• VOA 程暁農氏インタビュー 「習近平核心」で中国はどこへ向かう?

    by  • February 27, 2016 • 日文文章, 程晓农文集 • 0 Comments

    程暁農

    2016年2月2日

    全文日本語概訳/Minya_J Takeuchi Jun

    https://twishort.com/6jSjc

    《はじめに》習近平時代の3年目、その施政の方向も大体はっきりしてきました。では彼の指導下に中国はいかなる方向に向かうのか。VOAはこのほどプリンストン大学社会学博士の程暁農氏にインタビューしました。社会主義国家の形態変化をご専門とする博士は中国、ロシア、東欧諸国のそれぞれの道に独自の見解をもっておられます。

    質問);社会主義国家の形態問題のご専門として中国の将来の政治動向という問題にどのような観点をお持ちですか?

    程暁農氏;社会主義国家の形態変化は政治だけでなく経済、社会問題を理解しなければなりません。ある国家を理解しようとするなら他の幾つかの類型国家もしらなければなりません。私は過去20年以上この研究をしてきて比較的広い視野からこの問題をみています。政治レベルだけでなく、経済状況が政治に与える影響がありますし、別の面では中国だけでなくロシアの変化も研究してきました。こうしてロシアや東欧と比較して中国をみることができます。その軌道だけをみていると偶然性のようにみえることもソ連の同様の問題と比較するといろいろ法則性が浮かび上がってきます。

    質問)最近、中国国内のメディアでは各地方の共産党員に対し「習近平核心」に忠誠を誓う、というような動きが沢山報道されています。1月29日には北京のメディアが一斉に「4つの意識」(政治、大同、核心、全体を見る)という言葉を伝えました。こうした新しい言葉は何を意味するのでしょう?

    程氏;中共の官僚たちが「習核心」に服従する姿勢をみせるというのは単純な宣伝手法ではなく、いま、上から下へあらたな指導方式モデルが作られているということです。つまり、集団指導性が終わって再び最高指導者の個人的権威によって専断する体制を再建しようということです。

    質問)胡錦濤時代の中共高層は典型的な集団指導性の特徴をもっていました。あなたは現在、個人的権威主義に変わろうとしているとおもっておられるのですが、これは個人の指導のやり方の変化でしょうか、それとも中共指導モデルの形の変化でしょうか?

    程氏;これは一人の人間の指導方法の変化といったものではありません。なぜなら、集団指導にせよ個人の独裁にせよすべて一連のシステムの制度的なものに関わりがあるからです。例えば、個人の専断の前提は最高指導者の個人的権威であり、かつ最高指導者個人が権威を持っていて、軍や情報機関に対して絶対的なコントロール権をもってさらに人々に個人崇拝させる動きを推進して世論の上でも個人の権威をつくりあげなければなりません。中共が今日、再び最高指導者の個人的権威と個人専制に回帰するのはそれ自体の独自の論理があり、それは一種のあらたな統治方式なのです。

    質問)どうして中国の指導者は集団指導から個人の権威に向かって一種の規律を体現しようとするのですか。それはどんな規律なんでしょう?

    程氏;あらゆる共産党国家の指導モデルは集団指導と個人権威指導の間を揺れ動くものです。けれどもそれは勝手に動くということではありません。一般的に言えば、第一段階、共産党建設の初期には往々にして集団指導です。ソ連共産党のレーニン時代、中共の50年代初期がそうでした。しかし党内の高層の政治の雰囲気が落ち着いてくると最高指導者は自分に対する批判を許容しなくなり、かつ異なった意見の持ち主を粛清するのが常で、最後には個人崇拝がまかり通るようになって、スターリンや毛沢東といった最高指導者の個人的権威と独裁が集団指導にとって変わります。これが指導モデルの第二段階です。そしてその個人権威の指導者が死んだ後、第三段階になって集団指導性に回帰します。フルシチョフからゴルバチョフ、華国鋒、鄧小平から胡錦濤、など基本的にはみな同じです。ソ連は第三段階の末期に解体しましたが、中国は現在第4段階に入ったのです。つまり最高指導者の個人的権威の再建、ということです。

    質問)もし、かつてのソ連中国両国が集団指導に前後して復帰したのが必然だとしたら、現在の中国がふたたび個人権威主義に戻るというのはどう解釈しますか?

    程氏;指導者モデルの選択と統治の需要というのは密接な関係があります。スターリンと毛沢東はどちらも急いで工業化と強大な軍事工業の建設を完成させなければなりませんでしたから、それには最大限の資源の集中が必要でしたし、一般庶民の生活需要は最低限まで引き下げなければなりませんでした。同時に国内の民生重視派を弾圧して党内の異論を黙らせなければなりません。ですから個人崇拝と広い範囲での政治的粛清が必要となったのです。

    統治モデルがこうして建設されるのです。私はこれを「低コスト統治モデル」と呼んでいます。というのも当局は安い給料、低福祉で役人や庶民にいうことを聞かせ従わせることができるからです。しかし、スターリンや毛沢東の死後、こうした低コストの統治モデルは続けることが困難になりました。それは個人崇拝はその後継者に引き継がせるというのはできないからです。後継者は往々にして過去の冤罪や間違いを正すことによって民心を得なければなりませんし、同時に一般庶民に実利を与えることによって後継者たる合法性を打ち立てなければならないからです。フルシチョフや鄧小平はみなこのやり方でした。この過程で政治エリート層の腐敗がまたよみがえります。ブレジネフや江沢民、胡錦濤といった指導者はみな腐敗を大目に見ることによって官僚たちの服従を勝ち取ったわけです。

    質問)というとどうも広範な腐敗はある種の必然性があると思っておられますね。そうだとしたら、なぜ習近平は重大な変化を起こす必要があったのでしょうか。そのまま江沢民や胡錦濤のやり方をつづければみなハッピーだったのでは?

    程氏;単純に政治的な角度から考えれば腐敗を許して政治の安定を図れば局面はそのまま長くおちついた状態でいけそうです。しかしこうした局面を長期にわたって維持できるかどうかという決定的な要素は経済なのです。腐敗を許して政治的な安定をはかり、それに一般庶民にもお金をばらまいて安定を買うというのは当局がもっている経済的な資源を消耗させるのです。ですから私はそれを「高コスト統治モデル」と呼んでいます。その致命的な弱点は、当局の経済的資源を消耗し尽くしたら却って改革を迫られることです。ソ連の解体がこれに関係しますし、中国の90年代の「改革」の名の下におこなわれた国有企業の全面私有化も当時の金融の困難に迫られてのことでした。

    質問)以前、中国の私有化と中国の未来の動向の関係に触れられたことがありましたが、この種の関係はどうでしょう?

    程氏;直接関係してきます。今申し上げた「改革を迫られてしまう」というのは一つの可能性にすぎません。実際は迫られて却って後退することもありますし、進むか逆に退行するかは私有化の時間、時点に直接関係します。もし私有化が民主化の後や民主化と同時におこなわれれば、共産党の紅色エリートも民主化の過程の中で一定の制限を受けますし、勝手気ままに誰はばかることなく公のものを私するわけにはいかなかったでしょう。ロシアや中央ヨーロッパがそうです。しかし中国は共産党の指導下に国有企業の全面的私有化をしました。私はロシアと中国の国有企業の私有化について研究しましたが、中国国営企業は大部分が中共エリート家族たちの手に入ってしまいました。彼らはほとんど公金を盗用することによって私有化を果たしたのです。最近、私は中国改革30年以後に生まれた独特の経済体制を「共産式型資本主義」(communist capitalism)という概念で呼ぶことを提唱しています。それは共産党の幹部たちが新資本家となり中国経済の命脈を握り、それは西側の一部の学者が期待するような市場化を通じて民主化したりすることは不可能なのです。なぜなら民主化によって自分たちの財産の来原、富を築いた手段がオジャンになってしまうのを恐れますし、共産主義政権というのは自分たちの唯一の安全保障だからです。

    質問)中国の当面の経済情勢は大変厳しいものではないでしょうか?それがいかに中国のこれからの政治動向に影響を与えるでしょうか?

    程氏;はい。中国は90年代の私有化を推進していたときでもかなりもう困難な状況でした。しかし、WTOに加盟することによって大規模に外国資本の導入がはかれたので、10年近い輸出景気を迎えることができました。つまり大規模な輸出が全面的な経済繁栄を支えていたのです。多くの西側国家のチャイナウォッチャーは中国経済の繁栄はそこでおしまいになったりはしないと思っていました。しかし現実は中国の労働力は世界の四分の一を占めており、そのような人口大国が長きにわたって外国市場で経済繁栄を続けられるはずがありません。なぜなら全世界で中国の輸出品だけが生き残り、他の国々は何も売ることができず買うだけ、というのでは貿易はなりたちませんから、中国の輸出景気だって終わったのです。事実上、2008年の国際金融危機の発生後、中国の輸出景気は下り坂でした。中国政府はそこで土木プロジェクトによって経済繁栄をささえました。しかし、現在、土木プロジェクトももう支えることはできません。中国はもう今後数十年に必要な住宅はみな建ててしまいましたし、住宅はもう売り切れないほど多いのです。習近平はちょうどこのようなときに首席に就任したので、江沢民や胡錦濤の「高コスト統治モデル」は続けるのは難しく、経済の苦境が習近平に変更を迫ったのです。そして「共産党式資本主義経済体制のもとでの民主化」は彼の選択にはありませんから、彼が選んだのは「高コスト統治」から「低コスト統治モデル」への回帰、つまり個人の権威を打ち建てることによって統治コストを減らそうとういことなのです。

    質問)「個人の権威を高める」ことと統治コストの軽減はどんな関係があるのですか?

    程氏;当局は統治コストの軽減によってのい経済苦境の中で統治をできるかぎり延長することができます。ですから習近平はまず「反腐敗」でもって役人たちがタダで飲み食いする暮らしをしながらお金儲けができるという道を塞ぎました。「反腐敗」は一時的な流行で、そのうち終わるだろうとおもう向きもありますが、それは情勢を読み違えています。習近平にしてみれば新たな財源を探し出すのが難しい以上、お金を節約するしかないのです。ですから、当局は止むを得ず過去に政治エリートたちにわけ与えたケーキを回収せざるをえないのです。こうして「反腐敗」は「新常態」になり、これによって統治コストを下げ、いうことを聞かない役人を粛清し、おそろしいとおもわせることができます。最高指導者はただ統治モデルを以前の買収方式から威圧方式に、個人的な権威を再建し独裁によってエリートたちに譲歩を迫るしかないのです。

    こうした背景のもとでの経済苦境が強いるのは改革ではなくて、統治モデルの退行です。個人の権威を確立しても中国の当面の、そして未来の問題の解決にはなりませんで、統治手段の延命ができるだけです。今後、政治と経済のレベルではますます厳しくなっていくでしょから、中国はもう二度と実質的な改革はできませんし、思想解放もありません。政治的な進歩に対して寛容になることもできませんで、高圧的な政治を絶え間なく続けることが当局の統治の主要な手段となっていくでしょう。中国の動向が示していることは統治形態の変化というのは一直線の単純な道筋ではないということです。中国の政治における動向はあたかも閉鎖された周回道路の上を移動しているようなもので現在、そのカーブにさしかかっている、ということです。(終)

    原文は;VOA 程晓农 习近平导引中国,旗指何方?http://www.voachinese.com/content/voa-news-xiaonong-cheng-interview-20160201/3171702.html

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