• 役人は遅れず休まず仕事せず

    by  • January 23, 2016 • 日文文章 • 0 Comments

    何清漣

    2016年1月21日

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    https://twishort.com/mENjc

    台湾総選挙の直後に国務院台湾事務弁公室副主任の龚清概(ごん・ちんがい)が過去の腐敗を理由にされて失脚しました。台湾総選挙の結果は習近平皇帝のメンツ丸つぶれですから「腐敗」の罪をいまになって問われたと外部みられることはまぬがれません。この出来事はちょっと前に中央規律委のサイト上に掲載された習驊(*し〜・ほあ/中央規律委員)の昔に託した現状批判の「役人は事件発生を坐して待つだけだった(*官员都在坐等出事)」という文章を思い出します。

    ★龚清概;習近平の腹心から囚人の身に転落

    1月19日、中央規律委サイトに発表されたニュースは、「中共中央台湾工作事務局、国務院台湾事務局副主任の龚清概は”深刻な規律違反”で現在、取り調べを受けている」というものです。

    この短い簡単なニュースから分かる事は限りがありますが、しかし他のメディアの情報はなかなか興味深いものがあります。

    1;龚は福建省の地元役人で、2013年10月に抜擢されて台湾事務局に赴任。現”皇帝”習近平はかつて福建、浙江、上海に雌伏していたが、浙江はわずか5年、上海はたった1年。福建だけが18年間も任期があったことから、龚が今上皇帝の習近平自ら抜擢した、という推論はなりたちましょう。
    2;龚の犯した罪は福建省時代の旧罪で、抜擢をうけたとき以前のこと。
    3;この旧罪が追求された時期はまさに台湾の総選挙の3日後だったという事自体が、龚の失脚は汚職ではなく、台湾の選挙で失敗したという罪だろう。

    今上皇帝・習近平はこの処分によって;いまや官僚のサボりは目に余りこれを正すときであって、たとえ皇帝みずから抜擢した臣下であっても仕事ぶりがダメならば容赦しない、ということを表明したのです。この事実と習驊が2015年2月に書いた「雍正帝の官僚管理の鉄腕の啓示」という一文の思想は一致します。

    ★嘉慶帝時代の腐敗堕落はついに「癸酉之变」になった。

    「役人は事件発生を坐して待つだけだった」の作者の意図は、いまになって思えば清朝の嘉慶18年9月18日(1813年10月8日)に、天理教の首領・林清が(*わずか200人で十万以上の守備兵がいるはずの)北京の紫禁城を攻め、もうちょっとで勝利するところ(*皇帝は留守。門の守備隊長は逃亡。皇帝の銃マニアの息子が応戦しリーダーを射殺して辛勝を得た)だった「癸酉之变」を分析して清の中後期における朝政の因循怠政の弊をもって現在の役人の訓戒にしようということでした。

    嘉慶帝はこの事件に大変、衝撃をうけました。というのも事件の情報は皇帝がしらなかっただけで、臣下にはちゃんと情報が上がっていたということがあとでわかり、さらに宮廷内部の宦官たちの手引きがあったということも判明したからです。この事件のおきる一年も前に、少なくとも4人の役人の元に五回にわたって襲撃の情報をもたらされており、そのうち三回は事件発生の警告だったのです。

    朝廷官僚たちのサボりっぷりは、以下の通りです。

    時の台湾府知事の汪楠は、事件のおきる一年前の1812年夏に「来年、紫禁城の嘉慶帝を襲う計画がある」という一教徒の情報をききながら処刑してその口を塞いで知らん顔。余計なことに関わりたくない、ということでした。また、皇族の豫親王が知らせを受けて報告を上げなかったのは謀反に参加したナンバー2の祝现が自分の家の執事だったこと、執事を通じて首謀者の林清から贈り物をもらったことで自分の関わりが疑われないかと心配して自分のクビのほうを皇帝の安否より重視したのでした。九門提督の吉倫の職責は首都の警備でしたが、二度も情報を得てもこれを放置し、天理教徒が攻め込んだ当日も放置したのでした。(*自分の職責は北京を囲む九つの門であって、宮城警備ではない、と言ったとかいわれる)兵部尚書兼順天府の劉镮之は10月7日に翌日、林清らが皇居を襲撃するという知らせを受けながらも別に大したことではないとそのまま酒を飲み続けたのでした。(*郊外で狩りをしている皇帝を迎えにいくとして、その途中で襲撃の急報を受けたがそのまま酒宴を続けた、とか)

    これは情報がちゃんとしていても国家機関が錆び付いて動かず、その機関を掌握している面々がサボりっぱなしで、あやうく皇帝の宮城をまんまと賊に献上するところだったのです。皇后までも自殺する準備をしたのでした。事件後にわかったことは皇帝は実は針の筵の上に座っていたようなもので、宮中の高い地位にあった宦官の閻進喜ら十数人がみな天理教徒で事件に内応していたのでした。

    ★怠政懒政は現在の中共王朝に相通じるものが

    当時の官界の怠けっぷりについて、「清朝の官僚たちの腐敗には、『貪る』というほかに『怠る』という特徴があり、誰もが仕事をしようとせず、責任を負うことを嫌い、毎日、ぼんやりいいかげんに事をすませていた。乾隆帝の時代の中頃から官界はよどんだどぶ池のようなもので、何もしない事がメインテーマになっており、国家統治機関は錆びて腐って、社会の問題はモグラ叩き状態。役人は完全にサボるのにまかせ、出世する”3つの方法”は「間違いを犯さず、業績ではなく、良い報告だけあげて、悪い報告はねぐって上司を満足させ、より多くペコペコして口をとじている」ことでした。三朝元老(*3つの皇帝に無事使えた、の意)の曾振镛の名言は官界での成功の秘訣を「仕事をやればやるほど、失敗も多くなる。なにもしないのが一番安全。だから皆の衆、問題は避けてとおって、蹴鞠を楽しみ、失敗しそうな仕事があればうまく他人に押し付けよ」でした。

    文中に引用されている魏源の清朝官界の空気についての総括は「責任を負わなければ成熟穏重といわれ、蹴鞠がうまければ聡明で知恵があるといわれ、間違いをとがめず.大目に見ていいかげんにやっておけば万事オッケー」というわけでした。筆者の習驊は「人々は鈍感で何事にもかまわなくなり、個別の『大事件』にも一向に目を覚まさず、このようになってしまった原因は役人たちが狭い人生の目標、すなわち『偉くなって金を儲ける』ことしか考えず、『修身斉家治国平天下』といった伝統的価値観を信じている奴はアホだ、と思うようになった、としています。

    この習驊の清朝の官界の空気における『修身斉家治国平天下』を「社会主義的価値観」に置き換えれば、まさに今日の中国官界の状態そのものになります。

    ★習驊の苦心の文章も効果のほどは…?

    習驊の文章のタイトルは「役人は事件発生を坐して待つだけだった」ですが、彼の本意は事件が起きる事を期待しているわけではなく、役人たちに訓戒を与える事です。「朝廷は皮、役人は毛」ですから「皮がなくなれば毛もない」のです。これは蒋介石が1948年に中共と中国の帰趨を争う前夜の蒋介石が部下の将校たちに垂れた訓戒と同じ内容です。

    1948年9月、遼沈戦役(*遼瀋會戰とも。第二次国共内戦の三大戦役の一つで中共が初めて国民党軍をしのぎ勝利)の始まろうとするとき東北の国民党軍の軍司令官だった衛立煌は独断専行で兵力を拠点防備に集中して、各地の情勢が急を告げても、蒋介石から催促されても各地に兵を派遣しようとはしませんでした。蒋介石はやむをえず沈陽に飛び、国民党の師団長以上の将軍たちに形勢の極めて危うい事を説き、肺腑をえぐるように「この戦いこそが死中に活を求める戦いである。自分は60歳をすぎて死んでもかまわんが、お前たちは若い。ワシの言う事を聞かなければ一人一人、みんな共産党にやられてしまうのだぞ」と言いました。

    この蒋介石の老婆心に満ちた言葉もその場の国民党軍将校たちは聞き入れませんで、結局最後には「一人一人みな共産党にやっつけられて」しまって「戦犯」として何年も「改造」させられたのでした。今日も同様に、習驊がいくら諄々と説いたところで役人たちは聞く耳を持たないでしょう。

    ★政策的な改革では制度の弊害を正せない

    私は1998年に、中国の腐敗は制度的な腐敗であって、制度を変えない限り腐敗をなくすことはできない、と書きました。現在、習近平は反腐敗のイデオロギー宣伝によってやろうとしていますが、これでは本当に腐敗をなくすことは無理に決まっていますし、さらに役人たちをサボタージュさせるものになるでしょう。その原因は;

    1;腐敗の原因、源は制度にあります。制度が役人の贈り物であり褒賞になっています。この道理はすでに「中空の”鉄の手綱”はハリボテ
    http://heqinglian.net/2015/10/26/xijinping-politics/」で書きました。江沢民・胡錦濤時代に役人たちを操縦するのにはシステム的に金銭を与え買収したのでした。イデオロギー上の高調子と洗脳以外に、しっかと地に着いた物質主義があったのです。この弊害は山と積み上がり、今や習近平の手中には「共産主義の理想」という包み紙と紐以外に役人を仕事に駆り立てるものは何もありません。彼は人事を整えること、腐敗役人をやっつけることで、役人であることを「ちっとも旨味のない料理」にしてしまいましたから、誰が「革命の動力」などになるでしょうか。かくて、役人たちは政治を怠け、なにもしないでサボタージュするばかりなのです。

    2;「仕事を多くすると間違いも増える。やらないのが一番」はもう悪循環化。

    役人として信用も威厳もないことを罰しないというのは、別の半面では奨励しているのと同じです。「貪り、サボる」というのが当たり前の状態で出世システムは変わらないという前提のもとで、仕事を満足にできなかった役人を罰するなら、それは役人がさらに仕事へのやる気をなくさせるだけです。

    仕事をやればやるほど間違いも増える、というのは2015年の証券機構が皇帝の命令で株式市場救済に動いたときの教訓でした。2015年、政府は株価をあげようとして、まず10000ポイントを目標にしましたが、これは権力の手と市場のみえざる手の間の殴り合いで、結局、皇帝陛下の期待どおりにならなかったのですが、誰もあえて面と向かって皇帝に奏上することなく、ただがむしゃらに引き続き株式市場救済の重責を負って動いたのでした。そして株価が最高指導者の期待した10000ポイントに達しなかった時、なんと前代未聞の「悪意ある中国の空売り」という罪名が登場して、株式市場救出にあたった「全軍」はみなその罪名や腐敗の罪名で入獄させられました。これにかかわった証券界の実力者たちは当然、腐敗の行いはあったし、少なからぬ連中のそれは相当ひどいものであったことはたしかですが、しかし株式市場救済の失敗の責任を「腐敗」の罪で取らされるということになると、これは役人たちに「失敗しないのが一番」というサボりの道を歩ませることになるだけでしょう。

    龚清概という福建省の役人が国務院台湾事務弁公室の副主任に抜擢されたのは皇帝陛下が国務院台湾事務弁公室の役人たちに信頼をおかず、自らの腹心を送り込んだわけでしょう。しかし、2016年の台湾総選挙の結果ははなはだ皇帝の意に添わぬ結果となって、昔の罪で処罰されたとなれば、役人たちはますます「仕事をしないことだけが間違いを犯さないこと」となります。ましてや台湾の現状をまねいた主要な原因は「生まれながらに台湾人だと自覚している若い世代」が増えてきたことと、かつて中国大陸から逃げてきて「当然、中国とは統一すべきだ」とおもっている世代が歴史の舞台から退出していったからであって、ゴンちゃん風情がいかに頑張ってもどうしようもないことだったのですから。

    政策と人事をもって制度の欠陥を改善しようとするのは皇帝本人がいくら頑張ったところで、結局は崇禎帝の有名な「朕が某国の君主ではなく、臣下がみな亡国の臣だったんじゃ」という嘆きになることをまぬがれません。今、官僚たちに「朝廷という大河に水が満々と湛えられているから、官僚という小さな河の水も満ちるのだ(*だから真面目に働け)」という道理を説いたところで、そのむかし蒋介石総統が決戦の前に「まじめにやらないと、諸君はみな共産党にやられちゃうぞ」と言ったより以上の効果はなさそうです。(終)

    拙訳御免。
    原文は;从官员贪懒与坐等出事看制度之弊
    http://www.voachinese.com/content/heqinglianblog-gongqinggai-china-20160120/3155031.html

     

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