• 危険を恐れぬ男・郭広昌は無事でいられるのか?

    by  • December 23, 2015 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣

    2015年12月14日

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    https://twishort.com/2hAjc

    (*爺注;日本では星野リゾートのトマム買収でしられる中国の著名実業家・郭広昌は12月11日に消息を絶ちこの文章が発表された直後、14日朝姿を現したがその間の具体的な消息はまだ明らかになっていない。)

    2015年は中国の富豪連にとっては運の悪い年回りでした。不運な政商を含む富豪たちは次々に入獄したり、自殺したり、ちょっと運が良くて「海外逃亡」できたという有様。多くの二ユースの中で、かつて「自分たちのグループには海外に逃げるパスポートなど用意している人間はいない」と豪語していた復星グループの総帥・郭広昌が「消息不明」で「政府の調査に協力している」と伝えられたことはもっとも注目を浴びました。

    ★郭広昌は国営企業を併合する危険を恐れなかった。

    郭広昌の事業は大規模なもので業界では「産業整理統合の先駆者」として高い評価を受けています。その意味は郭の復星グループはまるで中国大陸版の「和記黄埔」(*かの香港トップの実業家・李嘉誠の所有企業)のようです。復星ビジネス王国の網羅する分野は極めて広大で、その指導者が「政府の要請を受けて」「調査に協力」させられているというニュースは復星系の8つの株式取引中止と中国・香港の26にのぼる株式売買も芋ずる式に影響をうけ、「国薬」株は6%暴落しました。

    郭広昌はずっと民間企業家としての安全の模範で、20社以上の国営企業を買収しながら危険を恐れませんでした。ここ数年の民間企業家の悩みの種は「民間企業家10の大罪」の中でも「国有資産を横領着服した」と言われるのが国営企業を買収した際、逃れることが難しい罪名で、まるで頭上に髪の毛一本で吊るされている剣のようにいつ落ちてくるかわからない危険なものだったのです。郭広昌はこんなに沢山の国営企業を買収しながらも今年の12月までは何事もなく過ごして来れたので、多くの民営企業家たちは「郭さんはスゴイ」とおもわれていたのでした。

    メディアの評判を総括すると、復星の秘訣は産業統合の政策にぴったり歩をあわせて買収し、株を持ち、株を支配するやり方です。資金は十分に、発言権をもち、一歩一歩経営に参加し自分たちも、国有資産監督管理委員会も、企業も労働者もみなウィンウィンとなるやり方がその成功の秘訣だというのです。早くも2003年7月2日の「今日東方」に発表された「民間企業はいかにして国営企業を呑み込むか;三大買収事案の解剖分析」には「南剛」(南京钢铁)、国薬、上海友誼グループ(王宗南と)がすべて復星の国営企業買収の傑作といわれていました。郭広昌が良好な政治との関係を持っていることのほかに、復星実業ー友誼集団ー友誼株式ー聯華スーパーの株の一連の支配の完成は「友誼株を併合購入するやり方の複雑さはまるで『霧の中で花をみるようだ」と記者は評していました。

    復星グループが2002年に上海の豫園ショッピングセンターを買収した件はさらに「経済界のお手本」とまでいわれました。今に至るまでその背景は極めて深いものがあるのですが、一言で言えば「豫園ショッピングセンター争奪戦に参加した列強の争いの中で、郭広昌はまるで敵なしの勝利をおさめました。当然明らかにされてない内幕があるわけでしょう。

    私が郭広昌に注目したのは彼の民間企業の国営企業改革参加がほかの経営者とは違っていたからです。2013年から中国政府は民間企業に国営企業改革参加を推進しはじめましたが、宗慶后(娃哈哈グループ総帥)、王健林(大連万達グループ総帥)らはみなその道を怖れ、「金剛杵郵政;民間企業が国営企業の株を持つ6大危険」には何人かの民営企業家の「混合所有制」に対する見方を紹介していますが、その中でも言及されている主要な危険は;国営資本の責任者は資産に対する責任を必要とせず、国有資産が流失した場合、高圧線に触れたようにその責任が民間企業の株主に押し付けられるおそれがある。国営企業の株主は民営企業の株主より強味があって協力はしにくい、などなどが挙げられていました。

    つまり、近詠企業が国営企業とは協力できない、それはワナにはまるに等しいということです。しかし郭広昌だけが「国営企業改革は国有企業の資産流出を必ず防止しなければならない」という文章で前向きで楽観的だったのです。この記事は原則をおおいに掲げて「国有資産の流出を防ぐというこの点は、秩序をしっかりきめて規範にのっとり透明性をもってやればこの問題は解決できる。私はこれはただいい正義の過程を経て解決すれば正しい結果の出る問題だとおもう」とまるで官僚がいいそうなことを平気でいっているので少なからぬ人々が好奇の目をもって読んだのですが、読んでもその意味は要領を得ないものでした。

    上海のブルムバーグニュースは12月11日に鋭くも「政治に恋々としない郭広昌はいかにして国営企業20社の投資に成功したか」という記事を載せ、最初に「郭広昌が連絡を絶ったという知らせに、多くの民営企業家は仰天してメガネをずり落した。民営企業の国営企業参加について彼らはまだ多くの疑問を抱えている。ただ今回はこれまでと違う点は、これまでは彼らは『郭広昌はなぜうまくやれるのか?」というのが疑問だったのが、現在では彼らは「郭さんは一体どこで間違えたのか?」を知りたがっているということだ、と極めて暗示に富む書き方をしています。

    ★郭広昌は”氷山の一角”王宗南に触れた?

    財新ネットの「復星グループ総帥・郭広昌の消息不明」(12月10日)という記事で、疑問の余地を残さぬぐらいはっきりと郭広昌と王宗南事件(*元官僚でその後実業家に転じた。江沢民派とみられる。公金横領事件で逮捕、有罪判決)の関係を指摘しています。「2015年8月、上海市友誼グループ壮大の王宗南に判決がくだり…その判決文にはっきりと復星グループがかかわったことが書かれており、王宗南は食券を利用して復星グループのために利益をはかった。2003年、郭広昌は208万元あまりの低価格で二棟の別荘を王宗南の両親に販売。当時の実勢価格との差額は269万元であった」と。

    容疑となっている金額は大したものではありませんが、しかし司法機関にとってはこれはひとつの突破口をみつけたわけで、「針の穴から大風をふかせる」かどうかは、郭広昌(か、その背後の支持者)が果たしてこの穴をうまく防げるかどうかにかかっている。「調査に協力」という意味は明らかに、郭広昌を突破口にしてさらに大物を狙っているということです。

    王宗南とは何者なのか?メディアは「もし王宗南が指揮をとっていた百聯グループと光明グループの麾下にある企業とその生産物をしったなら仰天間違いなし。なぜなら、上海の衣食に関する企業はほとんどすべて”王宗南”が総攬しているからだ」と書いています。王にヒゲチョン括弧がついているのは筆者の許冰清がはっきりとした意思をもって”王宗南”は一人の個人ではない、という意味です。

    「上海ビジネス界のゴッドファーザー」といわれた王宗南は1995年、上海市黄浦区の副区長を辞任し上海友誼グループ有限公司の社長および聯華スーパーの社長になって以来、その業績は郭広昌と似ています。三度、国営企業の再編成を主導し、そのなかで復星グループと共同で友誼-聯華案件を買収するなかで交流ができました。そのなかにさらに上海立鼎という秘密が生まれました。この上海立鼎公司の大株主は普通の市民だったのです。王の逮捕後、あるメディアは立鼎法人というのは王の友達のものだと報じました、これで思いつくのは天津の大爆発後、あの会社の法人は代役が株主だったことで、おそらく立鼎もそうした浅からぬ因縁のある会社でしょう。

    王宗南の失脚の始まりを考えると、彼は前総書記の江沢民との家族の関係が常に人々の興味の焦点でした。郭広昌が王宗南に賄賂を送ったということは郭と王のあいだでは郭の方が弱い立場にあったということです。このようにおおきな共同買収案件で王宗南がたった300万元にもならない賄賂を欲したとうのも中国の政治とビジネスの関係の常識にはあいません。

    ★郭広昌のみえかくれする曖昧な背景

    郭広昌はよく太極、儒学、道学、佛教などの教えを自分の成功談の秘訣だと自慢げにかたりますが、その政治家との関係というのは国内メディアがいろいろ報道はしているのですが、細かい点になると依然としてぼんやりしてよくわかりません。もし消去法でやってみるとあるいは輪郭がつかめるかもしれません。

    郭広昌の消息不明が伝えられてから、中国が外国のメディア、ネット、マイクロブログではいろいろ昔の話をもちだして、幾通りかのシナリオが語られています。第一のシナリオは郭と令計劃(*失脚した政府高官)がつながりがあったという説でこれは無視してよいでしょう。突然、憶測だけがでてきてほとんど根拠らしいものがないからです。

    郭の発祥の地、そして総本山はどちらも上海にありまして、これまでの大成功と今日のトラブルはみな上海に関係するとみてよいでしょう。第二のシナリオは前からトラブっていた上海市の副市長の艾宝俊の容疑と郭が関係しているという説。ネットでしらべてみましたがこの可能性もあまりないとおもいます。艾は1960年2月生まれで遼寧省遼陽市の人間で、役人になったのは郭がビジネスをはじめたのと同じころの1992年ごろです。郭広昌は1992年に3.8万人民元を出資し三人の復旦大学の同級生と一緒に広信科学技術発展有限公司を設立し、6年間に3万から数億の財産を築く伝説的な成功をおさめましたが、そのとき艾はまだ上海宝鋼で頑張っていたわけです。艾が2007年に上海副市長に任命されたとき、郭はすでに上海で幾つかの併合をおこなって中国でも屈指の金持ちになっていました。

    第三のシナリオは上海市の前人民代表大会主任の龚学平が中央規律委によって調査され、その関連で郭広昌がひっかかったというものですが、これはもっとあてになりません。なぜなら龚はメディア出身で主に宣伝部門の職歴ですから、郭のビジネス帝国には上海メディアはありません。

    第四のシナリオは郭のバックは李源潮(国家副主席)だ、という説です。李がここで「流れ弾にあたったように」名前がでてくるのは李も郭もともに復旦大学の共産主義青年団の系統だからです。李はかつて復旦大学の共産主義青年団の書記をつとめ、1983年、中共上海市委員書記の陳不显が紅葉宝に推薦し、共産主義青年団上海市副書記になって、同年、共産主義青年団の上海委書記に昇任しました。この後、上海をはなれ共産主義青年団中央の職につきました。一方、郭は1985年に復旦大学哲学科に二遊学し、卒業後も学校の共産主義青年団の委員でした。もっとも大胆な推測をすれば復旦大学の共産主義青年団にいたときに郭が李と一緒に仕事をして言葉を交わすなかになった、というものでしょう。しかし、郭を援助して上海で天下をとらせるなどということは李の力の及ぶところではありますまい。上海は「江沢民の裏庭」でしたから李もそんなことはきっとのぞみもしなかったでしょう。これから出世しようというのに同窓だというだけで援助して自分で地雷を埋めてしまうようなものですから。で、これもないとおもわれます。

    私は財新ネットのシナリオがいい線いってるかなあ、ともおもいます。王宗南に関係し、王と国有企業を共同で買い取った、という件に関係するという説です。ブルムバーグの記事の結論部分で「郭広昌と復星グループのこの20数年を振り返ると、二つの点は確実に言える。ひとつは郭と復星は様々な体験を経て今日あるわけだが、それにはきっと沢山の人々にしられると困ることがあるにちがいない。二つ目は目下の国営企業改革で復星の経験と教訓はすべて必読の教科書となるだろうが、なかでも『人に知られてはならない』という4文字が”春秋の筆法”といえるだろう、と。

    郭氏の伝奇は再び「光明の志をたてた成功物語」(農家の子が国家の指導者に、とか億万長者にとか)は中国人の生活が『もっとも素晴らしい時代』をものがたるとともに、「後ろ暗い腐敗の物語」が中国人の生活が”最悪の時代”であるということを証明していましょう。(終)

    拙訳御免。
    原文は;何清涟:履险如夷的郭广昌还能平安否? http://www.voachinese.com/content/heqinglian-blog-guoguangchang-20151213/3101251.html

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