ち主はそれだけで敵」という考え方

    長期にわたって洗脳教育を受け、そこで形成されたパターンは容易に変えることができません。専制独裁政治の特徴は「敵」を簡単に発見したり作ったりすることです。中共の思想統制の特徴はまさに一切の異なった見解を、たとえそれが極めて穏健なものであっても認めようとせず、すべて敵対勢力の攻撃だとみなすことです。そして敵に対しての態度は「情け容赦なくやっつける」です。

    これは毛沢東の「およそ敵が反対するものは我々は擁護し、敵が擁護するものは我々は反対する」という”名セリフ”にあるとおりです。共産党員の良きモデルとされる雷峰の名言は「敵に対しては厳しい冬のように残酷無残にやっつける」です。私は小さいころ学校で歌わされた「我ら共産主義の後継者」という歌詞には「敵をきっぱり殲滅すべし」というのがなんどもリフレーンされていました。

    この種の思考が何代も続いて影響を与えた中国人は今日に至るまで「敵をつくりだし、それに対して情け容赦なく戦う」ことが習慣となってしまいました。中国語のツィッターは自由にものが言える場ですが、一部の「異議申し立て人士」の行為はまさに中共とコインの裏表のようです。

    中共は共産党を擁護することが「政治的な正しさ」の基準になっていますが、これらの共産党に異議あり、という人々も反共を唯一の基準にして、人間の善悪を判断しようとしますし、他人の言論を毎日、ノミ取りマナコで探し歩いては「敵」や「裏切り者」を探し出して悪罵を浴びせて攻撃しています。

    最近、あるドイツのツィ友と一部の人々が自分の判断だけを唯一の正しいとか正しくないとか極端な発言をする現象に関して討論しました。当時ある人のツィットで「もしお気になさらなければひとつ先進的なツィットをご紹介します。『反共こそは人間としてもつべき最低のラインであって、反共でないものは畜生だ。中共は世界最悪の邪悪で悪徳で害毒を流す恐怖の団体であり、今日の世界のテロリズムの源である。中共に比べたらベンアリやタリバン、ISISなどはみな小物にすぎない』というのです」というのを受け取りました。

    で、私は「当然、気にしますよ。反共も反独裁も同様に重要ですが、反共の旗印のもとに自分自身の醜さをすべて覆い隠し、白黒を反対にして、文明人としての最低線を放棄する、そんな”反共”は”反共産党”という旗印を掲げている中共の裏側コピーにすぎません。それは前面のトラを追い出して、後ろから狼をひっぱりこむようなものです。とりわけISISが中共よりマシだというような見方は軽々しく同調はできません」と答えました。

    そして「ここでその人のいう反共こそが人間のもつべき最低のラインであり、反共でなければ畜生だ、というのならば、その家族は一家全員が反共なのでしょうか?もしそうでなければその人は彼らを畜生だとみていることになりますが?中国国内にいて毎日本当に周囲の人々にあけっぴろげにそんな主張をしているのならそれは誠実な人でありましょう。しかし、そうでないならばただツィッター上で匿名のまま言ってるだけの話で真面目に受け取る必要はありません」と答えました。

    簡単に言えば、民主、自由、人権というのはワンセットになった価値体系なのです。もし自由民主の旗印を掲げ、いたるところで異なる意見をやっつけて回るのであれば、それ自体が民主、自由、人権の準則に反することです。この道理は極めて簡単なことで、民主というのは違った政治的意見の立場を容認すること、自由は他人の自由な選択を尊重すること、人権は言論の自由と他人の言論の自由を尊重することが含まれるからです。

    こうした人々は、中共の洗脳教育が自分たちの思考方法や行動に深く深く盈虚をあたえていること、こうした極端な言葉は自身にとっても、彼らが自称する反対者としての政治活動を代表してる存在にとっても深刻な傷をもたらしていることを意識していないのです。なぜならば人々は彼らの上に中共の姿とおなじものを感じ取り、おのずから嫌って、近づかないようにするからです。

    最後に「洗脳の歴史」の話に戻りましょう。人類が思想をコントロールしてきた歴史を理解したいとおもう人々にとって、この本は読むに価する一冊です。私もネットで一冊ダウンロードしました。もしどなたか中国人が洗脳されていて、自分でもそれに気がつかないという私の話に承服できないというのであれば、どうかこの傅志彬の本の「あとがき」にある言葉をおよみください。

    「自分で考える能力を作り上げるには知識の蓄積というものが絶対に必要というわけではなくて、むしろ物事を観察する方法、見方に関係する。そして物事への見方や考え方は往々にして幼年時代に形成される。ことわざに『3歳をみればどんな若者になるかがわかり、7歳をみればどんな大人になるかわかる』というのはまことにもってそのとおり。そしてこの段階はちょうど両親が子供たちに一番大きな影響を与えるときなのだ」という話をお読みください。

    中共統治は60余年ながきにわたり、何台もの中国人がみな深く教育によって毒を注入されてきました。「 小屋の柱に最初に曲がった木を使ってしまったら、あとからいくらまっすぐな木を使おうと思っても使えないから、まっすぐな木は却ってやくにたたなくなる」のです。

    拙訳御免。
    原文は;中共洗脑教育的遗祸 
——从《洗脑的历史》作者入狱谈起 http://biweekly.hrichina.org/article/30854
    (《中国人权双周刊》第171期  2015年11月27日—2015年12月10日)

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